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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第一章 赤の色
25/201

第25話 リーフェの色

 すっかり陽が沈んだイニティウムの街には普段から見慣れている人間の姿もあれば、騎士団の姿も度々見られる。やはり、相容れないのだろうか街の人間が彼らに向ける視線に少しだけ異質なものを翔は感じた。


「あ、ショウさん」


「リーフェさん。今から帰りですか?」


 通り道の向こう側からでもわかる、エルフの鮮やかな髪は間違えなくリーフェだった。そして、翔の姿に気づくなり駆け寄って来て、翔の周りを回りながら隈なく全身をチェックしている。


「えぇ。そうですけど……、どこも怪我はしてませんよね?」


「大丈夫ですよ。ちょっと筋肉が引きつったりして痛いですけど……」


 本日のガレアとの訓練は過酷を極めた。ひたすら超重量の物体を捌きながら避け続けるという体力と体を酷使するような内容で、最初だけだというのが唯一の幸いだったがそれでもあれだけの大きさのもの振り回して息一つ切らさず、ましてや笑いながらだったのがより恐ろしかった。


 しかし、目を見張るべきはガレアの技術である。重量のある物体を振り回すのはどうあってもバランスを崩しやすいものである。にもかかわらず、ガレアは翔が確実に回避不能と判断した場合、大剣が当たるギリギリで確実に寸止めをするのである。そこまで至るには強い体幹と筋肉、そして技術がものを言うわけだが、ガレアが分隊長というの十二分に頷ける。


「そうですか……、でしたら。今日はショウさんにぴったりのお土産かもしれませんね」


「お土産。ですか?」


「はいっ、ジャ〜ン」


 リーフェが手持ちの鞄から取り出したもの。それは、街灯の薄暗い明かりでも十分視認できるほどに濃い青色と赤色を放つ、拳ほどの大きさの二つの石。それが何かわからず、呆然と眺めている翔だが、当の本人はひどく満足げな表情をしている。


「今日は、これを使って。温泉を作りましょうっ!」


……………………………………………………………………………………………


 暗い夜道をランタンの灯りを頼りに歩いてゆく。すでに見慣れた光景でもあり、こそばゆくもある。前を歩くリーフェの姿はどこか上機嫌で、後ろを歩く翔もまた、嬉しそうな彼女を見て先程までの疲れがどこかで溶けてゆくのがわかった。


「魔石っていうんですけどね。王都でしか取れない貴重なものなんです。今日来ていただいた騎士団の方達がお礼にということでくださったんですけど」


「でも、いいんですか? そんな貴重なものを二つも」


「ガルシアさんは使わないから。と言って譲ってくれましたし、メルちゃんも使い所に困るからと言ってたので」


 リーフェ曰く、この魔石を二つ使うことで温泉を作るというわけだが。この世界の入浴事情というのはそこまで優れているものではない。一応、ギルドにはシャワー室のようなものが存在するが、それですら普通の家庭には設置できる代物ではないらしい。


 であれば、体を清めるにはどうするのか。


 純粋に手ぬぐいなどを使い体を拭くというのが一般的ではあるが、多くの家庭では二日に一回程度沐浴を行うべく川に通って体を清めるらしい。現に、翔も何度か近くの川で沐浴を行うわけだが、他人に肌を見られるのが得意ではないという人間はオススメすることはできない。


「温泉かぁ……、というとやっぱりアエストゥスの温泉街ですかねぇ。一度行ってみたいなぁ」


「でも、どうやって温泉なんて作るんですか? 池なんてありませんし……」


「それは、見てからのお楽しみですね」


 帰宅するやいなや、早速二人は裏庭へと向かう。


 リーフェ宅の裏庭、というより以前にそもそも庭というよりかは平原と呼んだ方がいい。リーフェは以前、今住んでいる家は両親の親友から譲り受けたのだと翔に話したことがあり、そもそも土地権利などが曖昧な田舎なため、家から見える範囲が自分の土地とリーフェは思っているらしい。


「では、早速穴を掘って行きますか」


「え……、今から?」


「大丈夫ですよ。一瞬ですから」


 リーフェはおもむろに星の広がる夜空に向けて両手を広げた。次の瞬間、彼女の広げる両手に緑色のオーラが集まり始め、周りを取り囲む空気が激しく揺れる。


 翔には何が起きているかわからない。だが、何かとてつもない力がリーフェの周りで渦巻いているのはわかる。そして、その力は緑色のオーラを発しながら大きな球体を空中で生み出しリーフェの腕の動きに連携して徐々に地面へと近づいてゆく。


