第171話 若さゆえの色
太陽がてっぺんに回った頃。メルトとジジューが森の奥から帰ってきた。戻ってきた二人はなんだか姉妹のように見える。イニティウムでも、リーフェとメルトの組み合わせは姉妹のように見えたが、残念かな。どうしても、メルトの方が妹にしか見えない。体格は完全にメルトの方が大きいのにもかかわらず。
「どうかしました?」
「いえ、何も」
「どうせ私たちのことを母親と娘みたいだ、なんて考えていたんでしょ。はぁ〜、男ってなんてくだらないのかしら」
そう言いながらジジューは買ってきた車輪の材料を自分の左手にどさりと預けて馬車の荷台に座り込んだ。翔は自分の左手の方を見ると、麻縄で括られたバラバラになった車輪のパーツだった。もう一つはメルトが持っているが、ジジューの持ってきた荷物よりも小さい。
「ジジューさん、ものすごく力持ちで」
「なるほど……」
メルトの話を聞き、ジジューのことを翔は改め見るが、身長は百五十センチあるかないかなのに、見た目によらず大人っぽいというか、なんというか。そして、全身に余すことなく掘られた魔法陣と魔術文字の数々、彼女の技術と立ち回りから考えて、ただのフリーランスのスパイや暗殺を行う人間ではないというのがわかる。
深くは訪ねないが。
早速、彼女が買ってきたパーツを組み立ててゆく。彼女たちが買い物に行っている間に、馬車の方では余分な板を外し、壊れた部分は木箱の一部を使って補強をしたりした。見た感じでは、普通の荷馬車に見える。
そして、作業をしている時にも感じたのだが、やはり左手一本は辛いものがある。今道四季流を扱う上で両利きであるというのはある程度必須事項であり、実際に『今道四季流 剣技二刀<秋> 蜻蛉』は両手が使えないとできない構えである。だが、それを抜きにしても、利き手ではない左手一本というのがこんなにも辛いとは知らなかった。
両足に車輪の枠組みを挟んで、左手を使って組み立ててゆくが、あまり力が入らず何度も地面に倒してしまう。
「ショウ、ここはいいぜ。俺がやるよ」
「え、でも」
「いいから。どちらにせよ、早めに終わらせねぇと」
彼の言う通りだ。
今の自分は足手まといに等しい。ここは何もしない方がいいだろう。黙ってハンクの方にパーツを渡す、するとものの数分で車輪の組み立てを終えてしまった。手付きを見るからに、かなり慣れている証拠だ。それに、王都でのあの馬車さばきは見事の一言に尽きる。
服職人である前に、改めて思う。彼は一体何者なのだろうか。
「さてと。こいつだけは手伝ってもらおうか、壊れた車輪を外すから馬車を持ち上げてくれないか」
「あぁ。喜んで」
左腕を身体強化術で補助する。そして、馬車の荷台に手をかけ持ち上げると、荷物が乗っかってかなりの重さになっている馬車が持ち上がる。その間にハンクが壊れた車輪の取り外し、そして取り替えを済ませる。
「田舎では馬車の運転は必須でさ、5歳の頃から仕込まれてたよ」
ハンクが懐かしげに馬車の車輪を交換してゆく。田舎というのはハンクの出身地のことだろう。日本で言えば、田舎では街に買い物に行くには自転車であったり車が必須と言った感じか。
「だからあんなにうまかったんですね」
「まぁ、それは若い頃の過ちが役に立ったってことで」
「過ち?」
「ん? 一回はあっただろ、なんか無性に暴れまくりたいって衝動。あれだよあれ」
なんとなく察しはついた。翔も高校を卒業したらバイクとか欲しいなんて思ったことがあったか、だなんて高校時代の自分を思い返していた。
おそらくそれと同じ衝動だったのだろう。
そして、古い車輪は取り払われ、新しい車輪へと交換される。
「よし、これで良いな。もう下ろして良いぞ」
「はいよっと」
左腕でゆっくりと地面に荷馬車を下ろしてゆく。馬車を下ろし、新しくなった車輪を見るが、特にどこか歪んでいる感じはない。これならなんとか走ることができそうだ。
そう思い、ここまでの逃走で一番働いたであろう馬たちの方を見ると、メルトが手にニンジンを持って餌を与えていた。餌を与えると、まるでお礼をするかのように馬の長い頭をメルトの頭に押し付けてくる。なんだか、見ていてとても和む光景だ。
「ショウさんもご飯あげてみます?」
「それじゃ、せっかくですし」
視線に気づいたメルトが話しかけてきて、こちらに余ったニンジンを一本渡してくる。それを受け取り、彼女が接しているもう一つ隣の馬にニンジンを差し出した。
だが、
「ご苦労さん、今日もよろしくなぁダダダダダダダッッ!」
突如、目の前にあてがわれたニンジンには目もくれず、その馬の目線の先にあった翔の頭に思いっきり噛み付いてきたのである。万力で頭を締め付けられるような感覚と同時に歯が頭皮に食い込んで激痛が走る。
「や、やめっ!」
「こらっ! フラーっ! それは食いもんじゃないっ!」
とっさにハンクが馬を押さえつけ、翔と馬を引き離す。なんとか頭を離してはもらったが、未だにズキズキする。一体何が気に食わなかったのだろう。
「なんだこいつ……普段は人なんて襲わないのに……」
「ショウさん、大丈夫ですか?」
