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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第四章 黄の色
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第158話 月夜の誓いの色

 脱衣所で用意されていた綺麗にクリーニングされた石鹸と花のいい香りのする自分の和服に袖を通し、屋敷の風呂場を後にする。エギルの姿はすでになく、一人魔術光に照らされた廊下を歩いていると、窓の外には大きな月が二つ仲良く並んでいるのが見えた。


 そして、歩くこと数分。


 再び同じところへと戻ったことで翔は気づいた。


「……迷ったな。これ」


 そう、大きな屋敷の中で一人迷子になったのである。あの新宿駅の中ですら迷子にならなかった自分が屋敷の中で迷子になるとは、改めてグラウス家が巨大な屋敷であるということを思い知らされた。


 不幸なことに、声をかけれそうな使用人のような人物もそばにはいない。かくなるうえはパレットソードを呼び出して使おうかと思ったが、屋敷の高級そうな絨毯の敷かれた地面に穴を開けるわけにはいかない。


 以前友人に、迷路で迷ったときは壁づたいで歩くとゴールに必ず辿り着くと教わったことがあるのを翔は思い出していた。果たして、それが屋敷でも通用するのかはわからないが、試してみないことには始まらない。


「確か、右側だったっけか…」


 グラウス家の屋敷の中を進んでゆくが、不思議と使用人やメイド、執事の姿を見ることはできない。だが、廊下の端々に飾られている調度品は同じところをぐるぐる回っていないことの証拠になってはいる。


 ふと、窓の向こう側を見ると今日の昼に行われたエギルとの決闘で使われた闘技場が見えた。となると、今翔がいる現在位置は屋敷の真裏の庭先ということになる。そもそも、闘技場がある屋敷があること自体不思議なのだがここが屋敷の裏ということは方向さえ間違えなければ屋敷の正面に繋がるはずである。


 階段を何回か下り、一階へと辿り着くと再び長い廊下を進んでゆく。季節が冬先ということもあってか冷えた空気が風呂上がりの翔の体を冷やしてゆき、軽いくしゃみをすると広い廊下に寂しく響いた。


「ズビ……。はぁ……、早く部屋に戻りたい」


 部屋に戻れば、またメルトが待っていてくれているだろうか。もし、待っていたら。


 などと、少しだけ昨日の情事を思い出し。邪な感情を振り払おうと頭を振るとふと、壁の一面がガラス張りになっていることに気づく。そのガラスの向こう側には色とりどりの花が月の青白い光に照らされて咲き乱れており、この大きな屋敷に似つかわしくない小さな中庭になっていることに気づく。


「綺麗……」


「中が気になるかね?」


「え、へ? うわっ!?」


 唐突に後ろから声をかけらた翔は思わず大声をあげて飛び上がってしまう。全く気配を感じなかった、翔に声をかけた人物の正体は仏のような優しい目をしている、綺麗に整えられた白髪の上に猫耳を生やした獣人の老人の男性だった。


 その人物に翔は見覚えがあった。


「あなたは……、確か。闘技場で……」


「あぁ。見事な戦いぶりだった、本当に見事だった。息子を相手にあそこまで動けるものはなかなかいない」


「息子……、ということは」


「私は、このグラウス家で当主をしている。ソドム=グラウスというものでね。何、ただの隠居した老いぼれだよ」


 そういって、手を差し出してきたソドムの手を翔は少しだけ警戒しながらも、差し出された手を握るとソドムは優しくそのゴツゴツとした手でまるで宝物を包み込むかのように握手をしてきた。


「うん。素晴らしい、優秀な剣士の手だ。さぁ、中が気になるのだろう? どうぞ、こちらへ」


「あ、ありがとうございます」


 そういってソドムは中庭のガラスの扉を開けると冷たい冬の空気が流れ込んでくるかと思いきや暖かな空気が廊下に流れ込むと共に、穏やかな花の香りがかすかに鼻腔をくすぐる。


「ここの空間は魔術で、一定の温度と湿度を保っているようにしてある。だから冬でも花が枯れることはない」


「……なるほど」


「さぁ、中へ。ここに人を招くことはあまりなくてね。失礼があったら申し訳ない」


 前を歩くソドムの後ろをゆっくりとついてゆく翔。花でできたアーチをくぐるとそこにはテーブルと椅子が二つ並べられていた。そして、その横には闘技場の入り口で会話をしたメイドのソフィーが立っていた。


「やぁ、ソフィー。いつも呼ばなくても先にいるね。君は」


「もったいなきお言葉でございます、御当主」


「この方に紅茶とクッキーを。私にはいつものハーブティーをいただけるかな」


「かしこまりました」


 そういってソフィーが下がるのを横目に見ながら、改めて翔はソドムと向かい合う。彼の所作の一つ一つはとてもゆったりしていて、見ているこちらの心を酷く落ち着かせるものだった。


 だが、時々垣間見る彼の視線にはこちらの様子を観察するようなものを感じる。


「君は、確か王都騎士団から指名手配にかけられているようだね」


「はい、そうです」


「……ふむ。その上で聞きたいのだが、君は。娘の、メルトをどう思っているのかな?」


「どう思っているか……、ですか」


「率直で構わない」


 すると、ちょうどいいタイミングでソフィーがティーセットを持ってくる。答えに少しだけ詰まったものの、ソフィーが淹れた紅茶を一気飲みすると、真っ直ぐソドムの目を見ながら決まりきった言葉を口にする。


