閑話 コスプレの色
「元気出せってハンク。髪の毛なんてすぐに戻るし、ほらっ。帽子かぶったらかっこいいぞ?」
そう言って彼に、彼が作ったであろうツバが広めの帽子を彼にかぶせるが彼の表情は暗い。そして、彼はまるで油をさしていないロボットのようなぎこちなさで首を荷台の方へと向ける。
「おい、これ。婦人用」
「え、あ。すまん」
すぐさま帽子を取るが、そこに現れたのはあまりにも無残な焼け野原。
自分も将来こんな髪型になったら、色々と悩むんだろうなって頭の中で考える。そして、自分の頭も決して彼を笑っていいような髪型ではないということを、無意識に触った髪の毛で察する。
思わず、ハンクと一緒にため息がこぼれ出た。頭皮を突き刺すような日光の光がこんなにも恨めしいとは思わなかった。
「それにしてもジジューさんって、とても髪を切るのお上手なんですね」
ピクっ
「いやぁ、そんなことないわよ。メルトちゃんが可愛いから。お姉さん頑張っちゃった」
ピクっ
突如、荷台の後ろで女子トークに花を咲かせている、自分の可愛い彼女と、今回の戦犯がそんな話をしている。
聞き捨てならん。
今現在、男二人の顔には青筋が浮かんでいる。
誰のせいで、こんな頭になったと?
この長さで切られたからには、伸びるのは2ヶ月くらいかかるんではないか?
しかも?
可愛かったからうまかった?
裏を返せば、俺たちはブスだったから下手だったと?
「おい……ハンク……」
「皆まで言うな……わかっている」
二人のが互いを見合う表情は、もはや主君<髪>への復讐を誓い合った忠臣蔵の家臣のような表情をしている。
そして、ここから女性陣に対しての復讐劇の幕が上がったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・1日目・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の日の朝、清々しい青空のもと。ハンクは川へ洗濯に向かっているときに事件は起こった。
基本的に、このメンバーでの家事当番は決まっていて右腕が使えない自分を除きハンクを主体としたサイクルが組み上がっている。そして、料理は自分を主体としたサイクルが組まれている。
つまり、家事において女性たちが手綱を握ることはできないのだ。
「あれ? ねぇっ! ハンク、これって私の服?」
「あぁ、そうだよ」
「え、でも、これってちょっと……」
「ん? まぁ、嫌なら絶賛濡れてるこの服だけになっちゃうけど....」
「え〜。じゃあ、まぁ……これでいいかしら」
本日の洗濯分の衣類のカゴを持ったハンクと、その横で朝食の準備を進めていた自分と目配せをしてウィンクを交わす。
ハンクは服屋だ。
古今東西の服を取り揃えている彼は、この日の移動に着る服の支給を主に行っている。動きやすい服装から、貴族が着るような高貴な服までなんでもござれ。そして、その日着る服によって当人の一日の気分は決まると言うもの。そんな重要な役割を担っている彼だからこそできる復讐劇である。
「き、着たけど……なんか派手じゃない?」
「ジジューさん可愛いじゃないですかぁ」
現在、朝食の準備をしている自分たちの背後の馬車の裏で着替えを行う女子たちのトークを聞いてほくそ笑む。
そして、
「今日の朝ごはんはなんですか?」
「今日はですね。ベーコンエッグ……です」
メルトの声を聞き、上半身を後ろの方へと振り向かせた瞬間改めて異世界に来たのだと思う。
普段着ている服と対して変わらない、長袖セーターのような素材の服を着たメルトの背後に隠れるようにして現れた、フリフリのドレスを着た小さい女の子。だが、全体的に暗い色合いで作られたそのドレスはまさにそう。
ゴスロリである。
そして彼女の明るい青い色の髪と相まって、逆にそのミスマッチ感が彼女の本性である妖女の部分を覆い隠し、なんとも儚げで触れるだけで壊れてしまいそうなドールのような幼女を生み出している。
「な、何よ……」
「い、いや。飯できてるから、勝手に取ってってくれ。ちょっとハンクのこと呼んでくるわ」
