第21話 王都騎士団の色
「王都騎士団、ですか?」
「えぇ。近々イニティウムにもやって来るそうで。皆さん気合入ってるんですよねぇ〜」
そう言いながらリーフェは夕食のオムライスを幸せそうな表情で口いっぱいに放り込む。翔はその光景を見ながら満足げに付け合わせのコンソメスープを口に運ぶ。
リーフェ宅での食卓の風景は、翔がこの世界に来て二ヶ月が経った今でもさほどの変化はなかった。翔が料理を作り、リーフェがそれを食べる。翔が食事を作る代わりに、リーフェは住む場所を貸し与える。そんな貸し借りの関係ではあるものの、二人の間にはそれだけではない確かな絆と呼べるものが育まれて来たのは事実だ。
「う〜ん。この『おむらいす』も、とてもシンプルな料理ですけどふわふわのとろとろの卵にかかったこの『けちゃっぷ』の酸味も相まって食べるのが止まらないですっ。中のお肉とトポの実もとろとろの卵に絡んで本当に美味しいですっ」
「毎回。本当にリーフェさんは美味しく食べてくれるので、僕も作り甲斐がありますよ」
「ショウさん、本当は冒険者じゃなくて。料理人の方が向いてるんじゃないんですか?」
「まだ新人になったばっかりなのに……、それ。ギルド職員としてどうなんです?」
「ショウさんが料理人になってお店を構えてくれたら。私、毎日通いますよ?」
口の端についたケチャップを、リーフェは細い指で拭い取り口に運ぶ。何か見てはいけない物を見てしまったような気がした翔は頬を赤らめカップに入ったスープを一気に飲み干す。
すでに、リーフェのこういった無自覚な行動には翔は耐性がついて来てはいるつもりでいたが、それでも時折見せるリーフェの魅力はとても無視できるものではなかった。
「っ! せっかく冒険者も板について来たので、もうしばらくは続けさせていただきますっ」
「そうですか……、それは残念」
「……それで。王都騎士団、とはなんですか?」
「あぁ。そうでしたね、ショウさんがあまりにも可愛い反応をするからつい忘れてました」
「っ……!」
悶絶する翔を横目に、オムライスの最後の一口を頬張り『ごちそうさまでした』と手を合わせるとそばにあったナフキンで口元を拭う。
「ショウさん、王都についてはご存知ですか?」
「えぇ。確か。七つの国の中心にある国で、唯一王政が残っている国だとか……」
この世界には、八つの国が存在する。
翔は、この世界のことを知るため様々な情報を頼りに書物などを照らし合わせながら世界の全体像をつかんでいたわけだが、この世界は一枚の大きな大陸で構成されているということが判明した。大陸の中心には王都呼ばれる国が存在し、そしてそこを起点にほぼ均等に七つの国へと、例えるのならばピザのピースのような形で国が別れている。
王都を中心に北から時計回りに一年中雪が降り注ぐ国『アルブス』。小高い山と黒色の岩が特徴の国『フォディーナ』。広大な緑とエルフが多く暮らすリーフェさんの故郷の国『リュイ』。今俺のいるイニティウム支部のある国『ウルカニウス』。水産業と交易の町で有名なのと豊富な水資源が存在する『アエストゥス』。広大な砂漠が広がる不毛の地『サブルム』。そして魔物達が多く生息するとされる前人未到の地『バルバルス』となっている。
これらの国では、それぞれ統治国家が存在し、民主主義を取る国も存在すれば、権威主義な国も存在する。しかし、大陸の中心に王都を介しているという点で王都は周囲を取り巻く七つの国の中間点としての役割を担っており、そのためか物流然り、政治然りと何かと介入が多い。
「そうですね。王都が周りの国々の中心である以上、他国の国同士の争いは王都にまで関わって来ます。そうならないための仲介役であったり治安維持のために王都騎士団の一部を国中に回らせているんです」
「一部?」
「えぇ。私もあまり詳しくはないんですけど、騎士団にも種類があるみたいで遠征を専門にする部隊だったり、王都を守るだけの部隊だったりと色々あるみたいです。イニティウムにも、前回来たのは五年前だったかな?」
