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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第四章 黄の色
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第187話 蜘蛛の色

 朝食時間になると、包帯の取れたジジューがギルドの宿舎にある食堂へとやってきた。朝方、治癒師の人間がやってきて彼女を治療したのだ。そして自分も頭の怪我やその他打撲などを治療してもらい、右腕は治らないものの、なんとか左手で食事ができるまでには回復した。


「何が山だよ。平野じゃねぇか」


「なめてもらっちゃ困るわね。こんな修羅場何十回乗り越えたんだか」


 そして、席に着くなりテーブルに盛ってあるフルーツを鷲掴みにして頬張っているジジューを見る限りではある程度回復したのだろう。だが、いまだに彼女の左腕は動かせないように首から布で下げられている状態だ。自分みたいに治らないというわけではなく、無理くり魔術で治すよりも自然治癒の方が安全という理由からだそうだ。


「本当にすまなかった……俺がついていながら」


「ハンクは悪くないって、今回の相手はそういうことに関してはプロだった。相手が悪かったよ」


「はぁ……」


 完全に意気消沈している彼だが、彼の性格上しばらくすれば元気を取り戻すだろう。さて、問題なのはだ。


「ジジュー、お前。本当に何者なんだ」


「……」


 ここははっきりさせなければいけないだろう。食事をしていたメンバーの手が止まる。


 今回の一件は偶然が重なったというのもあるが、彼女が『先生』という呼び方をする男が現れたのだ。そして、メルトが誘拐され、もしかしたら最悪な事態に陥っていたかもしれない。


 今後のため、そして今まで協力をしてくれた彼女のためにもしっかりとここではっきりさせなくてはあるまい。


「話してくれるな」


「……わかったわ」


 ゆっくり頷いた彼女は、ポツリポツリと話し始める。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私は『蜘蛛の巣』という傭兵部隊の中の暗殺部隊に所属していた。


 基本はなんでも、相手の金銭次第でどんな汚れ仕事でも請け負った。暗殺、破壊工作、要人の保護、戦争への参加。本当になんでも。


 4歳の頃、この街で母親に売られた私は体全身にある魔力回路を実験的に改造されて、魔法陣形成なしでも個人として強力な魔術を行使できるようになるための実験体として買われた。


 実験で死んだ、何十人の命の犠牲の上に私は立っている。


 奇跡的に成功した実験体の私は、傭兵部隊の暗殺部隊に入って訓練を受けさせられた。変質させられた魔術回路のおかげで体が大きく成長しなくなった私にとってこの仕事はうってつけだった。


 そこで、訓練を担当したのがあの男、フランツ=テック。本名かどうかもわからないから私は『先生』って呼んでた、でも私に『ジジュー』という名前をくれたのは彼。


 拷問のような訓練内容を5歳から8年受けた。初めて人を殺したのは9歳の時、戦争で相手側のスパイとして仲間と行動をしていた時、捕まった仲間を口封じで殺したのが最初。その時は、訓練でいつも怖い表情をしていた彼があの時だけ優しく頭を撫でてくれたのが記憶に残ってるわ。


 それから、訓練を終えて。集団暗殺の部隊ではなく、あくまで単独でのフリーの暗殺として行動をするようになったわ。その時になると、彼は『蜘蛛の巣』を抜けて、王都の特殊部隊として引き抜かれていったの。


 あなたの前の相方のレギナ=スペルビアが関わったリュイでの一件で手を下したのは確かに私。あの時は王都から莫大な金額での取引があって今まで単独で行動をしていた私に名指しで依頼が飛び込んできたの。


 ギルドからの依頼が飛び込んできた。内容はリュイにいる無色の女の子の誘拐。彼女は、死刑囚として王都に追われているイマイシキ ショウによって保護されている。けれども、その保護能力に低下が見られるため、こちら本部で保護を行いたいという内容だった。


 依頼内容は簡単、彼女を今守っている人物も戦闘能力的には私に劣る。たとえ襲撃があったとしても返り討ちにして誘拐が行えるだろう。


 だが、イレギュラーなことが起きた。ギルドには報告のない、無色であるのにもかかわらず魔術行使を行える、そして圧倒的な魔術性能の差。結果、仲間を殺されてその場を逃亡。


 だが、同時に失敗の責め苦を組織から受けている時に思ったのだ。


 次の依頼を最後に、私は姿を消そう。


 理由は単純だった、自分が他人からやらされていることで大きく未来を変えることに恐ろしいと思うのもそうだし、与えられた力、そしてあまりにも痛々しいこの姿でこの先を生きてゆくのは到底耐えられないと思った。


 どちらにせよ、引退と同時に私も、自分がしたように殺される。

 

 口封じのために。


 初めて私が裏切り者の仲間を殺した時と同じようにね。


 私は結局わがままだったのだ。自分の死に場所は自分で決める。


 そう思って選んだ、最後の依頼。


 だが、なんの因果だろう。


 あの時、自分に組織を抜ける決意をさせた男が目の前に現れたのだ。しかも、その男は自分に依頼をしたいと申し出てきた。


 滑稽な話と思ったわ。


 でも、彼の話は人を殺さない。たった一人の愛する人のために協力をしてほしいという内容に私は思わず協力をした。


 とても、胸がすく思いだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「以上が私の話よ。それでどうする? 私をここに置いてくかしら?」


