第192話 鍛える色
ジジューが部屋の地面に魔法陣を書いている途中で、部屋の中にハンクが入ってきた。トールは馬車の荷台に待機させているため問題はないと思うが、若干不安というのが今の心境だ。
「にしても、すげぇでかい魔法陣だな」
「あぁ、確かに」
この部屋の大きさは大体16畳くらいあるのだが、その部屋に所狭しと魔法陣が刻まれている。魔法陣の設計自体はジジューが行ったのだが、何せ精霊を使う剣の修復を行うのだ。ただの魔法陣ではあまりにも負荷がかかりすぎるということで、魔法陣自体を大きくさせて効率は悪くなるが魔力の消費を少なくさせるとかなんとか。
はっきり言って理解ができなかった。
「メルト、そこもうちょっと左」
「はいっ」
魔法陣製作にはメルトも手伝っている。なんでもガルシアから魔法陣の製作の手ほどきを受けていたらしく、多少知識があるようだった。
「おいっ。これ以上銀はねぇぞ」
「うっさいわね。次は水銀よ、あるんでしょっ?」
「ったく……おい坊主、支払い大丈夫か?」
はっきり言って冷や汗ものだ。
刀は興が乗ったらしいバンの贈り物らしいが、この剣を治すのは流石に無償というわけにはいかない。まずこの剣の材質である『月の涙』の入手だけで莫大な金がかかっているらしく、そして魔法陣で使っている素材を聞いているだけでも聞いただけでわかるような貴金属を使用している。
はっきり言って、少し冒険者稼業に戻らないとまずいかもしれん。グスターレの報奨金受け取っておくべきだったか?
「さぁて、下準備はいいとして。ショウ、発動手順を手短に説明するわ」
「手短でわかりやすく頼む」
「まず、私に掘られた刺青を仮の魔術回路として使用して、あなたの無色の魔力を青色に変換させる。そこまではオーケー?」
「あぁ」
「魔力量の調節も私がやるからいいんだけど、問題なのは量が少ないことじゃなくて、多いことなの」
彼女はそのまま説明を続けるが、彼女の魔力濃度8だ。そして自分の魔力濃度は10。イニティウムにいた時、リーフェから説明を受けたが魔力濃度は単純に魔力量と比例する。もし、魔力量をコップに例えるのならば魔力は水だ。コップに合わない魔力を注ぎ込めば溢れてしまう。溢れるだけならばまだいい、それで器が壊れてしまったら大事だ。
「私の魔力回路が壊れないためにも、あんたは細心の注意で魔力を私に注がなくちゃいけない。少しでもミスしたら私と、その剣の命はないものと思いなさい」
「あぁ、わかった」
地面に掘られた魔法陣に水銀を流し込んでゆくジジューの話を聞き、軽く冷や汗が出ている。どちらにせよ、自分の技術力に彼女たちの命がかかっている。命のやり取りはすでになん度も経験して来たと思っていたが、これはまた別の緊張感だ。
「よし、坊主。その剣を渡してくれ、先にその折れた剣の仮止めをしておく」
「わかりました。お願いします」
「チッ……なんてしけたツラしてやがる。シャンとしろ、シャンとっ!」
渡した剣で思いっきりケツを叩かれる。思わず前のめりになり、叩かれたケツを手でさするがどうにも彼が自分の作業場に戻ってゆくその姿に見覚えがあった。そんな彼の姿を自分はなんとなく追っていた。
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不安でしょうがない。
どうしようもなく不安なのだ。
決して、信頼をしていないというわけではない。時折見せる彼の笑顔は、イニティウムにいた頃となんら変わりはない。だが、どこか寂しそうで何かを追い求めているような、黒く深く吸い込まれそうな目の色をしている。
このまま、自分の知らない彼に変わっていってしまっている。そんな彼のことが不安でしょうがない。
このまま、どこかに行ってしまいそうで。
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作業場に入ると、鍛冶場独特の熱気が体全体を覆う。以前入ったときは、火があまり焚かれていなかったのでそこまで暑くはなかったが、完全に炉に火が灯ったこの工房ではただいるだけで汗が流れてくる。
バンは折れたパレットソードを引き抜き、作業台に折れた部分と接触するように剣を並べてゆく。そんな彼の表情はとても冷静だ。自分からしたらその剣は窮地を幾度となく救い、そして自分のことを同時に殺そうとした剣でもある。
「剣を使うことに恐れを持つ。そいつはいいことだ」
「……心でも読んだんですか?」
「そんなの顔を見りゃ一発でわかる」
バンは剣の柄を持ち、断面に空いた細かい穴からスポイトのようなもので『生命の起源』を注ぎ込んでゆく。徐々に注がれて行った『生命の起源』は乾いたスポンジに水が染み込むように黒い液体を飲み干していっている。彼は、この剣のことを『生きている剣』と表現したが、その表現は適切だろう。
「剣は、生きるものを殺すためにある。そのために、鍛治職人はより鋭利に、より頑丈にって考えながら。多くの人間を殺せるように考えながら鉄を打つ」
「……」
その話は、親父から今道四季流を教わるときに一番初めに聞かされた言葉だ。剣術は殺人のためにある、そしてそれを学ぶということは他人を傷つけるという覚悟を持って臨まなくてはならないと。
