第170話 準備の色
火の番をするのは懐かしかった。今まではサリーの炎に頼ってきたせいで、消えないように代わる代わる火の見張りをするというのは中々なかった。思えば、イニティウムでまだ冒険者をやっていた時くらいだろう。
ぼんやりと火を眺めている。何も一人ではなかった。自分の右手に寄り添うようにメルトがすがりつくようにして眠っている。自分は、夜になるまで眠っていたせいか、あまり眠くはない。
「ん……お兄様……」
「……」
時折メルトが寝言を言っているが、彼女が今回一番の被害者だ。突然追われる身になり、彼女の家は『王都聖典教会』に襲撃され、帰る場所と、家族をいっぺんに無くした。どれもこれも、全部は自分と関わったことによる弊害だ。自分が右手を失ったのは、他人を不幸にしてしまった罰なのだろうか。
何が、あなたを不幸にしないだ。
全くもって、自分の吐いたセリフにヘドが出る。結局自分は、何も守れない、それどころか何も守ることのできない体になってしまったではないか。左手一本で、彼女や周りの人間を守れるほどの力があるのだろうか。
否である。
「……クソ……っ」
思わず右手を握りしめようとするが、まったく力が入り込まない。腕が軽く痙攣するのみで、自分はもはや悔しく思うことも許されないのかと思った。
それもそうか。こうなったのも、すべて自分の力量不足だった。精霊の力に頼り、剣の能力に頼って危機を乗り越えてきたからこういうことになったのだろう。ペンドラゴンは確かに強い、だが親父の言葉を借りるのならば『強い相手に当たった時は、常に相手の百先を読んで戦わなくてはならない』と。冷静さを欠いた自分の落ち度だった。
本当に、情けない。
「……ショウさん?」
「あ。すみません、起こしてしまいましたか?」
ふと、隣でもぞもぞと動く気配がある。見れば、彼女がとろんとした目でこちらを見上げていた。おそらく自分が右手を動かそうとした時に起こしてしまったのだろう。彼女は軽く頷き、すると、自分の腕を抱えより密着してゆく。
さっきもそうだが、自分の右腕の感覚がないことに軽く悲観した。
「ショウさん……怒ってます?」
「え? いえ、そんなことは……」
あった。
だが起こっている対象は他の誰でもない、自分だった。理由は、もうわかっている。
自然に顔が強張ってゆくのを感じ、炎を見ていると突如、左肩を掴まれ一気に引き寄せられる。一瞬何が起こったかわからなかったが、後頭部感じる柔らかい感触に、今自分がどんな状態にあるかがわかってしまった。
「ショウさんの悪い癖です。なんでもかんでも自分の所為にしてしまう」
「……でも……実際そうなんです」
前にも一回考えたことがある。
自分が、もし異世界に来ていなかったら。
リーフェさんは、ガルシアさんと一緒に幸せになって。
メルトは、ギルドの受付嬢としてみんなと一緒に笑っていて。
レギナは、自分の信念のために迷わず戦っていて。
それで……
それで……
それで……
「自分が、この世界に来たのは間違いだったのかなぁ……って」
「……」
「自分がいろんな人に関わったせいで、違う生き方をしてしまったのだったら……っって、考えてしまって」
すると、自分の頭の上にメルトの手が乗っかる。これは、怒られてしまうのかと思ったが、その手は優しく自分の髪を撫で始めた。
この感覚は、ひどく懐かしかった。
「確かに。私はお家をなくして、家族とも離ればなれになって、とても辛いですし、悲しいです……でも」
「……」
「今、なんとかこうやって生きていこうと思っているのは、ショウさんがいるからですよ」
自分を撫でる手は暖かい。そして、自分の頬にパタパタと落ちてくる、彼女の涙も暖かい。全ては自分のせいだ、自分が彼女のことを無理やり連れて行こうとしたから。
だが、そんな事実でさえも、彼女は自分の存在で救われていると言ってくれたのだ。気休めでもいい。だが、その言葉自分は軽く救われる思いなのだ。
「ですから……自分がいなければいい……って……言わないでください。私を……一人にしないで……っ」
「……すみませんでした」
そんなことしか言えない。上半身を起こし彼女を強く引き寄せる。嗚咽を漏らす彼女の肩を抱き考える。
ならば。
自分は一体どうやって、これから生きていくか。
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早朝、出発。
ではなく、まずは馬車の修理から始まった。
