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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第四章 黄の色
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第183話 善とする色

 目の前で正気を失って、痙攣をしている男から聞き出せたことはすでにこの仕事を何度もやっているとのこと、メルトを誘拐したのも依頼だったらしい。そして、その仕事の内容は、町で客を取れなかった遊女たちをここに集めて、放置するという簡単な仕事だそうだ。抵抗された場合は命の有無関係なしで、死体のままここに運ぶこともあったらしい。そして、そうやって放置された遊女の数は百を超えるとも言っていた。


「これで以上ね。これ以上は聞いても無駄だと思うし、もう壊れちゃったから聞けないけどね」


 口元を血でべっとり汚したジジューがそう答える。そして、その背後で尋問されていた男は一回大きく痙攣したと思ったら二度と動くことはなかった。


「もう一度言うが……」


「殺すことはないって? そんなんだから右腕をダメにするのよ。いい加減甘ちゃんから卒業したら?」


 拷問で使ったナイフをポイと地面に放り投げるとジジューは連れてこられた女性陣の方へと向かい、事情を聴き始める。


 以前の翔だったら、確実に止めに入った。だが、心の中では絶対的によくないことだとは思っていても、翔はただ黙って見ていた。無意識にそれを良しとしていたのだ。


 だんだん染まりつつあるこの世界の常識に、複雑な感情が芽生える。


「メルトさん、メルトさん」


 女性陣の横を抜け、下着姿のままの彼女に翔は自分の着ていたローブをかける。そして、仰向けの状態にして彼女の頬を軽く叩くが、反応がない。あまりいい状態ではないのは素人目でもわかる。とにかく地上に戻って医者に見せなくてはいけないだろう。


「ジジュー、まずはみんな地上に戻そう」


「調査は?」


「後回しに決まってるだろう。それよりも先に彼女たちをなんとかしないと」


 調査をしようにも、彼女たちがいるのでは調べれられるものも調べられない。だが、ジジューは一瞬呆れた表情でこちらを見ると寝ているメルトを抱え上げる。


「本当に馬鹿ね。彼女たち、遊郭から追われたからこんな場所にきてるのよ? 今更地上に戻ったところで帰る場所なんかありはしないわ。せいぜい、野垂れ死ぬだけね」


「だったら、どうやって……」


「どうやってもクソもないわよ。飼い主から捨てられたペットは自分で生きる術を見つけるしかない。それだけよ」


 彼女の言う通りだ。ここは日本ではない。彼女の人権を保証する法律も憲法もここには存在しない。一度店から捨てられたのならば、もう二度と戻ることはできないだろう。


 見れば、状況理解している女性たちはすすり泣き、これから路頭に迷うだろう自分たちの未来に悲観している。見れば、連れてこられた盲目の少女も涙こそ流してはいないが、地面にへたり込んでぼんやりとしている。できることならば、助けてあげたいが、自分には彼女たち全員を助けられるほどの力もなければ方法も知らない。


 だが、


「なぁ、せめて。地上に出るまでは一緒にいてあげないか?」


「……偽善ね。あんたがそうしたいなら勝手にやれば、私は別にどうでもいいけどねっと」


 右腕が使えない自分の代わりに、ジジューがメルトをお姫様抱っこで持ち上げ、地下の出口の方へと向かう。


 偽善だ。


 自分たちには、彼女たちを助けることはできない。そして、彼女たちを助けるという行為そのものがいま翔の感じているこの罪悪感を和らげる。自己満足の代物だということをつくづく思い知らされる。


「地上に出ましょう」


 たった一言。


 その一言で、すすり泣いていた女性たちは夢遊病者のように立ち上がると、地下の出口へと向かってゆく。そして、その数およそ二十数名の女性たちが横を通り過ぎていった。


 だが、一人。


 地面に座り込んで、両手を暗闇の方へとかき分けるように、何かを探しているようにしている女性がいる。


「あなたも、出ましょう。ここにいてはいけない」


「その声、お兄はん? お店に来てくれた……」


「そうです、数時間振りですね」


 そう。目元に布を巻いた女性だ。声をかけると、彼女は自分の服の裾を掴み、それを頼り立ち上がる。


 そして、次の瞬間。


 乾いた音が、地下空間に広がった。


「あんたのせいやっ! あんたのせいで……あんたが私を買うてくれなかったせいで、帰る場所を失うてしまったっ! どうしてくれはるんやっ!」


「……っ」


 突然、今日売れなかっからといってこのような場所に放り込まれるとは思わない。おそらく、しばらくの間客が来なかった女性がこのような場所に送られるのだろう。


 そして、おそらく彼女は今夜がタイムリミットだったのだ。


 自分が置いていったのは、飲み物の料金と提示された料金のみ。彼女自身に金は入ってこないし、そして彼女といた時間は短かった。あの時、暴れた彼女を宥めてもう少し話を聞いていれば、多少は違った結果になっただろう。


 だが、一瞬でも彼女に希望を持たせ無駄な時間を作らせてしまったのは、自分の責任だ。叩かれた頬が妙に痛く感じる。


 そして、自分には彼女を救うことはできない。


「……行きましょう、どちらにせよ地上に」


「行く? どこに? 帰る場所は失のうた遊女にどこへゆけと言いはるんや? 道端でのたれ死ぬんやったら、ここで殺されたほうがまだましや」


「……どうして、ここで殺されるって?」


 彼女がここに連れてこられた理由は定かではない。だが、なぜ彼女は目が見えないのにもかかわらずどうして『殺される』だなんて。


 そう思ったその時だ。


 出口に向かっていたはずの女性たちが一気にこちらに逃げてくるように押し返されてくる。突然のことで、思わず後ずさりをしたがすぐそばに駆け足気味で、メルトを抱えたジジューが舞い戻ってくる。


