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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第四章 黄の色
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第149話 熱った色

 ノワイエで見たことがある。


 それは決して街中ですれ違ったとか、肩がぶつかって挨拶をかわしたなどといった軽い出会い方ではない。そして、そのような偶然的な出会い方ではない。


 あれは、ロザリーが攫われた日の夜。


 レギナと戦闘になった一人の女性。あの覆面からこぼれ出た青色の鮮やかな髪色を翔は今でも目に焼きついている。


「……あの人は、いつから?」


「ロシェのこと? あぁ、あの子は日雇いで来てる子よ。最近店に入ったの」


「……なるほど」


 翔たちがノワイエからイニティウムまで向かう期間の間に、まだレギナたちと行動をしていることを見越して王都の付近で潜伏していてもおかしくはない。狙いはなんであれ、彼女とは切っても切れない因縁がある。


 かといって、この店で騒ぎを起こしたくはない。


「それで。どうする? 続き、する?」


「……お酒をもう少しいただいてからでも?」


「……いいわよ。期待してもいいかしら?」


「えぇ、もちろん」


 再びグラスを交わし、注がれた酒を飲み始める翔とセイラ。


 翔の膝の上を向かい合うようにしてまたがりながら酒を飲むセイラ。膝から感じる人の温もりに、少しだけ翔は気恥ずかしさを覚えながらも、頭だけは冷静に保とうとジッとセイラの吸い込まれそうなビロード色の瞳を見つめる。


「……あれ……?」


「セイラさん?」


「私……お酒強いのに……あれ……」


 目眩を覚えたのか、頭を軽く手で抑えながら翔に力無くもたれこむセイラ。彼女の腰をしっかりと抱きながら、手から落としそうになったグラスをキャッチし、ゆっくりと彼女をソファーへともたれさせる。


 完全に寝息を立てている彼女のことを確認すると、翔は虚空に目配せをしながらそばに置いてあったブランケットをソファーで寝ている彼女にかけ、個室のカーテンを開ける。こうして寝息を立てている彼女の顔を見る限りでは、確かにセイラは17歳らしい少女の顔をしていると翔は思った。


 そして、個室を後にした翔はちょうど青髪の女性が、一人の恰幅のいい男性の腕を手に取って店を後にする姿を目撃する。


「ごめんなさい、お話できてよかったです」


 寝息を立てているセイラを置いて、翔は夜の風俗街へと足を踏み入れる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 店を出る際、ボーイに声をかけられたが支払いは一緒に来ているハンクに任せてあると伝えたところ、快く外に出してもらえた。彼もまた、よほどの常連で店から信頼をされているのだろうと思いながら、翔は預けていたパレットソードを受け取り夜の街へと足を踏み入れる。


 時間も時間のため、客引きの数と出歩いている人間は少なく、尾行をするにはうってつけだった。時折楽しげに話をしながら目の前の二人を眺めているが、何か怪しいそぶりをする気配はない。


 本当にただの逢引きなのか。


「にしても、あんた。突然催眠かけて欲しいなんてびっくりしたわよ。何、そういうの趣味?」


「ウィーネさん……、いや。否定はしないけど……」


 尾行をしている翔の隣を歩くウィーネ。突然のセイラを襲った目眩は彼女の仕業によるものだった。無論、頼んだのは翔ではあるが。


「否定しないんだ、変態」


「う……、とにかく。目の前の二人を追いますけど……なんか見てて気になることはありますか?」


「……そうね。あの青髪の女。あそこだけ……魔力の流れが歪んでる……」


「歪んでる?」


「えぇ。正確に言うなら、あの女の周りの魔力が集中してるって言ったらいいかしら……」


「……とにかく、後を追いましょう」


 正直、ここまで後を追ってきて不安であることはある。何しろ、彼女がノワイエで見た人物と同一人物であるかどうかの手がかりは髪色とシルエットしかない。本当であれば、ただの見間違いであってほしいが、こういう悪い予感や直感は当たりやすいと翔は感じていた。


 月の明かりと、魔術灯の明かりだけが風俗街を照らしている。目の前を歩いている彼女たちは時折楽しそうに話をする声が静かな街に響くが、後ろをついてきている翔たちの姿には気づいていない。


 と、突如。


 街の路地を離れ、脇道に入った二人の影。尾行に気づかれたか、と思った翔はすぐさま腰に差していたパレットソードの柄に手をかけ、彼女たちの消えていった路地裏へと駆け出してゆく。


