第172話 縁<えん>の色
機械都市『ノヴァ』
魔術によって回っている世界であるのにもかかわらず、この国とこの都市は機械によって成り立っている。馬車での移動が主流であるのにもかかわらず、車のようなものや路面電車のようなものが走っていたり、街の明かりは魔術光ではなく、電球のようなものを使用している。まさに地球でいうところの産業革命時代を感じる街並みだ。
しかし、電気らしきものを使用しているのに、ところどころ蒸気のようなものが上がったりしている。となると、蒸気機関も併用して使っているといった感じか。
「この街にいるのか?」
「そう、まぁ偏屈で頑固でクソジジィだけど、腕は確かよ」
「はぁ……」
ジジューの言葉を聞くが、プロの意見だ。その腕は確かなのだろう。
ローブの魔術を起動。現在、馬車の上はハンクの荷物しか周りの人には見えていないはずだ。ローブに入っている自分を含め3人は見えていないはずである。すでにジジューはハンクに行き先を伝えてあるため、馬車は自然とその場所に向かっているはずなのだが、多少不安ではあったりもする。
「その人とは一体どういう付き合いなんだ?」
「私の仕事道具作りからの付き合いね。ナイフに暗器、軽い防具だったり色々よ。それこそ命を張る仕事で、道具の選別は命取りだからねぇ」
「人なのか?」
「いいえ、ドワーフよ。あんまり自分のことを話さない男だけど、私も興味ないし、調べようと思ったらいくらでも調べられるから」
膝に座りながらジジューは話すが、単なる仕事仲間ということだけらしい。彼女の話を聞く限り信頼には置けるだろう。王都で事件を起こし、今や自分とメルトは追われる身となった。もし、工房だかに尋ねて通報されても困る。もし、そんなことになったら、また逃げればいいのだが足がつくと行動がしづらい。
どちらにせよ、警戒を怠ってはいけないか。
そんなことを考えていると、ふと馬車が止まる。しばらくして荷台に人が乗っかる気配がした。そして、木箱の一つをノックする音が聞こえる。これはハンクが着いたという合図をした音だ。
ローブの魔術を解除、見ると同じように灰色のローブをまとったハンクが気付きこちらへと向く。
「とりあえずついたけんどよ……ここか?」
ハンクが荷台に立って辺りを見渡しているが、ジジューが膝から降りて立ち上がり、同じように辺りを見渡す。そして、
「合ってるわ。とりあえず、この二人を案内するから、あなたは馬車をどこかに置いてきてちょうだい」
「あぁ、わかった」
ハンクとジジューが話し合い、落ち合う場所を決める。おそらく互いにこの街のことは見知っているのだろう。そして、話し合いを終えた二人はそれぞれ馬車の後方へ、そして自分たちを手招きして馬車の荷台へと降りる。
「行きますか、メルトさん」
「えぇ……その、立てますか?」
「……すみません、手伝ってくれます?」
荷台で立ち上がったメルトの手を借りて立ち上がる。全く右手が使えないだけで立つのも難しいというのはやっぱり情けないと翔は思っていた。
荷台から降り、若干ぬかるんだ地面へと降りる。そして降りるのと同時に、馬車は後ろの方で移動を始めた。辺りを見渡すと、そこは建物と建物の間の細い路地のようだ。大通りとは違って人は少ない、けど大きな金属音と、建物の一部から煙が吹き出ている光景から、あまり静かな場所ではないと思った。
「コホッ、コホッ」
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……」
メルトの息は苦しそうだ。しかし、これでなんとなくこの懐かしい空気感の正体が翔はわかった。それは地球の都会の空気と同じ感じがするのだ。この排気ガスのような匂いと、独特の空気の匂いが、自分の住んでいた場所の空気と同じ感じなのだろう。異世界で、地球と似た雰囲気の場所を見つけるというのも中々皮肉なものだと翔は思った。
ローブをかぶり、メルトとジジューが中に入る。魔術は発動させていない。あくまで雨やどり的な意味でだ。
「あまり、ここの雨には当たらない方がいいわね。なんだか体に害があるそうよ」
「でしょうね」
酸性雨、空気中の二酸化炭素量が多いせいで雨水が酸性化するんだったけか。理科の授業で習ったような気がするが忘れかけてしまった。どちらにせよ、魔法が主流の世界で、科学が発達した地球に環境が似るというのはなかなかに皮肉が効いている。
魔法だなんて、やっぱり夢のある話でもないのか。
そんなことを考えながらぬかるんだ道を少し進むと、ジジューが何にもない壁の前で止まるように指示をする。
「……何もないけど」
「あのねぇ。私が仕事道具とか作らせるようなところが堂々と店を構えていると思ってるの?」
