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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
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第31話 喋る魔物の色

 魔物と人間。これらの戦力を隔ててるのは、知能の違いだろう。幾分か体格の勝る魔物のゴブリンやオークが人間の装備を身に纏い戦いを挑んだとしても、技量で勝る人間には到底勝つことができず、集団で戦ったとしても統率のとれてない動きでは完全武装し作戦を考え柔軟に対応することのできる人間には勝てない。


 そして、この世界において魔物と人間を隔てているもう一つの要因として、魔術の存在がある。それは、この世界で生きとし生けるものが必ず持っている魂の「色」を媒介とし、それを内側から外へと放出させ具現化させる技術である。当然生きるものである魔物にも「色」は存在し、原理上魔術を扱うことはできるのだが、魔物にはそこまでの知能は持ち合わせておらず、現在まで魔術を扱う個体は存在し得ないはずだった。


 だが、もし。体型や力で勝る魔物が知能を持ったら。


 もし、魔物が集団で武装し統率をとり人を襲うようになったら。


 もし、魔物が魔術を扱うようになったら。


 そして、もし。魔物が人間と同じ言葉を話すようになったら。


「……ニンゲン三人ニ、コレホドテコズルトハ」


 翔を除き、リーフェとガルシアの空気が変わる。何より、ガルシアにとって言葉を話す魔物は禁忌の存在だった。自然と、ガルシアの握る槍に力がこもる、目の前のオークは親の仇とは全く別の個体だ、しかし思い返されるのは焼けた家から両親の肉を食い散らかし、声高々に笑い声をあげている恐ろしい姿。


 十数年たった今でも忘れることのできない光景が目の前に色づいて見える。


「マァ、イイ。ドウセ下見ノツモリダッタ」


「下見……っ? 下見って一体なんのことだっ!」


 ガルシアが吠える。だが、次の瞬間巨大な火の玉がガルシアに直撃しその大きな巨体が宙を舞い地面に強く激突する。すぐさま、ガルシアに駆け寄り、怪我の有無を確認するリーフェ。ガルシアは気を失っており、火の玉を防いだ両腕が酷く焼け爛れてしまっている。


 あまりに突然のことに全く動くことができなかった翔は剣を握り締め正面に構える。


 間違いでなければ、ガルシアを吹き飛ばした火の玉は間違いなく、あのオークから放たれたもの。そして、その火の玉は武器や道具の類ではなく、明らかに魔術のようだった。


「マズ、一人」


「ショウさん逃げてっ!」


 リーフェの声が響く。翔の頭の中では、現在生まれて初めて生と死の葛藤というものが突きつけられていた。それは、父である一登との修行中に見たものとは全く別のものであった。なぜならば、父親である以上、多少手加減はしてもらえる。酷く痛い思いをするが決して死ぬことはないと言ったある種の信頼関係というものがあるからだ。


 だが、今は違う。


 目の前に立っている敵は父親でもなく、訓練に付き合ってくれるガルシアでもない。


 それは、自分自身を敵と認識して、確実に殺しにきている化け物である。


 リーフェの言う通り、逃げることはかろうじてできるのかもしれない。だが、しかしここで逃げてしまったら取り残された二人は? イニティウムの街は?


 ここで引けば、全てを失うかもしれない。


 ここで、引けば。今までの時間は一体なんのために。


「ショウさんっ!」


「ハッ!」


 目の前に炎の塊。一瞬、時間が止まったかのように、全神経が昂って、心臓の音が耳元で騒ぎ立てるように鳴っている。


 体を動かせ、


 手に持ってるものは何のための道具か、


『今道四季流 剣技一刀<秋> 落陽』


 炎の塊を断つ。


 真正面から二つに分かれた炎は、リーフェとガルシアの後ろで軌道を変え当てずっぽうなところで炸裂して霧散して消えてゆく。


「リーフェさんっ! ガルシアさんをお願いしますっ」


「でも、ショウさんだけではっ!」


「いけますっ! 一番この中で消耗が少ないのは俺ですっ、ここで。ここで、あいつを倒しますっ!」


 力強く、だがどこか震えてる声で翔が吠える。確かにこの中で消耗が少ないのは確実に翔である。かといって、先ほどの魔術を断ち切ったのはまぐれなのかもしれない。何の魔法も使えず、剣術一つでこの集団を相手に立ち回れるかと言われれば誰の目に見ても不可能に近い。


