第28話 鍛治師の色
「ショウさんが一緒にきて欲しいだなんて珍しいですね」
「自分は素人ですから、やっぱり防具選びにはプロの目が必要でして……」
「そういうことならドンと任してくださいっ!」
得意げに胸を叩いて楽しそうに歩くリーフェの後ろをついてゆく翔。イニティウムを少し離れたところにある峠の道を優しい陽の光を浴びながら乾いた土の匂いを纏い進んでゆく。
前回、王都騎士団のガレアからの助言で自分自身にあった防具を選んだほうがいいと言われた翔は早速リーフェに目利きを依頼し、彼女の休みのタイミングを見計らって彼女の薦める鍛治職人の元へと足を運んでいる最中だった。
「でも、頼んだ本人が言うのもなんですが。こんなに目をかけてもらって贔屓とか言われたりはしないんですか?」
「まぁ、確かにそうなんですけどね。ですが、今回は冒険者の防具を揃えるための案内人というギルドの職務として活動していますから問題ないですよ。それに、しっかりと依頼料をいただけるのなら私としては満足ですしね」
「なるほど……、依頼料はしっかりと払わせていただきますね」
「えぇ、楽しみにしていますっ」
満面の笑みを浮かべ、翔の方へと振り返るリーフェ。ギルドは基本的に他者からの依頼を受け内容によって冒険者を派遣している。そして当然ながらそこには依頼料となる金銭の問題が発生する。だが、それは決して金銭の類では無く、依頼主が自由に決めることができるわけだが、今回リーフェが指定してきた依頼料は金銭の類ではなかった、むしろ予想できた依頼料である。
「らーめん? でしたっけ。ショウさんの作ってくれる料理って」
「はい、そうです。たくさん種類があるんですけど、今回はここで作れる最大限のものを用意させていただきますね。向こうでもすごい人気があって、道を通ればその料理を出す店が一つ二つ必ずあるような人気料理なんです」
「へぇ〜、でも。おんなじ料理のお店ばかりで飽きちゃわないんですか?」
「不思議と飽きないんですよねぇ。やっぱり種類が豊富だからなんですかね」
リーフェが依頼料として請求してきたのは。翔がやってきた地球で最も人気だった食べ物というものだった。地球で人気な料理といえば色々と出てくるわけだが、割と手軽に作れて、かつアレンジの多い料理と考えたときに出てきたのがラーメンだった。
翔自身、ラーメンと聞いて思い出すことといえば。父の一登が高校時代の友人が店主をやってると言っていたラーメン屋に幼い頃から通っていたことだろうか。一登が死んだ後も店主には何かと目をかけてもらい、金がない中でラーメンを食べさせてくれた嬉しい記憶もある。
「さて、そろそろ見えてきますね」
峠の中腹に、その鍛冶屋はあった。街からはだいぶ離れており、普通に歩いていてはただの一軒家にしか見えないだろう。だが、よく目を凝らしてみれば家の玄関口に申し訳なさげな程度の小さな看板が下げられている。
「パルウスの……鍛治工房?」
「はい。ここは冒険者たちの防具や武器を作っているドワーフのパルウスさんの工房なんです。ちょっと気難しい方ですけど、腕は確かな気のいいおじいちゃんですよ」
よく見知っているかのように語るリーフェの表情は非常に穏やかである。そして、鍛治工房というところに初めて来た翔は物珍しそうに周囲を見渡しながらリーフェの話を聞いていた。
「ほぉ、懐かしい匂いがすると思ったら。なんだ、ギルドの姫様じゃねぇか」
「パルウスのおじさまっ! お久しぶりです、元気にしてましたかっ?」
突如、入口から聞こえた嗄れた声に反応したリーフェはその顔を一気に明るくさせしゃがみながら声の主へと近づく。というのも、その声の主の身長はリーフェの腰ほどの高さしかなく、そしてその小さな身長に比例するように蓄えられた赤茶の髭が足先にまで伸びている。
これもまた、ファンタジー世界ではお馴染みのドワーフだということを翔は一眼見て分かった。
「おうおう、姫様は相変わらず可愛い顔してらっしゃる。それにしても今日はお客さんが多いようだが、その後ろの優男はどこの虫だい?」
「あ、すみません。先にご紹介しますね。この方がイニティウムで唯一かつ最高の鍛治職人のパルウスさんです。そして、こちらが今回パルウスさんに防具を作ってもらう新人さんのショウさんです」
しゃがんでいたリーフェがスッと立ち上がり、翔の方へと向き直る。その背後に立っているドワーフは背が低い割には確かに感じる威厳とその鋭い眼光で翔のことを値踏みをするかのように睨みつけていた。明らかにファーストコンタクトとしては幸先が悪い。
「どうも、初めまして。今一色 翔で、す?」
