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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
29/201

第29話 ガルシアの色

「男は、正面突破あるのみです」


 話は先日に遡る。それは、王都騎士団を送り出した打ち上げ後にガルシアから誘われたバーで翔が発した言葉だった。


「正面突破ってお前……、仕事関係を続けて数十年。その間にお茶にすら誘えなかったヘタレだぞ。俺は」


「なら、今こそが勇気の出しどころではないですか?」


「……うーん」


 そう言いながらガルシアは目の前のグラスに入った琥珀色の酒を一気に喉に流し込むと頭をかきながらテーブルと睨めっこをし始める。ガルシアの言うことが本当であるのなら、彼は当分帰ってくることのできない出張に出ることになる。そして、生きて帰ってくる保証のない出張だ、であれば想い人に想いを伝えずしていつ伝えるべきだろうか。


 少なくとも、翔にもリーフェに対して思うところはある。であればこそ、彼女にも幸せになってほしいところだ、そしてその横にガルシアが立っているというのはとても絵になる姿であるということは容易に想像できた。


「それで、正面突破するにしてもどうするつもりなんだ」


「えぇ、作戦としては。まず、ガルシアさんとリーフェさんが二人きりの状況を作り出します」


「でも、俺。割とリーフェさんとは二人っきりになる状況は多いぞ? 仕事場とか」


 そう、そこなのである。ガルシアとリーフェが二人きりになる状況というのは意外と多い。ただ、それはあくまで仕事上の関係としての二人きりの状況である。であれば、どのような状況が好ましいか。


 それは、男と女。仕事というしがらみにがない、二人が肩書きを捨てた状態での状況が必要だ。


「ガルシアさん、帰り道デートってご存知ですか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 丘の下り道からひょっこりと顔を覗かせたガルシア。当の本人は普段通りであることを演出しているつもりだが、その頬が若干引き攣っているのを翔は見逃さなかった。


「ガルシアさん、どうしてここに?」


「いや何、最近こいつを引っ張り出す機会が多くてよ。いい機会だと思って、また鍛え直してもらおうと思ってね」


 驚いた表情をしているリーフェの前にガルシアが差し出したのは、普段使っている鎖付きの長槍だ。最近引っ張り出す機会が多い、というのもそれは翔がたびたびガルシアと打ち稽古しているからである。


「おいクソガキ。口の聞き方には気をつけろって言ったよな? でねぇとその槍バラして竈門にくべちまうぞ。ったく」


「なんだ、元気そうじゃねぇかパルウスのジジィ。最近仕事してねぇだろうと思って仕事を持ってきてやったぜ。ほれ」


 そういって、ガルシアはほとんど鉄の塊と変わらない長槍をいとも容易く片手でパルウスに向けて放り投げる。そして、それをまたその小さな身の丈から想像ができないほど軽々とした身のこなしでパルウスが片手で受け取る。


「ふんっ、また随分懐かしいもんよこしやがって。いいだろう、そっちの小僧と一緒に面倒みてやラァ」


「おう、じゃ。頼むぜ、そんじゃぁな」


 「いやおい、少し待て」と、そのまま帰ろうとするガルシアの肩を鷲掴みにし、強制的に引き止める翔。いい大人が何食わぬ顔で何平然と立ち去ろうとしているのだろうか、これではなんのためにリーフェと一緒に防具店に立ち寄ったかわからない。


「り、リーフェさん。自分、このあとパルウスさんと一緒に防具のことについて話をしたいなぁ〜って思いしまして」


「え、はぁ…」


「その、えっと。ホラっ、男同士、むさい話ししかしないと思うでよろしかったらせっかくの休日ですし、午後は自由にしていただいても構いませんので…」


「その……、私は一向に構わないんですけど。むしろ、パルウスさんと二人きりにさせるのは……」


 渋るリーフェ。だがしかし翔の真意を鈍いながらも察したガルシアが慌てるように二人の間へと入る。


「そっ、そうだよなっ! やろう同志のむさっ苦しい話なんて聞く必要ないですぜリーフェさんっ! それにまだ一日は長いだから、せっかくだし街まで俺が送りますよっ」


 ガルシアの言葉に対し、翔は首をもげる勢いで縦に振る。そんな二人の不自然な流れな小芝居を少し疑りをかけた目で見るリーフェだったが、その真意のは気づくことなく、持ってきた手荷物をベンチから取り肩に掛けた。


