第39話 戦況の色
戦況は依然として良くはなく、一進一退の鍔迫り合いが続いていた。平原では、ガルシア率いる冒険者部隊が街に魔物を入り込ませんと必死に応戦しているものの、一向に減らない魔物の数と、じりじりと削られてゆく体力と魔力に限界が近づいている。一方、イニティウムの町では数の少ない防衛体制で何とか持ちこたえているものの、突発的な魔物の襲撃によって徐々に前線を下げざるを得ない状況に持ち込まれている。
『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨』
地面を蹴り進め、翔の持つパレットソードが次々と魔物の体を切り刻んでゆく。ここまで何体の魔物を葬ってきたかはわからない。そして、着実に疲労は体に蓄積されており、息も絶え絶えになりながら剣を握っている。
ふと背後からの気配に気づき、翔は軽く舌打ちをしながら急停止したかと思うと、バックステップで背後に立つ魔物に向けて急旋回しながら一気に距離を詰める。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 孤月<逆>』
「ダァーーーっ! 俺だ俺だっ、ストップストーップっ!!」
刃をふるう寸前、その先にいたのは悲鳴をあげるラルク。咄嗟に振り下ろした剣をラルクの顎に当たるか当たらないか寸止めする翔。互いに息絶え絶えで肩で大きく息をしながらしばらく見つめ合う。
「……すまなかった」
「いやこっちこそ。急に後ろに立って悪かった……。ショウ、大丈夫か?」
「ハァ……ハァ……、大丈夫だ。それよりも、そっちの情報は?」
「西の外側は完全に落ちちまった。北もがんばっちゃいるが時間の問題って感じだ」
「ハァ……ハァ……フゥ……そうか。なら急がないと……」
足を動かし、すぐさま北へと向かおうとする翔。だが先走った足がもつれ思わずつまづきそうになる。咄嗟にラルクが抱えて転ばずに済んだが、長引いた戦闘の影響が体に顕著に出始めているのがわかった。
「いいからお前は少し休めっ! このまま動いてるとつまらない死に方するぞっ!」
「でも、動かないと……っ。敵がすぐそばまで……」
「俺が向かう、だからギルドまで引けっ。無理に前線を上げる必要はないんだ」
確かに、現状街の防衛ラインが完全に決壊したわけではない。街を彷徨く魔物の数も外に比べればまだ少ない方である。
だが、だが。それ以上に翔の頭の隅には街に帰ってくる避難した人々の顔があった。普段買い物をする時に接客をしてくれる八百屋の人、街を駆けて遊ぶ子どもたちの姿、イニティウムに住む人々のその多くが既に翔にとって守るべき大事なものに変わっていた。
「……わかった。前線から引く、頼んだラルク」
「おう、まかせろっ! お前の仕事なんか無くすくらい仕留めてきてやらぁ。これでも先輩だからなっ、俺はっ!」
胸を張り、槍を勇猛果敢に持ち直したラルクは翔に背中を見せて一目散に北へと向かう。その姿を見た翔もまた、ギルドまで引くためにラルクとは反対の方向へと駆け出してゆく。
リーフェ曰く、王都騎士団を呼ぶために以前来訪した時に渡された救難信号変わりの鳥を一週間前に飛ばしたらしい。しかし、肝心の王都騎士団に救難信号が届いているか確認する術はなく、彼らが助けに来てくれる保証はどこにもない。しかし、この戦力差を埋めるためには王都騎士団が救援が何よりの希望だ。
「っ……! もうここまでっ……」
街の中心近くまで走り抜けるとそこにはおそらく防衛ラインから溢れでた魔物の集団がが獲物を求めるような目で周囲を見渡している姿を確認する。
すかさず抜刀。気づいた魔物が応戦するよりも先に、翔の振るう刃が魔物の首を叩き落とす。突然のことに魔物が一切反応することができずに翔に向けて武器を構える。
「邪魔だっ!」
振りかざされた武器を持つ魔物の腕を掴み上げ、勢いよく背負い投げで地面に叩きつける。片手に持った剣を逆手に持ち、刃を魔物の喉に突き立てると引き裂いた喉から青い血が噴き出し、翔の体を返り血で濡らしてゆく。
「フゥ……ッ、フゥ……ッ……!」
呼吸が戻らない。命を奪うという行為を連続で行うのは酷く精神にストレスをかける行為だ。自分の命が直接的に脅かされている訳ではない、しかし大事なものを守るために殺さなくてはならない。
「フゥ……ッ……冒険者。やっぱ向いてないかもな」
頬についた返り血を拭いとる翔。剣を鞘に収め、ギルドへと足を進める。中央の街並みを抜け、街外れのギルドに到着する。ギルドの周辺にはまだ魔物たちが進行してないためか、防衛ラインのところより幾分か静かに感じた。
