表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
141/201

第140話 通過点の色

 何もかもが懐かしい、そう翔は思えた。一年と半年。逃げ回るだけの日々の中で色々とあり、イニティウムの空気、そしてかつてはリーフェと共に暮らした家を遠くで見るだけでも涙が溢れそうだった。


 しかし、ここが終着点ではない。


 ここはあくまで通過点だ。


「ロザリーちゃん、アンナさん。ここの家で少し待っててください、僕たちはギルドに行ってきます」


 リーフェの家には鍵はかけられておらず、予想どおり空っぽのままだった。ほとんど何も手をつけられていない家の中は少しだけ埃っぽくなっており、その空気感だけでも長い時間が経ったのだと理解する。


 ロザリーとアンナを家に残しレギナと翔はギルドへと向かうためにローブを羽織って外へと出る。


 庭先に出ると、そこには小さな墓石があり


『リーフェ=アルステイン 享年二百十六歳 歩けなかった道にも、きっと花は咲く』


 と刻まれていた。


 その前に跪く翔。普段雑用品などを入れている袋の中から小さな袋を取り出し、そこから一房の一切汚れのない綺麗な翡翠色の髪を取り出す。それは、リーフェとの別れ際に渡された形見である髪だった。


「リーフェさん……ただいま……」


 墓石に問いかける翔、当然ながら言葉は帰ってこない。ふと足元を見ればまだ新しい花束が数束供えられている。いまだに彼女が街から愛されていることが理解できた。


「僕……、何て言えばいいかな……。この一年半で色々ありましたよ。たくさんの人と会って……たくさんの人に助けられて、そして……たくさんの人を傷つけて」


 そう。たくさんの人を傷つけてきた。


 この手で、守るための力で。


 その道を選んだことを後悔していないといえば嘘になる。でも、決めたことはただ一つだけ。


 それは迷いながらも、自分の思う正しい道を貫き通すということ。


 この答えを導き出すことができたのは、他の誰でもない。隣に立っているレギナのおかげだ。この出した答えが、どのような結果を結ぶのかはわからない、けど多くの人をこの手で救う、無色の人間が生きていてもいいと思える世界を作る。


 その道が間違いなはずがない。


 そして、それはきっと彼女も。


 形見の髪を解き、手を開く。どこからともなく、風がやってきて自由になったそれは風に飛ばされてどこまでも遠く、遠くへと飛んで消えてった。


「ありがとう、リーフェさん。僕も、前に進みます」


 あの日、何もかもに絶望したあの日。


 あの時から、少しでも前に進めているのなら。


 あの時の絶望は無駄じゃなかったはずだ。


「終わったか?」


「えぇ。この街に戻ってきた最初の目的は達成できました」


 レギナの問いかけに答える翔。ゆっくりと立ち上がり、次に向かうべき場所へと足を進める。何度通ったかわからない、リーフェの家からギルドへと向かう道。その道を翔とレギナはローブに魔力を通して歩いている。


 不思議な気分だ。と翔は思っていた。自分の街に帰ってきたのに、自分の街から拒絶されているかのような感覚だった。時折通りがかる人間の中には騎士団のものと思われる人物がいた、見つかったら厄介なことになるのは目に見えている。


 街の様子は、以前とほとんど変わらない程に復興を遂げていた。ところどころ戦いの痕跡が残っている場所はあるものの、その街に暮らす人々の活気や生活の循環はかつて激戦の地であったことを思い出させないほど見違えるように綺麗に整備されていた。


 ガルシアが行きつけにしていた酒屋も、街の中心の井戸も、地面に絵を描く子供の姿も、自分が初めてこの世界に来た時と変わらない。


 きっとその立役者になったのは、間違いなくメルトの活躍のおかげだろうと翔は思った。彼女がこの街を愛し、そしてそこで暮らしていた人を愛していたことがわかるような思いだった。


