第26話 負けず嫌いの色
「さて。ショウ、我々王都騎士団は明日この地を去る」
「はい」
「よろしい。では今日は、貴殿がこの修行で学べたことを我輩がしかと見極めるとしよう」
一週間が経って現在翔は、王都騎士団の手伝いを終えた後にガレアと共に林で訓練を行なっていた。ここ一週間で、翔がガレアと共に学んだことといえば効率的な柔軟、ストレッチ。そして、今道四季流の技の精度を上げるための反復練習だった。
目的としては、体全身の可動域を広げること。当然のこととして可動域が広がるということは、その分剣の間合いが広がることとなる。同時に敵からの攻撃を受け、カウンターをおこうなう時も動ける部分が多くなる。地球にいた頃にもストレッチなどは行なっていたが、バイト続きで自主トレーニングが捗らなかったこともあって、今回のガレアの訓練で初心に戻ったような気持ちだった。
「さて。貴殿にはこれを渡しておこう。どこにでも身につけるといい」
「これは……?」
ガレアから手渡されたのは、小さな小皿のようなものに紐がくくりつけられているものだった。そして、ガレアも翔に渡したものと同様のものを持っており、それを額にくくりつけている。
「今日の最終訓練で使うものだ。模擬戦を行い、先にこの皿を割ったものを勝利とする。身につける場所はしっかりと選んだ方がいいぞ」
「……なるほど」
ガレアと翔が模擬戦を行うのは、最初に訓練を行った時ぶりであった。確かに、訓練の成果を見るためにうってつけだろう。翔はそう思いながら、渡された皿を背中に結びつける。
互いに準備が完了し木剣を構えて向き合う。
「こちらとしては手加減は行うが。ショウ、勝とうと思わなくていい。ただ、訓練で学んだことを活かせば良いのだ」
「いいえ。こう向き合う以上、俺は全力で勝たせに行かせてもらいます」
「ふむ……、では。ルールの確認としよう。互いに扱うのは木製の剣のみ、模擬戦はこの林の中で行う、どちらかが身につけた皿を破壊された、もしくは武器が使用不可能になった時点で試合は終了とし、武器を損壊させたもの、皿を割ったものを勝者とみなす。異論はあるか?」
「ないです。合図はどちらが?」
「では、我輩が行うとしよう」
ガレアは懐から硬貨を一枚取り出し、空へと放る。
「地面に着いた瞬間に開始だ」
「わかりました」
互いが睨み合う視線の間で、宙を舞ったコインがゆっくりと回転しながら地面に向かって落ちてゆく。
模擬戦とはいっても、ガレアの持つ巨大な木剣を一撃でも食らえば、皿どころか全身の骨が砕け散るのはほぼ確定だろう。すなわち、この模擬戦はいかに敵の攻撃を掻い潜り、僅かな隙を突いて正確にガレアの皿を割ることが勝利の糸口に繋がる。
「スゥ……」
宙を舞ったコインが地面に落ちた。
その瞬間、身体強化術を使いガレアに背を向けて全力疾走で逃げる翔。その姿に唖然とし、逃げる翔の背中を眺めていたガレアだったがすぐさま翔の後を追いかける。
林の中を駆け抜ける翔、もちろんただ逃げているわけではない。まず、正面からガレアと戦ったとしても勝算はかなり低い、その上純粋な力では技量も強さも格段に翔の方が劣る。であればどうするべきか。
それは、ガレアの大剣が機能しづらい閉所の戦闘に持ち込むこと。すなわち、地の利を使って勝利を掴むという作戦だった。
「付いてきては、いるよな」
翔が後方を確認すると、ガレアが大剣を収めた状態でその後を全力で追いかけている姿が見える。そして、移動をし続けやがて林の外側から内側へと場所は変わってゆく。
「フゥ……、中々に意表を突かれたが。いい作戦だ」
目的の場所に到達した翔が咄嗟に後ろを振り返り剣を構えるとガレアが面白いと言わんばかりの表情で収めていた大剣を背中から抜こうとする。