「わかりました、ショウさんが言うのであれば。せっかくの機会ですしゆっくり話をしてくださいね」


「えぇ。リーフェさんもここまでありがとうございました。帰り道はガルシアさんが送ってくれるので安心です」


「そうそう、なんってったってこのギルド長がついてるんだからなっ。帰り道は安心してくれたまえ」


 若干おかしなテンションになっているガルシアではあるが。何はともあれ、パルウス工房を利用したリーフェとガルシアを二人っきりにさせる作戦はどうにか成功した。問題は、ガルシアがどのようにしてリーフェと話をつけるかだがそれに関しては過度な考えをめぐらせてもしょうがない。なるようになれ、お膳立てはここまでだという面持ちで翔はいた。


「では、お気をつけて」


「はい。またお家で」


 そして、リーフェはガチガチに緊張しているガルシアと共にパルウスの工房を後にした。そして、そんな面白い後ろ姿が見えなくなるまで翔は見届けるとホッと息を吐きベンチに腰をかける。そして、そんな横ではパルウスがガルシアから受け取った槍と先ほど翔が壊した鎧を片づけているところだった。


「おい、坊主」


「はい、なんですか?」


「オメェ、あの二人がどういう関係か知ってるのか?」


「それは……、ギルドの上司と部下の関係……じゃないんですか」


「……フン。なるほどな、お嬢は教えてなかったか」


 一度工房に戻ったパルウスは槍と鎧を仕舞った後、タバコと図面のような用紙を片手に翔の元に戻ると、ベンチに座りタバコに火をつけゆっくりと煙を口から吐き出して、どこか遠い昔を思い出すかのように空を見上げた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ガルシアさん、そんなに緊張しないでくださいよ。こっちまで緊張しちゃう……」


「す、すみません。なんか、こう。懐かしいですね、こうやって二人きりになるのって。仕事以外で……」


「そうですね、何十年ぶりかしら。仕事以外でこうやってのんびり過ごすのは」


「リーフェさんの家を出てから大体三十五年くらいですね。いや、本当にあっという間でしたね」


「えぇ、本当。私よりも小さかった子供がこんなに大きくなって、私の後ろじゃなくて前を歩くようになって。本当、時間の流れは早すぎます」


 少しだけ悲しげな表情を浮かべるリーフェ、そんな表情をガルシアは懐かしげに隣で歩きながら眺めていた。ガルシアは思い返せば、リーフェと一緒にパルウスの工房に向かうのも遠い昔の出来事に思えた。


 今から、四十年ほど前。ガルシアがまだ少年だった頃の話だ。


 ガルシアはイニティウムの外れにある小さな農民の家庭で、決して裕福ではないものの、それでも不幸ではない普通の生活を送っていた。そんな中、ガルシアが冒険者を目指すきっかけというものがすぐそばにあった。


 ガルシアが暮らしていたそばには、人があまり出入りをしない小さな家のようなものが建てられていた。それは、イニティウムを拠点に活動している冒険者の集団が時折利用する建物であり、月に何度か訪れる仮別荘のような場所だった。


 少年ガルシアはそこを出入りする冒険者と時折言葉を交わしながら彼らの冒険話などを聞いて育ったためか、対して仕事に派手さがない農業と比べ、危険を背にしながらも戦うことをやめない冒険者に対しての憧れは増えてゆくのだった。そして、家族の反対の言葉も聞かずに冒険者になろうと親の目を盗みながら着々と準備を進めていたのだった。