「……っ」


 自然と足が速くなる。


 彼女の待つギルドへ、


 彼女の待つギルドへ、


 彼女の待つギルドへ、


 帰りを待ってくれている彼女の元へ、


「あった……っ!」


 ギルドは、相変わらず山に入る時に立ち寄る事務所のようで、そしていつでも自分たちを暖かく向かい入れてくれる空気感は相変わらずだった。


 ただ一つ、入り口にかけられた看板を除いて。


『ただいま、ギルドは責任者不在のため、本部から人員が派遣されるまで冒険者の皆様はお待ちください』


「……責任者……不在?」


 一瞬だけ意味がわからなかった。順当にいけば、ギルドの責任者はメルトになるはずである。それが、なぜ不在なのかが理解できなかった。


 中に入ることもできず、しばらくその場で呆然と立ち尽くす翔とレギナ。


 ふと、背後に人の気配を感じる。思わず振り返り、メルトが来たのかもしれないと翔は期待したが、背後から近づいてきたのは頭に羊の角を生やした白いパーマーを施した頭をした獣人の女性だった。


 今、他人から認識することのできない翔とレギナは彼女の動作を目で追うが懐から鍵を取り出し、扉を開けるところまで見て彼女がギルドの関係者であることがわかった。


「メルトさん……っ」


「おいっ! ショウっ!」


 思わずローブをレギナに向けて投げ捨てギルドの中へと入り込む翔。大きな音を立てて中に入ったせいか、羊の獣人の女性は一瞬びっくりしたかのようにこちらに顔を向けており、しばらく互いを見つめ合う。


「あ……、その……。ギルド、再開したんですよね……?」


「え……あ、はい。そうなんです、この度は誠にご迷惑をおかけしました。その……冒険者の方……ですよね?」


「そう、です。はい……」


 深々と頭を下げる彼女に翔は何も言えず、翔はしばらくその場に呆然と立ち尽くすも、奥から誰かがやってくるような気配はない。


「すみません。ここに、メルト=クラークさんという方が働いていたと思うんですけど……、その方は今……どこに?」


「あ、はい。少々お待ちいただけますか?」


 そう言って彼女は受付の裏側まで行き、大きな台帳を取り出して翔の元へと戻ってくる。その雰囲気からして、翔は嫌な予感しかしなかった。


「ちなみに何ですけど。ギルド証はお持ちでしょうか?」


「はい、すみません少し待ってください……」


 そう言って袋の中を漁り、彼女に差し出したのはここのイニティウム発行のギルド証である。そしてそこに書かれた名前を見て彼女の目の色が変わる。それもそのはずである。そこに書かれている名前は、このイニティウムにもいくつか貼られていた指名手配犯の名前と全く同じだからだ。


「イマイシキ ショウさんで……間違いないんですね?」


「通報してもらっても構いません。ただ、彼女がどこにいるかだけ聞きたいんです。お願いします」


 深々と頭を下げる翔。若干高圧的に出てしまったが、内心焦っていたのもある。事実、通報されてしまえば翔とレギナは間違いなく騎士団に捕えられてしまう上に、ロザリーとアンナを危険に晒すことになってしまう。


 しかし、そんな焦っている翔の思いとは裏腹に、目の前の彼女は穏やかに笑ってギルド証を返してきた。


「お話は伺っています。この街を救うために、最後まで戦った方ですよね? 通報なんてしませんよ」


「え……?」


「ギルド本部では有名な話です。それに、あなたの話をメルトさんからたくさん聞きましたから」


 そう言って彼女は一瞬、その場を離れギルドの事務所のある奥の方へと向かうと一通の手紙を持って戻ってきた。


「……これは?」


「メルトさんが、もし。あなたが帰ってきたら渡して欲しいと、そう言って預かっていた手紙になります。もちろん中身は見ていません」


「……開けても?」


 無言で頷く彼女。そんな彼女の目の前で、便箋に綺麗に書かれた『イマイシキ ショウ様へ』というメルトの文字を確認すると蝋封されていた封筒を開ける。


『親愛なるショウさんへ


 お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?