「シッ……!」
鋭く息を吐いた翔、ガレアが大剣を抜こうとした瞬間を狙い身体強化術で一気に間合いを詰める。狙うは、ガレアの額に巻かれた皿、体勢を低くしたままガレアの真下にまで近づいた翔は右手に持った剣を大きく後ろに引きしぼり、その一点のみを狙う。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 翡翠』
勢いよく飛び上がった翔が狙うガレアの額に付けられた皿に剣先が勢いよく迫る。
短期決戦、相手が剣を抜く前に仕留める。これが、翔の立てていた作戦の大まかな内容だった。そして、今まさにガレアの皿が翔の木剣によって砕けようとしたその瞬間だった。
大きく吹き飛ぶ翔の体、とっさに背中の皿をかばうようにして受け身をとった翔だったがその一瞬の隙をガレアは見逃さない。追撃するように振り上げた岩のような拳は木にぶつかった翔の肩に向けて放たれる。間一髪でそれを躱した翔だったが、背後に立っていた木には深々とガレアの拳の跡が刻み込まれていた。
「敵は剣のみで戦う相手と思わない方がいい、中には拳を交えながら戦うものもいるからな」
素早く翔はガレアから大きく距離を取り、衝撃で半身が痺れるような痛みを感じながら剣を手に構えガレアの言葉に微かにうなづく。とは言うものの最初にあった奇襲作戦が崩れてしまった今、ガレアに対して打つ手は実力と地の利を使って戦う方法しか無くなってしまった。
ゆっくりと大剣を背中から抜くガレア。
「では、次はこちらから参ろうか」
その瞬間、翔の体全身がこの場に留まることは死を意味するという本能という名の警笛が全力で鳴るのを感じ取る、気がつけば体が回避行動をとっており右に体を大きく反らすと雷でも落ちたかのような爆音と衝撃が地面に走る。
大きく舞い上がった土埃と葉を纏いながらガレアはそれらを大きく振り払うように大剣を振るう。その一撃ですら、確実に命を刈り取るのに十分な威力だというのが容易に理解できてしまった。
「ふむ、少し気張りすぎたか。何、先ほどの攻撃は中々に肝が冷えてな。少々本気を出してしまったわ」
「……うわぁ、マジかよ」
先ほどの攻撃を避けることができたのは、もはや運としか言いようがなかった。そもそも、ガレアが急激に間合いを詰めていたことを翔はその目で認知できていなかった。ただ生きようとする本能が勝手に反応をしただけである。
「だが、今の一撃。避けたのは見事、一週間前の貴殿では受け止めることしかできなかっただろう」
「……」
確かに、運が重なったとはいえ一週間前の翔では先ほどガレアの一撃を避けきることができず必ずどこかで防御を取らなくてはならなかった。そうすれば、先ほどの衝撃をもろにくらって皿を割る割らない以前の問題に体が壊れていただろう。
この一週間の訓練で体の可動域が僅かに広がったことでガレアの攻撃を無意識ではあるもののしっかり回避することができた。少なからず、ここ一週間の訓練は確実に翔の基礎身体能力を向上させるものとなっている。
「さぁ、我輩に一度でも勝つと吠えたからには。ここから先は真剣に打ち込もうぞ」
「了解です……、自分も。小細工無しに行かせてもらいます」
ここから先は一切の小細工を効かない。ただ、地の利は翔にあるのは事実。先程までとは違い、翔に勝算が完全に無くなったというわけではない。
先鋒、ガレアが大剣の先を地面に接地させながらその巨体からは想像できないスピードで翔に迫り来る。翔から見れば、目の前で地面の土を抉りながら近づいてくる猛獣のようにしか見えない。元はと言えば、ガレアの大剣を封じるために狭い場所に誘導したのだが彼にその戦法は通用しないと翔は剣を横に構えながら思った。
一閃。
