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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第41話 撤退線の色

 敗北宣言。リーフェの下した決断は決して間違ってはいない、しかしそれでも住み慣れた街を離れ、魔物による占拠を認めるといった重い決断でもあった。彼女の下した宣言を聞いた冒険者は翔も含めて、唇を噛みながら視線を落として辛そうに聞いている。だが、一番辛いのは何よりもこの決断を下したリーフェ自身だった。


「準備をお願いします。ここが正念場ですよ」


「はい……っ」


 翔の肩に手を置いて話すリーフェの瞳には涙が浮かんでいた。そんな彼女を横目に、翔は少しでも動ける冒険者に声をかけて周り一箇所に集まるように指示を出す。


 集まった冒険者の数は近接戦を得意とするもの、魔術を得意とするもの合わせて十数人程度がリーフェの周りに立つ。


「それでは、皆さんに最後の作戦を伝えます。まず、ギルドで治療を受けている重症者の治療が終わるまでこの地点を最終防衛ラインとし魔物の襲撃から皆さんで防衛を行います。その後、治療が完了したものからギルドの裏にある林まで一斉に撤退を行います。一番重要なのが撤退の際、周りに魔物を惹きつけないようにするための殿しんがりが必要ということです」


 その言葉とともに、リーフェの視線と翔の視線が合う。


「殿を務めるのは、私とショウさんで。他の皆さんは重症者の治療が終わり次第彼らを抱えて林まで避難を」


 その言葉に、一番驚いた表情をしたのは翔自身だった。そして、リーフェの言葉を聞いた周りの冒険者がそれぞれの防衛ラインまで向かい準備を進める。


「リーフェさん、どうして俺を……?」


「ショウさんは周りの冒険者に比べて一番怪我が少ないですし。それに、他の方に比べて一番腕がたちますから……。すみません、相談もなしに」


「いえっ、そんなことは……」


 深々と頭を下げるリーフェに翔は慌てて止めに入る。信頼されているというのは翔も内心悪くはない心地だったが、それ以上にリーフェの期待に添える動きができるかというのが一番の心配事だった。


「リーフェさん、ガルシアさん達は。本当に待たなくていいですか」


「……」


 翔の問いに、リーフェの表情が一瞬固まる。やはり、ここまで街に魔物が流れ込んできて、それでもって平原から冒険者が誰もきていないということはリーフェにとっても気掛かりであったのだろう。


 何より、リーフェにとって一番の心配事がガルシアの安否にある。しかし、翔の問いにリーフェは少し微笑んで、父親の帰りを心配する子供に語りかける母親のような表情で翔に語りかける。


「大丈夫ですよ。誰よりもこの街のことを思っているあの人ですから、最後まで残って戦うつもりなんでしょう。それに、今一番重要なのは、残りの冒険者達を無事避難させることです。ショウさんも今はそのことだけを考えてください」


「わかりました、俺も全力で戦います」


「……やっぱり、ショウさんは頼もしいですね。本当に、最後まで残ってくれてありがとうございます」


 と、リーフェが深く頭を下げたその時だった。甲高い笛の音がすぐ近くに聞こえる。その音に反応した翔とリーフェはすぐさまそれぞれナイフとパレットソードを引き抜き警戒体制に入る。


 笛の音の聞こえた向こう側。赤い炎がゆらゆらと闇の中で揺れている。その正体は、松明に火を灯し、それを片手にギルドへと近づいてくるゴブリン達の姿だった。そして、その背後には炎の灯りに照らされ蠢く巨大な影の姿。


 全員の武器を持つ手に力が入る。


 次の瞬間。恐ろしい質量を持った一撃が冒険者達に襲い掛かった。突然のことに呆気に取られた冒険者達、だがその横で明らかに無事ではない数人の冒険者達の変わり果てた姿が翔の目に飛び込んでくる。


 飛んできたものは、一本の木をそのままくり抜いたかのような巨大な棍棒だった。


「っ! 皆さんっ、正面に立たないでっ!」


 リーフェの言葉に正気を一瞬失っていた冒険者達が一斉に道の正面から身を隠す。その瞬間に、次々と飛んでくる木の棍棒。地面が揺れるほどの振動と爆発が起きたかのような土煙を盛大にあげ、当たったら即死間違いなしの攻撃がこれでもかと言わんばかりに絶え間なく冒険者の横を通り過ぎてゆく。


「トロールの攻撃ですっ! 絶対に正面に立たないようにしてくださいっ!」


 翔の隣で建物に身を隠すリーフェが周りの冒険者に呼びかける。トロールとは、普段山奥で生活をする比較的温厚な魔物だ、しかし怒らせたら最後。彼らお手製の棍棒でその命尽きるまで追いかけ回され潰されるのである。


 しかし、本来であれば山奥で暮らし温厚な性格をしている彼らが、こんな街に降りて来て人を襲うなど本来はあり得ない話である。だが、そんなことを考えても答えが出てくるはずもない。