リーフェが昔を思い出すかのように遠い目をし始める。確かに、王都お抱えの騎士団がこんな田舎町にやってくるとなればそれなりに盛り上がりもするだろう。しかし、リーフェの表情はイマイチ冴えない。
「どうか、したんですか?」
「え? あぁ、王都騎士団がいらっしゃるのはとても歓迎なんですけど。その……、結構問題が多かったりするものでして……」
「というと?」
「王都騎士団が滞在する一週間は、ギルドを中心に管理、統括をすることになってまして……、何かと忙しいんですよねぇ……」
「冒険者を手伝いとしてギルドが雇ったりとかは? もちろん、僕も手伝いますし」
ギルドの人員不足は日頃リーフェが、翔にこぼしている愚痴の一つである。ギルドは、街を魔獣から守り、土地の調査などを生業にする冒険者を支援したり、商人に素材を流し流通の架け橋となる仕事であったりと一組織で様々な仕事を請け負う。そのためか、ギルドではある程度の教養と特殊なスキルが求められる、しかし教育を受けることが義務ではないこの世界において教育を受けている人間というのは稀である。故に、ギルドに勤めることのできる人物というのは非常に限られており、同時に常に人員不足には悩まされるのである。
「それは行なっているんですが。問題はそれだけではなくて……」
小さく溜息を吐き頬に手を当てながら、さらに複雑な表情を浮かべるリーフェ。
「王都騎士団の方って。貴族の出身だったり、そういった高貴な出の方々ばかりですから少し気難しくて……、特に冒険者の方々と衝突が絶えないんです」
「あぁ……、なるほど」
ギルドと王都、その関係は意外にもあまり良くない。こと物流において、国間での中継点となる王都では国の政治を操作させるほどに重要な役割を担っているが、その唯一の王都の利点である物流のほぼ全てを担っているのはギルドである。すなわち、王都が物流の中間点の役割を担わなければ、ギルドは物流を行うことができず。また、ギルドが物流そのものを王都を経由せずに行なってしまえば、王都は他国に圧力をかけることができなくなってしまう。いわば、一種の共依存のような関係が存在しており、その間では争いを引き起こしかねない駆け引きが何度も行われて来た。
そして、組織間の争いは個々にまで影響を及ぼし。その結果、王都に住まう貴族とギルドのその日暮らしを行う冒険者では基本的に関わり合いが薄いのもあってか、仲が良くないというのが現状である。
「ですが、今年は風の噂によると。五年前にいらっしゃった騎士団とは少し違うようなんです」
「と、いうと?」
「えぇ。なんでも、そこの隊長さん。なんと女性だとか」
「へぇ……、女性ですか……」
「えぇ。騎士団内で身分の差の優劣を禁止しているそうで。女性だからですかね?」
「でしたら、冒険者の方々を雇っても。一先ずは安心できそうですね」
「まぁ、あまり集まらないとは思いますがね。それでも、今回はうまく行きそうです」
少しだけ、表情が明るくなったリーフェと翔は互いに顔を見合わせながら微笑み合う。
夜は更けてゆき、そして太陽が昇る。
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「ハァ〜、なんか緊張しちゃうなぁ。俺」
「あら。普段心臓に毛が生えてるんじゃないかってくらい図太いガルシアさんも、緊張するんですね。意外でした」
「リーフェさん……」
ギルドの決して広くはない応接室の奥で苦笑いを浮かべるガルシアを見上げながら普段は着慣れない礼服の着替えの手伝いをしているリーフェ。窓の外から入り込む太陽の明かりが部屋全体を優しく包み込み、礼服を着せる時の布が擦れる音が静かに鳴る。
「あ、ちょっと。リーフェさん、そこキツイって」
「あら。ガルシアさん、少し太ったんじゃないですか? もう若くないんですから、お肉なんて、すぐついちゃいますよ?」