すぐさま立ち上がり、川に洗濯しに行ったハンクの元へと足早に駆けつける。川で、彼女のたちや自分たちの服を手もみ洗いしているハンクの後ろ姿が見えた。その様子はとても楽しそうに見える。
彼のそばに、ゆっくりと腰掛ける。
草の軋む音に気づいたハンクはゆっくりとこちらを向き、その恍惚な表情を見た後、自分は軽く息を吐いたかのように笑った。
そして、そのまま互いの表情を見ることなく。静かに拳を空たかだかに合わせたのである。
やはり、この男。天才だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・2日目・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ね、ねぇっ! ちょっとこれしかないのっ!?」
「あ、あのハンクさん……これは……」
「ごめんねぇ。君たちのサイズってなると数も限られて来てさ」
そう言ってハンクが用意したもの。
ノースリーブな上に、肩が思いっきり出ており胸元だけで止めているかのような服だ。そして、今回はジジューだけでなく、メルトも含めた作戦である。彼女自身に恨みは全くないが、個人的にものすごく見たいと言う意向で、ハンクは二つ返事で対応してくれた。
そして、泣く泣く彼女達が着て見た結果。
ジジューは知っての通り幼児体型である。だが、申し訳なさげに膨らんだ胸が服の隙間から多少見えているのはなんだかものすごく見てはいけないような、とんでもなく犯罪臭の漂う感じがして悪い心地ではない。
そしてメルトは……
「きゃっ!」
「「(ゴクリ)」」
メルトは、知っての通りかなり胸のサイズが大きい。よって、とんでもなく寄せられた凶器的な双峰をどんな動作をしても目元で大きくブルンブルンと揺れるのだ。もはや、この服は彼女のために開発されたのではないかと言っても過言ではない。
そして。
時折、服から溢れそうになるその双峰を必死に抑えているその姿もとても愛らしいと言うか、めっちゃくちゃエロい。
大変眼福である。
結局、この日は日が暮れるまでずっその格好での移動になった。街を通る時、メルトの姿を見たものにはもれなく殺気を送りつけ、二度と見れないように縮み上がらせてやった。
ハンク、お前がもし地球にいたら俺はお前にノーベル平和賞に推薦してやりたいよ。
ともかく、
次の日にいこうっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・3日目・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あら、今日はまとも……かしら?」
「なんだか……明るい色ですね」
本日のテイストは、エロ路線をやめて。コスプレで行こうと思う。
着替えを終えてやって来たのは全身ピンク色のコーデをした二人の姿。そして、今回はキャップ付きである。
そう、ナース服だ。
基本ナース服は動きやすいようにゆったりとしているものが多いのだが、今回はコスプレ用のもの、体のラインがくっきり出るように全身にぴっちりくるようなサイズと布にしてあるらしい。
やはり、どの世界に行っても男の考えることは一緒なのだと思う。
ちなみに、これまで出て来た服とこれ以降出る服は彼制作のオリジナルである。やはり、ノーベル賞をあげるべきだろうか?
「ショウさん、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
自分の右腕は完全に死んでいる。そのため、食事の時はかなり不便になるわけだがメルトは自分が右腕を失ったことに責任を感じているらしく、食事の時はこうやって料理を口に運んで来たりしてくれるわけだが、ナース服姿でこのようにしてもらうのは……
めっちゃ嬉しい。
とっても新鮮ではあるが、将来こういうことをしてみたい。というかしたい。あとでハンクに言って買おう。絶対買う。
それでもって、ジジューに関してだが....
今回は失敗だった。彼女はどう考えても看護というよりかは、逆に患者を冥土に送りそうな雰囲気がある。
よし、次っ!