 だが、現在翔の脳内に出ているアドレナリンにも似た高揚感と緊張の入り混じった何とも言えない感情が翔の行動を支配していた。


 リーフェの心配をよそに。


「スゥ……」


 呼吸を深く。空気で肺が満たされ、翔の目が見開かれるのと同時に、両足に魔力を流し込み、一気に間合いを詰める。


 だが、オークのところに行くまでに数体のゴブリンが道を塞いでいる。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い』


 体の姿勢を低く構え、ゴブリンよりもさらに重心を低く地を這うように地面を駆けてゆく。時折、刃が翔の頭を掠め斬られかかるが、とっさに身をかわしその細い腕にパレットソードを振るい跳ね飛ばしてゆく。


「小癪ナっ!」


 一気に間合いを詰められたオークは焦って魔術の火の玉を連続して放つも、ゴブリンの隙間を縫うように迫ってくる翔に当てることは叶わず、逆に味方を吹き飛ばしてしまっている。


「っ、取ったっ!」


 形勢が一気に変わる。オークのすぐそばまで間合いを詰め切った翔は、両手に握る剣に魔力を一気に注ぎ込み限界まで強化を施す。この一撃で決めなくては後はない、そしてこのオークの他にもたくさんのゴブリンを相手にしなければならない。


 翔の渾身の一撃がオークを襲う。重心を限界にまで下げ、重量に逆らうが如くバネのような脚力と共にオークの豚鼻のついた頭蓋に目がけ繰り出される強力な突き技。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 翡翠かわせみ


 瞬くような疾さが、オークの丸太のような両腕を貫く。吹き出す血飛沫と、オークの悲鳴にも似た叫び。その声を聞きながら翔は「しまった」と心の中で舌打ちをする。


 勢いは完璧で、技の精度も完璧だった。


 だが、この化け物。両腕の筋肉のみで剣の動きを止めやがった。


「ぶぉああああアアっ!」


「っ! くそっ!」


 痛みか、怒りか。両腕に突き刺さった剣を振り解くように暴れ回るオーク。体重が精々六十キロ前後しかない翔は剣に必死にしがみつきながら振り回されているのを堪えるしかない。


 次の一手を、


 次の一手を、


 次の一手を、


 急速に迫り来る死の実感に頭の思考がスリップを起こす。剣を引き抜けば確実に防御不可能の攻撃がやってくる。しかし、このまま剣にしがみついては振り飛ばされるのも時間の問題だ。


「クソ人間ガァっっ!」


「まずっ!」


 オークの左腕に突き刺さった剣が抜け、その腕に巨大な手斧が握られる。その手斧は確実に右腕に突き刺さった剣にしがみついている翔を狙っている。


「死ネっ!」


 振り下ろされる手斧。確実に逃げることも防ぐこともできない死の一撃、思わず目を閉じる翔。だが、次の瞬間激しく金属と金属がぶつかり合う音ともに、オークの手に握られた手斧が火花を散らしながら吹き飛んでゆく。


「いけっ! ショウっ!」


 金属音の正体は目を覚ましたガルシアが投げた槍だった。この気を逃すわけにはいかないと、翔はすぐさま右腕に刺さったパレットソードを抜きにかかる、しかしオークの腕は剣を離さんとばかりによりいっそうに筋肉を締め上げ剣が抜けないようにしている


「貴様ハコレカラ来ラレルオ方の邪魔ニナルっ!」


「……何?」


 次の瞬間、剣が一気に抜け翔は上空に空高く打ち上げられる。空中でまともに動けないまま、真下ではオークが炎の渦を両腕で溜め込むように抱え上空にいる翔に向けて放とうとしている。