 しかし、転機とは訪れるべくして訪れないものである。そして、それは決して幸運ではなく、とてつもない不幸として訪れる。


 冒険者ギルドに何度目かわからないヘタクソな字で書いた申請書を届けた帰りだった。帰り道、遠くの方で何かが焼ける匂いに気づいたときはどこかで誰かが焚き火をしているのかと思った。しかし、昼下がりでまだ明るい時間帯でしかも暖かい季節にも関わらず、そんなことをする人間がいるはずもなかった。


 もとより、それは人間ではなかった。


 冒険者が時々話していたことを思い出す。最近、このあたりで言葉を話し魔術を使う魔物が出ると。そして、そんな魔物を狩るために冒険者が家を後にしたばかりだった。


 ガルシアが目にした光景は。見慣れた家を無惨にも焼き払い、暖かい食事を用意してくれた母と厳しくも真に自分を思ってくれた父を何食わぬ顔で貪りついている羽根を生やした人間の姿をした魔物の姿だった。


 声が出るよりも先に、全身から力が抜け地面に膝をつきただただ目の前の光景が悪夢であると思い込むことしかできなかった。


 しかし、幸か不幸か。そんなガルシアの境遇を救ったのは冒険者だ。


 ガルシアの家が襲撃された時、その場にいた冒険者はすぐさま魔物の対応を行ったのだが、そのあまりの強さにパーティーはほぼ壊滅。パーティーの中で一番若い冒険者がギルドに報告を行い、すぐさま派遣された冒険者たちによって目の前で無力にも両親を殺され呆然としていたガルシアを救出、魔物を撃退することに成功したのだった。


「天涯孤独の俺を拾ってくれたリーフェさんには、本当に感謝してるんです。貴方のおかげで、俺はここまで大きくなれた」


「私は。私は、当然のことをしたまでのことです。ギルドの職員として、人として。当たり前のことをしたまでですよ」


「その当たり前が、今の俺を作ってくれてる。リーフェさん、俺は……」


 リーフェの隣よりも少し前を歩いていたガルシアの足が止まる。何か言いたげなガルシアの大きな背中を見ながらリーフェも足を止めた。そして、ゆっくりと振り返り、ガルシアはもうすでに見慣れた優しい眼差しのいつまで経っても変わらない愛おしい女性の目を見つめる。


「俺は……、バルバルスの派遣が決まりました。おそらく、もう……」


「……ガルシアさん、いつも書類の整理やギルドから届いた手紙を管理してるのは誰だと思ってるんですか?」


「やっぱり、知ってたんですね。俺の派遣が決まったこと」


 少しだけ緊張の解けたような表情を浮かべるガルシア。そして、そんなガルシアの前でゆっくりと頭を下げるリーフェ、その姿は母親がどこか遠い地に向かう息子を送り出すような姿にも見えた。


「イニティウムギルド長、ロード=ガルシア様。ギルド職員を代表して、今回の派遣に選出されたことをお祝い申し上げます」


 少しだけ肩を震わせながら、リーフェはかつて自分の子供のように大切にしていた男に、最大限の言葉を送った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ガルシアさんにそんなことが……」


「あぁ、そのあとすぐだったか。お嬢の家に居候することになったのは、まだ十二になったばかりだってのによ。親も家も全部無くしちまったわけだ、あいつは」


 ガルシアは、その後。ギルドで被害報告を受け事案の対処を行なっていた当時ギルド受付嬢であるリーフェの元へと引き取られることになった。だが、ガルシアは目の前で起きたことのショックのせいか、しばらくリーフェとは打ち解けない期間が長かった。しかし、ガルシアの中には明確に渦巻いていた一つの野望にも似た復讐心が大きくなっていった。


 あの魔物を殺す。


 両親にした時と同じように残酷に殺してやる。

 

