第188話 為す色
「め、メルトさんっ! 待って……っ」
「知りませんっ! ショウさんのバカっ! バカバカバカバカっ!」
とんでもない現場を見られてしまったと翔は思った。それは何もかもリタの計画的犯行である。きっと彼女はメルトとジジューが近づいてくることを勘付いていたのだろう。そして見せつけるようにやったに違いない。
そして現在、怒髪天で涙目になって遺跡へと向かって歩いていっているメルトのことを、言い訳を考えながら追いかけている翔の姿がそこにはある。
「おい、もう少しで出発……」
「悪いっ! もう少しだけ待ってくれっ!」
声をかけてくれたハンクの横を通り過ぎていったメルトと翔。こんなことで喧嘩別れなどしたくはない。
ふと、彼女の背を追いかける翔の足が止まる。
まるで信じられないものでも見るかのように、
まるで懐かしいものを見るかのように、
まるであり得ないものを見るかのように。
「メルトさん……、遺跡って……」
「……ショウさん?」
自分を追いかけてくる足を止めたことにメルトは気付いたのだろう。そして、追いかけていた人物が、膝を落とし青ざめた表情をしている姿が目に入ってきたことに。
翔の目の前にある、遺跡と呼ばれる本当の姿。
初めてきた時は暗くて何もわからなかったが、明るくなった昼間なら完全にその姿の正体がわかる。
「これ……ジャンボジェット機じゃ……」
思い返されるのは、この世界に転移する前の記憶。新聞記事に載っていた、一つのニュース。それはジャンボジェット機が消息を絶ったという内容のものだった。
まさか、今目の前にあるものが、そのジャンボジェット機だとでもいうのか。
地面に向かって突っ込んだかのような姿をしているジャンボジェット機のそれは、確かに千年以上経って蔦やら、木々に覆われて朽ち果ててはいるものの、姿形はそのまま遺っている。もし、地球にいたことのある人間がこれを見れば、ほとんどの人間がジャンボジェット機だと答えるだろう。
「まさか、生命の起源になった人たちって……」
生命の起源になった人数は四百数人。ジャンボジェット機が何人乗せることができるかわからないが、きっとそのくらいの人間が乗ることが可能だっただろう。
「……ショウさん?」
「……メルトさん。もう一度、もう一度。遺跡の中に入るのに、ついてきてくれますか?」
「それは……構いませんけど……ショウさん。少し休んだほうがいいです、顔が真っ青になって……」
「……いや、大丈夫です。これは、絶対に。僕が確認しなきゃいけないんだ……」
メルトに支えられ、遺跡の入り口へと向かってゆく二人。
覚悟を決めた翔のこめかみを脂汗が流れてゆく。
冬の冷たい空気が余計に肌をひりつかせる。
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「こっちに行きたいです」
「え、でもそっちは立ち入り禁止ですよ」
「壊される前に、色々と確認しなくちゃいけないんです」
遺跡の中は、明かりが灯っておらず、壁の隙間から入り込んだ太陽光のみが道を照らしている。昼間になろうというのに遺跡の中はやはり薄暗く、翔の足を立ち尽くさせるには十分すぎた。
だが、そばにメルトがいれば、翔にとっては百人力である。
遺跡の中で立ち入り禁止の看板を左手で払いのけ、翔とメルトは前へと進む。くの字で曲がった道をまっすぐ進んでゆくと、石でできた遺跡の材質とは明らかに異なる人工物の蔦に覆われた壁が二人の前に立ちはだかる。
「これ以上は進めないみたいですね……」
「……いや、これで終わりじゃないはずだ」
パレットソードを腰から外し、目の前の蔦を払ってゆく。そして、見えてきたのは、すっかりくすんだ色になっている青と白のコントラストの壁が見えてくる。わかるのは、確実にこの世界で作られた色ではないということだ。
「……こんな鮮やかな色……初めて見ました」
「……これだけ古くなければ。もっと鮮やかだったんですけどね」
そして、壁を眺めていると苔の生えた透明な物体が壁に嵌め込んであるのを発見する。手で、苔を払うとそれはジャンボジェット機の窓ガラスに当たる部分だということを確認できた。
「入れるか……なっ!」
パレットソードの鞘の石突きの部分でガラスを小突くと流石に一千年もすぎているためかガラスの枠は古くなっており、ガコンという音と共に分厚いガラスが外れ、カビ臭い匂いと質の悪くなった酢酸系の酸っぱい匂いが混ざった空気が翔とメルトに向かって勢いよく流れ込んでくる。
「げっほ……、さすがは飛行機。千年経っても密閉性は変わらないってか?」
「……ショウさん、これの正体を知ってるんですか?」
「……僕の世界では、これが空を飛んで多くの人を運んでいたんです。信じられないでしょうけど」
飛行機の説明をしようにも、この世界には飛行する手段は限られている。それこそ、ワイバーンなどを飼い慣らして空を飛んだりなどはできるが、基本的には陸路で移動するこの世界にとって空を飛び移動をするということは想像することができないのだろう。
「中、入るんですか?」
「……はい、入りましょう」
メルトの問いかけに翔は頷き、人一人分通ることのできる穴ができたジャンボジェット機の中へと入り込んでゆく。
ジャンボジェット機の中に入った瞬間、まず襲いかかったのは強烈な吐き気だった。座席と思しきところには人骨が並んでおり、すでに化石のようになっているが見ていて気分のいいものでは決してない。
そして、朽ちていないプラスチックや、座席の一部に触れた瞬間、外の新鮮な空気に触れたせいか翔が触ると指先で細かくなっていった。
「……子供」
「……」
座席に座っていた人骨は大人ばかりではない。子供や幼児の骨のようなものも確認できた。きっと何も知らずに、何も感じることなく死んでいったのだろう。そう考えるとどこか無念に感じざるを得ない。
同時に、自分が使ってきたパレットソードにはそれだけの命の重さがあったことを思い知らされる。
「本当に、ここで勇者召喚が行われたんですね……」
勇者召喚に応じたのは、四百数十人。とあるが、正確には、巻き込まれたというのが正しいのだろう。そして、これは翔の憶測になってしまうがそこで弾かれた人間が生命の起源へと変換されてしまったのではないのだろうか。
「……手を合わせておきましょう。せめて、彼らの命をこれから先、無駄にしないためにも」
「……はい」
両手を合わせて祈る。
これから先、自分は彼らの命をどのようにして扱い、何を為すべきなのかを。
そして、この命を扱うに足る人物になれるのだろうか。
いや、ならなくてはいけないのだ。