「……ふん、こんなヒョロいガキが冒険者ねぇ。イニティウムのギルドも質が落ちたってもんだ、第一に。その目が気にくわねぇ、虫一匹殺すのにも一々理屈を捏ねそうな判断の鈍い輩だってのが見てわかるぜ」
パルウスは翔から視線を外し、頭の上で手をひらひらとさせながらいかにも興味がありませんと言わんばかりにリーフェと翔に背を向けて工房の方へと戻ってしまう。そんなパルウス姿に返す言葉もなく唖然とする翔、そしてそんな彼のことを慌てて追いかけるリーフェはパルウスと一緒に工房の中へと入ってしまった。
「……まいったな……」
頭をかきながら翔は、工房の前に置かれているベンチへと座る。目の前で風に揺れるすっかり長くなった前髪を見つめながら、ここにきた目的と並行して行われているもう一つの目的が同時にダメになってしまう可能性が頭をよぎっていた。
工房の中では二人の言い争いというべきか交渉というべきか、そんな話し声が聞こえてくる。あの中に入っても余計話がややこしくなるだろう、そんな諦めの中ぼんやりと峠の方を眺めていると、しばらくして工房の中から話をしていた二人が出てくる。
「ったく、リーフェちゃん。約束だからな」
「では、これで言いっこなしですよ。改めて、よろしくお願いしますね」
「わかったわかった。真面目にやるっての、おいっ! ぼうずっ!」
「は、はいっ!」
突然空が破れたかのような怒号に、思わず背筋をただす勢いよく立ち上がる翔。そんな翔で仁王立ちになるパルウスは、いかにも不服と言わんばかりに頭の毛先から爪先までじっくりと観察を始める。
「おい、テメェの持ち武器はその腰に下げたボンボンの剣か?」
「え、は。そうです……」
「シャキッと返事しねぇか、このタコっ!」
「は、はいっ! そうでありますっ!」
「よし、簀巻き持ってくるからそのまま待ってやがれ。動きを見てやらぁ」
再び工房へと戻るパルウス、一気に体の力が抜けヘタレこむ翔に駆け寄るリーフェ。
「翔さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。はい」
「ごめんなさい、パルウスさん。初対面の人にはいつもあんな感じで……、最初に来る人はみんな怖気付いちゃうからみんなここでは防具や武具を揃えないんです。でも、パルウスさんの防具は本当に質がいいですから、どうか。ここは頑張って……っ!」
「ハハハ……」
そんなことよりも一体何を代償にあの堅物を焚き付けることができたのかが気になる翔だったが、そんなことを考えていると工房から物々しい音を立ててパルウスが等身大の人形のようなものを持って外へと出てきた。
「よし、今からテメェにはこいつに打ち込みをしてもらう」
「……簀巻きでは?」
「文句あんのか、アァン?」
「いえ……、ないっす」
パルウスが持ち出したのは水に浸した巻藁を巻いたものではなく、金属製のフルプレートの鎧を着込んだ人形であった。所々凹んだところがあることから打ち込み用のもので使いまわされてるものであるというのはわかるが、それでも十二分に頑丈な作りをしていることは明白であった。
「それじゃ、こいつを壊せ」
「は?」
「その腰に下げた坊ちゃんの剣でこいつを壊せって言ってんだ、できりゃテメェの防具を作る、出来なきゃ消えろ。二度と俺の前に姿を見せるんじゃねぇ」
なんとも暴利な話である。だが言っている当の本人は冗談の「じ」の字も感じられない表情であり、リーフェに至っては絶望を通り越して呆れている。
「……わかりました、その代わり。もし、自分が原因でリーフェさんに無理なことをさせるのであれば、帳消しにしていただきたい」
「おうとも、ただ。そういった言葉は目の前のそいつをぶっ壊してから言いな、言っておくがそれは俺が作った防具の中でも特に頑丈に作ってある。まとも打ち込んでもまず壊れねぇぞ」
「いいですよ、もとより。まともにこいつに打ち込もうだなんて思ってませんから」
ゆっくりと腰から剣を引き抜く翔。だが、すでに翔の頭の中には目の前の鎧を壊す考えが纏まりつつあった。以前父一登と、もし西洋の鎧、甲冑を着た人間と戦うときにはどうしたらいいかと考えたことがあったからだ。
まず、フルプレート相手にまともに打ち込むのは愚策である。なぜならば、西洋甲冑は構造上ほとんどの斬撃を無効化してしまう、そのためヨーロッパなどではその鎧を歪ませるためにハンマーやハルバートといった打撃武器が進化してきた。当然斬撃特化にした日本刀など、文字通り刃が通る相手ではない。
しかし、今翔が手にしているのは日本刀ではなく西洋のブレード。そして、今一色流の歴史の中で唯一西洋甲冑を相手に戦える技がいくつかあることを一登と話したのだ。
