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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第141話 分かれ道の色

 ローブの魔術を起動しながら足早にリーフェの家へと向かう翔とレギナ。見ればリーフェの家の周りには騎士団らしき人影が複数見える。ここまでの陸路、誰にも気づかれないように街に入ったつもりだったが、一体どこでバレたのかと思考を巡らす翔。


「ショウ、貴殿は家の裏から。私は正面に回る」


「了解です」


 レギナは騎士団とおそらく交渉をするつもりなのだろう。そう思い、レギナに言われるがままリーフェの家の裏側、昔温泉を作った場所に翔は回り込みソッと裏口の扉を開けて家の中に入り込む。


「っ! ショウさんっ!」


「シーっ、どういう状況か説明してロザリーちゃん」


 裏口を開けて入ってすぐのキッチンに隠れていたロザリーが翔の姿を見るなり声を上げる。咄嗟に彼女の口を手で塞ぎ、ロザリーに事の経緯について説明をさせる。


 事の経緯としては、リーフェの家の掃除をアンナと一緒にしようとしていたところ、遠くから騎士団の人間らしき姿が見えたため身を潜めていたところだという。ノワイエでの一件以来、騎士団らしき姿や不用意に近づいてくる人間を見たら隠れる、もしくは翔やレギナに助けを求めるように指示を出してある。


「ということは、あいつらはまだロザリーちゃんとアンナさんに気づいていないんだね」


「うん。多分」


「わかった、ありがとう。ロザリーちゃんはこのまま隠れてて」


 無言でうなづく彼女を見て、レギナの様子を心配する翔。玄関先のそばの窓からゆっくりと顔をのぞかせレギナと騎士団の交渉を見守る。だが、交渉がうまく行っていないのか、レギナが時折声を荒げる様子が見える。


 状況は最悪である。


 騎士団からしてみれば、一年半も行方がわからなくなっていた人間がいきなり現れ隊長を名乗っている状況であり、そんな人間の言うことなど信じるに値しないだろう。それでも交渉役に出てくれただけでもありがたい話だった。


 しかし、最悪な状況はより一層最悪な方向へと向かってゆく。


 騎士団がレギナに向けて剣を突きつけ始めたのだ。


「マズ……っ!」


 思わず家から飛び出す翔、突然開いた扉に驚いた表情した騎士団数人。ローブの魔術を解除し、虚空から現れた翔の姿にさらに驚いた表情をする騎士団。


 交渉は明らかに決裂。


 それは振り返ってこちらを見ていたレギナの表情からも窺える。


「おい、あんたらの狙いは僕だろう。まさか騎士団であって僕の顔を見間違えた、なんてことはないだろうな」


「……ショウ」


「あんたらの隊長を攫った、今一色 翔だよ。ここで捕らえておいたらあんたらの株も上がるかもしれないぜ?」


「ショウ、待て」


 あえて騎士団を煽りに行く翔だったが、それを止めるレギナ。明らかに様子がおかしいのは騎士団の方だった。ここまで翔が煽っていたのにも関わらず、騎士団はどこか素っ頓狂な顔をしているのだ。


 王都騎士団九番隊の人間の前でレギナを打ち負かし、堂々と彼女を攫った犯人が目の前にいるのにも関わらずにだ。普通なら憤慨して襲いかかってもおかしくない。


 その答えは至ってシンプルだ。

 

「彼らは九番隊じゃない」


「……え?」


 レギナの鋭い目が仁王立ちする騎士団に向けられる。


「貴公ら、どこの所属だ。それに身につけている装備、それは王都の一番隊に一番近いが、その鎧姿を私はアエストゥスの温泉街で見ている」


「……あ」


 アエストゥスの温泉街での火災。その場に居合わせた王都聖典教会の人間が身につけていた鎧と酷似していたのだ。


「貴公ら、王都聖典教会の人間か?」


「確かに、正しいが。正確に言えば違う、とでも言っておきましょうか」


 レギナの問いかけに、騎士団の後ろから答えが返ってくる。その声が聞こえた瞬間、騎士団は抜いた剣を鞘に納め、隊列を組み一本の道を作る。


 その道の向こう側にいた人物。その人物の声に翔は聞き覚えがあった。


「アラン……」


「お久しぶりです。隊長……いや、今は違いますか」


 金髪の軍人らしく整った顔をした騎士、アラン=アルクスがそこに真っ直ぐとレギナのことを見つめがら立っていた。それだけならまだ良かったかもしれない、だが彼の両手には武器が握られていた。


