第178話 幻光の色
一週間が過ぎた頃の昼下がりに、ひときわ明るい雰囲気の街に辿り着いた。冬に入ったばかりだというのに、道の真ん中には季節外れの桜のようなものが並んで咲き乱れており、通り行く人もどこか明るい表情をしている。
だが通っているのは、ほとんど男ばかりだ。
女もちらほら見かけるが、全員が全員艶やかな格好をしており、どう見ても普段着のようには見えない。なんだか娼婦のような服装だ。
そんな街の様子をローブ越しから荷台で見下ろしてみている。
「花の都とはよく言ったものね」
『グスターレ』このフォディーナにある都市の一つだ。通称、花の都。近くに遺跡があることは有名らしく、そこを観光名所として展開する街なのだそうだ。そして、7カ国最大の娼婦の街とも言われているらしい。
女が下克上したいのなら、男を抱け。
そんなルールというか、常識がこの街にはこびり付いているそうだ。そして、そんな町並みをジジューは懐かしげに眺めている。
「……」
「ちなみに、出身は?」
「この顔を見てわからないようだったら、相当なお馬鹿さんね」
彼女の言う通りだ。膝の上に乗っかり、無邪気に話す彼女はまるで思わず見つけてしまった古いアルバムを読み返すような表情をしている。ここでは彼女はどんな人生を送ってきたのか、知る余地もなければ興味もない。
だが、今の彼女のあり方がどうやって作られたのか。それだけはどこか、知りたいと思う翔だった。
「それで、こんな街に来てどうするの? 女の子でも買う?」
「買うかバカ。とりあえず、ギルドに行ってそこに泊めてもらおうと思う」
「そう、だったら私はパス」
「へ?」
思わぬ返しに変な声が出た。冒険者である翔は、王都で起こった問題やイニティウムで起こった問題から保護する方針で考えてくれているらしい。事情を話せば泊めさせてもらえるだろうが、どうしてこうも王都とギルドの仲が悪いのかわからないところである。
さて、その話は置いておき、どうして彼女が泊まりたがらないのか。
「え、なんで?」
「だって。私いろんなところでスパイやってるのよ。そんな人間がのこのこと元の雇い主に戻れると思ってるの?」
「まぁ……それは確かに……」
「とにかく、私はこの街のどこかで身を潜めてるから。集合場所と時間を決めて落ち合いましょう」
「わかった」
彼女の言葉に異論はない。確かに彼女には世話にもなったし、そして何かギルドと問題が起こった時、対応ができなくなるのはごめんだ。その反応を聞いたジジューはローブから出ると、馬車が細い路地を通り過ぎた瞬間に飛び降りて、姿を消した。
ふと彼女が座っていた場所を見ると、木の床に何かが掘られており、そこには場所と時間が書かれていた。時間は見るからに夜だろう、そして場所は件の遺跡となっていた。
彼女のことだ、おそらくこの街にも色々と罠を張って置いて下準備でもするのだろう。
さて、話を整理しよう。
まず、この街に来た目的はここにある遺跡に用がある。それは、このパレットソードの設計図が指し示した場所であり、修理の手がかりになる場所があるかもしれないとの可能性を考えてだ。
まず、ギルドに到着次第、金銭的管理を行ったのち遺跡探索に必要な道具を揃え人目のつきにくい夜に探索を行う。その際、メルトとハンクは留守番、探索は自分とジジューで行う。遺跡には、多くの人がいて中でも冒険者が遺跡の魔物退治に潜り込んでいることもあるそうだ。翔達の姿が目に入れば面倒なことになりかねない。
もし、何かがそこにあれば持ち帰るなり、記録を行う。そして何もなかった場合にはそのまま街を離れ逃亡生活の再開、もしくはバンのいる工房に戻るかを決める。
「さて……」
「ショウさん」
「ん? 何ですか」
自分の左腕を抱いているメルトが話しかけそちらに顔を向ける。彼女の表情は若干不安そうな、どこか怯えているような感じがした。
「あの……浮気はダメですからね」
「え?」
「いやっ……その、何となく、そんな感じがして……」
少し顔をそらし、再びこちらに顔を埋める彼女だが、確かにこの娼婦の街では彼女も不安な気持ちになるか。だが、自分の命は彼女と共にある。今更、他の女性など目でもない。
そんな彼女の不安を拭い取るように自分の頭を彼女の頭に少し傾ける。
外では、浮き足立った囃子の音と太鼓の音が鳴り響いていた。
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「では、行ってきます」
「おう、気をつけろよ」
