第173話 アルコールの色
大抵、店に置かれてるソファーはなんのためにあるのかといえば、それは客を座らせたりするためのものであったりするのであろう。しかし、そこに座っているのは客人である翔らではない。ソファーに座っているのは店のドワーフの男がふんぞり返って座り、翔とメルトはその目の前で正座をして座っているのである。
翔は、大昔道場にみかじめ料を求めてやってきたヤクザ連中の態度を思い浮かべていた。
「おい」
「……はい」
「その防具、全部脱げ」
ドワーフの言っている意図はできないが、従った方が身のためではあるというのはファーストコンタクトの時点で理解している。再び酒瓶を投げられてもかなわない。仕方がなく、立ち上がり体につけていた防具を取り外してゆく。だが、左手ではなかなかうまく外すことができない。
「ショウさん、手伝い……っ」
メルトが立ち上がり翔のことを手伝おうとした瞬間だった。ドワーフは何か気に食わなかったのか地面に勢いよく酒瓶が投げつける。地面でパンと弾け、飛び散ったガラスの破片に少し怯えたのか彼女は思わず翔の腕を強く握りしめた。
「右手が使えねぇようだな。だったら甘ったれてるんじゃねぇっ! 女に服脱がしてもらうたぁ情けなくねぇのかっ!」
ドワーフの男は左手に持った酒瓶の底をドンとテーブルに叩きつけて、唾を飛ばしながら吠える。軽くため息をつき、かすかに震えた様子のメルトの頭に優しく翔は自分の左手を置いた。
「……メルトさん。自分でやります、座ってて大丈夫ですよ」
無言で頷いた彼女を見て、再び左手一本で防具を外してゆく。そしてそれを一つ一つ地面へと並べてゆき、最後に自分の右足に巻かれた防具を置いて地面へと正座でドワーフに向き直る。
その様子を見ていたドワーフの男は、ソファーから千鳥足で立ち上がり、地面に並べられた防具のそれぞれを手に取り、眺めてゆく。
その目は先ほどまでの酔っ払いの目ではない。職人の目である。
そして、しばらくして。
「間違いねぇ。あいつの防具だ……」
「その、パルウスさんとは知り合いで……」
訪ねた瞬間、その鋭い眼のままこちらを見る。まるで、自分までもが品定めされているかのような感じがした。
その視線を、翔はイニティウムのパルウスと同じ眼をしている。そう思った。
「テメェはどうやってあの男と知り合った」
「イニティウムで。オススメの武具屋ということでギルドから紹介されたんです」
「だろうな、どの街に行っても。あの男の腕を超える奴はいねぇよ」
そして、再び手に持った翔の防具に目を落とす男。だが、その目は先ほどまでの職人の目ではなく、どこか懐かしいものでも見るような、こんな男でもこんな目になるのかといった感じの、柔らかい視線だった。
「それで、なんだ。そいつはイニティウムでおっ死んだって?」
「はい……その通りです」
「く……っ……ハァッハッハッハッ! 馬鹿な野郎だぜっっ! ハァッハッハッハッ!」
突如大笑いが部屋の中に響き渡る。持っていた防具を地面に置いて、腹を抱え始める。だが、決して彼がパルウスに対して笑い飛ばすような、ただそれだけの男と評価をしているわけではないというのを理解する。
「彼とは、一体どういう関係で……?」
「アァン? 別に、単に同じ加冶屋だってだけよ。まぁ、昔飲み屋で知り合って、いんや懐かしい名前をき……」
「うそですね」
次の瞬間、ドワーフの投げた酒瓶が再び翔の顔面に向かって飛んでくる。酒瓶の底が眼前に迫った瞬間、左手でそれを掴みテーブルにそれを叩きつける。
「……」
「いい加減にしろよ、あんた。左手しか使えないと思って舐めるんじゃ……」
カチリ。
ふと聞こえた音に、翔は自分の腹部を見るとそこには小さな拳銃のようなもの突きつけられており、生殺与奪の権を握られているという事実に気づかされる。
「そっちこそなめんじゃねぇ。伊達にこんなとこで商売してんじゃねぇんだ」
「あんたが引き金引くのと、俺がこいつを振り下ろすのが早いのか」
試してみるか?