「どうしたんだ?」


「最悪」


 先ほどまで余裕な表情を浮かべていたジジューが、額に脂汗をにじませ出口の方を睨みつけている。


「いいっ! 絶対私の前より出てこないこと。まぁ、出ても出なくて命の保証はできないっ!」


「おい、一体……っ!」


 次の瞬間、ジジューの睨みつけている出口からドリル状の水の塊が二つ、弾丸のように弾き飛ばされてくる。とっさにジジューは両腕を前に突き出すと、彼女の両腕に掘られた刺青が青く光り出しその水の弾丸を弾き飛ばす。


 だが、続いてやってきた第二波。


 細長い蔓のような水流が突き出したジジューの突き出した両腕に絡みつく。


「くっ……しつこいっ!」


 抵抗しながらジジューは、地面に足を使って魔法陣を刻んでゆく。彼女の足も、太ももから足首にかけて青白く光る刺青が走っており、足先からインクが出ているかのごとく、地面に刻まれた魔法陣も青白く輝いている。


 そして、


 地面を思いっきり踏みつけたジジュー。魔法陣が輝き出したかと思うと、地面が隆起し、針状になって水流の蔓を断ち切る。


 その光景を見ていながら、相手の人物はおそらくジジューと同格の青色の魔術師。


 パレットソードが使えない今、魔術師相手の戦闘は死を意味する。勝てるわけがない、同じように武器を使う相手に戦いを挑むのならばどうにでもなるが、彼らには単純な物理攻撃を行うにしても作戦がいる。


 そうして、こちらも精霊魔術を使ってようやく同格の勝負になる。


「……腕は衰えてないようね。でも、管理職に就いて太ったんじゃない?」


「いやいや、まだまだ気が抜けないわ。自分もそろそろおやすみが欲しいんけどねぇ」


 出口から聞こえてくる声は、妙な訛りの入った喋り方をする人物だ。声質は男で、どうも危機感を感じる喋り方をしてはいない。むしろ、近所の気のいいおじちゃんみたいな感覚すらある。


 だが、その考えは次の光景で一気に吹っ飛んだ。


 出口からノソノソと現れた男、その両手には先ほど逃げていた遊女たちが頭を鷲掴みにして地面でズルズルと引きずりながらこちらに近づいてくる。その姿を見た遊女たちは、軽い悲鳴をあげて自分を盾に後ろにひき下がる。


 正直、翔も逃げ出したい気持ちで心が支配されかける。目の前にいる男は、なぜあんなにも微笑みながら女性の頭を鷲掴みしているのだろう。


 今まで出会ってきたやつの中でも一、二を争うくらい頭のネジが飛んでいる。


 そして、この話し方からして。今目の前で戦っているジジューとは知り合いなのだろうか。


「それにしても、酷いじゃないか。突然任務放棄して姿を隠しちゃうんだなんて。悲しかったんよ」


「ごめんなさいね。こっちの方が払いがよかっただけ、二人同時に相手するほど私器用じゃないの、お生憎様」


 話の内容が見えない。


 少なからず、二人はしばらくの間一緒に仕事をした間柄なのだろう。となると、あの男は王都の手先か、それともギルドの。


 どちらにせよ、自分の敵であるという事実は変わらない。そして、その突破にはジジューの戦力が不可欠であるということも。


 次の瞬間、ジジューが動く。


 まず、相手に向けて三本のナイフを投げる。だが、一本目は躱され、二本目は女性を盾に。そしてその女性を地面に投げ捨て空いた右腕で三本目のナイフを人差し指と親指つまむように止める。


 地面に放り出された女性の胸には深々とナイフが刺さっている。そして動くことはない、だがそんな光景をもろともせずジジューは相手に向かって駆け出してゆく。


「っ!」


「懐かしいな。こうやって、何度も殺しあったけか」


 勢いよくナイフを振りかぶったジジューのナイフを相手は先ほどジジューが投げたナイフで防ぎつばぜり合いが起こる。二人の様子は、敵同士の戦いには見えない。思い出をなぞるような、まるで訓練のような互いに知り尽くした戦法で戦っているようにも感じた。


「いったいここで何をっ」


「何って、仕事に決まってるやろ。んでなきゃこんな暗いとこさこねぇよ、俺も町の女の子と一緒に遊びたかったわぁ」


「そう……ですかっ!」


 切り上げ、


 ジジューが左手で持ったナイフが相手のナイフを砕く。彼女が今左手に持っているのは実戦で使う、戦闘用ナイフ。投擲用のナイフと比べ、その強度には差がある。


 だが、相手は砕かれたナイフには目もくれず。左手に持っていた女性をジジューの方へと投げつける。


 次の瞬間、その女性ごとジジューに向けて強烈な蹴りが入る。


 腹に思いっきり蹴りを叩き込まれた女性は吐血、ジジューも彼女と一緒にこちらに大きく飛ばされて転がってくる。


「おい……っ」


 大きく吹き飛ばされ腹を抑えているジジューに近寄り、声をかけようとしたがとっさに彼女は腹を抑えながらも、右手で近寄ろうとした自分を制止する。


「触らないで、大丈夫だから……先生、目的はなんです」


「ん? その後ろにいる小僧がお前の雇い主?」


 睨まれた瞬間、自然と左手はパレットソードに伸びていた。だが、自分と彼の間にはジジューがいる。それだけで十分な牽制にはなっている。


 だが、彼女のこぼした『先生』という単語……これはいったい。


 そして、彼はジジューの質問に対してこちらに指をさしこう答えた。


「この小僧の持っている。剣に用事があってね」


 と。


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