第145話 お人好しの色
『今道四季流 剣技一刀<春> 渦潮』
上半身を捻り、回転を加えた攻撃で盗賊たちの剣を弾き飛ばしながら、崖下へと舞い降りる翔。被害者になっているのは、身なりを見る限りおそらく商人だろうか。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
加害者と被害者の関係性がわかっている以上。自分がどちらに立つべきなのかは明確である。
「あ、アンタは?」
「馬車の荷台の中へ、早くっ!」
「は、はいっ!」
翔の声に何度か頷き商人は急いで馬車の荷台へと入ってゆく。その様子を盗賊は黙って見ているわけもなく、仲間の一人が商人に目掛け走ってゆくが、それを翔は間に入って剣で牽制する。
「さて、自己紹介はいらないな」
「あぁ。そうだな、だが最初に言っておくが、ここで手を引けば。にいちゃん、痛い目に遭わずに済むぜ?」
翔の周囲を取り囲むように盗賊たちがぞろぞろと剣を構えにじり寄ってくる。
その数、十三人。
対して、こちらは一人。以前にもこんな状況に陥ったことはあったが、その時は対人戦のプロであるレギナがいた。しかし、今彼女はいない。
なら負けるのか。
否。
《《たった》》十三人程度など。今の翔であれば敵ですらない。
「その言葉。そっくりそのまんま返すぜ」
一人が動く。剣を高く掲げ、こちらの頭蓋を砕かんとしたその動きだったが、そのガラ空きの上半身に向けて身体強化術で強化した拳を叩きつけ吹き飛ばす。
その姿を見た二人も同時に剣を構え突っ込んでくるが、剣が当たるか否かスレスレのところを振り切った腕を掴み上げ、もう一人の相手の喉元に向けて剣先を無理やり突きつけさせる。
完全に動けなくなった両者、右足で掴み上げている男の鳩尾に蹴りを叩き込み、手から離れた剣を使ってもう一人の持っている剣を叩き落とす。
完全にこちら側に戦いの主導権が握られている事実に焦った盗賊たちは隙を見ては翔に向かって襲いかかるが、ここで傷でも負おうものならばレギナから説教を喰らってしまう。
「お、おいっ! 先に行けってっ!」
「ふざけるなっ! お前こそっ!」
目の前で、武器も持っていない人物が仲間を一人ずつ気絶させているという事実に盗賊たちも焦りが見え始めている。しかし、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、翔は腰のパレットソードを一回も抜くことなく盗賊たちを制圧させてゆく。
そして、数は残り三人となったところ。
「……あっ! お前の顔っ!」
「……チッ」
盗賊仲間の一人が翔の顔を見てようやく正体に気づいたらしい。それもそのはず、そこらじゅうに自分の人相状が張り出されていたら盗賊であったとしても気づかないはずはないだろう。
「お頭っ! こいつあれですっ! お尋ね者で街で見やしたっ! 確か……名前は……」
「そうだ、お前……っ! イマイシキ ショウってやつじゃなかったかっ!?」
「王都騎士団を一人で壊滅させたっていう、あのっ!?」
どうやら話がどこかで一人歩きして大きくなっているようだった。だが、話が大きくなっているというのであればかえってこちらも好都合というもの。そのまま、手を引いてくれれば楽ではあった。
が、
「こいつを倒せば。懸賞金出るよなぁ」
「生死は問わないって書いてありやしたぜ」
「はぁ……これだけの状態を見て。まだ挑もうとするかね。アンタら」
金の亡者とは恐ろしいものである。明らかに勝ち目のない勝負ですら、一瞬の勝機を期待してしまうのだから。
しかし、挑んでくるというのであれば。徹底的に叩き潰す。
「懸賞金は俺のもん……っ!?」
『今道四季流 剣技一刀<冬> おもし雪のしなり竹』
横一線、鞘走りした剣の間合いが一気に広がり、それに対応できず突っ込んできた男の顎を砕いて地面へと転がせる。
鞘から抜かれた純白の刀身を見た残る盗賊二人は唖然とした表情でそれを見る。
「さて、と。このまま、痛い目にあってギルドに突き出されるのと。後ろの馬車の荷台に積まれて大人しく縄で縛られてギルドに引き渡されるの。どっちか選べ」
「っ! 舐めやがってっ!」
お頭と呼ばれた牛の獣人であろう大男は憤慨しながら、大声をあげ両手に持った手斧を構えて突進してくる。身長は約二メートル弱、これだけの大きな体で突進を喰らえばひとたまりもないだろう。だが、それは普通の人間の話。
翔は、対人戦のプロから一年半手解きを受けてきた人間である。ただの普通の人間ではない。
『今道四季流 剣技抜刀<秋> 村雨返し』
お頭の両手に持った斧が翔の剣戟によって砕け散る。すぐさま剣を逆手にもちかえ、剣の柄を翔は相手の顔面に目掛け思いっきり殴りつける。地面を何度も転がり、そしてぴくりとも動かなくなったお頭の姿を見たリザードマンの盗賊の一人が両膝をついてヘタレこむ。
「で、アンタは」
「……降参だ。負けを認める」
「……わかった。そこで待ってろ。逃げてもいいが、顔は覚えているからな」
剣を放り投げ、完全に戦意喪失している盗賊の唯一気絶していない一人を横目に、馬車の荷台の中へと避難した商人の様子を確認するために荷台の布でできた扉を開ける。
「ひっ!」
「あぁ、驚かせてすみません。終わりましたよ、怪我はありませんか?」
「……いや、それは……大丈夫だけど。まさか、さっきの盗賊全員。君が?」
「一人、気絶していない奴がいますけど。ほぼ全員倒しました」
「……すごいな……君」
