第35話 意思の色
魔物の集団が襲撃すると言われる当日の早朝。そこには、さまざまな人、種族。今まで見たことのないものを身に付けたり、手に持っている人間がイニティウムのギルドの前の広場に集まっている。
ギルドの前には、地図の貼られた大きなボードがあり、その前で今回の作戦の総指揮を取るガルシアが集まった人々に説明をしていた。
「まず、赤のバンダナを配られたものが正面で魔術戦と打撃戦を同時に行う主力戦力だ。そして、青のバンダナを配られたものが魔術戦で赤バンダナの援護を行なってほしい。そして、黄色のバンダナを配られたものが街の防衛にあたる部隊だ。街にまで魔物が流れてくることはほとんどないと思われるが、万が一紛れがあった場合には一番重要な部隊になるはずだ。そして、それぞれ必ず一定の人数まとまって行動をしてほしい。今回は、全く知らない人間との合同作戦になるが、目的は一つだ、各々背中を守る仲間であることを忘れるな」
ガルシアの説明に、各自気合の入った返事をする。その中には、もちろん翔もいた。今回、翔が配られたバンダナの色は黄色。リーフェに言われた通り、街を守る主力部隊の一員である。周りを見れば、黄色のバンダナが配られているのは自分も含め比較的年齢層が若い連中が多い。
「さて、ギルド長としての説明が以上だ。あとは各自武器と防具の手入れを怠らないように、そして何か足りないものがあれば適時ギルドに報告すること」
一時解散。ギルドの前でバラけた冒険者たちがそれぞれ集まりながら、武器の点検や何かの話をしている。翔も例に漏れず、腰からパレットソードを外し、地面に座りながら剣の持ち手など、自分で点検できるところを念入りに整備してゆく。
「よっ、お前も黄色のバンダナか」
「ラルク、お前もか」
「あぁ。ま、一番暇かもだけど、内心安心してるわ。これで特別報酬が同じ額なんだから儲けもんだぜ」
地面に座る翔を見下ろすようにラルクがケラケラと笑うが、そんな彼がもつ獲物は長槍である。何でも、槍を扱うガルシアに憧れて槍を主力武器にしているとかなんとか。そんな彼の実力が今回光るかはわからないが、少なくとも知っている人間が一緒に戦ってくれることに翔は安心感を覚えていた。
「にしても、他所から集めてもこんくらいの人数にしかなんないのか」
「まぁ、それでも集まった方だと思うぜ。最悪、イニティウムにいる冒険者だけで戦うのかと思ってたからさ」
周囲を見渡す翔、確かに代わり映えのするメンバーたちは揃っているものの、その頭数は決して多くない。少なくとも、魔物との大群を相手にするのには少々心配にはなる人数に感じる。
「でもお前あれだろ? 実際に魔物の集団と戦ったって。実際どうだった?」
「どうだったって……」
ラルクからの質問に呼び起こされる、戦いの記憶。喋る魔物との戦いに、命が擦り切れるような緊張感、すぐそばで死が手招いている気持ちの悪さ。あれらを掻い潜ることができたのは、ガルシアという優秀な冒険者がその戦力をほとんど削っていたということと、的確なリーフェの魔術支援があったという条件が揃って、初めて翔の持つ剣技が活かされただけのこと。
あのような幸運は二度は起きないだろう。
「……油断したら、すぐに死ぬ。それだけだよ」
「……そっ……か。さて、俺も手入れしとこうかな。そんじゃ、また後で」
「あぁ。じゃあな」
そう言ってラルクが離れてゆき、再び武器の点検に戻る翔。パレットソードの刀身は、あれほどの戦いで魔物を斬ったのにも関わらず、刃こぼれ一つせず、油などの汚れを一切寄せ付けていない。正直、刀身に関していうのであれば点検や整備など必要としないレベルで綺麗だ。
問題なのは、鞘である。
一度盾に変形したきり、ウンともスンとも言わない鞘であるが。戦いの中で、鞘が盾として使えるのであれば有用な戦力となるかもしれない。しかし、鞘から盾に呪文など唱えた覚えもなければ知識としてあるわけでもない。
「さて、どうしたものかなぁ……」
再び、鞘からパレットソードへと視線が戻る。以前、盾から鞘へと戻るのに使ったのは、剣に刻まれた文字だった。となれば、鞘から盾へと変形させる呪文もまたこの剣に答えがあるような気がした。
しかし、前述通り翔にはこの世界の文字がほとんど読めるのに、剣に刻まれた文字だけが一向に読めないのである。となれば、一瞬剣の文字が読めたあの時に、この剣の文字を読み解くヒントがあるはずである。
「意志の力……」
意志の力。翔の頭の根底にある行動理念ともいうべき言葉、その言葉は父一登がよく口にしていた言葉であり、翔が今道四季流を振るう原点にもなっている言葉だ。そして、それは偶然にも翔が鞘を盾に変形させた原動力になっているようだった。
「……よし、ムンっ!」