・・・・・・・・・・・・・・・・4日目・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねぇっ! 絶対おかしいわよこれっ!」
「そ、そうですっ! これ服じゃないじゃないですかっ!」
「ん? 服だよぉ、れっきとしたね。もし嫌だったら、今日天気悪いしね。この洗濯仕立てのしかないけど」
翌朝、最初に聞こえて来たのは女子たちの悲鳴というか怒号にも似た声である。馬車の荷台に置かれた服を少しチラ見したが、確かにこれは服ではない。
いや、一応服か。
そして、馬車の陰から登場した彼女たちは体の至るとこを隠しながら登場する。それは恥ずかしさからくるものなのだろうが、自分が改めてそう言った姿を見て興奮する人間なのだと初めて知った。
細い足に食い込む網タイツ、黒く光るラバーの光沢輝くハイレグ。そしてジジューに至っては青い髪に散々と輝くように伸びるウサギの耳。メルトは自前の猫耳はヘタレて真っ赤に頬が染まっている。
そう、バニーガールだ。
「ショウ、今なら首輪もつけて安く……」
「買った」
即金である。
とにかくこのパーティの女性二人は美人だ。まず、そこで神だか聖典だかに感謝を述べなくてはならないのに、こんなにもプロポーションの違う二人との巡り合わせに余計に感謝と生贄を捧げたい気分なのだ。
メルトはラバーハイレグからこぼれそうな胸を必死に抑え、ジジューは胸の部分が隙間だらけでそこを隠そうと必死に両手を胸に添えている。そして、後ろの方を向けば、ジジューにはうさぎのしっぽが、そしてメルトは自前のねこのしっぽが覗いておりくっきりと浮かぶ臀部のラインがなんとも艶かしい。
「俺、生きててよかったわ」
「右に同じ」
そして、野郎二人はそんな光景を鼻血たれる鼻の穴を必死に抑えながらなんとも幸せそうな顔をしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・5日目・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なぁ、俺の服がないんだけど」
「俺もだ」
現在、パンイチで馬車の荷台に立っている変態二人である。今日の朝、珍しく女子二人が『私たちが洗濯やっておくから』という申し出をして有無を言わさずにもっていた洗濯カゴをかっぱらってメルトとジジューは近くの井戸で洗濯をしに行ってしまった。
普段なら、ハンクが用意するはずの服だが一体どこにあるのだろうか。
全くもって見当たらない。
「なぁ、服ってどれだと思う?」
「あぁ。今目の前にあるのが今日あいつらに着せるはずだった服だろう? それ以外見あたらねぇんだよな」
「でも、メルトたちって新しい服着てたよな? バニーガールじゃなくて」
「うん」
目の前に丁寧においてあるのは、今日彼女たちに着せる予定だった服。ハンクにもう準備したのかと聞くとただ首を横に降るのみ。
となると、準備したのは彼女たちか。
となると、彼女たちがコスプレに目覚めたのか?
パンイチの二人が顎に左手を添えながら首をひねってると、突如風が一瞬吹く。
自分の下半身が妙に涼しくなったような....
「「ぎゃーーーーーっ!」」
次の瞬間、森に男二人の情けない悲鳴が響いた。その理由は単純明快で、パンツを止めていた紐が突如として切れたのである。
「あ、ちょうどいいわ。その下着も洗っちゃうからちょうだい」
「へ、うわっ!」
馬車の荷台の下からジジューが顔を覗かせる。男二人は突如現れた女性の目線に思わず股間を両手で覆い隠す。自分は左手だけで限界なのだが。
「後さっさと着替えちゃいなさい、この後も忙しいんだから」
「へ、着替え?」
「あるじゃない、下に」
そう言って彼女が指差したのは、自分の足元におかれているコスプレ衣装。
まさか……
その途端、二人の顔色が全く同じタイミングで赤から青へとカラーチェンジする。そしてどうやって奪ったのであろう、いつの間にか自分たちが履いていたパンツを握りしめてジジューは馬車の荷台を飛び降りる。
そして一言。
「ま、その粗末なものぶら下げて一日過ごしたいならいいわよ……ぷっ」
彼女のなんとも遠慮のない笑い声が、完全にガラスのハートの男心を粉々に砕いた。
後のことは覚えていない、ただ何かに耐えるように足元に置いてあったコスプレ衣装……もとい、チャイナドレスを無言のまま二人で着て流石に今回の一件はやりすぎたかもしれないと内心反省しながら、馬車の荷台で正座をした。
結果として、二人の姿は女性陣から大きな笑いを誘った。
あまりにも筋肉がついた状態での女性物のチャイナドレスを着る男の姿。あまりにも滑稽だろう。自分でも大笑いするかもしれない。
「いやぁ、よく似合うじゃない。ねぇ、どんな気分?」
「……ものすごく、恥ずかしいです……」
「で、でもっ! ショウさんよく似合ってますっ!」
「……ものすごく、嬉しくないです……」
ハンクに至っては、チャイナドレスにプラスしてお団子の髪留めまでつけられている。彼が着ているのは黄色のチャイナドレスで、自分が着ているは紅いチャイナドレスだ。
完全にハンクは意気消沈している。
「さて、何か言うことはないかしら?」
「「心より、申し訳ありませんでした」」
チャイナ服姿での土下座。
とてもシュールだったろう。




