第30話 三対多数の色
「ま、魔物の大群? そんな、じゃ今ガルシアさんはっ!? 数は一体っ!」
「ガルシアさんは私を戦線離脱させてショウさんに助けを呼ぶように言われて……っ、数は確認できただけでゴブリン、オークを合わせて数十匹以上は」
突然のリーフェの言葉にうまく頭の回らない翔、だが額に汗を浮かべ切羽詰まった表情をしているリーフェの姿を見る限りでは有無を言わせない迫力がある。
魔物、それはゴブリンやオークなどといった多少の知性を持ち合わせて人間を襲う生き物を総称して指す言葉だ。時には人間から奪い取った防具や武器などで武装を施し、同族で群れを作って行動をしたりもする。
しかし、ギルドでの座学では基本同族同士で群れは作ることはあっても別種で群れを作ることはほとんどないとのことだった。ましてやそれが数十匹以上の規模となると、それは一個人の冒険者が手に負える代物ではない。
「とにかく、今はガルシアさんが魔法で街への侵攻を止めてる状況です。ギルドへの助けは魔物の街への侵攻を早めることになるので行うことができません」
「ということは……、俺とリーフェさん、そしてガルシアさんで対処しなくてはいけないと」
「はい……、緊急クエストとしてギルドの代表代理としてリーフェ=アルステインが冒険者イマイシキ ショウに依頼します。どうか、依頼を受け取っていただけますか?」
濡れた翡翠色の瞳が翔の目と合う。相手は大群、動かすことの人員は自分を合わせてたった三人、立ち向かうだけでも無謀ではあるが冒険者としてここで引くわけにはいかない。むしろ、今の翔にとっては冒険者であるということが誇りであるようですら思えた。
「はいっ、クエスト受注します。では早速っ」
「おいっ、ちとまちなっ!」
突如、話を聞いていたパルウスが急いでベンチから立ち上がる。急足で工房の中へと戻ると、両手いっぱいの武具や防具などの類を両手いっぱいに持ってやってくる。
「とりあえず、ないよりマシだがありあわせの防具だ。装備していけ」
「すみません、ありがとうございますっ」
すぐさまパルウスが持ってきた防具を翔は装備し始める。装備内容は手甲、胸当て、膝当て、肘当てといった軽装ではあるが普段着で戦うのと比べて幾分かマシな形になった。
翔が装備をしている間、パルウスはもう一つ白い布に包まれた細く長いものをリーフェに手渡す。
「あと、こいつをあのガキに届けてやれ。ちょうど昨日完成したものだ」
「これは、ガルシアさんの槍……っ」
「丸腰で戦わせるわけにはいかねぇだろ。嬢ちゃんの依頼だったからな、超一級品に仕上げてやったぜ」
装備を整え、準備を終えた翔はパルウスにひとこと礼を言うとすぐさまリーフェと共に駆け足でガルシアの元へと向かう。いくらガルシアが強いとは魔物の大群相手となればそう長く持ち堪えることはできないだろう。
「まだ魔物は街へは移動していないはずですっ、ガルシアさんが魔術で街への侵攻を止めてはいますが時間の問題です。急がないと……っ」
とはいうものの、リーフェの足取りは重い。それもそのはず、先ほどパルウス空手渡された槍に加え、一度工房を離れてから全力で翔の元に戻ったのだ。それに加え、ロングスカートという戦闘と走るのに全く向かない服装をしている。
「リーフェさん、失礼しますっ」
「え、ってショウさんっ!?」
突如、翔がリーフェを抱き抱え身体強化術を使い、一気に峠の坂道を駆け降りる。木々の間を飛び越え、細い道を全力疾走して進むと遠くの方から微かに、何かが燃えるような匂いがする。
おそらく、ガルシアが魔術を使って戦闘をしている痕跡だろう。
「この先ですかっ?」
「はいっ!」
「わかりましたっ、もう少し飛ばしますよっ!」
さらに両足に魔力を巡らせ、地面を思いっきり蹴り飛ばす。さらにスピードが上がり、それにつれて徐々に焦げ臭いと戦いの轟音と爆発音が迫ってきている。
「……っ、見えたっ!」
林をぬけ、視界が開けた瞬間。赤い閃光と炎、そしてその中心で一心不乱に魔術を行使しているガルシアの姿が目に飛び込んできた。だが、ガルシアはすでに血まみれであり、肩で息をしている姿から遠くで見てもわかるほどに憔悴しきっている。