翔は体を回避させながら、横一線に突っ込んできたガレアの大剣に鋭い一撃を叩き込む。だが、丸太のような大剣に、翔の持つ枝のような木剣では武器を破壊することが叶わず側面に傷をつけることしかできない。
「しま……っ!」
「フンヌっ!」
一撃を与えたのもつかの間、舞い飛ぶ土砂の中から現れたガレアの木剣が回避を取り宙を舞う翔の体目掛けて襲いかかる。
咄嗟に翔はそばの木を蹴り体の進行方向を無理やり変える。全身の筋肉が伸ばしきりながら、その真下を通過する大剣を目で追う。
『今道四季流 剣技一刀<秋> 落陽<空>』
空中で真下を通る大剣に一気に収縮させた筋肉を使い、重い一撃を叩き込む。だが、やはり大剣には傷が付くばかりで、削れて大剣から飛び散った木片が宙を舞う。しかし、同時に翔の持つ木剣もまた、何度も打ち付けたこともありすでにボロボロである。
打ち込むことができても、あと数度が限界。
地面に着地した翔は、その体の体勢を低く。弓を引き絞るように右手に構えた木剣と、その先に見据えるはガレアの持つ大剣に刻まれた十字の傷。
「スゥ……」
深く息を吸い込む。
全神経を右腕と目に集中させる、思い切り土を蹴り飛ばし一気に何も考えずに正面からガレアに突っ込む。そんな翔の攻撃を防御しようと、ガレアは持っていた大剣の側面を盾のように構えた、しかしそれでも翔が攻撃を行おうとする手を止めることはない。
そして、翔の木剣と大剣が激しくぶつかる。
『今道四季流 剣技一刀<秋> 紅葉裂開』
翔が放った木剣の鋭い突きは正確に十字の傷の交差した中心を穿った。次の瞬間、大剣に入った傷に沿って深くヒビが入り込む。そして、翔の木剣は分厚いガレアの大剣を貫き剣先はガレアの額に巻かれた皿へと、
届かなかった。
「……」
「……」
両者が固まり、剣を間に翔だけが息を乱し睨み合っている。翔の持つ木剣はすでに限界を超え、貫いたかに思われた木剣の剣先は折れていた。そして、ガレアの大剣もまた、翔の突きによってボロボロに壊されており、剣としては使用不可能である。
よって。
「両者、引き分けっ」
ガレアが口を開こうとした瞬間に、林の向こう側から鋭い声が響いた。同時に二人は声のした方を向くと木に寄りかかりながら腕を組み、二人の様子を見ている人物がいた。
「レナ……、いつからそこに」
「さっき来たばかりだ。ちょうど、ショウが貴公の大剣を貫いた瞬間だったか。見事だ」
木陰から現れたのは、王都騎士団隊長のレギナだった。そして、その後ろには後方部隊の分隊長であるアランも立っていた。翔は、ガレアの大剣に刺さった木剣から手を離しレギナの視線に目を合わせる、そして今の今まで、いくら戦闘中とはいえ全く彼女たちの気配を感じなかったことに半ば動揺していた。
「それにしても引き分けか。ふむ、これは末恐ろしい。ぜひ、今度は全力で戦ってみたいものだぞ、ショウ」
「ははは……、冗談はやめてください。本気で」
手加減をされて、奇襲や策を考してようやく引き分けに持ち込むことのできる相手に本気で来られたらたまったものではない。しかし、どことなく満足げな表情をしているガレアの顔を見れば、翔も次こそはと思わず考えていた。
「さて、では。ショウ、今日までの一週間。ご苦労だった、今後とも精進をし、また強くなって会えるのを楽しみにしているぞ」
「はい、次こそは絶対に負けません。ありがとうございました」
ガレアと翔は互いに固い握手を交わす。この一週間で学んだことと言えば、体の動かし方であったり基本的なことばかりだった。だが、それ以上に地球にいた頃にはあまり感じなかった向上心というものが自分の中で芽生え始めていたことに翔は気づいていた。
結局のところ、負けず嫌いな性格だということを改めて学ばされた。
そんな一週間の出来事だった。
 




