第175話 根底の色
『生贄』
それは神への捧げ物として、生きた動物、もしくは人を供えることを指す言葉だ。その理由は、神の怒りを鎮めるため、豊穣のためであったり、もしくはなんらかの予言を聞き出すための代償として。その意味や理由は千差万別である。だが、何らかの儀式にその生贄から得られる力というのは人間の力では不可能なものである。
だが、
なぜそんなものが、この剣に必要だというのか。
「中から、黒い液体が出てきたって言ったよな?」
「えぇ、はい」
落ち着いたバンと向かい合わせになって座り、設計図を間に挟んで説明を行う。
「おそらく、そいつが『生命の起源』だ」
「ですが……ただの油でしょう?」
「あぁ、だがな。その油が一体何でできているかが問題なんだ」
石油の原料、確か授業で習ったような気がする。
確か、
生き物の死骸だ。
「黒い液体の油は確かにここでは燃料で使っている。だがな、こいつみたいな魔剣に量産品みたいな純度のものは役不足だ」
「というと……?」
「生き物や魔物の死骸でできた油には多少なりとも魔力が宿る。だがな、それは本当に小さい、せいぜい初級魔術の触媒にしか使えん。だがな、より純粋な材料からできたそいつは、ただの液体なのに魔術回路まで形成されてるような代物だ」
そして、その純粋な材料というのは。
それは想像に難くはない。この世界で最も魔力を多く持つ生き物、それは、
「……人間ですね」
「その通りだ。あらかじめ言っておくが、人を殺す武器は作っても、人殺しはごめんだ、どうしても直してぇんだったら他あたりな」
そう言って、バンは工房の中に入っていった。
取り残された4人は、静かに地面に置かれた設計図をぼんやりと眺めていた。
「さて、どうする? お膳立てはしてあげたわよ」
「……」
ジジューがソファーに体を投げ出し横になるが、確かに彼女はここまでよくお膳立てをしてくれた。そして、ぶち当たってしまった問題なのだからしょうがない。
目の前にある、設計図を拾い上げ隈なく読んでゆく。
そこには剣の設計。そして、それに携わった人間の名前。そして、完成までの経緯がこと細かく記されており、まるで一つの日記のようにも感じた。
「なぁ、なんでお前はその字が読めるんだ?」
「……いろいろあって」
ハンクの問いは最もだ。今、この布に書かれている文字は剣と同じ精霊文字だ。なぜ、それを自分が読むことができるのか未だにそれもわかっていない。
そして、そこにはこう記されていた。
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大戦による被害報告。無色の国との戦闘により、7カ国の軍事力の半数以上を消耗。魔術の行使できない無色の人間との戦いがここまで長期化することは予想外ではあった。
そこで、考え出した対策は基本は精霊を召喚するのに使用する召喚陣を改良し、違う世界にいる人間を召喚しようということになった。召喚に選ばれる人間の対象は、この世界を基準とした魔力数値が高い者、そして世界からその存在が消滅しても何の干渉もない者、一貫して戦闘能力が高い人物。というように絞り込まれた。
そして、敗戦が間近に見えた計画考案から二年後に召喚を実行。
結果召喚に応じたのは計百三十二名のはずだった。しかし、人型を保っていた人物は四名のみ。残り百二十八名は召喚時に死亡したと考えられる。その証拠ではあるが、召喚陣には、百二十八名分の『生命の起源』が散らばっており衣服の一部などが残されていた。
生き残った四名は、国籍や言語、年齢、性別は異なっており、肌や髪の色などもこちらの世界ではあまり見られない色をしていた。事情を身振りそぶりで説明したが、四名は抵抗、帰還の要求をした。しかし、説得を繰り返すことにより、この世界に留まることを了承。そして、四名に初等教育を行い、話せずとも筆談でのコミュニケーションは可能となった。
三ヶ月後、魔力検査を行い、各々の身体能力を図る。それぞれ、一般人とは違った技術技能を持っていた。しかし、魔力検査にて魔力の色がそれぞれ無色であるということが判明。緊急事態のため、召喚された四人を投獄。事態を収拾されるために、作戦会議が行われる。
四名の処遇を今後、人としてではなく兵器として扱うことが決定される。そのため、研究部門が無色の魔力を濃縮し、それを精霊魔術と接合させ物質、魔力性質を変性させる技術を開発、以降これらの開発をグラディウス=ペンドラゴンが担当する。
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「……それって、召喚で死んじゃった人を剣の一部に組み込んだってこと?」
「……おそらくは」
召喚されたのは百三十二人。そして、そのうち百二十八名が失敗し、生命の起源へと変化した。そして、もしそれが剣に使われていたとなると、もう二度と生命の起源が手に入ることはない。
いや、それ以上にだ。
「ひどい……」
「えぇ……全くもって」
メルトがこぼした言葉に同意する。召喚に失敗し、そして無事だった無色の四人も兵器として駆り出された。全ては、こっち側の勝手であるというのにもかかわらず、国の兵器として使用した。
正直に言えば、この話を見てこのパレットソードを蘇らせようという気にはならなかった。そして、何も知らずにこんな兵器を自分は扱っていたのかと思うと虫唾が走る。