『圧縮 プレシオン』


 ロマンチックな星が彩る夜空に風景に全く似合わない土木工事のような岩と土を削る音が裏庭に響き渡る。翔とリーフェの目の前では、ただエネルギーの頭裏のような緑色の球体が地面に轟音を奏でながら地面を圧縮するというパワーある光景が広がっている。


「すげ……」


「あと、もうちょっとっ」


 そんな光景を数分。


 しばらくして、力を込めるようにしゃがみこみながら両手を地面につけていたリーフェだったが軽く息を吐き力を緩めた瞬間、轟音が止むのと同時に地面にめり込んでいた球体のオーラが空気に溶けるように霧散した。


 先程まで地面にオーラがめり込んでいた場所にはそこそこの深さのある半球の穴が形成される。穴の壁に翔は触れると圧縮されていたせいかコンクリートのように滑らかに固くなっており、確かに温泉を作ったとしても土に水が染み込むことはないだろうと翔は思った。


「フゥ……、魔法を使うなんて久しぶりでしたからちょっと疲れちゃいました」


「すみません、何も手伝えなくて」


「いいんですよ。では、ショウさん。これを持ってお願いします」


 額の汗を拭ったリーフェは先程翔に見せた魔石を彼に渡す。ペンキを塗りたくったような青色の魔石を手に翔は穴の中へと降りて行く、そして穴の中心に魔石を置きそれを両手で覆い隠す。魔石の使い方は、裏庭に行く前に聞いていた。


 深く息を吸い込み、身体強化術を使うときと同じように体の内側から魔力を引き出しそれを魔石に移して行くイメージを浮かべる。すると、両手の指の隙間から青い光がこぼれ出し、しっかりと魔力が魔石に伝わっているのがわかった。


『其の色は青 原初に還り その姿を現せ』


 翔がリーフェに教えてもらった呪文を唱える。すると、両手の中で青く輝いていた魔石が一際輝きだしたかと思うと地面の中へ、池に石を落としたような音を立てて消えていった。


「どうですか〜?」


「多分、うまくいったと……、ん?」


 穴の淵からリーフェがランタンの灯りで翔を照らしながら確認をするが、その瞬間、地鳴りのような音とともに小刻みに地面が揺れ始める。思わず立ち上がり地面を確認した翔だったが、青の魔石が入り込んだと思しき場所に小さな亀裂のようなものが見える。


 そして、それは徐々に大きくなってゆき。


「うわぁっ!」


「ショウさんっ!」


 突如、大きく入った亀裂から吹き出した大量の水に押し出され穴から放り出される翔。


 予想外の出来事にランタンを地面に放り出し吹き飛ばされた翔の元に駆けつけるリーフェだったが、目を開けた翔に飛び込んできたのは噴水のごとく湧き出る水が雨のように降り注いでいる光景だった。


「えっ、ちょっ!?」


「下がってっ」


 前へ出たリーフェが両手を胸の前に交差させるのと同時に緑色のオーラが彼女の指先に集まり周囲の空気を取り込み始める。手を振り払うと緑色のオーラは小さな優しい光を放つ光の玉となって目の前に立ち上る水の柱に螺旋状に絡まって行く。


『霧散せよ』


 リーフェが呪文を唱えた瞬間、螺旋状に飛行していた光の玉は加速してゆき噴水のようにまっすぐ吹き出ていた水はグニャリとその軌道を歪め形を崩した瞬間、水しぶきとなって弾け飛び散っていった。穴の中には確実に温泉ができるほどの水量があり、そこからまた噴水のように水が吹き出ることはなかった。


「ハァ……、ショウさん。魔力量の操作、ちゃんとしましたか?」


「いや……。すみません、考えなしでした……」


「今度から気をつけてくださいね……、魔術師ではないにせよ。ショウさんはそれらに匹敵する魔力量を持ってるんですから」


 心配そうな顔で説教をするリーフェを見るのはガルシアと戦いそこから目を覚まさなかったとき以来だった。今後この世界で生きて行くかもしれないことを考えれば魔石を使う機会もあるかもしれない、その前に失敗を経験しておくことができてよかったと翔は思った。