パレットソードを握る手に力を込め、意志の力を注入するが如く鞘が盾になるように必死に念じる。しばらくして、手の筋肉が痙攣してピクピクし始めた頃、ゆっくりと閉じた目をゆっくりと開けるがそう物事がうまく行くはずもない。真っ黒の鞘は依然として鞘としての形状を保っており、一向に盾になる気配はない。
「やっぱダメか……、ん?」
ふと、視線をパレットソードへと向けると何やら文字の一部が赤くオーラを纏っているように見える。そして、その部分の文字のみ読める文字に変換されているようだった。
「『スクー……トゥム』?」
書かれた文字を口にする。次の瞬間、鞘がバキバキと大きな音を立て鞘からその形状を変化させてゆく。突然の出来事に、翔を含め周りの冒険者たちまでもがその視線を翔の鞘へと注目する。
そんなことお構いなしと言わんばかりに鞘は変形してゆき、そして以前と同様片手剣とセットで持つような盾へと姿を変えると再び物言わぬただの盾となった。
「その……、すみません。大きな音を立てて」
とりあえず、周りの冒険者に謝罪をする翔。やがて、何事もなかったかのように冒険者たちが各々作業に戻るのを見てホッと一息つく翔だったが、これで鞘が盾へと変形する条件がわかった。
まず、自身が望まないと鞘から盾へと変形しないこと。そして、鞘から盾にするには『スクートゥム』という呪文を、逆に盾から鞘へと戻す場合には『レクソス』と唱えること。
「ショウ、大丈夫か。何か大きな音がしたが」
「ガルシアさん。大丈夫です、すみません」
「そうか。ならいいんだが……」
心配したのか、ガルシアが翔の元へと寄ってきた。ガルシアもここ数日はほとんど休みなく働いていたためか、その顔は若干憔悴しているように見えた。
「そういえば、リーフェさんを見なかったか? 少し話がしたいと思ってな」
「……いえ、朝見たきりですね」
「そうか、いや。ありがとう、自分の作業に集中してくれ」
そう言って立ち去ろうとするガルシア。だが、その背中を見て翔はあることを思い出す。それは、この戦いが始まる前にガルシアが翔と企てたリーフェとの恋愛のアレやソレやのこと。
「ガルシアさん、そういえば。結局、リーフェさんとはどうなったんですか?」
「あ。うん、あぁ、その話な」
呼び止めたガルシアが少しバツの悪そう顔をして頭を掻くと、翔の前にしゃがみ込み、向かい合わせになる。
「……生き残ってください、私はいつでも帰りを待ってます。だとさ」
「それって……」
「なぁに簡単な話さ。今日を生き残って、明日を生き残る。そこに待ってくれる人のために生き残る。たったそれだけのことよ」
少し恥ずかしそうに、顔を赤くしたガルシアが翔から視線を外すとそのまま背中を向けて立ち去ろうとする。
「ショウ、死ぬなよ。お前にも、待ってる人がいるのを忘れるな」
「っ、はいっ!」
彼の背中を眺めながら、翔パレットソードをしまい。届いたばかりの防具の確認をしながら、街を一周回ることにした。仮に街に攻め込まれたことを想定して、ある程度の動きをイメージしたいと思ったからだ。
街を回ってると、ギルドと冒険者が作ったと思われるバリケードが度々置かれており、普段見慣れた街並みに戦いの準備のためのものが置かれている異質さを感じながら、改めて自分自身も戦いの中に立つという緊張感が体に染み込むように感じた。
「ふぅ……」
街の中心にある井戸、そこで水を飲もうと近寄り備え付けのバケツを井戸の中に放り込み、水を汲み上げ誰でも使うことのできるコップをその中に入れ水を汲み取ると、それを一気に飲み干す。
「あの、私もいいですか?」
「え、あ。はい、どうぞ」
突如、後ろから女性に声をかけられる。それに反応した生姜、井戸から数歩身を引くと、綺麗な翡翠色の髪を後ろで縛り上げた冒険者らしき女性が、同じく共用で使っているコップに水を汲み喉を潤している。
冒険者の中に女性は確かにいたが、翡翠色の髪をした人がいたとは気づかなかったと、翔は全身を観察するように横目でみるが、女性の防具は守るところをしっかりと守っているようで、体の可動域に関してはほとんど防具がなく腰回りなど白い素肌が露出しているようだった。そんな姿に思わず、目線を外すことができずボーッとしてしまう翔だったが、その視線に気付いたのか女性が肌を隠すように手で露出している部分を隠す。
「……そんな見つめられたら恥ずかしいです、ショウさん」
「す、すみません。つい……、ん? ショウさん?」
目の前の女性が自分の名前を呼んだ。それはすなわち、自分の知り合いということになる。だが、冒険者の女性に知り合いはいない。しかし、綺麗な翡翠色の髪の持ち主の人物を翔は知っていた。
「え、もしかして……。リーフェさんっ!?」
そこには、冒険者の防具で身を包んだリーフェの姿があった。
 