 路地裏の近くに積まれていた荷物の裏に身を潜め、翔は耳を澄ます。


 聞こえてくる内容は性的な内容だった。


 男が誘い、女が受け止めようとする。


 女が誘い、男が受け止める。


 そんな繰り返しだった。


 やはり人違いだったのだろうか。それもそうだ、たった一度姿を確認し、ましてや青い髪をもつ人間なんてありふれているこの世界において、姿形シルエットのみで一人の人間を特定しようとしたことが無理な話だったのだ。


 腰を上げ戻ろうとした、その時だ。


 突如、男の声が消えた。


 あまりにも突然だった。熱り立った男の声が突如途絶えて、不思議に思わないと言われれば、現に今感じているこの違和感の正体は確かめなくてはなるまい。


 再び、荷物のそばに身を潜め、ゆっくりと覗き込む。


 ぼーっと立ちつくす暗闇でもわかる青髪の女性。事を終えた後だからだろうか。


 いや、違う。


 あの表情は、面倒臭い仕事を一つ終えたかのような、そんな表情だ。


 となると男の方は、


 そう思い身を乗り出した瞬間だった。


「そこにいるのは、わかってるんだから」


「っ!」


 突如手元へと飛んできたナイフが軽く右手の甲を切る。思わずとっさに翔は体全体を路地裏の入り口に晒してしまった。


「チィ……っ!」


「あら? お店にいた客よね? 確かセイちゃんがいたと思っていたけど、あの子じゃ飽きちゃった?」


「……ここで何をしているんだ、逢い引きにしてはちょっと埃くさくないか?」


 右手を見ると、血がダラダラと流れており、止まる気配はない。となると、あのナイフ何らかの毒を仕込んであったか。そして、徐々に右手の感覚が薄くなってゆき、痺れてゆくのを感じた。


 向かい合う二人、翔はマスクをつけているからか相手は翔の正体をまだわかっていない。


「私たちの情事を見に来たの? やっぱり若いからかしらね?」


「そういうあんたも、見た感じ14、5歳にしか見えないぞ」


 彼女の体型。確かに見る感じだと、身長は145センチあるかないか、顔もまだ幼さ残る感じだ。本当に中学生程度にしか見えない。だが、闇夜に光る青い瞳と、その体型からは考えられないほどの殺意を感じる。


 これは逃してはもらえなさそうだ。


「あら、こう見えても。25はいってるのよっ!」


『スクトゥムっ!』


 盾を展開。右腕に持ってきた盾に三本のナイフが当たる衝撃がする。投げ込んできたナイフは感じた衝撃的に全て頭に向かって投げ込まれたものだと理解することができた。たった一振りで三本のナイフを全て頭部に当てる技量からはただ者でないというのはわかる。


 痺れて動かすことのできない右手の代わりに、左手に持ったパレットソードを逆手に持って近づく、


 だが、駆け出そうとした左足に何かが絡みつき、その場で転びそうになる。


「な……っ」


「へぇ、やる気? 脅しのつもりだったんだけど、もしそうなら別に構わないのよ」


 死体が一つや二つ増えたところで、どっちも同じようなものよ。


 雲に隠れていた月が路地裏を照らす。


 青白く照らされていたのは、先ほどまで彼女と一緒に喋っていた男。その顔色は、決して月に照らされて青白いのではない。喉から細く流れた血は、確実に致命傷だったことを証明していた。


 そして、今翔の足に絡みついているものは、地面そのものだ。レンガ敷きの地面がまるで溶けているかのように翔の足首から先を飲み込んでいるのである。


「くそ……っ」


「まぁ、欲を抑えられなかった自分を呪いなさい。バイバイ、仮面の変質者さん」


 ここで死ぬわけにはいかない。


 迫り来るナイフを左手に持ったパレットソードで打ち払う。そして、ぬかるんだ地面に向けてパレットソードを突き立て、勢いよく自分の魔力を流し込むとぬかるんだ地面は元のレンガ敷きの地面へと姿を戻す。


「一つ、聞きたいことがある。あんた、ノワイエで一人の女の子を攫ったか?」


「ん〜、さぁね。私、忘れっぽい性格だから覚えてな〜い」


「……そうか」


 なら、思い出させてやろう。


 一気に地面を蹴り、彼女との間合い詰める。咄嗟に防御するように彼女はナイフを構える。下から勢いよく斬り付け、彼女の持つナイフを粉々に砕く。


『今道四季流 剣技一刀<冬> 笹雪』


 ナイフが砕かれた瞬間、次の攻撃を警戒して身軽に宙を回りながら距離をとる女。


 今のはあくまで牽制に過ぎない。


「次はその細い胴体を泣き別れにする。どうだ、思い出したか?」


「……ふぅん。見た目は変な格好してるくせに、なかなかやるじゃない。ちょっと、私も体が熱ってたところだし? 少しだけ相手してあげる」


「……その言葉、後悔するなよ」


 開戦。

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