 体を焼いてやる。


 その身を、皮を、肉を生きたまま剥ぎ取ってやる。


 そんな考えばかりを頭に巡らせ、半年経った時にはそれは少年の目ではなく獲物を追い詰める獣の目になっていた。


「ある時、お嬢が一人のガキを連れてきた。そのガキが言うには武器が欲しいと。冒険者になって親の復讐をするんだと言ってな」


「それが、ガルシアさん……」


「あぁ」


 パルウスは深く吸い込んだ煙を空に向けてゆっくりと離してゆく。それは雲と変わらない白さに溶けていった。


「俺は言ったんだ、テメェみたいなガキに作る武器はないってな。俺の作る武器は商売道具だ、それ以外でどこかの誰かしらねぇやつをブチのめす復讐の道具じゃない。それでもとせがんできたあいつには一発ぶん殴ってわからせてやろうと思ったよ」


 けどな、とパルウスが言葉を続ける。


 先に手を出したのはパルウスではなく、その場にいたリーフェだった。乾いた平手打ちを一回、そして呆然としてるガルシアにもう一回。


 冒険者とは何か。それは、平穏に暮らす人々の隣に寄り添い、そして降りかかる火の粉を最前線で受け止め、弱気を助け、守る者だと。


 今、ガルシアが生きているのは、決して偶然ではない。あの場にいて、重傷を負い死んでしまった仲間を置いてそれでもギルドに助けを求めに来た若い冒険者は、せめてあの家に住んでいる子供を、自分達の冒険話を喜んでくれるあの子だけも助けなくてはと、そういう心持ちでギルドに助けを求めに来たと語った。


 死んでしまった人が、何を思うか。それはわからない。話すことも聞くこともできない。けれども、今生きて、己を助け生かしてくれた人の想いには報わなければならない。


 リーフェはそう言って当時のガルシアに言い聞かせたのだという。


「お嬢のあの時の表情には驚いたぜ、あの別嬪さんがここまで怒れるものかと思ってよ」


「……」


 リーフェの過去を知っている翔にとって彼女がガルシアに向けて放った言葉はひどく重みがあるように思えた。そして、そんなガルシアの過去と、ガルシアが今リーフェにむけている感情がとてつもなく複雑で深いものだということは想像に難くなかった。


「まぁ、そんなこんなであいつらはいつの間にか上司と部下の関係になっち待ったわけだ。んで、坊主。お前、あいつらくっつけようとしてんだろ?」


「え、いやっ。その……、はい」


「ったく、世話焼きが。別にテメェがどうこうしようが。あいつらの中じゃ、とっくのとうに答えは出てるんだよ」


「……そうですね」


 改めて、今回はいらぬ世話をしてしまった翔は思った。もとより、ガルシアから手助けをしてほしいとのことだったかがパルウスの話を聞いた限りでは、自ら手を出す必要はなかったのかもしれない。しかし、あの二人がくっつくと考えた時、翔の心の中では少しだけ苦い感情が滲み出ているのを感じていた。


「さて、昔話は終いだ。次はテメェのを作んなきゃならねぇからな、もうちっとばかし付き合って……」


「はい……え?」


 立ち上がったパルウスの体がピタリと止まる。見つめている先は、工房のある峠の坂の先、同じく翔も峠の先に目線を向けると、その向こうから誰かが必死になって走ってゆく姿が見える。


 その姿は紛れもなくリーフェのものだった。


「リーフェさんっ!」


 その尋常じゃない様子に、翔はすぐさまベンチから立ち上がりリーフェの元へと駆け寄る。先ほど話をしていた時間を逆算して一時間くらい経ったあとだろうか、ひどく慌てた様子のリーフェに翔が駆け寄ると彼女は息を上げていた。


「リーフェさん、一体何が……っ」


「ショウさんっ! 今すぐ私と一緒に、ガルシアさんがっ!」


 ガルシアさんが、魔物の大群に襲われてるんです。

 


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