「とりあえずショウさんは、家の中にある割光石かっこうせきを六つ程割ってきていただけますか?」


「わかりました……、その。すみませんでした、本当に」


「大丈夫ですよ。次から気をつけていただければ」


 少し申し訳なさげに肩を落としながらリーフェの家の中へと翔は入って行く。裏口から入ってすぐのキッチンを抜け、リビングに置かれた普段食事に使うテーブルの上にある麻袋の中から道端で落ちているような拳大ほどの石を六つ取り出した。


 割光石かっこうせきとは、この世界では唯一といっても過言ではない天然の光源である。そしてその正体は読んで字の如く割ることによって発光する石で、魔術光がない屋外や野営でよく扱われるものだが一度割ってしまうと熱を持ってしまい、森に放置された割光石が火事を引き起こす原因となることになることからギルドでは割った割光石の放置を禁止しており、しっかりとした処理を指導している。


「ランタンは……」


 思えば、すっかりとリーフェの家で暮らすことが板についてきてしまったと、翔はおもむろに感じていた。このまま居候をしていたとしても、おそらくリーフェは何も文句を言わないだろう。だが、どこかでそのままではいけないというのは十分理解しているのだ。


 棚の中から予備も含めて十個以上のランタンを棚から取り出しテーブルの上に並べて行く。


「あとは割るだけか」


 割光石をランタンの中にセットし、ランタンの上部にある棒を勢いよく差し込むとランタンの中で割光石が割れ、オレンジ色の淡い光がゆっくりとガラス越しに滲み出てくる。それを他のランタンを使いながら同じ作業を繰り返し行う。


 全てに割れた割光石を入れ終え、両手にいっぱいのランタンを抱えながら翔は裏庭へと戻る。するとそこには月明かりに照らされた湯気と濡れた草木の匂いが立ち込めており、一仕事終えたと言わんばかりのリーフェが腰に手をやって満足げに立っていた。


「あ、ショウさん。お疲れ様です」


「リーフェさんこそ、すごいですね……、これ」


「えぇ、水の中に魔石を沈めて温泉にしてるんです。私も作るのは久しぶりなので張り切っちゃいました」


「そうなんですか……、ちなみにどのくらい前なんです?」


「そうですねぇ……、三十年……、四十年……?」


 見た目と裏腹にとんでもない年数が出てくる腹ペコエルフの回答にも自然と慣れていた。


 その後、リーフェの指示でランタンを温泉の周りに並べて行く。すると、より秘境にある秘湯の露天風呂と言わんばかりの幻想的な温泉が出来上がってゆく。温泉といえば近所の銭湯だけだった翔にとって、初めての露天風呂だ。


「さて、では一番風呂はショウさんからでいいですよ」


「え。いいんですか?」


「はい、私は少し準備とか掛かりますので。お先にどうぞ、ゆっくりしてくださいね」


「すいません、ありがとうございます」


「お風呂上がりに甘いものなんかいただけると嬉しいですねぇ〜」


「ハハハ、では。先に上がって準備しておきますよ」


 頭を下げ、リーフェが家の中に入ったのを横目に翔は服を脱いで行く。全身をみると、今日の訓練でできたであろうアザが青く浮かび上がっており思わず顔をしかめる。


 季節は既に秋に入ってるのか、服を脱いだ瞬間全身に感じる風は少しだけ刺さるように冷たい。そそくさと手ぬぐいを手にし、湯の張られた穴に軽く手を入れるとピリつくほどに熱い湯の温度を指先に感じる。


「クゥ……っ、ハァ〜」


 全身を湯の中に沈めると肌に感じるピリピリとした熱さと痛みの後に感じるじんわりをした暖かさに身をゆだねるように体の力を抜き頭上に広がる夜空を眺める。


 大きい二つの月と今に落ちてきそうな星々をぼんやりと眺めながら、体の中から疲れという疲れが湯の中に溶け出て行くのがわかる。今にも手が届きそうにも思える星に濡れた手を伸ばし、手を握ったり広げたりを繰り返しながらこれからの事を考える。


「僕らはここに居ちゃダメだ」


 ふと、好きな歌手の歌詞を口ずさむ。


 であれば、自分はどこにいけばいいのだろうか。こんなにも居心地のいい場所を手放すのはあまりにも勿体無い。だが、ここ居てはいけないというのはわかる。これから先この世界で生きるというのならば尚更で、何よりこの世界のことを知りたいと思うからこそであって。


