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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第33話 前夜の色

 突如発生した魔物の集団襲撃事件の全貌がはっきりしたのは陽がすっかり落ちて二つの月が顔を覗かせた深夜であった。ギルドの冒険者がその調査に総動員となった結果、その規模と進行ルートがはっきりしたのである。


 翔とガルシア、リーフェによって倒された魔物は確認すればゴブリンが四十八匹、オークが十三匹、そして言葉を話し、魔術を操った特殊なオークが一匹、計六十二匹と逃げた魔物の数を含めれば軍の一個小隊規模の集団だったことが判明した。そして、その進行ルートも判明し、街の外側でも特に人の密集していない人口密度が低いルートを通って街に侵入してきたことがわかった。


「つまり、この魔物たちはこのイニティウムの街の構造を理解して攻めに来たと言うことです」


「……ふむ、一介の魔物にそれほどの知能があるとは信じ難いが……」


「他の街からの目撃情報がないことを考えれば、出来うる限り人の目に入ることを避け、この街だけを目的に襲撃してきたと言うことも考えられます」


 ギルドの会議室。そこには、ギルド長のガルシア、村長のコルン、受付嬢のリーフェがいた。特に、リーフェのまとめ上げた資料に目を通しながらコルンはその深い眉間にさらに皺を寄せている。


 魔物の襲撃。それはイニティウムという街が創設されて以来の出来事だった。度々、ゴブリンやワーウルフといった小さい魔物が迷い込んで来ることはあったが、集団で人の住む街を襲うということはコルンは村長という地位について数十年聞いたことがなかった。


「それで、ギルド長殿。これをどう見るかね……?」


「その場に居合わせたもう一人の冒険者が、その件の喋る魔物から、再び街を襲撃するものが現れるという旨の内容を聞いたと報告がありました。そして、それを裏付ける動きも……」


 ガルシアが、コルンの後ろに立たせているリーフェに目配せをする。それを読み取ったリーフェはすかさず両手に持っていた大きな地図を椅子に座るコルンに手渡す。


「私の遠見の魔術で確認したところ、この街を中心に距離おおよそ徒歩で一週間程度の距離に複数の大きな魔力反応がありました。王都騎士団の向かった方向と違うことから考えて、おそらくこれが件の魔物の集団かと」


「……数は?」


「……規模ですと、数百。個々の戦力は計れませんが、それでも十分に脅威です」


 地図に書かれたイニティウムの街と、遠く離れた場所に書かれた大きな円と数字。それらをなぞるようにして眺めたコルンは大きく息を吐きながら眉間を指で挟むと目を瞑りながら天を仰ぐ。


「……掃討するために冒険者を派遣をすることはできないか……」


「戦力が不明な以上、下手に冒険者を派遣すれば数が少ないこちらが圧倒的に不利になります。それに、仕留め損ねた集団が他の街を襲撃する可能性もあります」


 淡々と語るガルシアの目は真っ直ぐとコルンに向いている。しばらく黙ったままのコルンだったが、やがて意を決したようにガルシアの方へと向く。


「……君は、いつだったか。両親を魔物の被害で亡くしているな」


「はい」


「そこに、私情は挟まないな?」


 コルンの問いに、一瞬思い出したかのように軽く口を開き固まるガルシア。だが、その問いに対しガルシアは既に迷うことなく答えることができる。


「はい、私は。私は、私のすべきことをするまでです」


「……わかった、では。私も私のすべきことをしよう」


 こうして始まった深夜の対策会議。時間は刻一刻を争っていた。そんな中、会議室の外で、リーフェが出てくるのを待っている翔の姿がそこにはあった。


 受付ロビーの椅子に座り、ぼんやりと天井を眺めながら手元でパレットソードを握りしめ治ったばかりの右腕の感触を確かめている。


「ショウさん」


「ん、あぁ。メルトさん」


「これ、よろしかったら」


 受付の裏から現れたのは湯気昇るマグカップを両手に持ったメルトだった。翔は、一言お礼を言うとメルトからカップを受け取る、中身は見るとどうやらホットミルクのようだった。


「まだかかりそうですか?」


「そうですね、多分夜明けまで続くかもしれません」


「……そうですか」


 翔がマグカップに口をつけると牛乳のほのかな甘みと暖かな舌触りが喉元を通り過ぎる。同じように、メルトもまた翔の隣に座りマグカップの中身を飲むと軽く息を吐いて肩の力を抜いている。


 ふと、翔の視線はメルトの口元に止まる。呆然とした頭でその牛乳で白く濡れた彼女の唇に触れたくなり、無意識にゆっくりと手を伸ばす。


「……え、ショウさん?」


「あ、……すみせません。無意識に……、ごめんなさい」


「……疲れてるんですね。大丈夫ですよ」


 確かに疲労が重なり、頭の中身が停滞して無意識だったとはいえ、女性の唇に触れようとするだなんてどうかしてると思った翔はパレットソードを置き、マグカップを包み込むように俯きながら大きく息を吐く。


 そんな翔の姿に苦笑するメルトだったが、ふと翔の隣に置かれたパレットソードに目が止まる。


「あれ、ショウさん。その剣、鞘はどうされたんです?」


「あぁ、これですか。なんというか、これが鞘なんですが……」


 そう言って、翔が取り出したのは大きさにして上半身を覆い隠すことができそうな大きさのよく剣士が片手に持っているような盾だった。黒く光るそれは頑丈そうな木材で作られ、中心には何かを嵌め込めそうな大きさの穴が六つ空いておりそれを縁取るかのように銀の装飾が施されている。