 レギナはその正体に気づいていない、そもそも武器として認知しているかどうかもわからない。だが翔はその武器の正体を知っている。


「貴女を追いかけるのには苦労しました。おそらく隣に立っている男の入れ知恵もあったのでしょうが、リュイでローウェンと接触したのを最後に消息がわからなくなっていましたからね」


「なら、どうして私たちがここにいるとわかった。アラン」


「パイプラインはいろんなとこにあるんです。少なくとも、一ヶ月前にはイニティウムに向かっているとわかってはいました。最も、ここに駐在していた一番隊を退かすのは苦労しましたがね」


 警戒しながらイニティウムに戻ってきたつもりだったが、やはり詰めが甘かったらしいと翔は反省するのと同時に、後ろの家にいるロザリーとアンナのことが気がかりだった。おそらくそこまで情報が漏れているのであれば、ロザリーが無色であることも漏れていて不思議ではない。


 このまま、彼らを生かしておけば後ろにいる二人に危害が及ぶことは目に見えている。


 ゆっくりとパレットソードに手が伸びる翔。


「それにしても。私が不在の間に、随分と新人が増えたようだな」


「それはそうでしょうね、なにせ九番隊はもう存在しないんですから」


「……なに?」


 レギナの警戒が一瞬解ける。その瞬間、アランは目にも止まらない速さで両手に構えていた武器をレギナに向けて放つ。


 それは見まごうことない二丁の回転式リボルバー拳銃だった。


『スクトゥムっ!』


 咄嗟に翔は鞘を盾に展開、飛来する銃弾を防ぎレギナのことを守る。しかし、そのうちの一つを防ぎ切ることができなかったのかレギナは肩から血を流している。


「レギナさんっ! ワンツーで家の中に入りますよっ!」


「あぁっ!」


「行きますっ! ワン、ツーっ!」


 盾を後ろに構えながらリーフェの家の中に飛び込む翔とレギナ。玄関を間に挟んで翔とレギナが相手の様子を伺う。拳銃を持っているのはアランだけではなく、どうやら他の騎士団も装備しているようだった。


「レギナさん、怪我はっ!?」


「あぁ。この程度ならまだ軽いほうだっ!」


「ならいいんですけどっ! くそっ、リーフェさんの家に穴が……っ!」


 思い出の家が戦場になる。全く想定していなかった事態に翔は混乱していたが、それ以上に大事な思い出を踏み躙られたようで怒りを感じていた。


「ロザリーとアンナはっ!?」


「まだ隠れているはずです。馬車で逃げようにも詠まれている……っ」


 『よな』と翔が言おうとした瞬間、銃声と馬のいななき声が聞こえる。おそらく先回りして、置いてきた馬車に繋いでおいた馬を殺したのだろう。


 完全に退路は絶たれた。


 その間にも銃声が絶えず響き、リーフェの家を穴だらけにしてゆく。


「レギナさん、戦えますかっ!?」


「利き肩をやられてる、くそっ。相変わらず腕のいいやつだ」


 レギナは自分の肩に貫通せずに残っている弾丸を無理やり指で抉り出し床に放り投げると止血するために服の一部を破いて肩に巻いている。この調子では彼女は万全に戦うことはできないだろう。ここで無理に戦わせれば最悪な結果になりかねない。


 なら、自分が出るしかない。


 少なくとも、自分が前に出ればロザリーとアンナが逃げる時間を稼ぐことはできる。最悪ギルドに立てこもっていればメリーが協力してくれる可能性がある。


「自分が前に出ますっ! レギナさんは二人を連れてギルドまでっ!」


「了解っ!」


「チョーカーは起動させておいてくださいっ!」


 前線からレギナが離れる。翔は深く呼吸を何度も繰り返し、パレットソードの柄を握り締め赤の精霊石に接続する。


『お、出番か?』


「あぁ。ひと暴れするぞ。派手にな」


『了解っ! いいねぇ、いいねぇっ! 久々に腕が鳴るってもんだ』


 脳内に聞こえてくるサリーはひどく楽しそうだった。確かに久々の出番には違いない、そんな彼の声に少しだけ励まされてるような気がして、こんな状況であっても少しだけ自分の頬が釣り上がるのを感じた。