 それで、それでもやっぱりここに。


「ショウさん。お湯加減はいかがですか?」


「あ。えぇ、とてもいい気持ちですよ」


「そうですか。それは良かったです」


 家の方面からリーフェの声が聞こえる。よくよく考えれば、家の真後ろの裏庭で風呂を作って入っているという状況なので、現在リーフェには翔がゆっくりと風呂に浸かっているという状況が丸見えなわけだが、それに気づいた翔は少しだけ気恥ずかしくなり湯の中に顔を半分だけ沈める。


 濡れた草を踏み、誰かが近づいて行く音がする。だが、その音は耳まで湯に浸かっている翔には届かなかった。


「では、私も失礼しますね」


 その言葉を聞き逃した時には既に手遅れだった。


 誰かが湯の中に入ってくる気配に気づいた翔は、初めて湯から顔を出す。そして、目の前に誰かがいるのを湯気ごしで確認し、湯気を払うように右手を動かしその正体を確認した瞬間自分の目を何度も疑うが、目の前の人物の正体に確信を得た瞬間思わず勢いよく立ち上がり湯の外へ出ようとする。


「り、リーフェ=アルステインさんっ!? ど、どうしてっ!?」


「ショウさん、どうかなさいました?」


「どうかもクソも、って。リーフェさんっ、タオルはっ!?」


「タオルは……、だって。お湯に浸けるのはマナー違反ですよ?」


 そこには、一糸纏わぬ。白魚のように透き通った張りのある白い肌に、水滴をランタンの明かりでキラキラと反射させ。月の光をいっぱいに吸い込み鮮やかに彩る長い翡翠の髪を纏めたリーフェの姿がそこにあった。


 初めて見る全裸の女体に混乱し、顔を真っ赤にさせながら翔は背を向けて湯から上がろうとする。


 だが、それを阻止するように翔の腕に絡みつくようにリーフェがその腕を掴む。


「ショウさん、まだ入ったばかりですよ。なかなかない機会ですから、もう少しゆっくりましょ?」


「できるわけがないでしょ、それに……っ!?」


 掴んできた手を振りほどこうと、リーフェの方を見る翔。だが、それがまずかった。湯気で細かくは見えないが、健康的なバランスのいい細い肢体、決して強調されているわけではないものの、思わず視線が吸い込まれるような控え目の可愛らしい胸。


 以前のような、堪え性のない翔ではない。だが、それでもというものがある。


 体の力が自然に抜けてゆき、リーフェに流されるがまま湯船の中へと自然に引き摺り込まれて行く翔。時折、鼻の奥から何かが溢れそうになるのを気をつけることでなんとか意識を保ってリーフェになるべく視線を合わせないようにしていた。


「フゥ……、こんなゆっくりお湯に浸かったのも久しぶりです」


「それは……、その」


「そういえば、メルちゃんに会いましたか? ショウさんにお弁当を作ったって言って張り切ってたんですよ?」


「え、えぇ。美味しくいただきました、はい……」


「いいなぁ。メルちゃんの手作り久々に食べたかったなぁ」


 リーフェの挙動一つ一つにビクつく翔。逃げようにも体に力が入らず身体強化術を使っても不自然に重い腰が上がることはない。


「それにしても、こんな楽しい日がずっと続けばいいのになぁ。なんて、思ってしまうんですよねぇ」


「……そう言っていただき、光栄です……」


「ショウさんも、いつかどこかに行ってしまって。メルちゃんもだんだん一人前になってって。ガルシアさんは引退したらどうするんだろうなぁ〜。絶対におじいちゃんになっても元気そうですからね。あの人」


 そう語るリーフェの声は少し暗い。リーフェの種族はエルフ、知っての通りかその寿命は人間に比べれば遥かに長い。現段階で二百歳を超えている彼女ですら、人間でいうところの二十代後半なのだ。


 周りが変わって行くのに、彼女だけは、変わらず。


「ショウさん。人生は短いです、思ったよりも。ずっと」


「……はい」


「だから、肩の力を抜いて。ゆっくりと生きてください、焦る必要はないんです。そして気が向いたら。また帰ってきてくださいね、いつまでも待ってますから」


「……」


 少しだけ、昔話をしましょうか。と、


 ポツリと、彼女は口から溢した。

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