「……いや、話してくれてありがとう。でも一ついいか?」


「何よ」


「別に、お前の身長がちっちゃいのは全身の刺青が原因じゃないと思うぞ?」


「そう、殺す」


 ジジューが手元のナイフを持って襲いかかった瞬間に食事を止め暗い顔で聞いていたみんなの表情が少しだけ明るくなる。彼女の生きてきた世界は自分の想像を絶するだろう。こんな言葉はあまりにも安易かもしれないがそれこそ『地獄』だった。


 他人の命を奪うのは当たり前。


 自分が生きるために、仲間をも殺す。


 そして気が狂いそうなほどに、体に刻まれた訓練の記憶。


 彼女のよく言う『甘ちゃん』と言う意味がよくわかる。自分は本当に甘ちゃんだった、何かをやるたびに戸惑い、しなければいけない時に躊躇する。そんなことだから、自分は無力なのだと思い知らされる。


 彼女は、そういった迷いを捨てて戦ってきたからこそ、全ての感情をねじ伏せて実行に移せるのだろう。


 たとえ、それがあの地下空間で行われた身を呈した守りでも躊躇はしなかったのだろう。


「それで、あんた。ちゃんと見つけてきたんでしょうね? この剣を治すための材料」


「あぁ、これだろ」


 ジジューに言われ、自分のカバンからガラスの瓶を取り出しテーブルの上に置く。その中には、あの部屋で見たときよりも太陽の光にあたりよりその黒さが際立っている『生命の起源』が詰まっている。


 そして、気のせいかもしれないが。中身の液体が蠢いているようにも見えるのだ。


「気味が悪いな……これが本当に『生命の起源』かよ。俺が見たのとだいぶ違うぜ?」


「多分、これは人間を媒体にして作られた『生命の起源』だ。おそらく、ただ単に生き物や魔物を使って作ったのとは比べ物にならない純度なんだろう」


 ハンクが唸りながら瓶の中身を揺すったりして見ているが彼の言っている『気味が悪い』という表現は全員が思っていることだろう。


 自分も、今まで共にしていた剣にこんなものが詰まっていたのかと思うとはっきり言って気味が悪い。


「どちらにせよ、これを持ってバンのところに戻らなきゃ。それで、あとはあんたの助けた遊女たちはどうするの? 全員買うつもり?」


「いや、それは考えてありますよ」


 ジジューのいうとおり、今ギルドの宿舎で朝食をとっている彼女らはいづれはここを出ていかなくてはいけない。


 そして、そのためには金が必要だ。


 立ち上がりギルドの方へと向かう。外は、少し曇り空で雲の割れたところから太陽に光が差し込んでいる。ギルドの宿舎を抜けて表側にあるギルドの本部へと向かう。後ろには、メルトとジジューがついてきており、ハンクはここを出るために馬車の準備をしている。


「おはようございます」


「おはようございます。あの、今回の件ですが……」


「はい、なんでしょう?」


 ギルドの玄関に入り、獣人の受付嬢と話をする。まだ、朝早いため客の姿は見えない。むしろ好都合だ。


 懐から、一枚の紙を取り出しそれを受付嬢に提出する。


「これは……?」


「これは彼女たちを救出した地下室で発見したものです。これが、王都側にバレたら相当な衝撃になるでしょう?」


「す、すぐに対処しますのでお待ちをっ!」


 大慌てで、ギルドの部屋の奥へと消えて言った受付嬢。彼女に渡したのは、地下室で『生命の起源』の入っていた樽に貼ってあった紙だ。


 そこには送り先として『王都』の名前が刻まれていた。


 これは、おそらくバレたらとんでもない騒ぎになるだろう。誰からどう見ても非人道的行為。人間を『生命の起源』に変えて殺していたなんて国民などにバレたらそれこそ大打撃だ。


 そして、それを生業にしていたこの町の遊郭の人間たちも干されるだろう。


 だが、絶対に認めようとはしないだろう。そして、条件を突きつけてくるはずだ。しばらくして、受付嬢の彼女とこのギルドのギルド長らしき偉そうな人物が一緒になって戻ってくるとこちらに向けて深々と礼をする。