「失敬なっ! 最近鍛えてるから筋肉が増えただけだってっ!」
「はいはい、わかりました。……それにしても。いつの間にか大きくなって、いつの間にかこんなに老け込んじゃって。ほんと、時間の流れって残酷ね」
「リーフェ……」
首元の蝶ネクタイを結び終え、少しだけ寂しげな表情を浮かべるリーフェ。そんな彼女の背中に思わず両腕を回し、抱き寄せようとするガルシア。
あと少しで、ゼロ距離。
『失礼、よろしいでしょうか?』
突如、静寂だった部屋に響くノックの音。
思わずリーフェの背中に回していた両腕をガルシアは目にも留まらぬ速さで自分の背中の後ろで手を組み、何も気づかないままリーフェは扉をノックした者を出迎えに向かう。
「ハァ……、どうぞ。お入りください」
小さくガルシアを溜息を吐き、扉の入室を許可する。すでに扉の前に立っているリーフェは軽く頷き、ゆっくりと部屋の扉を開く。そこに立っていたのは、王都騎士団のトレードマークともいうべき青味がかった銀の鎧をスッとした佇まいで身に着け、短く切られた黒髪と軍人らしい鋭い目と凛とした顔立ちをした女性だった。
「失礼します、私は王都騎士団九番隊隊長。レギナ=スペルビアです、この度は貴殿らギルドの協力に深く感謝いたします」
「イニティウムギルド長を務めています。SSランク冒険者のロード=ガルシアです。こちらこそよろしく、この度の来訪を歓迎します」
ハキハキと答える彼女はガルシアに歩み寄り、左手を差し出し握手を求めようとする。少しだけ戸惑ったようにガルシアもまた一歩歩み寄り固く握手を交わす。同時に、ガルシアは自然とレギナの帯剣する右の腰に視線が移っていた。
「気になりますか?」
「え? あぁ、いや。立派な剣だと思ってね。それに左利きとは、右利きにはなさらなかったのですか?」
「えぇ。左利きでいると、何かと便利な場面も多いものでして」
そう言いながらレギナは自分の腰にやった剣に軽く触れる。決して、装飾が派手ではない剣、だが幅が通常の剣よりも広く取られているそれは大剣と呼ぶには小さく、軽い違和感をガルシアは覚えていた。
「さて。早速ですが、本日手伝っていただける冒険者の方々に挨拶をしておきたいのですが、どちらに行けばよろしいですか?」
「えぇ。ご案内いたします」
すでに、ギルドの前には今回の王都騎士団のキャンプの設営であったり、炊き出しを行うために集められた冒険者が待機している。ガルシアはレギナを案内するべく、応接室の扉を抜けた。
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「であるからにして、冒険者の方々は決して。王都騎士団の方々に礼節を持って……」
ギルド前にある広場にて、イニティウムの村長的立ち位置にいるコルンが今回の王都騎士団来訪の手伝いをするべく集められた冒険者の前で注意事項を述べているわけだが、そのあまりの話の長さにすでにほとんどの冒険者は集中力をなくしているようだった。
「ふあ……」
「ラルク、大丈夫か?」
「んあ? あぁ……、昨日調子乗ってハッスルして寝てなくてさ……」
「お前なぁ……、アリシャさんというものがありながら……」
「性欲と恋心はベツモンよ。いいよなぁお前は、あの美人受付嬢と一つ屋根で暮らしてるんだからさ。お前さ、まだ手を出してねぇの?」
「バ……ッ、出すわけがねぇだろ……っ! それに、リーフェさんは……」
と、翔が反論をしようとしたちょうどその時にコロンの話が終わり、代わりに登壇したのは普段は見慣れないのもそうだが、着慣れていない礼服を頑張って着たという感じがひしひしと伝わるギルド長のガルシアである。しかし、先程までの緩んだ空気が一変し、ガルシアが登壇した瞬間に冒険者たちの空気が引き締まる。
「コロン村長、ありがとう。改めて、イニティウムギルド長のロード=ガルシアだ。諸君、この度は王都騎士団支援の依頼を受けてくれた二十一名の冒険者に感謝する。注意事項は先程村長が説明してくれた通りだと思うが、失礼な態度はするな。今回は迎い入れる側としての立場を忘れないように。話は以上だ」