「え、えぇ……メルトさん、頭から血とか出てません?」
しゃがみこんだ自分の頭をメルトが髪を掻き分けて覗き込むが問題はないと言ってくれた。結構石頭な自信はある。すると、興奮してるのか鼻息荒くフラーと呼ばれた馬が、そのままそっぽを向いて馬車の前の方に移動をした。
一方、先ほどまでメルトがニンジンをあげていた馬の方は未だにメルトになついて鼻を擦り付けていた。
「ニンジンが嫌いだったんですかね?」
「……好き嫌いはよくないと思う」
メルトは言う。だが、それの言葉にハンクは首をかしげる。
「いや、あいつはニンジン普通に食うけどなぁ。う〜ん、まぁショウが嫌いなんじゃないのか?」
「……好き嫌いはよくないと思う」
昼からとんでもない目にあった。だが、おかげで目が覚めた。そして、馬車の荷台から体を乗り出して大笑いしているジジューは後でシめると決めた翔だった。
「さぁて、準備はできたから行きますか」
ハンクが馬車に乗り込み、後に続いてメルトと自分も荷台に乗り込む。
向かうべき場所は、ジジューが知っている。この剣を直せるかもしれないと言っている人物。一体、何者なのだろうか。
どちらにせよ、今は可能性にすがるしかないのだから。
「みんな乗り込んだね。そんじゃ」
出発、進行
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森を進む。
ひたすら進む。
少し、疲れたな。
だが、自分は休むわけにいかないのだ。
休む権利などない。
生き残ってしまったから。
自分が一番無能だったから、助かった命なのだ。
鞘に嵌った、7つの石を見て強く剣を握りしめる。
先を急ごう。
自分は、
自分は、
自分は、
戦わなくてはならない。
誰のためでもない、
国のためでもない、
犠牲になった仲間のためでもない、
この苦しみから逃れるためでもない、
では、なんのためなのだろう。
自分は、なんのために生きているのだろう。
鞘の赤い石が、ギラリと光ったような気がした。
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「……あの」
「何?」
「いや……その。なんで、俺の膝の上?」
「一番座りやすいから」
「……恥ずかしいっす」
「我慢しなさい。あんたは、左手に可愛い彼女さんがいるんだからいいでしょ」
「……どっちにしろ恥ずかしいっす」
馬車に揺られて一週間。森を抜け、大きな街へと入った。だが、ここで自分たちが姿を晒すわけにはいかない。ということで、荷台に乗る3人で仲良く姿が消えるローブの中に入っているのだが、どういう状況かというと左腕に抱きついたメルト。そして、あぐらをかいた自分の膝の上に乗るジジューでぎりぎり中で入っている感じだった。
ものすごく密着している状態のため、互いの息遣いが本当に至近距離で聞こえるし、体温だって直に感じる。ちょうど外の気温も冬の終わり頃くらいだから、ちょうどいいと言われればちょうどいいのだが、なんだか色々と触れているため、落ち着かない。
「ねぇ、この硬いのなに?」
「……聞かないで」
「ねぇ……すごく熱いんだけど」
「……叩きだすぞあんた」
膝の上に座っているジジューがわかりきった表情でニタニタしながら聞いてくるが、本当に叩き出してやろうか。それもしょうがない。なんにしろ、メルトの胸部がモロ左腕に食い込んでいるのだ。彼女のそれは外から見てもわかるほどかなり大きい。故に、いろいろと辛抱たまらない部分もある。
二十歳を超えたとはいえ、自分も男だ。まだまだいろいろと我慢できない部分もある。できることなら、腕とは言わず顔ごと埋めたい。
「なんかさっきより大きくなってるんだけど」
「一々言わなくていい。襲うぞ」
その返答を聞き、意味ありげにニタリと微笑む彼女は本当に妖女だ。
ため息をついて、息を深く吸い込むとなんだか懐かしい空気の感じがした。
「コホッ……コホッ」
「メルトさん、大丈夫ですか?」
「え、えぇ……そのコホッ……空気がちょっと、息がしづらくて……っ」
メルトが苦しげに腕の中で咳き込むが、確かにローブの中では息もしづらいだろう。だが、彼女の様子はその息苦しさとはまた違うように感じた。
「そろそろ着くかしらね、懐かしいわ」
すると、ジジューがローブの中から出て一瞬外の様子を確認しに出た。
そして、
「ちょっと、ローブを外してみなさい。ついたわよ」
ローブをめくり、覗き込んだ彼女。そんな彼女の表情は少し明るい。言われた通り、ローブの魔力を解除、左手でローブを払うと馬車の荷台から見えた景色を拝む。
少し小雨の降る街。
人工の光で溢れ、地面からは煙が昇る。道には馬もないのに、動く機械仕掛けの乗り物。そして、空を覆い尽くす、黒い煙の数々。そして、煙を撒き散らせながら列車のようなものが道の脇を走って行った。建物の中からのぞく、何かを溶接するような光、そして聞こえてくる様々な金属音。
ドワーフが歩いて、人々がせわしなく背中を丸めて歩いていた。
フォディーナ機械都市『ノヴァ』
到着である。