 立ち向かうのであれば、戦う以外の術はない。


「道を挟み込んでゴブリンたちを迎え撃ってくださいっ! 私たちは向こう側から回ってトロールを倒しますっ!」


 リーフェがそばにいた冒険者達と合図をとって、翔達と共に正面の道から遠く回って魔物の後ろに入り込むために急ぎ立ち上がって走り出す。


 咄嗟に行動ができたものの、目の前で、いきなり人の命が奪われたという事実に内心翔は動揺をせずにはいられなかった。一つ間違えたら死にいたる、ということではなくいつ何時死んでもおかしくないという状況に追い込まれている事実を突きつけられ、翔の握るパレットソードが微かに震える。


 建物を挟んで向こう側、そこからはただならぬ空気と気配が流れている。魔物が放つ独特の腐臭に、地面が傾くほどの大きな質量をもつ物体が道を悠々と歩いている振動。戦いが間近に起きようとしているのに、一向に覚悟が決まらない翔。


 生唾を飲み込み、後ろを見るとひどく怯えた表情をしている若い少年冒険者の姿が目に入る。年は翔より幾分か下だろうか、翔が地球にいた頃道場に通っていた学生となんら変わらない年の少年が涙目になりながら剣を固く握りしめカタカタと震えている。


「……怖いですか?」


「それはもう。そ、そういうあんたは?」


「俺も、ちびりそうなくらい怖いですよ」


 けど、と翔は続ける。前を見れば、リーフェが両手にナイフを構え突撃するタイミングを今か今かと待ち構えている姿がある。そこには何の雑念も恐怖も感じられない。


 本当は彼女もこの状況を恐ろしいと思っているに決まっている、一度大切な人を失い挫折し冒険者を辞めた彼女。そんな彼女が、恐怖を押し殺して自分たちを導こうとしている。


 であるならば、その期待に応えなくてなにが男か。


「今ですっ!」


 リーフェがナイフを月夜に掲げ、翔を含めた冒険者達に合図を送る。それに合わせ、一斉に魔物の進行ルートの裏を取り一番危険で警戒すべきトロールの背後へと出る。


 まず前線に出たのはリーフェと数名の冒険者。足の腱に素早く振るわれたナイフと刃はトロールの歩行能力を失わせ、その巨体を次々と地面に倒れ伏させる。


『今道四季流 剣技一刀<春> 春雷穿つ桜木』


 倒れ伏したトロールの脳天にすかさずトドメの一撃を突き立てる。隣では同じく倒れたトロールの喉に刃を走らせている少年冒険者の姿がある。


 その方法で数体のトロールを始末ししばらくして、さすがに後ろの様子がおかしいことに気づいたトロールが後ろに迫っている奇襲してきた冒険者達の姿に気づく。


「散開っ!」


 リーフェの指示でそれぞれ建物の細い路地へと入る冒険者達。このまま行けば一番の脅威であるトロールを最初に戦力として削ぎ落とすのは時間の問題だった。


 しかし、


 次の瞬間、大きく振るわれた棍棒は立ち並ぶ建物の壁と屋根を大量の瓦礫と共に悉く破壊し、隠れた冒険者達の姿達を露わにしてゆく。


「しまっ……!」


 大きく振り翳した棍棒が月に照らされた大きな影を作り出す。その中にいるのは、瓦礫の下敷きになり逃げ遅れた少年冒険者、絶体絶命かと思われたその時。


 鋭い呼吸音と共に一気に地面と瓦礫を踏み抜く音が夜闇に響き渡る。


 飛翔。


 斬撃。


 地球の重力を逆らって。


『今道四季流 奥義一刀<夏> 清流昇りて夜月へと渡る』


 翔が振るった強烈な下からの斬撃。飛び上がる脚力と共に放たれた一撃は、振りかざされた棍棒を握る丸太のように太い腕を何の抵抗もなく輪切りにしてゆく。


 腕を失ったことで後ろへと大きくよろめくトロール。だが、その隙を翔は見逃さない。


 飛び上がった勢いで空高く舞った翔は振り上げたパレットソードを握りしめた右手で大きく背中まで伸ばし、パレットソードに落下の勢いと体重と振りかぶった力を最大限まで込める。


『今道四季流 奥義一刀<春> 雨垂れ散り咲く枝垂れ桜』


 振り下ろした一撃は重く、鋭く。その三メートルはあるであろうトロールの巨体を縦一刀両断する。


 只者ではない気配に、トロールの巨体を一歩、また一歩と後ろへと下がらせる。ゆっくりと頭を持ち上げ、トロールの血を全身に浴びながら、翔はその剣先を残りのトロールとその背後にいる魔物に向ける。


「行くぞ……っ! 今道四季流の絶技、とくと味あわせてやらぁっ!」

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