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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第五章 キャンバスの色
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第196話 清算の色

 下水道を抜けて、地上へと戻る道を行く。この臭いところからおさらばできるのかと思うと少しではあるが嬉しく思った。


「あの剣を取り返すとかなんとか言ってるけど。場所はわかるの? もう遠くに行ってるかも」


「いや、それはない。なんとなくだけど、あの剣はまだこの街にある」


「へぇ〜、すごいわね。超能力?」


「そんなところだ」


 ジジューが感嘆しているかのような、呆れているかのような声を上げるが、実際は腰につけている鞘から剣の気配を感じ取っているというのが近い。だが、剣を手元に戻す『レディー』の呪文を唱えても剣は戻ることはなかった。おそらく、パレットソードを修復したばかりで、まだ魔術の起動ができないのかもしれない。


 以前は捨てたくても、捨てられなかった剣が、いまでは取り戻すために全力をかけるというのは全くもって滑稽な話だと思った。


「ここが地上に出るための梯子だ。こっから先は後戻りができねぇぞ」


「わかってます」


「いいか、手筈通りに朝を知らせる鐘が鳴ったらこの魔石を空にぶん投げろ。それまでの間に剣を取り戻せ。わかったな」


 そう言って、バンが手渡したのは赤の魔石だ。後ろを振り向くと、そこには地上へ戻るための一本の梯子がかかっている。


 ここから先は、自分の強運か悪運を信じるしかあるまい。実力は二の次だ。


 そして、


「では、いいんですね。メルトさん」


「はい、準備はできてます」


 明らかに戦闘向きではないロングスカート、だがその表情は今まで見たことがないくらい真剣なものだ。その腰にはバンからもらった脇差しが収まっている。本来、脇差しは主力武器の刀が使えなくなった時の代わりの武器として使うのだが、彼女が持っているとどこかしっくりくるので不思議だ。


「いい、どちらかが怪我をしても必ず魔石を使いなさい。できる限り早くすっ飛んで行くから。剣の奪還は二の次。自分たちの命を最優先して」


「「はい」」


 ジジューの言葉にメルトと自分は同時に返事をする。こういった修羅場をくぐり抜けた彼女の、プロとしての助言だ。


「それじゃ、命張ってこい」


 バンに大きく背中を叩かれ、下水道への出口へと向かっていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地下の下水道を出ると、外は大粒の雨が降っていた。マンホールのようなところからメルトを引き上げ、近くの建物の陰に身をひそめる。


「ショウさん、どうしますか?」


「……先ずは、このローブで姿を隠しながら移動しましょう。ですが、雨の中だとあまり効果はないので、おそらく接近したときには戦闘になるのを覚悟しておいたほうがいいです」


 おそらくパレットソードを持っているのは、あの仮面をかぶった男に違いない。そうなった時、ローブを使った接近は雨に限らず気配を感じ取られてしまうため意味がない。


 やはり、ここは多く罠と策を張っておかないと、パレットソードの奪還は難しい。


「相手の戦力の規模もわかりませんし、ほとんどが行き当たりばったりです」


 おそらく、相手の戦力はこの街の憲兵を含めてかなりの大規模だろう。街ですれ違う人すべて敵だと思ったほうがいい。そうならないためにローブを羽織ってゆくのだが、雨の中ではその姿がクッキリと写ってしまう。


 考えを巡らせて、ふと後ろの方を振り向くとメルトが肩を震わせ、バンからもらった脇差しを両手で握りしめている。その表情は恐れという言葉がよく合う。


「……やっぱり、ジジューと一緒に……」


「……いいえっ! ショウさんと一緒に戦いますっ!」


 雨粒を払いのけ、顔を上げた彼女の決意は固い。正直にいえば、自分も怖い。いや、こういった修羅場は常に自分は恐怖を感じている。彼女も同じならば、支えてあげられるのは自分しかいない。


 だからこそ言わなくてはならない。


「大丈夫です。僕がついてますから」


「…っ! はいっ!」


 メルトの返事を聞き、自分も決心がついた。腰に刺したパレットソードの鞘に手を伸ばし、軽く触れると、感覚的にパレットソードの場所がわかる。それは、どこか鼓動する心臓のように力強く、脈打っていて鞘に嵌った精霊石が熱い。