 その様子を見ていたリーフェはすぐさま援護に入ろうと魔術を発動させようとするが、ゴブリンの集団からガルシアを守るの精一杯で援護することすら叶わない。


「死ネェっ!」


 先ほどとは比べ物にならない火力と大きさの火の玉が翔に向けて放たれる。いまだに空中に放り出されたままの翔は身動きが当然取ることができず防御はおろか躱すことすらできない。

 

 今度こそ終わりだ。


 翔がそう思った瞬間、パレットソードに書かれた文字の一部が赤く鈍く輝き始める。その変化に翔は気づいておらず、せめて剣を大きく背中まで構えて迫り来る炎の球を叩き斬ろうとしていた。


「……は?」


 翔は自分の目が一瞬おかしくなったのかと思った。


 突如、炎の球の前に現れた黒い鞘。それは紛れもなく、翔の持っているパレットソードの鞘だった。そして、その鞘は翔の目の前に突如として現れると、大きく展開してゆき鞘ではない別の何かを展開してゆく。


 それは、黒く大きな盾だった。


 空中で展開したそれは、オークの放った炎の球を翔から防ぐように炎を吸収しながら攻撃のエネルギーをゼロへと近づけてゆく。


「…っ、スゥ……」


 今まで忘れていた呼吸を思い出す。何が目の前で起こったか全くわからないが、今であれば《《アレ》》をすることができる。そう思った翔は構えた剣の左手を離し、右手に持った剣を背中まで持ってゆき空中で体を弓のようにしならせる。


 落ちながら加速してゆくそのスピードを剣先に乗せ技を放つイメージを極限まで頭の中に思い浮かべる。


 それは一登から教えてもらった技の中で最も破壊力のある技。


 実戦で使うには場所を選ばなくては自滅する技だと。


 だが、今この瞬間。この一瞬はまさにその技を放つのにふさわしい舞台だ。


『今道四季流 奥義一刀<春> 雨垂(あまだ)れ散り咲く枝垂(しだ)れ桜』


 瞬きも許さない刹那、落下のエネルギーと体全身を使った強烈な一撃が強固なオークの体を右肩からまっすぐに斬撃が貫いてゆく。それは確実に命を奪う一撃となり、その衝撃からか地面に着地した翔はしばらく右手を地面に置いたまま動かなくなっている。


「ガ、ハァッ」


 口から血を撒き散らすオーク。内臓にまで及ぶ斬撃が生命力の高い魔物の命を徐々に削り取ってゆく。一歩、一歩と翔に近づきその腕で頭を捻り潰さんとしたところで、その巨体は一瞬動きを止めたかと思うとやがて大きな音を立てて地面へと倒れ伏した。


 目の前の敵が倒れたのを確認すると、息と胃の中身が嗚咽するように吐き出し、地面に倒れそうになるのを必死に体を起こしながら耐える。


 だが、ここで倒れてしまっては残りのゴブリンやオークの相手をする人間が残っていない。そう思い何とか体を起こす翔だったが、突如右肩に激しい痛みが走り握っていた剣を落としてしまう。感覚から、右肩を脱臼したらしい。


「リーフェさん……、リーフェさんっ! ガルシアさんはっ!」


「だいじょうぶですっ! それよりもショウさんはっ!?」


「右肩が外れましたっ、ガルシアさんを連れて撤退をっ」


 他にもまだゴブリンなどがいるが、その頭領と思われるオークを倒すことができたのならまだイニティウムにいる冒険者で対応することができる可能性がある。


 重い体を起こし、先ほど自分を守ってくれた盾を左手に持ち周囲を見渡す。しかし、周囲を見渡すと先ほどまでいたゴブリンの群れはどこにも見当たらず、唖然とする。おそらく、頭領が倒されたことで指揮が失われ撤退したものと翔は思ったが、同時に、それほどの統率力と知恵があるということに驚嘆していた。


 兎にも角にも。


 多くの謎を残しながら、脅威を退くことができた。


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