「ショウさん、どうかご無事で」
ギルドの宿場の扉を閉めて、二人に見送られながら夜の街へと進む。ギルドは少し街から離れたところに立っており幸いにも都合が良かった。遠くでは未だに消えない明かりが月の明かりをかき消す勢いで煌びやかな輝きを見せている。
遺跡に向かうにはちょうどあの街をくぐり抜けていかなくてはならない。どちらにせよ、ローブを使うから問題はないが。
そう思い、ローブに魔力を流そうとしたその時、正面から誰かが歩いてくるのに気付かず肩と肩がぶつかり合ってしまった。
「っ……」
「あ、すみません」
とっさに謝り、振り返るとそこには金色に染まった髪をした男が一人立っていた。だが、あまり手入れが行き届いてなくボサボサになった金髪、口元には無精髭が生えていた。だが、薄暗い夜道でもよく分かる綺麗な青い目をした男だと翔は思った。
「……ちゃんと前見て歩け」
「えぇ、気をつけます」
今回は翔に非がある。文句の一つくらいは甘んじて受けよう。その男はそのまま振り返ることなく、先ほど自分が出て行ったギルドの宿へと入って行く。自分と同じく泊まりだったのか、もしくは職員だったのか。よくはわからないが、もし次に会うことがあれば挨拶くらいしておこう。
そして、彼が宿に入ったところを確認して、ローブに魔力を通す。完全に、自分の姿は夜の闇に溶けた。
街まで移動はだいたい二十分ほど、だいたい歩いてくるとそこには馬車の荷台から見えた華やかな景色が見えてくる。時間的には大体夜の九時ごろを回っているはずなのだが、街を通る人達の勢いは衰えることを知らない。通る人々の顔もどこか楽しそうだ。
道の真ん中に並んでいる桜の木のようなもの、だが、それは見るから桜と言えるだろう。このような時期に咲くのを見るのはなんだか幻想的とも言えなくはない。そして道の脇に立つ街灯のようなものも、魔術光のような淡い光ではなくどこかネオンライトのような輝きを見せている。そして、街中はまるで祭りのようにお囃子の音が鳴っており、夢心地で歩いている。
近所の祭りとかでお囃子とかやったけか。と、翔は地球での記憶を思い返していた。
それにしても、歩いてみてここがただの街ではないというのは一目瞭然だ。
すれ違うのはどこかおぼつかない顔つきの男ばかりで、身なりを見て貴族、冒険者そういったのを関係なしに様々な人物が行き交っている。まるでここでは皆身分が平等とでも言わんばかりのような光景だ。
確か日本にも、それこそ明治以前にこういうところがあったらしい。遊郭というか、知ってる人も多い『吉原』という場所だ。そこでは、どの季節でも桜が咲いており、身分の差関係なく、男が女を選び女が男を選ぶ。
ある意味で、男女平等の確立された皮肉の世界観だとは思う。
みれば、店の前に立つ女。そして、店の窓から艶やかに手を出し客を誘う女。店の姿形は様々なものの、それを見て吟味する男たちもなんだか見ていて滑稽に思えてきた。
どちらにせよ、長居していい場所とは思えない。早々に立ち去るとしよう。一応時間には余裕を持って出てきた。街の感じを見て歩くためとは思っていたが、以前ハンクに連れられた色街と同様あまりにも自分の肌には合わないと翔は思った。
そう思った、その時。
「ねぇ、お兄はん」
「....」
「そこの裾の長いおべべを着た、お兄はん」
聞き間違いだろうか。だが、しかし。今のは確実に自分に声をかけられたかのような気がした。
足を止め振り返る。すると、白い手を店の窓から手を出し手招きする姿があった。そしてその手の動きは確実に自分のことを指している。
まさかとは思うが、自分の姿が見えていたのか?
いや、こんな立て続けに精霊の目の持ち主会うのはさすがにどうかしている。だが、無視せずにはいられなかった。思わず、方向転換してその店の窓のそばにまで近寄る。
木でできた格子の窓の向こう側、そこに一人ちょこんと座り長く艶やかな黒い髪を地面に広げている一人の女性の姿。
「お兄はん、どこから来なすったの?」
「....」
下を向きながら話しかける彼女。自分の姿は今ローブの魔術で見えないはずだ。その証拠に彼女以外の女はみんな自分などには目もくれず客引きを行っている。
なぜ、この女だけが。
「旅のお方らしいわぁ、よかったら床で休んでいきなんし。ご奉仕させていただきます」
面を上げた彼女。
なるほど、彼女は見えていたわけではないのか。
白い顔に、唇に引いた紅の色が際立っている。そして、その人形のように小さい顔に巻かれた一枚の黒い布。
それは、目隠しだった。