「行きます」
深く息を吸い込みながら、目の前に置かれた甲冑との距離を離してゆく。そして、息を止めたかと思うと体の重心を一気に下げ、前衛姿勢となり甲冑に向かって突っ込んでゆく。
両手に魔力を流し込み身体強化を施す。まず、斬撃を放ったのは甲冑の左足の膝に当たる部分に一撃、続け様に右足の膝に当たる部分にもう一撃。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い』
風のような速さで甲冑の横をすり抜けると、右足を軸に一気に振り向き、その遠心力を使いながら甲冑の左脇に目掛けて勢いよく斬撃を下から斜め上に向けて叩き込む。そして振り抜いた剣は頭上で角度を変え、甲冑の右肩に鈍いを音を立てて切り込まれた。
『今道四季流 剣技一刀<秋> 村雨返し』
ただ呆然と、二人の目の前で行われた鮮やかな剣技。特に、完全に翔のことを舐めて見ていたパルウスに関してはその変貌に唖然としている。
しばらく時間が流れ、翔が振り下ろした剣を大きく吐いた息と共に鞘に収めると未だに開いた口の塞がらないパルウスの前に立つ。
「パルウスさん?」
「あ、あぁ。なんでぇ……」
「一応、壊れてるかどうかを確認してもらいたいんですけど。よろしいですか?」
「な、あぁ。今確認してやる、ちっと待ってろ」
口元の汗を拭い、パルウスは翔の横を抜けて甲冑が壊れているかどうかの確認へと向かう。一方、リーフェはといえば未だに呆然と翔の方をぼんやりと見ていた。
「……ショウさんの剣。初めて見ましたけど、すごいですね……、本当に冒険者ランクを飛び級で受けられるくらいのポテンシャルを感じましたよ」
「まだまだですよ、自分は。それに、今回はたまたま運が良かっただけです」
甲冑は確かに頑丈だとはいえ、元々は打ち込み用のもの。一見見れば、破壊は不可能だと思うが、翔は甲冑の可動部分の留め金が弱っていることを見逃さなかった。よって、
「接合部分の留め金がぶっ壊れてやがる……」
「どうです? 鎧として機能しそうですか?」
「……チッ、採寸してやるから。そこに立ってろ、クソガキ」
少しだけ意地悪な笑みを浮かべ、パルウスに言われた通りに体の力を抜いてその場に立つ翔。そしてそんな彼を睨みつけながらパルウスは腰から紐を取り出し、翔の脚に当ててサイズを測ってゆく。
「テメェの動きに合わせて、重装備より軽装備向きに作ってやる。防御の面ではフルプレートには劣るが、それでも十分な耐久性と柔軟性のある素材を使ってやらぁ」
そう言うとパルウスは翔の後ろでなぜか少しだけ誇らしげにしているリーフェに目配せをする。
「おい、お嬢。ギルドに素材の注文だ。ワイバーンの翼を三対、ワーウルフの毛皮二頭分、鉄鉱石と銅鉱石をそれぞれ一樽ずつ。それとできたらで構わねぇがオーガの牙と心臓の結晶核を五体分用意してくれ、なけりゃ俺が依頼人としてクエスト申請してやらぁ」
「それはまた随分と大盤振る舞いですね……、オーガの素材以外でしたらすぐに用意ができますけど、もしクエスト依頼をされるのであれば高くなってしまいますよ?」
「こいつの防具は半額は俺の奢りにしといてやる。大手を振って挑戦させといて大負けしたツケだ。残りの半額も出世払いにしといてやる。だから小僧っ!」
採寸に集中していたパルウスが突如、翔の方を向き毛深い顔から覗き込む青い目でギラリと睨みつける。突然のことに、翔は採寸のために伸ばしていた両腕を大きな返事とともにビシッと降ろし額に冷や汗を滲ませる。
そんな彼の胸ぐらをパルウスは掴み、自分の顔の位置まで勢いよく引き寄せる。
「リーフェちゃんの期待を少しでも裏切るような真似をしてみろ? テメェの防具の内側に向けてドス仕込んでやる。いいな?」
「……肝に命じておきます」
「……良し、テメェを漢だと認めてやらぁ。わかったらとっとと両腕を上げろぉぃっ!」
「はいっ!」
怒号と共に再びパルウスの採寸のために両腕を水平にあげる翔。それを傍目にリーフェは少し微笑みながらそばに置いてあるベンチへと腰掛ける。
しかし、今回の真の目的は翔の防具を作ることではない。
むしろ、ここから先が本番とも言える。
「オーイ、クソジジィーっ! 元気にしてるかーっ!」
「チッ……、今度はでかいガキまできやがって。どうなってやがんだ今日は……?」
小高い丘の上にあるパルウスの工房に続く上り道。その下の方から、よく聞き慣れた野太い声が聞こえてくる。その坂道を上がってきたのは、長槍を肩に携え、少しだけ普段よりもいい服を着たイニティウムが誇るギルド長。
ロード=ガルシアの姿がそこにあった。