そして、それ以上に周りを取り囲んでいる魔物の集団。すでに焼け焦げて倒れているものもちらほら見えるが、その魔物のほとんどが武装をしており正直三人で相手をできるほどの量ではないと翔は一瞬身構えてしまう。
「ガルシアさんっ! これをっ!」
あまりの魔物の量に驚き動きが止まった翔の手から離れ、飛び降りたリーフェは足をもつれさせながらもすかさず手に持っていた槍をガルシアに向けて放り投げる。
それは、魔物の大群の上を大きく放物線を描きながら飛んでゆき徐々に、空中で白い布が剥がれ、太陽に照らされながら鈍色の光を放ちながらガルシアの元へと飛んでゆく。それに気づいた魔物たちは、武器を取らせまいと空に手を伸ばすガルシアの元へ向けて一斉に走り出す。
絶体絶命かと思われたその時だった。
「ジジィを舐めるんじゃねぇえええっっっ!」
ガルシアの中心に炎の渦が巻き起こる。激しい爆音と共に打ち上げられ燃えながら地面を転がる魔物たち。
槍を振るう、その姿は一騎当千。
先ほどまでの劣勢が嘘かのように、戦況が槍を手にしたガルシアによってひっくり返る。リーフェが渡した槍は、ふだんと形状は似ているものの持ち手が三つに分裂する作りになっているせいか、刃先のリーチの長さと速度が尋常じゃなく上がっている。
「ショウさんっ! 私が魔術で援護しますっ、ガルシアさんのところにっ!」
「は、はいっ!」
ガルシアの覇気に気圧され、一瞬動きが止まった翔だったがリーフェの声で正気に戻り、すぐさま腰に差していたパレットソードを引き抜きガルシアの元へと向かう。
先ほどの大規模な攻撃で一瞬、魔物たちの勢いは止まったが翔がガルシアの元に合流する時には再び勢いを取り戻し、一瞬のうちに再び取り囲まれてしまう。
「ガルシアさんっ! 無事でしたかっ」
「あぁっ。悪ぃな、お膳立てしてもらってこのザマでよっ!」
「それはいいんですが、結局どうなったんですかっ!?」
「生き残ったら教えてやラァっとっ!」
互いに背中を守りながら、向かってくる前衛のゴブリンの攻撃を捌いてゆく。ガルシアも軽口を言えるほどには体力が残っており、血まみれになっているように見えたのはほとんどが返り血だったようだ。
「畜生っ、この服今日おろしたてだぞっ」
「そんなことよりっ! 作戦はなんかあるんですかっ」
「作戦っ!? そんなもんあるわけ……っ」
ガルシアが聞き返した瞬間、とても剣だけでは太刀打ちできないような大きさのオークが目算一メートルは超えるであろう棍棒を振り翳した瞬間、そのオークの頭が緑の閃光と突風によって爆ぜて飛び散る。
二人が振り返ると、そこには両手を空にかざし、緑色のオーラと風を纏っているリーフェの姿がある。
「クイーン&ツーナイトの陣形で行きますっ! 二人は私の援護に回りつつ街への侵攻を阻害してくださいっ!」
「「りょ、了解っ!」」
リーフェの言うクイーン&ツーナイトとは、ギルドがパーティーでの行動で推奨している陣形のことを指し、その中でも三人パーティーの中で一人が魔法支援を行い、二人がその一人を守りながら立ち回ってゆくという陣形である。
リーフェに言われ、ガルシアと翔はすぐさま動き出す。
リーフェを取り囲むように陣形を形成し、ガルシアは槍と鎖を振るいながらリーフェから魔物を引き剥がすように立ち回る、そして距離を取った魔物に一気に間合いを詰め切り込んでゆきながら、魔物の進行方向の最前線へと進路を確保するように動いてゆく。
「ここから一匹も逃すなよっ! 『炎よっ!』」
「当然ですっ! 『風よっ!』」
ガルシアとリーフェの合わせ技。風の魔法に巻き込まれた炎が渦となって魔物の集団を焼き払ってゆく。幸いか、特に大規模な魔術を行使しているリーフェに気を取られ魔物の侵攻が滞っているため、眼前の敵にのみ集中することができる。
『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨』
翔は大きく息を吐き散らしながら、次々とゴブリンの攻撃を掻い潜り急所に向けて刃を奮い立てる。敵も武装はしているが、魔物である彼らにそれらを使いこなす技量などあるはずもない。
しかし、集団での戦力は時に技量を上回り脅威となりうる。
最初は善戦をしていた三人ではあったが、ガルシアは二人が到着する以前より一人で魔物の集団を相手にしていた。そのためか、しばらく攻防戦が続いたものの最初に動きが鈍くなったのはガルシアだった。