「僕は、メルトさんを愛しています。この上なく」


「……それは、君の今の現状を差し置いても。答えは変わらないかね?」


 ソドムの言いたいことはわかる。自分の大切な娘だ、それを犯罪者の手に渡すなど言語道断だろう。しかし、それを分かった上なのも承知の上である。


 道は困難を極める。


 きっと、自分は彼女を不幸にしてしまうかもしれない。


 けれど、


 けれど、


 けれど。


 彼女に救われた、彼女の言葉に救われた、彼女の存在に救われた。


 そんな彼女をこの上なく愛している。


 だから、ソドムの問いに答えは出ている。

 

「はい。変わりません」


「……そうか」


 少しだけ、ホッとしたような表情を浮かべて。ソドムはソフィーの淹れたハーブティーに口をつける。大きく息を吐くと、その優しげな目をそばに立っているソフィーに向ける。


「君が淹れるお茶は、私が幼い頃から変わらない」


「ありがとうございます」


「……私は、成り上がり当主でね。私が生まれた時に流行病が先代当主が死に、そして兄弟も流行病と戦争で死んでいった。そうして末っ子だった私が当主の座に着いたわけだが」


 ソドムの飲み終わったハーブティーの入っていたカップにソフィーは再びお茶を注いでゆく。そのカップの底を廻しながら過去を遡るように語ってゆく。


「分家に後継のことをしつこく言われ、私は何人もの妻を娶り、そして別れた。そこに愛なんて呼べるものはなかった。だが不思議なものでね、メルトが生まれた時は娘にも、そしてメルトの母親のリゼにも同等の愛が注げた」


「メルトさんの母は?」


「……メルトが一人の冒険者に助けられたことを知っているね?」


「えぇ。はい」


 それは、先ほど風呂場でエギルから聞いた話だった。しかし、次に出てきたソドムの言葉は酷く辛いものだった。


「メルトを一番最初に見つけたのは冒険者ではなく。妻のリゼだった、だが。野党に斬られ、リゼは命を落とした。メルトの目の前で」


「……そんなことが」


「そのショックからかはわからないが。メルトは、リゼとの……母親の記憶を失くしてしまった」


 悲しい。あまりにも悲しい、そんなことが彼女の身に起きていたとは知らなかった。思わずこぼれそうになった涙を隠すように腕で乱暴に自分の目頭を擦り付ける姿を見たソドムは、先ほどの暗い表情から再び優しげな表情へと元に戻る。


「君は、優しいのだね」


「そんな……僕は」


「そんな君が、私の娘と結ばれてくれて嬉しく思うよ。これからは、君が。彼女を守りなさい」


 風が舞い上がる。様々な色の花びらが夜月を様々な色で彩ってゆく。その姿は、あまりにも幻想的で、思わず見惚れてしまう。徐に立ち上がったソドムは、花咲き乱れる庭から一輪の小さな花を持ってくる。


 その花は、山道でよく見かけることがあるが、あまりにも小さいためほとんど目を引くことがない。だが、小さな蒼い宝石が集まっているような花はこの月夜にとても美しく輝いていた。


「……これは?」


「ミオソテス。リゼとメルトが好きだった花だ、メルトに会ったら渡してあげなさい」


 今晩は、少し冷える。


 そう言って、ソドムは中庭を後にした。


 その直後だった。


「ショウさん?」


「……メルトさん」


 舞い上がった様々な色の花びらの中から現れた彼女の白いワンピース姿の彼女を見て改めて思う。


 綺麗だ。


「……メルトさん、あなたに伝えないといけないことがあるんです」


「……はい」


 素足のメルトが近づいてくる。サクサクと、芝生を歩く彼女の足音が耳に心地いい。そして、彼女の顔はすでに鼻先へと迫っていた。


「メルトさん」


「はい」


「僕は……メルトさんを、幸せにできません」


  自分は、彼女を幸せにはできない。


 自分の問題が解決したとしても、それはあくまで一段落したというだけ。そして自分と一緒になるということは、多くを待たせるということである。


 待たせてしまった彼女を、また待たせてしまう。彼女の望む幸せとはほど遠いだろう。だが、そんな自分にもできることが、


 一つある。


 今にも泣き出しそうな彼女を抱き寄せ、自分の持っていたミオソテスの花をそっと髪に挿す。ブロンドの髪によく映える青色だった。


「でも、僕は。決してあなたを不幸にはしません」


「……っ」


「決して、あなたの前から消えません。決して、死にません。手足をもがれても、ボロボロになっても、あなたのもとに帰ってきます」


「……っ」


「そして、必ず。あなたと一緒に暮らせる日が訪れるように」


 胸の中で震えている彼女の頭を撫でながら、語りかけるようにして、彼女に誓う。もう二度と、死のうなど考えない。


 何としてでも、生きてやる。


 これは以前まで抱えていた理由ではない。


 自分が、自分の望みで。彼女の為に生きると決めた。


「メルトさん、僕は。あなたを愛しています」


「っ……はい」


「僕と、一緒に生きてくれませんか....?」


「約束ですからね....っ? 絶対、絶対。絶対に、生きて帰ってきてくださいねっ」


 うなずき、顔を上げた彼女と唇を交わす。月の光が二人を包む。どこかの童話だかで聞いたことがある。月のもとで、誓いを交わした男女はその約束を違えてはならないと。


 何としてでも、自分は生きてこの約束を守らなくてはいけない。


 平穏をつかめる。その日まで。


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