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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第43話 怒りの色

 昔、翔は一登と話をしたことがある。


 自分が刀を構えているとき、相手にしてはいけない獲物はなんだと。当時翔が答えたのは「銃」だった。銃などといった飛び道具は、刀の間合いの外から防御不可能な致死性の攻撃を容易に行うことができるからだ。その回答に、一登は「たしかに、そうだ」と頷いた。


 しかし、それ以上に警戒しなくてはいけない獲物。


 それは、今リーフェが相手をしている怪物が使っているもの。


 徒手空拳。こぶしである。


「先輩っ!」


 メルトの悲鳴がギルドの前で響き渡る。そして、その声をかき消すかのように繰り広げられている目にも止まらないリーフェと怪物の激しい攻防。リーフェの鋭いナイフの軌道に怪物が拳を交わす。両者一歩も引かない攻撃の連鎖に翔は入り込む隙を全く見出すことができない。


 火花が舞い上がった土埃に紛れて光を発し、戦いが激化してる中攻めと守りを繰り返しているリーフェに対して、怪物は一方的な攻撃しか行っていない。それはまるで自身が傷つくのをお構いなしと言わんばかりである。


「ク……ッ!」


 一方的な猛攻についにリーフェの防御が一瞬崩れる。身を躱そうとバックステップで後ろに引こうとするが、背中の翼をはためかせ逃がさんとばかりに怪物が開いた間合いを一気に詰めようとした瞬間だった。


『今道四季流 剣技一刀<秋> 落陽』


 翔の一撃が、化け物の右腕を吹き飛ばす。


 さらに一歩踏み込み、右腕に全魔力を集中させ、上半身をひねりながら怪物の首にめがけて切り上げた刃をふるう。


『今道四季流 剣技一刀<秋> 村雨返し』


 しかし、刃が首に当たる直前。ふわりと浮きあがかった怪物は翼を大きく広げ翔とリーフェから距離をとる。あらためて二人が並んで、怪物の前に武器を構える。大きく息を吐きながら、傷んだ左腕の痛みをこらえるように剣を握る右腕に力を籠める。


「ふむ、胴と泣き別れにするつもりで放ったんだがな」


 切られた腕の断面図を物珍しそうに眺めながら怪物は悠然と話しかける。次の瞬間、確かに切り落としたはずの右腕がトカゲの尻尾のように生え変わり、なにもなかったかのようにその傷ひとつない右腕を平然と動かしている。


 生物の意味を根底から覆すかのようなその異常な再生速度に唖然とする両者、そして同時に自分達には勝ち目がないと悟る。体の部位を切り刻んでも再生されるのであれば、どのような攻撃も意味がない、そしてこの怪物を殺し切る術は今この場にない。


「さて、でしゃばったな。人間、名前だけでも聞いておいてやろうか?」


 尋常ではない殺気を撒き散らしながら翔を金色の目で睨みつける怪物、そのあまりのプレッシャーに思わず逃げ出してしまいたくなる。そんな彼の肩に優しい温もりが宿る、その正体はリーフェの手だった。


 汗をかき髪を肌に張り付かせ息を荒く吐きながら、その翡翠色の両目を目の前の怪物へと向けている。


「ショウさん。時間を稼げますか?」


「……どのくらい?」


「三十、いや。二十秒」


「……わかりました。できるだけやってみます」


 一歩前へ、左腕を庇いながら右手に持ったパレットソードを怪物の前で構える。リーフェはその後ろに一歩下がり、地面に向けて必死に指を動かしながら呪文を唱えている。


「用があるのは貴様じゃない、俺の食事を邪魔するな。人間」


「釣れないこと言うなって。少し俺と遊んでいけよ、怪物」


 強気の口調で敵を煽る翔。その煽りに対し、鼻で笑ったような怪物に翔は深く呼吸を整え、骨折の痛みを頭から遮断する。


 先に動いたのは翔だった。左腕に嵌めた盾を振り解き、盾を怪物の顔面に目がけて投げつける。その盾を片腕で弾き飛ばした怪物だったが、その盾の奇襲に合わせ一気に距離を詰める翔。


 振り翳したパレットソードが怪物の腕と交差する。その時初めて翔は、この怪物の両腕に鱗のようなものがあり、それが斬撃を防いでいるのだと理解した。初撃を捌かれ隙ができた翔の体に向けて鋭い正拳突きが鳩尾に目がけて飛んでくる。