「当然、俺もそうやって鉄を打って来た。俺の作った武器で何十人の人間が死んで行ったかわからねぇ。そのことに俺は何も思わねぇし、誇りも持ってない」
バンはもう一つ、折れた剣先の方にも『生命の起源』を注いでゆく。そして注ぎ終わったのを確認すると折れた剣をつなぐために、接合部に白い粉末状の粉をふりかけてゆく。先ほどまで満杯にあったはずの『生命の起源』はその全てをパレットソードに注ぎ込んだ。
「だが、あの野郎は。お前の今つけている防具の作者だよ」
そう行って少し振り返り、こちらに向けて指を刺したのは今、自分がハンクからもらった赤い和服の上に身につけているパルウスの防具だ。ワイバーンの翼で作られているその防具は、一回は壊れたものの、その軽さといい頑丈さといい戦闘中も気にならないような付け心地で重宝している。以前、バンはパルウスと知り合いのようなことをほのめかしていたような気がする。
「今じゃ大昔だが、あの野郎は王都にまで名をはせるような有名な鍛冶屋だった。あいつの指導を求めに大勢の未熟者が田舎から飛び出して行ったのさ。だが、あいつは……結局弟子を一人も取ることなくノヴァを去って行った」
バンは接合部に炎を当てながら粉末の『月の涙』を溶かしてゆく。溶かす寸前に『月の涙』は一瞬だけ濡れたような青い炎を上げながら徐々に折れた剣を繋いでゆく。
「だが、そいつはたった一言だけ。集まった野郎どもにこう言って行ったのさ『お前らが作るのは殺す剣じゃない。使う人間を守るための剣だ』ってさ」
炎が収まり、結合部分が不恰好に塞がる。バンはそこに熱した鉄板を押し付けその上から金槌で剣の表面を均して行く。
「殺すものから、守るものへ。あの一言で、田舎から夢を持って出て来た野郎のほとんどが帰って行ったよ」
「……あなたは?」
「俺か? 俺は帰らなかったさ。どのみち貧乏な家で生まれたんだ、人を生かそうが死なそうが自分の食い扶持のために鉄を打つ職業を選んだだけさ。だが、それなりに自分の選んだ職業に対しての決意はあったけどよ」
鉄を打つ音が工房に鳴り響く。三度打つたびに剣の様子を見ながらその表面を全く繋がりが見えないように一本の剣となるようになんども打ち付けて行く。
「それから俺が鍛治職人になって10年以上たった後か。ようやく自分一人で短剣とかの小物が作れるようになった時に、あいつは俺の勤めていた店に現れたんだ」
「……それで?」
「あの野郎は、俺の作った短剣を見て『後少しだな』なんて言いやがってよ。そこから俺はスランプさ、今までただ鉄をこねくり回してりゃいいと思っていただけの職業に急に考え込むようになっちまった。一体何が足りなかったのか、今でもそいつの言おうとしてた答えはわからねぇ」
剣を表から裏側へ、同じように熱した鉄板を押し付けながら金槌を使って均して行く。
「だが、あいつの作った防具やら武器やらを見て研究し始めた時には遅かったよ。俺は、完全に鍛治職人の虜になっちまった」
熱した剣の接合部はしばらく青い光を放っていたが、しばらくするとその青い光は収束されてゆき折れていた部分がわからないくらいに真っ白な剣身へと姿を戻す。だが、その接合した部分の表面は火傷のようにただれており、まだ完全につながっていないことがうかがえる。
「あの野郎が目指していたのは、人を殺す剣ではなく、守る剣だってのは知っていた。だが、どう作っても俺の作るものは大勢の血を流した。使い捨ての武器を作るようになったのはその時からさ」
再び粉末の『月の涙』をその上にまぶして行く、そして今度はその上に熱した鉄板で押し当てて行く。押し当てるのと同時に粉末の『月の涙』が青い火花を飛び散らせながら工房の中で爆ぜ飛ぶ。その姿はとても幻想的で、防護用のメガネに映し出されたその光景は職人の見るもう一つの世界が見えたような気がした。
「去り際にあの野郎はこう言い残しやがった。『職人として、最高の一振りができたら俺のところに見せに来い』ってな。結局、俺は職人っていう肩書きを持った廃人に落ちぶれちまった」
「……使ってみせます」
「あ? なんだって?」
青く光る火花が彼の横顔を照らし出す。だが、それと同時に赤く光る炎が彼のしている保護メガネに映し出されていた。
「俺が、あなたの作ったこの刀を。人を殺すためではなく、人を守るために振るいます」
「……」
パルウスが描いた理想は、人を守る剣を作ること。そして、目の前の彼はそんな彼の理想を追い求め、挫折した姿だった。もし、その理想が今でも受け継がれていたのだとしたら。死んだパルウスのためにも、彼の作ったこの刀でその理想を繋ぎとめたい。
これが唯一の、彼の防具に対する最大の支払いだ。
「……フン。小僧がなに言ってやがる、その前にだ」
最後の一振り。金槌が大きく振りかぶられ、パレットソードに振り下ろされた。次の瞬間、飛び散った火花は青色の光ではなく、まるで万華鏡のように様々な色に姿を変えながら工房の中を色鮮やかに照らして行く。
それはまるで星のように輝いて見えた。
「テメェがその剣使って、生きることを考えろいっ!」