「こっちです」


「はい」


 メルトを自分のローブの中に招き入れ、魔術を発動する。自分たちの姿は見えなくなるが、このローブは雨粒を透過できる機能はついていない。どうしても不自然にローブが雨粒を避けてクッキリと浮かんできてしまう。なので、移動はできる限り軒下のある建物、もしくは人が通らない路地と限られる。


 だが、それだけでもかなりの憲兵たちが横を通り過ぎていった。幸いにも気づかれてはいないが彼らの様子から考えて、何かを探しているような雰囲気を感じ取ることはできる。そもそも、パレットソードを奪還する以前の話、自分たちは王都に追われる身だ。どちらにせよ、憲兵に見つかったらお終いだということを改めて思い知る。


『どうしましょう……このままじゃ……』


『……では、伝統芸と行きますかね』


 伝統芸。それは逃走において、お約束の方法。


 変装である。


 まず手始めに、手頃にサボっている憲兵の背後に忍びより、刀の鞘を使って首の後ろを思いっきり叩く。大抵の場合はそれでダウンするため、そのあとは路地裏に引きずり込んで自分たちの気の毒な憲兵……もとい、服を用意する。


 そこまではいい。あとは、すぐに着替えて服を脱がした憲兵たちは風邪を引かないように近くのゴミ箱に放り込んでおく。運がよければすぐに発見されるだろう。こちらとしては、あまり発見されて欲しくないのだが、なので少し離れたゴミ箱に放り込んでおくと尚良い、生ゴミあたりだと人は近寄ってこないだろう。


『ショウさん……結構ひどいことするんですね……』


『監獄を襲撃した時に比べればマシですよ』


『監獄をっ!?』


 そういえば、彼女に話をしていなかった。まだレギナと一緒に旅をしていたときはリュイで監獄を襲撃したか。いつか、その話もしてあげよう。


 ある程度路地を進み、突き当たり。鞘に触れると、心臓の鼓動にも似た響きは確かに大きくなっている。どうやらこの向こう側にパレットソードがあるらしい。


『おそらく相手は、自分の声をあまり覚えてない可能性があります。なるべく顔は見えないようにすればまだ誤魔化しが効きます』


『私はどうすれば?』


『メルトさんはおそらく一番顔が割れていない。少し酷ですが、パレットソードを持っている人間に一番近づいてもらう必要があります』


 その言葉を聞いたメルトは一瞬身構える。だが、一番の最善策なのはこの方法なのだ。


 憲兵たちはこの街のものだろうが、あの鉄仮面の男はこの街のものではない。つまり、指示は出してはいるが、この街の憲兵を全て把握しているわけではないだろう。そこでメルトは憲兵に変装して鉄仮面に接近して欲しいのだ。


 そして、もう一つ大事なことがある。


『メルトさん。まだ、僕のこと怒ってます?』


『え、は? いや。そんなことは……でも、というか。なんでこんな時にそんなことを聞くんですかっ!』


『メルトさん。思いっきり僕のことを罵ってくれても構わないので、お願いがあるんです』


 決して自分がドMというわけではないが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「では、手筈通りに」


「は、はい」


 大通りを目の前にした細い路地。そこに、いま二人で立っている。だが、憲兵の格好をしたのはメルトだ。そして、翔は憲兵の格好をしたメルトに片腕を後ろに回された状態で路地に立っていた。


 そして。


「さっさと歩きなさいっ!」


「っ!」


 突如メルトが大きな声で自分の体を大通りに向けて突き飛ばす。自分はそのままなんの抵抗もなく、地面に突き倒されて濡れた地面の上に顔を押し付ける結果になった。


 そんな翔を再びメルトは乱暴に引き上げて、再び大通りで翔のケツを蹴り上げながら進んでゆく。それも演技ではなく、かなり本気で。


 大通りの正面。そこには10人ほどの集団で、その中心に工房を襲撃した鉄仮面の男も含まれている。雨で視界が霞んでよく見えないが、彼が持っている獲物はかなり大きな槍だ、そしてその左手にはパレットソードを刃をつかんだ状態で持っている姿がうかがえる。