「このたびは、長年この街で起こっていた不審事件を解決してくださりありがとうございます。報奨金の方はこちらで今用意をさせてもらっています本当に……」


「あ、その報奨金についてなんですが」


 頭を下げようとしたギルド長を止める。


 さて、ここからが勝負だ。


「は、なんでしょうか?」


「その報奨金についてなんですが、ここで保護をしてもらっている遊女たちの滞在費として使っていただけませんか?」


「は……いや。それは構いませんが、いいので? それこそ、ここに保護されている彼女らが3ヶ月は余裕で暮らせる額ですが……」


 すると、ギルド長はこちらに一枚の紙を差し出しそれを後ろにいたジジューとメルトが覗き込んだ瞬間、二人の顔色が一気に青ざめた。


「ちょっと受け取っておきなさいっ! 悪いことは言わないからっ! というか受け取れっ!」


「そ、そうですっ! お金はあって困るものじゃないんですよっ!?」


 二人が口々に言うが、確かにこれだけの額があればここ数年は働くことなく生活はできるくらいの額がそこには提示されている。


 だが、自分は偽善のまま終わるつもりは毛頭ない。


「構いません。それと先ほど渡した紙ですが、それで王都に揺さぶりもかけられるでしょう。条件を申し出てきたら遊女たちにしっかりとした教育環境と、遊郭においての違法な解雇、及び儀式の一切の使用を禁止することと遺跡の取り壊しを条件にしてください」


「で、ですが……」


「できますよね?」


 今度は、ギルド長の顔が青くなる。おそらく、これで揺さぶりをかけることで二度とこのようなことを起こすことなく安泰に終わらせることができるだろう。確かに、地方の一ギルドではできないかもしれないが、本部だったら話は別だ。


 王都とギルドは別組織として活動しており物資を供給するギルドと、その場を提供する王都とは天秤のような関係だ。パワーバランスを保つためにもこの方法は効果的だろう。


「……わかりました。対処しましょう」


「お願いします。それでは、僕はこれで失礼します。あまり長居できる身でもないのでね」


 ぽかんと口を開けたままの二人をおいてギルドの外へと出ると、曇り空から少し青空が覗いている。多少はこれで罪滅ぼしになっただろうか。勝手に彼女たちを救った、その責任はある程度自分の力で報いることができただろうか。


「なんや、もう行くんかいな?」


「あ、リタさん。どうも」


 ギルドの横からスッと姿を現したのは、目元に青い布を巻いて、壁づたいで歩いているリタの姿だった。彼女が着ているのは、ギルドが支給している麻の服である。


「これからどないしようか思ってたけど。しばらくは大丈夫やな」


「聞いてたんですか?」


「そう。目が見えんでも耳はいいさかい。これのせいで、嫌な話も耳に入るん」


「なるほどね....」


 彼女が、あの地下でどのようなことが行われているのか知っていたのはおそらく店で話されていた会話を耳にしていたからなのだろう。初めてあったときに、自分の身長であったり姿を言い当てられたのは自分の体から発せられる、布のこすれる音であったり、地面を歩く音から身長と着ている物を当てたのだろう。


 長年、目が見えない間に培って着た情報処理能力と、論理的思考なのだろう。


「一応、礼言うとくわ。ありがとさん」


「こちらこそ。これから頑張ってください」


「はぁ、ちと声が聞こえずらいわ。ちょっとこっちによって来てくれへん?」


 リタはそっとこちらに手を差し伸ばし手招きをする。そんな彼女の手を握り、ギルドの入り口前へと誘導をした。


「でも、無責任やな。お金ポンと渡して、あとは面倒見いひんの?」


「自分には重すぎる責任です。ですから、せめてものきっかけをあげることが唯一の責任に報える方法かなって」


「きっかけなぁ……うちも、きっかけが有ったら。こんなところにいいひんのだけどなぁ。でもありがと、私たちみたいな女にきっかけをくれて」


「……僕の持論ですが、どんな人にもきっかけはあります。あとは、選んだ道をどうやって歩むか、ですかね?」


 かっこいい話ではない。自分も、きっかけはたくさんあったはずなのだ。そして、自分はその都度選択をして、間違えて。それでも、不恰好でありながらもこうやって今を生きている。彼女たちも選択を間違えたか、もしくは選択の余地すらなく道を歩んで来たのかもしれない。


 自分は、この日彼女らのきっかけを作ったのだ。


 あとは、彼女の選択と努力に頼るしかない。これが、彼女たちを助けた責任に報いるということだ。


「フゥ……ほんま、無責任やなぁ」


「ごめんなさい」


「そや。ちょうどえぇ、責任の取り方を教えちゃる」


「え……?」


 次の瞬間、なんの抵抗もなく両手で顔を覆われ近づいて来たリタに唇を深く奪われた。


 それは、初めてあったときよりも深く、そしてねちっこく、頭の髄までビリビリと電流が走るような、あまりにも甘美なキスだった。それにしても、目が見えていないのにも関わらず、どうして口の位置がわかるのか不思議である。


 いや、その前にだ。


 見開いた目から見えたギルドの入り口、そこから出て来たジジューとメルトの目が思いっきり合ってしまった。ジジューはどこか諦めたような表情をしており、メルトは死んだ目でこちらを見ている。


 完全に終わった。


「ほな。おさらばへ」


「ちょっ! 図りましたねっ!」


 優雅に、そして可憐にさっていた彼女の背中を掴み引き寄せる間も無く、自分の左腕は何者かに捕まれ、体の向きを九十度右に方向転換させられる。


 まぎれもない、死んだ目をしたメルトだ。


「ショウさん? どういうことです?」


「えっと……あれは、その。彼女が……っ!」


「さっさと答えて」


 二人の間に敬語が消え去った瞬間である。

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