そして、この設計図には使用した精霊の話もある。
赤の精霊『サラマンダー』
青の精霊『ウンディーネ』
緑の精霊『シルフ』
黄の精霊『トール』
白の精霊『フラウ』
土の精霊『ノーム』
紫の精霊『フレイヤ』
以上、7人の精霊が協力していたそうだ。上の3人はすでに見知っている。そして、地球にいた頃も聞いたことのある精霊の名前ばっかだ。残り4人のこれらに関しては会ったことがない。
「これらの名前に見覚えはありますか?」
「ん? 精霊の伝承は多いけどなぁ、真名は精霊術師じゃないとわからないし」
「そうねぇ、私はそういうの興味ないから」
「私も....すみません。そこまでの知識は....」
メルトと、ジジューはどうやら知識がないようだ。しかし、ハンクは各地を回っているだけあって、精霊の話は多少なりとは知っているらしい。自分も、考古学をやって勉強がてらに、神話とか精霊の話なんかは人並みに知識はある。
だが、これらの名前を見て一つだけ疑問があるのだ。
「さて、地下だからわかんないかも知んないけど、もう外は完全に夜中よ。寝るならいまのうちね。ちなみに、ソファーは私とメルトで使うから」
ジジューの決定に異議はない。だいぶ眠いと思ったらそんな時間なのか。地下にいるせいで時間の感覚はわからない。ハンクと顔を見合わせ、うなずき合いジジューの意見に異論はないことを確認する。
どんな時代でも、どんな世界でもレディーファーストであることに変わりはない。
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「あちゃー、右手をやっちまったのかぁ....そいつは痛いなぁ」
「なぁ……いい加減この現象が何なのか教えてくれないか?」
「まぁいいからいいから」
明かりのついた道場。蛍光灯の明かりが目に刺さる。異世界行ってからは火や魔術の明かりしか目にしてないから、こういった人工物の光は改めて体に毒なのかと翔は感じる。
そして、その道場の真ん中であぐらをかきながら道着姿の親父と向き合っている。死人と話するのは、これで何回目だと。
「さてと。どうした、今度は何に悩んでる?」
「うっさいなぁ。親父はもう死んでるんだから関係ないだろ」
「悲しいこと言うなよ、死んでも親父は親父だぜ? 異世界で一歩大人になった息子が気になるじゃないか? ん?」
「っ……」
この全部わかったかのような表情。相変わらず、ムカつく。
すると親父は木刀を一本取り出し、こちらに放り投げる。思わず右手を動かしてしまったが、難なく右手は動き木刀をつかむことができた。
なるほど、夢の中だからか。と、少しだけ翔は悲しくなった。
「悩み事は、剣を交えて。それがうちのやり方だろ?」
「そうだった……なっ!」
踏み込み一本。
だが、難なく防がれカウンターで木刀の柄が腹部に迫る。
それを左手で防御。右手で振り下ろした木刀を振り上げ攻撃を行い、一歩間合いを取る。
「フゥン。なるほどねぇ、要はあれだろ。自分のもっていた剣が核兵器並みの非人道兵器だってことに気づいて、ビビってんだろ」
「今の動作をどうみれば、どれがどの意味になったのか。説明を詳しく」
「お・し・え・な・い」
全くもって気持ち悪い。本当にこんな歳になってまでふざけるのかと思えば、一瞬で別の人間と変わる瞬間がある。
それは、こんな感じに。
『今道四季流 複合剣技<四季> 花鳥風月<傾>』
全く予想だにしない連撃に防御が追いつかず、再び道場の地面に突っ伏しているところを、竹刀の先で喉元を突かれる。
「さて、復習のお時間だ」
「……はい」
「今道四季流は、戦国の時代では高等剣技であるがゆえに、多くの勢力からその腕を買われた。だが、広まった剣術はそれぞれ改良され、より精錬された殺人術へと姿を変えていった」
木刀を肩のところでバシバシ叩きながら、説明をしている時はたいて親父が機嫌の悪い時だ。
「今道四季流に限らず、剣術というのは全てにおいて人を殺めるための技術だ、それはどう解釈しようとしても変わりはない。それは教えたはずだ」
「はい」
「だが、俺はお前に今道四季流を教えた時になんて言ってこの流派を教えた?」
この流派は、人を守るため、そして自身を守るために使え。
忘れるわけがない。これは人を殺める術であっても、その根底にあるのは自身を守るためであり、他者を守るために存在するのだと。
「だとしたら、お前に言いたいことはもうわかるな?」
「……っ」
パレットソードが、過去にどんな理由で作られ、どんなことをしてきたのか。だが、それは使い方次第だ。自分が今道四季流を人を殺めるためではなく、自分のため、誰かを守るために使ってきたのと同じように、
あの剣も、何かを破壊するだけでなく。何かを生み出すため、何かを守るために使うことだってできたじゃないか。
そして、召喚され死んだ百数人。そして四人も決してそんなことは願ってはいなかったはずだ。
「答えは出たか?」
「あぁ、出た」
「わかったらさっさと目を覚ませ。かわいいかわいい彼女さんが待ってるだろうよ」
その瞬間、視界が真っ白に染まった。
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「あの……何やってるんですか?」
「……っ」
目を覚ました瞬間、目の前にあったのは超絶至近距離にいたメルトの顔だった。いや、これはこれでなかなか良い目覚めではあるのだが。