 それを確認した後、再び地面に視線を向けうつぶせた状態でとぼとぼとケツを蹴られながらゆっくりと大通りを進んでゆく。


「どうした?」


「逃亡者1名を拘束しましたっ」


 集団のそばで、メルトは思いっきり翔の足の膝を蹴り地面に膝をつける状態で頭を憲兵の持つ剣の鞘を突き付ける。


 どうしよう、思ったより痛い。


 憲兵の集団は彼女の表情をまじまじと見つめているが、この街独特の鐔が広めの帽子のおかげであまり表情は見えていない。彼女の女性らしいボディーラインも鎧のおかげである程度隠れている。


「この男は……イマイシキ ショウっ! おい、他の連中はどうしたっ!」


「この男以外の姿は見えませんでした」


 そう言いながら軽く剣の鞘で自分の頭を突いてくる彼女。


 本当に演技なのか?


 顔を地面に向けた状態で、無言のまま伏せていると、突如ゆっくりとした足音が地面に伝わってくる。はねた水が自分の頬を濡らす。


『無様だな。イマイシキ ショウ。もっと、骨のあるやつと思っていたが』


 くぐもった声。この声は工房を襲撃した鉄仮面の声だ。


 だが、同時に自分の腰にさしてあるパレットソードの鞘がとても大きく脈打つ感覚を得る。そして、同時に右腕が熱くなって来た。


 もしかしたら。


「この男はどうしますか?」


『今ここで、殺す……っ!?』


 メルトが話しかける。ここまでは手筈通りだ、そして彼が彼女に視線が映ったところで、接近して来た鉄仮面からパレットソードを奪い返す。


 そのはずだった。


 一瞬、鉄仮面の動きが止まったかと思うと、軽く少し後ずさる。


 一体何が……


 だが、今この瞬間しかチャンスしかない。


『レディーっ!』


 突如、自分が叫んだ呪文が街中を響く。叫んだ瞬間、パレットソードは鉄仮面の左手から消え失せ、自分の左手に収まる。


 そして、体を起き上がらせるのと同時に鉄仮面に向けて下から上への斬撃。


『今道四季流 剣技一刀<秋> 村雨返し』


 起き上がりすぐさま、パレットソードを握り直す。メルトを背後にしてかばうようにして一気に後ずさる。


 確実に手応えはあった。体に傷を負わせた感触はないが、手に伝わった感触は鉄を斬った感覚だ。おそらく、鉄仮面を斬ったのだろうこの際だ、今回の襲撃の犯人を拝んでから逃げてやろう。


 雨が降りしきる中、仮面を切られたことにより顔を両手で覆い隠している男の姿。だが、その姿を一瞬見たであろうメルトはその姿を見て固まっている。


「あ……あ……っ」


「メルトさんっ?」


 次の瞬間、ズルリと左手を下げた彼の手に握られた槍がなんの前置きもなく、正面で構えていたパレットソードめがけて飛んでゆく。


「な....っ!」


 とっさに剣を振るい、槍の先端の軌道をそらす。


 だが、あまりに力強い突きはその軌道を完全にそらすことなく、急所こそ紛れたものの左の脇腹を深くえぐるようにして突き刺さった。


「がっ!」


 脇腹から吹き出た血と、そして込み上げて来た血の滝に溺れそうになる。思わず剣を落とし、突き刺さっている槍を思いっきり掴む。

 

 その時初めて気づいた。この槍にはとても長い鎖が巻きつけられていることに。そして、その鎖は槍の一番後ろの方に付けられている。


 この槍の形状を、自分はよく知っている。


 今自分のことを深々と刺している、この男の顔を自分はよく知っている。


 口から溢れる血の中、その男の名前を口にしようとした。だが、その前に。一番この男と関わりが深いであろう人物が、その男の名前を口にしていた。


「ガル……シアさん?」


 右腕に、槍の先端が当たり傷を負ったメルトが、まるで亡霊に出会ったかのような震えた声でその名前を口にした。


 雨の中、濡れた長い髪の中から現れた。その火傷だらけの顔は、確かに。あのイニティウムで誰よりも、あの街を愛し、そしてリーフェ=アルステインという女を愛していた。


 ロード=ガルシアという名前の男の顔をしていた。


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