ハンクの馬車は現在どういう状態かというと、荷物は幸いにもなんとか全部無事である。だが、馬車の天井が完全に吹っ飛び、車輪も損壊している状態だ。この状態で街の中に入ろうものならば、明らかに一目に止まってしまう。
「問題はどうやって材料を集めるかよね……」
「近くに街とかないんですか?」
「あるにはあるけど……材料があるかどうか……」
ジジューとメルトが話しながらハンクの馬車を見ているが、どうやら近くに街があるらしい。そして、馬車の持ち主であるハンクは、静かに涙を流して馬車を見ていた。
「はぁ……5年も一緒に走ってきた相棒がこんな感じで壊れるなんてよぉ……」
「……ごめん」
「いやぁ……いいんだけどさ……なんとか直したいよなぁ……」
男泣きで腕を組み考えるハンクの横で、自分も案を練る。
さて、このボロボロになった馬車を一体どうしようか。車輪もそうだが、ボディーもなんとかしなければ。車輪は、木製の木組みでできたものだ。それが外れかかり、また割れて大きく歪んでおり走らせるのは難しい。
そして、ボディーは布を張るための木の支えがあったはずなのだが、門によって削られたせいでバッキバキに折れているのである。そこにあったはずの布は道に落として、そのほかの部品は追跡されないよう、残っている部位を保管してある。
「とにかく、車輪はなんとかできそうだわ。この子借りるわね」
「は、はい。宜しくお願いします」
ジジューの言葉に軽く頷き、メルトが礼儀正しく彼女に礼をしている。さて、彼女たちはおそらく街で車輪の材料を買ってくるのだろう。ついでに、自分のギルド証をもたせて、薬草などの換金をしてもらえば補填できるはずだ。
そして、問題はこっちか。
「どうします……?」
「う〜ん、まず布を取り替えなきゃいけないんだけど。布は高いしなぁ....しかも馬車に使うとなると相当かかるし……」
「ですよね……」
仮に魔物の皮をつなぎ合わせて作ったとしても、相当数狩らなくてはいけないし、そういうために使うものにするのはもっと時間がかかる。
となると、布を使わないという方法がある。それこそ、まるで軽トラみたいな形状にしてしまった方がいいかもしれない。
だが。
「それじゃ、君たちが隠れられないだろう?」
「ですよね……」
自分と、メルト。そしてジジューはすでに追われる身。ハンクは仮面をしていたから大丈夫だとは思うが、自分を含め3人は隠れながら生活をせねばならない。そのために、馬車での移動は有効的ではあったものの、これでは全く意味がない。
さて、どうしたものか。
いや、待てよ。
「ハンク。ちょっと」
「ん、なんだい?」
使えない右腕の代わりに、左手でレースからもらった白いローブを着てゆく。そして、左手でハンクのことをローブの中に引き込むように一緒にローブの中に二人で入り込む。
「え……やだ、嘘。翔ってもしかしてそういう趣味が……?」
「違うわ。ちょっとメルトさんとジジュー。見ててくれないかな」
メルトとジジュー。二人で、この後の予定を話ししているところに声をかけた。だが、今白いローブで男二人が密着してる姿を見て女性陣二人はそれぞれ違った表情になる。
「……ねぇ、あんたらって。そういう関係?」
「ショウさん……? もしかして、そういう趣味も?」
「全員何を勘違いしてるかわかるから、それは誤解だと言っておこう」
でもなぜだろうか。ジジューが怪訝そうな顔をしているのに対し、メルトの頬が若干紅潮しているのは。
だが、決して自分はハンクとそういった関係を臭わせたいがために彼女たちを呼んだのではない。
次の瞬間、ローブに魔力を通した。
本来なら、このローブに魔力を通すと着ている本人の姿と気配が消えるのだ。であるのならばだ、このローブに入った人間は人数問わず、全員姿を消すことができるのかという実験である。
そして、結果は。
「え? ハンクさんとショウさん。どこに?」
「へぇ、消えるのはあんただけじゃないんだ」
二人の反応を見るからに、実験は成功らしい。
となるとだ、今後の移動ではこのローブが大いに役に立つということになる。いや、今回に限らずともだが。このローブには本当に世話になっている。
これで、馬車の荷台に布を張らなくても済むようになった。
「スゲェなそのローブッ! どこで手に入れたんだよっ!」
「まぁ……その。企業秘密ということで……」
ハンクは行商人である前に、服飾人だ。そんな彼の質問攻めを受け流しているところで、彼女たちは街へと出発した。
さて、これからどうなることやら。