「よっしゃ、いくぞっ!」


 大事な家をボロボロにされた、


 大事な思い出を踏み躙られた、


 大事な人を傷つけた。


 怒るには十分すぎる。


『炎下統一っ!』


 玄関から飛び出すのと同時に、炎が翔を包み込み一気にその体を赤く染め上げてゆく。銃弾は、翔に届く寸前で蒸発し届くことはない。


 一気に『炎下統一』を振り払うのと同時に炎の刃が騎士団に襲いかかり、リーフェの家と庭以外を炎の赤で染め上げてゆく。その様子をアランは静観していたが、咄嗟に銃を構え翔に向けて数発放つ。


『今道四季流 剣技抜刀<夏> 風渡』


 飛んでくる弾丸を翔は振り払った抜刀で炎の壁を作り防いでゆく。銃弾は炎の壁を貫通することなく蒸発して消えてゆき、炎の壁の向こう側で翔とアランが睨み合う。


「なんでレギナさんを殺そうとした、守れって言ったのはあんたの命令だろう」


「あぁ。だが、あれはもう用済みだ」


「用済み、か」


「あぁ、そうだ」


 その返事を聞いただけで、この男を生かす価値はないと翔は判断した。両足に魔力を込め、炎とともにアランに向かって突進する。


 銃弾を装填し直し、再び翔に向けて発砲するアラン。同じように炎の壁を作り、銃弾を防ごうとした。


 しかし、


「っ!?」


 銃弾は蒸発しなかった。炎の壁を貫通するのを視認した頃には翔の腹部に穴が空いていた。そのあまりの激痛に思わず膝を突きかけるが、周りの騎士団がそれを見逃すはずがない。騎士団たちは剣を翔の頭蓋に向けて剣を振り下ろそうとするも、それを片腕で構えた翔の『炎下統一』で防ぐ。


『今道四季流 奥義一刀<夏> 清流昇りて夜月へと渡る』


 炎とともに舞い上がる翔の体と吹き飛ばされる騎士団。落下地点には未だに冷静な表情をしているアランがこちらに銃口を向けていた。


『今道四季流 奥義一刀<春> 雨垂れ散り咲く枝垂れ桜<狂>』


 体を何度も回転させながら破壊力を上げてゆく翔の刃。そこに向けて何度も銃弾を吐き出すアランの拳銃だったが落下してゆく翔の体を何度も貫いても止まることはない。


 しかし、一発の銃弾が翔の右肩に当たった瞬間、体全身が引き攣るような痺れが襲いかかり翔が狙っていたアランの頭蓋を大きく外して地面に『炎下統一』を叩きつける。体が痺れて動かない、何が起こっているのか理解できないまま、その場で動くことができない翔の頭にアランは銃口を突きつける。


「種明かしをしよう、装填している弾丸の種類を変えているだけのことだ。今、貴様に打ち込んだ弾丸は黄色の魔石を弾頭にしたもの。体に弾頭が残ってる限り魔石が体に電気を流し続ける」


「ギッ……、アンタの……っ! 目的はなんだ……っ!? 俺に……レギナさんを……守らせてっ! その上で一体何を……っ!」


「それを貴様が知ることはない。だが、ここまでの働きは褒めてやる。冒険者風情がよくここまで耐えた」


 『さよならだ』と、アランがリボルバーの激鉄を起こし、今まさに引き金が指にかかる。


 確実に死んだと思った。


 しかし、リーフェの墓のそばで死ねることを、どこか翔は嬉しく思っていた。


 そう、嬉しく思っていた。


 いや、嬉しくなんかない。


 このまま死ぬのか?


 このままメルトに会えないまま死ぬのか?


 いやだ、それだけはいやだ。


 彼女に逢いたい。その思いで、ここまで生き延びてきたんじゃなかったのか?