非常に簡潔に、非常に高圧的にガルシアの話は終わった。翔の隣ではラルクが生唾を吞み込む音が聞こえるが、普段のガルシアを知っている翔からしてみれば素を隠しているのか、それとも今の姿が素なのか。どちらにせよ、冒険者からは慕われる存在であり同時に畏怖する存在なのだということはわかった。
次に登壇したのは。少し青みがかった銀の鎧を身につけた人物。しかし、遠目からは男か女かはわからない。だが、その凛とした佇まいからは確かな気品と規律に順する軍人らしいオーラを翔は感じていた。
「初めまして。私は王都騎士団九番隊隊長、レギナ=スペルビア。この度は我が騎士団の支援に当たる貴公らの働きに感謝する。一週間程度の滞在にはなるが、貴公らと良い関係を結べることを願う」
威厳を保ち、それでよく通る声がギルドの広場にいる冒険者の耳に届く。中性的な声ではあるが、それでもこの場にいる統率のない冒険者の気を引かせるには十分なカリスマが登壇している彼女にはあった。
「また。滞在中は王都騎士団の訓練に参加する者を募集している、己の技量を測りたい者、もしくは高めたい者、または交流を持ちたい者。この後希望者を募る、是非自由に参加してくれるとありがたい、私からは以上だ」
騎士団のこのような提案に前例がないのだろうか、冒険者たちの間でどよめきが広がる。翔は降段するレギナの後ろ姿を目で追いながら、先程の話を頭の中で先ほどの話の内容をどうするか考えていた。すると、隣でラルクが翔の腰あたりを肘で小突き始める。
「なんだよラルク」
「お前、あの騎士団の訓練に参加するつもりか? やめておけ、やめておけ。どうせ貴族連中に嫌味言われて終わりだぜ? それに、冒険者と騎士団様じゃ戦う相手が違ぇから役には立たねぇぞ? 多分」
「まぁ、そうだけどさ……」
とはいうものの、事前にリーフェに話は聞いていた為現在の騎士団は差別的なことが少ないというのを翔は知っている。そして、先ほど目の前で話をしていたレギナがそのようなことをするような人物ではないというは彼女の純真でまっすぐな目を見れば信じることができた。
そして、一通りの作業の説明と役割分担の指示があり一時的に解散された冒険者はギルドの前からぞろぞろといなくなってゆく。その中で、訓練を受けようというものは現れず、野外に置かれた机と椅子に座るレギナの前には翔以外、誰もいなかった。
「あの、訓練参加希望者なんですけれども」
「おや、あまりにも来ないから片付けようと思っていたところだ。参加してくれてありがとう、貴公を歓迎するよ」
椅子から立ち上がり左手を差し出すレギナ。それに合わせ翔も左手を差し出し握手を交わす。鎧の籠手越しに伝わる力強さは剣士そのものであり、相当な鍛錬を積んだ人間であるということは想像に難くなかった。
レギナが差し出した紙にペンで翔は名前を書いてゆく。ここ最近はリーフェに文字の書き方などを教わっている為、名前であれば何度か練習し書けるようにはなっていた。
「イマイシキ ショウ。というのか、変わった名前だな。出身は?」
「アハハハ……、名前のないような田舎町出身ですよ」
「そうか。それにしても、君は経験者か? 相当な腕と見たが?」
「いや……っ、そんなことは……」
一瞬だけ、翔を見るレギナの目の色が変わった。それは今までに見たことにない少しの警戒の色と、相手の内側を視るような。それは廃屋にいた鑑定師のステラ=ウィオーラに見られたのと同じ目だと翔は思い思わず緊張し肩が強張る。
だが、それは確かに一瞬のことでレギナの翔を見る目は元に戻った。
「謙遜するのもいいが、自信を持つことはもっと大事なことだ。では、作業が終わり次第、騎士団のテントに来てくれ」
「……わかりました」
机と椅子を抱え、レギナはギルドの中へと入ってゆく。その後ろ姿を目で追いながら翔は他の冒険者の後を追った。