「でも、これ。盾ですよね?」


「そうなんです。なんか戦ってる時に、こう。鞘から盾になったというか、なんと言うか……」


 翔自身、何を言っているかはわからなかったが、確かに言葉にして表すのであれば『鞘から盾になった』という事実だけである。見れば、確かに鞘だったものの面影があるわけでもない。


 翔が盾を持ち上げて、それをメルトに見せる。


「鞘が盾になったり、別のものから何か別のものに変形するみたいな魔術ってあったりするんですか?」


「いや……、聞いたこともないです。そもそも物体を変化させる魔術ってとても魔力の燃費が悪いから魔術師の間では嫌煙されてるんです」


「そうなんですね」


 だとしたら、今目の前で手に持ってるものを一体どう説明しろと言うのだろうか。確か、以前ステラ=ウィオーラの話によればパレットソードは遠い昔に作られた剣とのことだった、もしかしたらその昔ではこういった物を変形させるような技術が存在したのかもしれない。そう、翔は思い込むことにした。


 だが、しかし。


「これ、どうやって元に戻そう……」


「鞘ないと困りますもんね……」


 メルトと翔、同じく首を傾げる。というのも、現在パレットソードはその白い刀身を恥ずかしげもなく丸裸の状態で放置している状態である。戦いで基本的に困ることはないが、この剣に限って抜き身の状態で放置していれば誰かが触れた時にガルシアの二の舞になりかねない。


「その、剣に書いてる模様? 文字? みたいなのを読めば何かわかるんでしょうか?」


「多分そうなんですが……」


 基本、この世界の文字は大抵読むことのできる翔であるがこのパレットソードの上に書かれている象形文字のような文章だけはどれだけ頑張っても読むことのできなかった。しかし、改めてメルトに言われた通りその文字に目を通してみると、ぼんやりと文字の一部がオーラを纏って光っているように見える。


 そして、その文字だけが唯一読むことができた。


「これは……『レ…クソス…?』」


 翔が文字を口に出して読んだその次の瞬間、パレットソードの文字の一部が光を帯び、それ釣られ盾も赤いオーラを纏いながらメキメキと大きな音を立て始める。


 とっさに、盾を地面に放り投げる翔。メルトもびっくりしたのか頭の耳をピンと立て翔の肩に張り付いて放り出された盾の変形を睨みつけている。


 しばらくして、大きな音を立てながら変形していった盾は徐々に鞘の形に戻ったかと思うとその場に倒れて再び物言わぬ鞘へと戻った。


「もど……りました……ね」


「は……はい……」


 しばらくその様子を呆然と眺めていた二人。だが、その距離が程なくしていつもよりも近くなっていたことに気づくと、少し気恥ずかしくなったのか、お互いに距離を取る。


 この世界に来てから半年以上の月日が流れようとしている翔。ギルドに通う面々とは顔見知り以上の付き合いはあるものの、なぜかメルトとだけは距離感がチグハグになってしまうことが多かった。年が近いせいもあるかもしれないが、自分と同じ年の女性が仕事をしているということに少々近寄り難いものがあったのかもしれない。


 しかし、以前彼女が困っているところをたまたま通りすがりになった時に助けたところ、そこから再び距離感があやふやになったというのも事実である。具体的には、メルトが翔を避けるようになったことだ。


「と、とりあえず、これはしまっておかないと」


 目の前で変形した鞘にパレットソードをしまう翔。だが、その動きはややぎこちない。メルトはといえば、先ほどの距離感にいまだに恥じらいを持っているのか口元に手をやって俯きながら明後日の方向を向いている。


「こ、この調子だと。まだ何か変わるところがあるのかもしれませんね……ハハ」


「……」


「あの、メルトさん……?」


 俯いたままのメルト、そんな彼女に声をかける翔だったがどことなく空気が固い。声をかけてしばらく、静かな空気が流れる。そして、しばらくして、意を決したようにメルトが翔の方を振り返りその金色に輝く目で翔のことを見つめる。


「ショウさん……っ、私っ!」


「えっと、メルトちゃん。ちょっといいか……な、ってありゃ?」


 メルトの声とは裏腹に、緊張感の全く感じられない声がロビーの中に響く。その声の正体はガルシアだった。


 明らかに、空気の違う全く場違いな声に、メルトの言葉は喉の奥で止まってしまう。肝心の翔も、不完全燃焼といった具合で、素っ頓狂な顔でこちらを見ているガルシアのことを思わず睨みつけてしまう。


「あっと……、ごめん。お邪魔だった?」


「……いえっ! いいですっ、なんですかギルド長っ!」


「その、資料の追加をお願いしたかったんだけどなぁ……」


「わかりましたっ! すぐにやりますっ」


 パッと立ち上がりそそくさと業務に戻るメルト。その声は少々怒っているようだったが、真偽を確かめる術はない。ガルシアの真横を通り過ぎてゆくメルト、その様子をガルシアはバツの悪そうな顔で追って、再び翔と目線が合う。


「……ショウ、悪い」


「……俺、ガルシアさんの恋愛相談に乗ったことを後悔し始めました」


 もはや、今回の件の全てがガルシアの拗らせた恋愛が元凶で起こったものではないかと思い始めた翔だった。

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