「いやだ……死にたくない……っ!」


 自然と言葉が口に出ていた。


 決めたのだ、他者の命を掬い上げる中に自分自身の命を含めることを。そして、自分はしなくてはならないことがまだたくさん残っているのだ。


 こんなところで、


 こんなところで、


 こんなところで、


「俺は、死ねないっ!」


『よく言った。イマイシキ ショウ』


 チョーカーからレギナの声が届いた。その瞬間、アランの銃口の先が翔の頭蓋から別の方向へと切り替わる。


 発砲、同時にアランの目の前で爆ぜ飛んだのはどこかの誰かが放った魔術の攻撃だった。痺れる体を無理やり動かし後ろへと翔は首を動かす、そこで翔の目に映ったのは林から出てくる大量の冒険者たちの姿だった。


 その数は総勢三十人以上。


『友軍を連れてきた。貴殿は家の中に避難しろ』


「レギナさん……っ、本当……っ!」


 体を痺れさせるのは短時間だけだったのか、しばらくすると最初に感じていたほどの痺れは感じない。すぐさま『炎下統一』を握り直し、アランに向けて振るう。


「っ!」


 咄嗟に身を躱わすアランだったが、その刀の切先がアランが自分自身を庇った右腕を軽く切り裂いたのを翔は刀の感触で感じ取っていた。少なくとも利き腕をこれで奪うことができた。

 

 腹部を押さえながらリーフェの家の中へよろよろと避難する翔、その姿を追いかけようとアランが動こうするも、翔を守るかのように動いた冒険者たちによって阻まれる。こうして始まった冒険者対騎士団、三十数名と十数名の小規模な戦いではあるのものの、この戦いに参加した冒険者のほとんどがイニティウムでの騎士団に対しての不満を募らせた者ばかりだった。


「ショウっ、生きてるか?」


「はい……、なんとか……」


「ロザリーとアンナはギルドに預けてきた。イニティウムのギルドで面倒を見てくれるそうだ」


「それはよかった……」


 ロザリーとアンナの処遇が決まったことに安堵しながら、翔はパレットソードの赤の精霊石の力を解き、青の精霊石であるウィーネの力に接続する。


「ウィーネさん……治癒をお願いします」


『また死にそうになってるっ! アンタバカじゃないのっ!?』


「今回は相手が悪かった……、飛び道具は無理だ……」


 パレットソードが槍に変化するのと同時に、翔の体を周囲の空気中の水分が傷を負った場所を覆い治癒し始める。傷口が塞がるのと同時に、体に入り込んでいた弾丸も排出されていく。


「ウィーネさん。レギナさんの治癒もお願いします」


『わかった、ついでだからねっ!』


 姿を現したウィーネがレギナの左肩に手を置き治癒を始める。これで、再び二人は動けるようになったわけだが。二人の考えていることは一緒だった。


「逃げましょうっ!」


「同感だ」


 翔が立ち上がるのと同時に、レギナもまたリーフェの家を飛び出す準備をする。向かう先は裏庭の出入り口である。


 互いに武器を構えたままリーフェの家を飛び出した翔とレギナ。その前で待ち構えていた騎士団を薙ぎ払ってゆきながら翔たちはどこまでも広がっている草原を駆け抜けてゆく。


「レギナさんっ! このあとはどうしますっ!?」


「知らんっ! 策なしっ!」


「ですよねっ!」


 並走しながら会話をするレギナと翔。その真横を魔術の攻撃や、銃弾や、矢が飛んでくる。このままでは追いつかれるのも時間の問題である。


「提案があるっ! このまま二手に別れれば戦力を分断できるっ!」


「わかりましたっ! そしてそのあとはっ!?」


「そのあとはないっ!」


「はいっ!?」


 別れた後のことを相談しようとしたところをレギナはどこか清々しい表情で翔の意見を真っ二つに切り裂いた。


「このままお別れだっ! これからは互いに別々の道をいくぞっ!」


「っ……! わかりましたっ!」


「だが、それでも貴殿とはまた会うような気がしてならないがなっ!」


 互いにローブを被る。


 これで、彼女と会うのは最後かもしれない。いつかはこんな日がやってくるとは思っていたが、まさか今日来るとは思っていなかった。


「貴殿なら大丈夫だ。死ぬなっ!」


「はいっ! レギナさんも……っ!」


「あぁ。いいかっ! ワンツーでそれぞれ反対方向に向かって走るぞっ!」


「はいっ!」


 ワン、


 ツー、


 ローブの魔術を起動。その瞬間、二人の存在は世界から消える。


 それぞれ反対の方向へと向かって走ってゆく翔とレギナ。反対の方向を走ってゆくレギナの後ろ姿を目で追いながら、相も変わらずなんて真っ直ぐな背中なのだろうと感じてしまう。


 その後ろ姿に迷いはない。


 でも自分は、これからも迷ってゆくだろう。けれども、決して向かう場所だけは間違えない。


 まっすぐ生きよう


 この旅で得たものを、無駄にしないために。

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