「シィ……っ!」


 鋭く息を吐く翔、剣を逆手に持ち変え剣の柄で拳の側面を叩き攻撃の軌道を逸らす。黒く鳥のような爪を生やし、緑の魔術を纏わせた右腕が翔の脇腹を掠めその肉を風が削る。同時に繰り出された左腕が翔の顔面に目がけて放たれた。


 顔に爪が当たる寸前、体全身を使って飛び上がりながら攻撃を回避。


『今道四季流 剣技一刀<春> 渦潮』


 翔の握るパレットソードが怪物の顔面を切り裂く。本来であれば、致命傷に間違いなしの攻撃だが、相手には尋常ではない再生能力がある。顔面を斬られ多少動揺したのか攻撃の手が一瞬緩む。


『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨<豪>』


 無数の剣撃が怪物の体に襲い掛かる。右腕しか使えないため、手数は少ないものの、確実に怪物を守りの姿勢に入らせている。


 リーフェの指定した時間まで、残り数秒。


 しかし、交差した腕の裏でほくそ笑んでいる怪物の表情が垣間見えた瞬間、翔の攻撃が止まる。


「ハハッ! 大したことのない、あの冒険者の一撃の方がまだ効いたぞっ!」


「っ!」


 背筋が凍りつくのと同時に、怪物の言葉が翔の頭に突き刺さる。同時に、後ろで地面に魔法陣を書いていたリーフェの動きも一瞬止まった。完全に動きが止まった翔に首を刈り取るような高さのハイキックが迫り来る。


 咄嗟に身を引かせ、鳥の足のような爪先が翔の額を削り取るのと同時に鳩尾に怪物の飛び蹴りが炸裂する。


「ガハッ……!」


 胃の中身を全て吐き出させようとする勢いの蹴りが翔を襲う。皮膚を引き裂き内臓を引きずり飛ばそうとした爪の斬撃をパルウスの鎧が防いだおかげで致命傷には至らなかったが、それでも消し切ることのできない衝撃に翔の体は軽く吹き飛ぶ。


「もう良い、人間。喰う価値すらない……っ!」


 吹き飛ばされた翔にトドメを刺そうと羽を広げ、短い距離を一気に詰める怪物。一気に死が自分の喉元に手をかけたと翔が感じた瞬間だった。


 突如、重機を動かしたかのような轟音がギルドの前を揺らす。その瞬間翔のすぐ目の前で怪物が片膝を突き体全体を鎖で巻かれたかのようにその場で動かなくなる。唖然としている翔の横を、緑色のオーラを纏った片腕を怪物に向けたリーフェが通り過ぎる。


 それは、以前リーフェが温泉を作った時に使用した魔術。それをより威力を高め、敵を拘束させるのに特化させたリーフェのオリジナルの魔術だった。


「同じ緑の色を持つ魔物……、これは暴れるためだけの色じゃないんですよ……っ!」


 魔術を行使するリーフェの口の端から血が流れる。その表情は険しく、ひどく苦しそうに見える。


「ショウさん。メルちゃんを連れて林へ……っ」


「は……?」


「ここは私が喰い止めます。そのうちに、二人で林に避難を……っ!」


 翔は一瞬リーフェが何を言っているのかわからなかった。しかし。言葉の意味を理解するのと同時に、理解したくないその意味に気づいた翔が静かに首を振る。


「そんな……っ、できるわけないでしょうっ! あなたを置いて行くなんてっ!」


「それ以外に方法はありません、それに。私も長くは持たない……っ」


 一瞬でも気を抜けば解けてしまう魔術。その証拠に、先ほどまで一歩も動くことができなかった怪物が徐々にその体を持ち上げ始めている。このままいけば、確実にこの怪物は再び翔とリーフェに襲い掛かるだろう。


 時間はない、方法は二つにひとつ。


 リーフェを見殺しにし、メルトを連れて林へと逃げ込むか。


 このまま残って勝機のない戦いに身を投じて三人とも死ぬか。


 頭の中では十二分にこの決断は重要なものだと翔は理解している。しかし、一瞬で命の選択ができるほど翔は強くはない、ましてや、この世界に来て一番大切な人を見捨てるなんて選択肢など。


 そんな翔の姿にリーフェは優しく微笑む。


「ショウさん、これを」


 おもむろにリーフェが取り出したナイフ。それを彼女の穢れ一つない美しい髪に当てると一房分、髪を切り落としそれを翔に手渡す。あふれそうになる涙をこらえながらそれを受け取ると、かすかにリーフェの温もりが残っているような気がした。


「彼に会ったら、伝えてくれますか? ありがとう、貴方と過ごした毎日はとても楽しかったって」


 怪物をつなぎとめている拘束が徐々に解け始める。時間はもうほとんど残されていない。しかし、リーフェの言葉が翔の次に移すべき行動を決定づけた。痛みで響く重い体を引きずり上げ、翔は立ち上がりリーフェに背中を向けギルドへと向かう。