商人らしき男は驚いたかのように目を丸くして翔のことを見ているが、正直に言えば翔は前述通り今回の旅であまり人と関わるようなことはしたくなかった。しかし、それでも助けてしまったのはなんの因果か、それとも性か。
商人の男は、ゆっくりと馬車を降りると地面に突っ伏している盗賊たちの姿を見てさらに感嘆の声を上げる。
「それにしても。あなた、どうしてこんな危険な道を? ここら辺は盗賊や魔物が出ると噂になっている道ですよ」
「はぁ……そうだったのかぁ。いやぁ、数年前もここの道通ってたから大丈夫かなって思って安心してたらこのザマだよ……」
とほほと言わんばかりの商人の男。男の背丈は、翔よりも幾分か高く、ほっそりとした体型からは何かしらの武術の心得があるようには感じられなかった。だが、金髪の長い髪をポニーテールにしてまとめ上げているその姿と人懐っこそうなその顔からは、どこか大型犬の、翔の友人が飼っていたゴールデンレトリーバーを彷彿させた。
「んで、こいつらはどうしましょう? 一番は来た道を戻ってギルドに突き出すのが一番だと思うんですが」
「そうだね……でも、全員は乗せ切れないしなぁ」
地面に転がっているのは十二人、そして戦意喪失して項垂れている人間が一人。先ほど馬車の荷台を確認したが、十三人を乗せて運べるほどのスペースはなかった。
「……となれば。おいっ! そこのリザードマン、あんた名前は?」
「イワンだ……」
「今からギルドにあんたを連行する。しっかりと情報提供すれば情状酌量されるだろうさ、イワン。今後の人生がこれからのあんたの行動にかかっているぜ」
「……っ、わかったよ……」
イワンの両手を商人が持ってきたロープでキツく結び上げ、商人の馬車は来た道を戻りギルドのある街へと向かう。その道中、彼が暴れないように見張るために、翔も商人の馬車の荷台に乗ってゴトゴトと揺さぶられながら山道を下ってゆく。
「ところで、商人さん? あなた、名前は?」
「俺? 俺はハンクって言うんだ。街で洋服の売り買いをしているしがない旅商人だよ。そういう君は……イマイシキ、でいいんだよね」
「やっぱり聞いてたか……クソ……」
名前を聞かれてしまった以上、今後の身の振り方は二つある。まず、すぐさまこの場を立ち去るか、もしくは身の潔白を証明するために己の弁舌にかけるか。少なくとも前者は乗り掛かった船の状態でこのまま逃げるのは後味が悪い。
黙り込み、どうするかを考えている翔を横に思いっきり噴き出すハンク。
「ハハハっ! いやぁ、こんなクソ真面目な犯罪者いないって。それに、命の恩人を突き出すような真似は俺はしないぜ? これでも義理温情は商人やってるとそいつによく助けられるもんさ」
「……ありがとうございます。ハンクさん」
「さんなんかいらねぇよ。それに、敬語もいらないって」
「……ありがとう」
ハンクとのやり取りを恨めしそう目で見ているリザードマンの盗賊。そんな彼と翔は目が合うが、一瞬あった目はどこか憎しみがこもっており、それを見逃さなかった。
「あんたらはどうして盗賊稼業なんかに手を染めた? 仕事なんか、ギルドに行けばゴマンとあるだろ」
「……俺たちのこの見た目で、まともな仕事が見つかるかよ。魔力の色もろくに持たない獣人なんざ。吐いて捨てるほどいるんだ。生きるために盗んで、盗むために生きてきた俺たちの気持ちなんざ、一生わかりゃしねぇだろよ」
「……」
そうだ、彼らはそうやって生きてきたのだ。その道を知らない翔が何かを言うことができる訳でもなければ何かを言う権利があるわけでもない。
だが、これだけは言える。
「道は、自分の手で切り開くものだ。たとえ、その両手に何も残ってなくても」
「っ……」
「たとえ、迷っていたとしても。自分が正しいと思う道を進め、足を止めるな、そこで人の道を踏み躙る真似をするのであれば、それはいずれ自分に返ってくる」
目を合わせずにリザードマンは翔の話を黙って聞いていた。だが、その目に先ほどの憎しみは宿っていなかった。
しばらくして。再び先ほど地図をもらったばかりのギルドについた翔とハンク一行。ギルドに事情を説明し、イワンを拘束、引き渡しをすることになった。その工程を最後まで見届けるのが、自分の仕事だろうと思い彼がギルド職員に連れて行かれるまでしっかりと見届けた。
「ショウさん、この度は盗賊の討伐ありがとうございました。あのリザードマンが大人しく情報提供すれば他の盗賊のアジトもはっきりするでしょう」
「……わかりました」
あのイワンの言った言葉が、どこか翔には突き刺さっていた。色が薄いからといって盗み走ったのは決して許される行為ではない。だが、そんな彼らを一方的に責め切れないのもまた事実ではある。
なんとも後味の悪い幕切れとなってしまったと翔は思った。
「それと、ショウさん。ショウさん宛に依頼が届いてますね」
「へ? 依頼?」
「はい。指定で」
ギルド職員からの突然の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまう翔。冒険者への依頼というのは決して珍しい話ではない。だが、今回は翔本人に直接指名で依頼が来ているということである。
一体誰が依頼をしたのか、思案を巡らす翔の背後に一人の男が忍び寄る。肩に手を置かれ、咄嗟に振り返った翔の先にはニッカリと笑った知り合いになったばかりの男の姿そこにあった。
「依頼したのは俺だよ」
「ハンク……さん」
「さんはいらないって言ったろ?」
依頼内容、商人の馬車の護衛任務。
依頼冒険者指定、今一色 翔。