「ただいま戻りました」
「っ……! ショウさんっ! 大丈夫ですかっ! 怪我とかはっ!?」
ギルドの扉を開けて最初に慌てた様子のメルトが翔の元へと駆け寄る。体を触り怪我の有無を確認するメルトだが、当の確認されている翔本人は距離感が近いせいかメルトから目を逸らし顔を赤くしている。
「怪我はないみたいですね……、よかった」
「他の人たちは?」
「治癒は終わってます。ですが……、まだ動ける状態じゃなくて……」
メルトの背後から翔は顔を覗かせる。その背後にはまさに死屍累々といった具合で治療を受け失神をしている冒険者が数人横たわっていた。確かに、治療のたびにあの激痛にさらされてしまっては失神するのも無理はない。
「少し休んだらまた出ます。メルトさんも気をつけてください」
「すみません私……先輩みたいに戦えなくて……ずっと後方支援で……」
「……大丈夫です。メルトさんが後ろにいてくれるのなら。これ以上に心強いことはないです」
ギルドが無事なのを確認した翔は再び外に出ようとメルトに背を向ける。が、その背後に抱きつくというには浅く、しかし確かな人の温もりを感じたその感触に翔は一度出口に向かおうとした足を止める。
「ショウさん……、私。この街が大好きです……そんな街を守ってくれてる皆さんのことも大好きです。だから、だから……っ」
お願いです、死なないで。この街をお願いします。
か弱く、それでもってささやかな願い。しかし、そんなささやかな願いであれど、心が折れかけていた翔を救うには十分すぎる言葉だった。握りしめる手に力がこもる、心臓が高鳴る。これで、またしばらくは戦うことができるだろう。
「行ってきます。メルトさん」
翔は再び戦地へと戻る。その後ろ姿をメルトはただただ祈るように眺めているしかなかった。
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しかし戦況は酷くなってゆくばかりだった。ガルシア率いる平原部隊はその防衛能力のほとんどを失い、街へと魔物が流出するのを引き止めることができない状況にまで陥っていた。
そして、街を防衛するリーフェと翔も善戦はしているものの、後退に後退を重ねた結果、街への魔物の進行度のその六割を許してしまう状況まで陥ってしまった。そして、頼みの綱である王都騎士団もイニティウムに近づいてくる気配は一向に見せない。
「あっ……!」
「ラルクっ!」
槍を奮っていたラルクが足を押さえ倒れ込む。その足には深々と錆びた投げナイフのようなものが突き刺さっていた。
「チィ……っ! こんなところでっ!」
無理やり立ち上がり、魔物に応戦しようするラルク。しかし傷が深いのか槍で体を支えてたつのが精一杯の様子だ。すかさず翔が助けに向かうためんび地面を蹴り、一気に間合いを詰める。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い』
低姿勢で繰り出す剣撃が怪我をして弱ったラルクにたたみかける魔物の足元を襲う。地面に倒れ伏した魔物たちの背中を切りつけて最後までとどめを刺すと、槍に体を預けよろよろと立つラルクのそばへと向かう。
「ラルクっ! 大丈夫かっ」
「クソっ、体が動かねぇ……。毒か……っ」
「ギルドに戻るぞ、肩をっ」
明らかに顔色が悪くなってゆくラルクの肩を抱え、翔はギルドへと引くために街の前線に背中を向ける。その背後では、街の家に火を放ち暴虐の限りを尽くすゴブリンたちの姿が翔の目に映る。その姿を見ながら唇を噛みしめ、ギルドへとラルクを連れに前線を後にする。
ギルドに戻ると、そこには街を防衛するために前線を張っていた冒険者たちで外まで溢れていた。それぞれ手負いなのかどこか体の一部を押さえ苦しそうに息を荒くしている。
「ショウさんっ! 無事でしたか、怪我はっ!?」
「俺は平気です。それよりもラルクが」
「わかりました、これは……。神経毒の症状ですね、すぐに中に運んで解毒剤を」
出先であったのは、返り血で白い肌が汚れ、額に汗を浮かべながら怪我人の選別を行っているリーフェの姿だった。彼女も、前線にたち冒険者たちに混ざって魔物の相手をしていたがこの中で一番冒険者としての腕の経験のある彼女がここにいることが前線の崩壊を意味していた。
ラルクを抱え、リーフェはギルドの中にいるメルトにラルクを受け渡している。翔は、近くにあった桶に入った水を一気に口の中に放り込む、乾いた喉が一気に潤いその勢いで軽く咽せて咳き込む。
「……最終決戦も近い」
そして、俺らは負ける。