互いの目が見開いた。次の瞬間。
左手の酒瓶が弾けとび、そして男の持っていた拳銃がバラバラに砕け散る。一体何が起こったのか。辺りを見渡すとハンクを迎えに行っていたはずのジジューが何かをこっちに投げたように両手を向けていた。
「早速喧嘩なんて仲がいいわね。これは幸先がいいかしら?」
「「よくねぇよっ!!」」
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「このクソジジィの名前はバン=シュミット。偏屈な上に頑固者、乱暴者でおまけに大酒飲み。でも腕だけ妙にある、クソジジィの中のクソジジィよ」
「……」
さて、現在ロープでぐるぐる巻きにされているドワーフの男。名前はバンというらしい。そういう翔もロープでぐるぐる巻きになっているわけなんだが。
やったのはメルトとジジューだ。喧嘩っ早いからということで、拘束されている。そして、両者向かい合うように同じ地面に座らされているわけだが、説明をしているジジューとメルトと、先ほど来たハンクはソファーに座っていた。
バンは翔の正面で目も合わせずそっぽを向いている。
翔もまた気まずく同じようにしているのだが。
「それで、この人はイマイシキ ショウ。今の私の雇い主よ」
ジジューの説明が終わり、互いに顔を見合わせるものの、やはり仲直りという雰囲気ではないだろう。だが、次の瞬間ジジューが転がっていた酒瓶をバンの頭に叩きつけた。
「イッテェっ! 何しやがるっ!」
「あんた女の子に酒瓶ぶん投げたそうじゃない。酔っ払っててもやっていいことと悪いことあるってのって知ってるでしょ」
「ウルセェッ! 俺のやることにいちいちっ」
もう一撃。
今度は、結構大きい音がした。
何も言えずその場でうずくまるバン。これから色々と話をしなくてはいけないというのに、頭になんか問題を起こしてしまっては困ると翔は内心心配していた。
「バンさん。俺も短気でした、すみません。ですから、どうか彼女に謝ってもらえませんか」
「……」
すると、しばらく地面と見つめ合っていたバンはもぞもぞと縄で縛られたまま体を回転させて、ソファーに座っているメルトと向かい合う。
そして、
「その……なんだ。さっきは悪かった。許してくれ」
「え、えぇ……はい。もう気にしていないんで、大丈夫ですよ」
メルトのその言葉を聞いたジジューは軽くため息をついた後、懐からナイフを取り出し、バンと自分の縄を解いてゆく。
解かれた縄を地面でまとめ、それをジジューに返す。そして、しばらく正座したまま固まっていたバンがこちらを向き、口を開いた。
「んで、何しに来た。ナイフが足りねぇんだったら、そこから好きなだけ持っていけ」
「今日のお客は私じゃなくて、目の前のイマイシキ ショウよ」
「フン……んで、そのお客さんとやら。何の用だ、武器ならもう持ってるんだろう?」
バンの見ているのは、自分の腰に下げてあるパレットソードだ。確かに、ここに来たのはこのパレットソードの件についてである。
立ち上がり、腰のパレットソードを引き抜き、その姿をバンに見せた。
「……コイツァ……」
「こいつを、直しに来てもらいました」
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工房と呼ぶには若干狭い場所ではあるが、煌々と炊かれた火の熱さは確かに工房のそれだった。そして今、その工房の真ん中で、パレットソードの破片を並べて置いているのである。
「よくもまぁ、こんな派手に壊したものだな……」
「直りそうですか……?」
「そいつは俺が決める」
すると、パレットソードの柄を持ち、剣の断面図を観察し始める。すると、そこには液体が収まっていたはずのところに細かい穴がポツポツと空いており、そこを覗き込んだ後、それをテーブルの上に置く。
そして、今度はパレットソードの破片を持ち上げ、それを力強くハンマーで叩く。すると、破片からではなくハンマーから火花が飛び散り、軽くハンマーのほうが欠けてしまった。
そして、
「まず、この剣は第一世代の剣だ」
「第一世代……確か……」
「あぁ、魔剣とかそう言ったもんをムリくり作ろうとしていた一番最初時代だな。鉄に魔力を流せねぇのは常識だが、それをムリにやろうとした結果さ」
確かに、この剣は聖典に出てくる聖遺物の『剣』である。魔剣製造第一世代という単語を翔はイニティウムですでに耳にしている。
「錬金術っていうのか。自分は魔法に関してはからっきしだが、そんなものの名残だろうよ。どこでこんな骨董品を手に入れた?」
「拾いました」
嘘偽りのない翔のまっすぐな瞳に、少しだけ酒臭いため息を吐きバンは再びパレットソードへと向かい合う。
「……そうかよ。そんじゃ話戻すぞ。材質は『月の涙』っていう鉱物だ」
「それは知ってます。確か、すごく希少な鉱物だとか……」
「あぁ、月の涙は本当に希少だ。だいたいこの一欠片だけで、金貨200枚にはなるな」
そう言って、彼が持ったのは先ほどハンマーでぶっ叩いた本の数グラムになるかならないかの欠片だ。
「月の涙は名前の通り、月から吹っ飛んできた隕石のかけらだ。けんども、ここに落っこちるまで溶けて結晶化しちまう。そうなったらもう鉄としては使いもんにならねぇ。なのに、こんな結晶化する前の月の涙を剣に加工しちまうとは……こいつの作者、月に行って掘り出したんじゃねぇのか?」
「さぁ……どうなんでしょうね」
だが、なんだろう。本気でそんな気もする。この剣の作者は、この剣を折った男の先祖であるペンドラゴンだ。この剣を一体どんな経緯で開発したのかはわからないが、少なからず国一つを滅ぼすようなものなのだから、おそらくろくでもないことなのだろう。
そこで本題に戻る。
「直ります……か?」
ここまで聞いて、バンの顔にシワがよる。そして
「現段階で、直すのは不可能だ」
もしかしたら、とは思ったが、やはり突きつけられた現実を分かってしまうとなかなかに悲しいものだ。
思えば、この世界に来てからこの剣は常に翔の腰に収まっていた。この剣があるのが当たり前のように感じていたのに。
暗い表情を浮かべる翔。
「だが、」
とバンは言った。
「設計図さえあれば、なんとかなるかもしれん」
「本当ですかっ」
「あぁ、男に二言はねぇ」
そう言ってニタリと笑う彼の瞳には炎が宿っている。アルコールも抜けて、ようやく職人ぽく見えてきた。
幸先は、なかなかに悪くない。