 振り返ることはない、振り返ってしまえば涙で滲んで前を向くことができなくなる。


 ただ前へ。


 ただ前へ。


 ただ前へ。


 激しい頭痛と吐き気を振り払うようにギルドの扉を開ける翔、そこにいたのは何もすることができず手を組み祈りをささげているかのようなメルトの姿があった。そんな彼女の手をなにも言わず握りしめると引きずっている足を懸命に動かしメルトを裏の林まで連れてゆく。途中、状況が読み込めないメルトが何度か翔を問いただすような声が聞こえたが、その声を無視しひたすら林へと足を進める。


 このなんとも言い難い感情に名前をつけるのであれば、怒りだった。


 街を襲った魔物に対する怒り。


 大切な人を容赦なく奪ってゆくこの世に対する怒り


 そして、このような状況で逃げることしかできない無力な自分に対しての怒り。


「ショウさんっ!」


 メルトが勢いよく翔の手を振りほどく。足を止め後ろを振り向く翔、涙で滲んだ視界の向こう側で、同じく大粒の涙を流しているメルトが映る。


「先輩は、先輩は……っ?」


「……俺を逃がしてくれました。自分を犠牲にして……」


 林の入り口、その向こう側にはかつてリーフェと一緒に行った魔力適正検査をした大樹がある。その周辺は特別な魔力で満ちておりほとんど例外なく魔物は入り込むことができない。故に、この闇の先には安全が待っている。


「すみません、俺の力不足です……。俺は……、無力でした」


 無力。その言葉が自分自身を貫く大きな刃となり、崩れ落ちた体が地面に両膝をつけさせる。


 あんな怪物に勝てるわけがない、生物としての格がまるで異なっている。あれを打倒するには、同等の破壊力と魔術が必要だ。だが、翔は魔法をつかうことはできない、唯一使うことのできるものは対人用の剣技のみ。


 あれを殺し切るには剣技だけでは不可能だ。


 右手に握りしめたリーフェの髪を翔は虚ろな目で見つめる。その髪をみるだけで自分が無力だということを心の底から叩きつけられるような気がした。


「ショウさん、あなたはどうしたいんですか?」


「え……?」


「私は、貴方についてゆきます。それが、例え先輩の意に反することであっても。私は、貴方に力を貸せる」


 メルトが折れた翔の左腕を握りしめる。痛みに顔をしかめる翔だったが、そこに温かい彼女の涙がはらはらと落ちてゆく。その涙は意思を持ったかのように翔の左腕に巻き付くと体の内側から温かな痛みが走る。


 しばらくして、左腕を動かすと骨折痛みはなく骨折は完治していた。


「ショウさん。イニティウムギルド職員メルト=クラークが、冒険者イマイシキ ショウさんに依頼します。もし、私と同じ気持ちならば先輩を、リーフェさんを助けて……っ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 完全に拘束を解いた怪物は、リーフェを弄ぶかのようにいたぶっていた。それは、獲物を追い詰めたシャチがもう動くことのできないアザラシを遊びながら殺しているかのような姿に似ていた。


「っ……!」


「そろそろいい具合か、肉も柔らかくなっている頃合いだろう。食事前の運動はもうおしまいだ」


 地面に倒れもはや指一本動かすことのできないリーフェに、飛び上がった怪物の鋭い両足の黒い爪が襲い掛かろうとしたその瞬間だった。


 一本の槍が、怪物ののどを貫く。激しく血をまき散らしもだえ苦しみながら、怪物は片膝を地面に槍を引き抜きにかかっている。リーフェはその見慣れた武器から連想される一人の男の名前を口にした。


「ガル……シアさ……ん?」


 リーフェが必死に体を起こし、槍の投げられた方向に目を向ける。街に放たれた炎の光に照らされ、その姿が映し出される。それは、炎の光をたっぷりと浴びもはや赤く染まったようにすら見える白い剣を腰から引き抜きながらゆっくりとリーフェに近づく。


「リーフェさん、俺にはこの行動が正しいのかさえわかりません。道をつなぎ、未来を守ったあなたの行動は紛れもなく正しいのでしょう。けれどっ!」


 今ここで、あなたに背を向け逃げることが正しいとはどうしても思えないんです。


 だから顔を上げ前を見て、その両足で立って。ちゃんと伝えなくてはダメだ。


「俺の名前は今一色 翔っ! あんたを倒す一人の冒険者だ」

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