「チッ、次から次へとっ! めんどくせぇっ!」
ガルシアの葉巻から発せられた炎の波がオークたちを襲う。だが、その威力は最初に比べ格段に落ちており、数匹が炎に巻き込まれても生き残ってしまっている。
だが、そのカバーに入るようにリーフェがすぐさま風の刃を弱った魔物に飛ばし一掃する。その光景をしばし槍を地面について見ていたガルシアだったが、とうとう地面に倒れ込んでしまった。
「ガルシアさんっ!」
とっさに倒れたガルシアにリーフェが駆け寄る。そしてその隙を見逃さんと襲い掛かるオークとゴブリン。
「させるかよっ!」
『今道四季流 剣技一刀<夏> 孤月<空>』
地面を蹴り上げ、飛び上がった翔が放った二百七十度にもなる大ぶりな横一文字はゴブリンの首とオークの腹を捉え鋭く切り裂いてゆく。
「ガルシアさんっ、しっかりっ!」
「ショウさんっ! 後ろっ」
「っ!」
リーフェの言葉に思わず後ろを振り返る翔、そこには先ほど攻撃を加えたオークが血の流れる腹を抑え、人間の頭ほどある大きな拳をふりおろさんとしているところだった。
「やば……っ」
反応しようにも、防ごうとしてしまっては翔自身が潰されることはほぼ確実、何より後ろにはリーフェとガルシアがいるため引くことができない。
とっさに剣を持ち替える翔。だが、次の瞬間に翔の顔の横を鎖のついた刃が過ぎ去ったかと思うとオークの脳天目がけて貫き、拳が振り下ろされる寸前でその大きな巨体が大きな音を立てて仰向けに倒れる。
「畜生が……っ、どんだけいやがるんだ。雑魚どもでも限度ってもんがあるだろ……っ」
鎖を膝を突きながら手元に引き寄せるガルシア。確かに、様子がおかしすぎるとは思っていた翔とリーフェ。ただでさえ、別種の魔物が共に行動するのが珍しいのに、その動きには統率されている感じですらある。
ガルシアを引き起こし、再び陣形を立て直す三人。だが、リーフェも魔術を行使しすぎたせいか額に汗を浮かべ、顔色も悪くなってきている。こちらの状況はどんどん悪くなっているのにも関わらず、魔物はまるでふって湧いてくるかのように数が減ることがない。
「おい、リーフェさん……。やっぱりおかしいと思わねぇか……」
「はい……、これだけの量の魔物が、しかも別種と一緒に統率をとって一斉に行動をするだなんて」
「だよなぁ……、あとどのくらい魔力は持つ?」
「……戦えるのはあと二十分が限界ですね」
「ショウは?」
握る剣の感触を確かめながら、体全身に神経を集中させ魔力の流れを確認する。身体強化術の影響で軽く筋肉痛が出始めてはいるが、まだ剣を振るうのに支障はないと判断する。
「まだ。まだ動けます、そういうガルシアさんは?」
「なぁに、魔力はすっからかんでも腕は動かせるさ。こいつら相手にはこの一本で十分よ」
勢いよく槍を振るうガルシア。勢いはいいものの、やはり本調子ではないかいつもの力強さは感じられない。
三人の中、確実に消耗していないのは翔のみ。しかし、二人とは違って大規模の魔術を使う手段を全く持ち合わせていないため、後一歩で役に立てないところが翔にとって非常に歯痒い。
三人と、魔物集団が睨み合っていた。その時だった。
突如、魔物の集団の後ろからゴブリンともオークともつかないドロリとしたさっきが周囲の空気を包み込む。そのおどろおどろしい気配気づいた三人はとっさに身構える。
「おいおい、なんだあれは……っ」
「少なくとも、先ほどまでのゴブリンやオークとはレベルが違いますね……」
大きさは、オークと変わらない裕に二メートルを超える巨体。だが、身に纏っている防具が他の魔物がつけているものに比べ明らかに良いものであることが一目瞭然だった。
その魔物は、群衆をかき分け真っ直ぐ三人の前へと向かう。そして、身につけているフードをゆっくりと脱ぎ去ると、そこには人間ではないギラギラとした目を持つ大きな牙をのぞかせたオークの素顔があった。
それぞれ三人を睨みつけるように眺めるそのオークは、おもむろ口を開き大きなため息をつく。
「……ニンゲン三人ニ、コレホドテコズルトハ」
聞き間違いかと思った。
三人の目の前に立つ魔物が、言葉を話した。