そういうと、ジジューがしゃがみ込み、ぬかるんだ地面の土を軽く払う。しばらくすると、そこには木の板が現れ、何かが掘られている。それに軽く触れたジジューは軽く息を吸い、力を込めると彼女の全身の刺青と魔法陣が共鳴するかのように青く光り出す。
そして、
木の板は大きく揺らいで、カコンと軽い音を立てたかと思うと魔法陣を真ん中にして切れ目が入った。それを確認したジジューは両手を使って、木の板を押し開いた。
「さぁ、入れるわよ」
「……なるほどね」
木の板の下は薄暗く、ところどころ魔術光が地面を照らしている。確かに、彼女のような暗殺者向きの店ではある。彼女が先に中へと入り手招きをする。そして、自分もメルトも彼女に続いて中へと入っていった。
石畳の階段を降りてゆく。
暗く、なかなか足元が見えずらいが目の前を歩いているジジューは慣れたかのようにスルスルと降りてゆく。
「遅いわね。早くしなさい」
「あんたが早いんだって」
自分は、おぼつかない足取りのメルトを気遣いながら降りて行っている。ふと、後ろで物音がしたかと思うと、先ほど開けたばかりの木の板が軽い音を立ててまた閉まった。
やっぱり。こういった暗い道は苦手だ。
ただでさえホラーが嫌いだっていうのに、どうして地下に工房なんて作ったのやらと翔は思う。いや、理由が理解できないというわけではないが。
軽くため息をつくと、先ほどまで感じていた空気感消えている。メルトの咳もなんとか落ち着いたようだ。さすがは地下というか、多少は空気がキレイらしい、少し埃っぽいが。
降り続けてしばらくすると、ひときわ明るいところへと出る。どうやら工房に到着したようだ。ジジューが先導して中へと入る。
「ねぇっ、クソジジィッ! いるんでしょ」
なんとまぁ、荒っぽい挨拶である。
階段を渡りきると、廊下に比べれば多少は明るい部屋へと出る。そこにはソファーとテーブルと椅子が一つ。そして、部屋の奥の方では煌々と何かが赤く燃えている。
そして、かなり酒臭い。
それは地面に散らばっている酒瓶の量で理解できる。だいたい、焼酎ボトルサイズのものが7、8本散らばっている。テーブルの上にグラスの類が置かれていないことから考えて、おそらく直飲みだろう。
翔は本当に不安になってきた。
「ねぇっ! どこにいるのっ、それともお酒の飲み過ぎで死んじゃったっ?」
それは大いに困る。
すると、向こうの部屋から物音が聞こえてくる。だが、来客を出迎える雰囲気の物音ではない。
「ウッセェッ! 客は出てけっ!」
翔の不安が確証に変わった。絶対にヤバい、ここは。
そう言って、もう一つコロコロと転がってきた酒瓶とともに、身長の小さい男が千鳥足で部屋から出てくる。真っ赤な顔をして、髪の毛はボサボサ。髭なんかはチリチリになって、正直清潔感にかける。
その男は、ジジューの姿を見た途端手に持っていた酒瓶を彼女に向けて投げつけた。だが、彼女はなんなくそれを避けジジューの後ろの壁に酒瓶が当たり、粉々になって地面に散らばる。
「もう何本目よ、鍜治屋なんだから酒飲んでちゃダメでしょ」
「女に説教される覚えはねぇよっ!」
この二人本当に知り合いなんだろうか。いや、確かにその姿は久しぶり実家に帰ってきた父親と娘の会話に見えなくはないが。
すると、こちらに気づいたのか真っ赤になった顔をこちらへと向ける。その目は、確かに職人特有の鋭いものを感じた。
「.……なんだ、その後ろのガキどもは」
「どうも、今一色と言います」
一つ深く礼をする。
しかし、次の瞬間。顔を上げると、目前には酒瓶の底が見えていた。
「っ!」
とっさに左手を使って、飛んできた酒瓶を打ち落とす。続けて飛んできた酒瓶は翔の胸に装備していた防具に当たり粉々に砕けた。
パルウスの防具がなければ大けがしていたところだった。
ローブに隠れていた自分の左腕が露わになる。だが、その時、彼の目が自分の腕に巻かれた防具と胸当てに釘付けになっていることに気づいた。
「……おい、ガキ。その腕当て、誰に作ってもらった」
「その前に言うことがあるのでは?」
「いいからさっさと教えろやぁっっ!」
酒瓶を蹴っ飛ばし怒り出したドワーフの男に軽くため息をつき、口を開く。
「パルウスさんです。あなたと同じドワーフの」
次の瞬間、おぼつかない足取りでこちらへと近づき、そして自分の胸ぐらを両手で掴んで揺さぶりをかける。酒臭い息がダイレクトに鼻を刺激する。
「おいっ、そいつはまだ生きてるのかっ! どこにいるっ! 何をしてるっ! とっとと答えろぉぃっ!」
昔、親父からこんなことを聞いたことがある。人の縁は、偶然を重ねて作られるのだと。
そして、
それは、道具も同じだと。