 私は、とある事情によりこの街を去らなくてはならなくなりました。


 一緒に戻る、何て約束をしていた手前、こんなことになったのは大変残念に思います。


 ショウさん、街はどうですか? だいぶ元どおりになっていると思います。あなたが守った街です。自分のことを責めないでください、リーフェ先輩と私はあなたのことを信じています。


 どんなに辛いことがあっても、生きて帰ってくるということを。そして、必ず、自分の無罪を証明してください。


 最後に、私のことは探さないでください。


 あなたのことをお慕いしていました。


 これからも健やかであることを、遠くよりお祈りしています。


                           メルト=クラーク』


 中身を読みながら、翔の涙がパタパタと手紙に伝う。一度は突き放してしまったのに、彼女からの一つ一つの言葉が心に突き刺さって抜けない。


「メルトさんは……、彼女は、今。一体……どこに……?」


「メルトさんは……きっと……」


 話は半年前に遡る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「二ヶ月の約束だ」


「はい....」


 ギルドの中で、私は受付に座りながらエギルお兄様と向かい合わせで座っていた。そして、お兄様の背後には騎士団に所属している伝からか、二人ほど騎士団の人間が立っていました。おそらくお兄様の部下でしょう。


「イニティウムの街の復興は、現段階で八割を終えている。街に戻ってきた住人もほとんどと言っても過言ではない」


「では....っ」


「だが、十分とは言えない。現在でも使えない施設はあり、そして物の流通も良いとは言いがたい状況だ。これでは、十年も経たないうちにまたつまずくだろう」


 何も言い返せなくなった私は、目の前で机の上に放られた資料をただ眺めていた。お兄様の言う通りだった。


 いくら街の外観や、人が戻ってきたとしても物の流通が風評被害によって回復しなかったら、また街は元の襲撃があった時と同じ状況になってしまう。復興というのは現状をどうにかするのではなく、いかに未来に繋げるのかが重要な作業なのだ。


 自分も、そしてお兄様もわかっていることだった。


 そして、わかっていながら。自分は失敗したのである。


「……っ」


「メルト。お前はよくやった、破壊し尽くされた街並みを復元し、ここまで住民を戻したのは賞賛に値する。だが……約束は約束だ」


 悔しさのあまりに、爪が膝に食い込む。食いしばった八重歯が唇に刺さり、血が出た。両目から涙がこぼれ、資料にパタパタと落ちる。


 努力をした。


 街に住民が戻るよう、催しも企画した。


 首都にまで出て、補助金を増やすように説得してくれたコロン支部長に報いるため、前線に出て街の外観を戻す作業をした。


 流通をよくするため、今まであった他の町とのパイプラインの復元とともに、魔物の出現が少ないルートを見つけるために、この足で探索も行った。


 それなのに、


 それなのに……っ。


「あとっ、あと一ヶ月っ! いただけませんかっ!?」


「ダメだ」


「そん……なっ」


 無情に下された決定に争うことはできなかった。


 目の前でお兄様が立ち上がる音が聞こえる。


「どうしてこの街にいたい、いずれこの街も風評の波に飲まれるだろう。ならどうして……」


「それはっ! あの人たちがっ、ショウさんがっ、ガルシアさんがっ、リーフェ先輩がっ、みんなが命がけで守った街だからですっ!」


 ここを離れてはいけない。


 ここは、今の自分を創ってくれた人たちが住んでいて、命がけで守った街だったからっ。


 自分はあの人が帰るまでここにいなきゃいけないんだ。


 ちゃんと、元どおりにして、私はここで彼を出迎えなきゃ。


 いや、出迎えたいんだっ。


「私はショウさんが帰ってくるまで、ここを離れたくないですっ!」


「ショウ。聞いた名前だが、確かこの街を守ろうとして戦った冒険者の名前だったろう」


「はい……っ」


 今、いたるところでショウさんの指名手配書を見るようになった。この街にも不本意ではあったが張らざるを負えない状態ではある。騎士団であるお兄様が知らないはずがなかった。


 そして、


「惚れてるのか」


「惚れ……っ」


 突然出てきた言葉に思わず反応をしてしまった。流れていた涙も急に止まる勢いだった。まっすぐこちらを見るお兄様の顔は若干不愉快そうに歪んでいるのがわかる。そして、顔を真っ赤にしてうつむいている姿を見たお兄様は、長いため息をついた。


「その男、指名手配犯だろう。ましてや、騎士団の妹であろうお前が、犯罪者のために街の復興を行ったとは、情けない話だ」


「ショウさんはこの街を救った英雄ですっ、なんでそんなことを……っ」


「王都が決定したことだ。偽りはない、彼は犯罪者だ」


 ショウさんは犯罪者。そんな虚実が突きつけられる、覆そうとしてもそれはあまりにも大きな力でねじ伏せられている偽りだった。


「メルト、その男はここに帰ってくるのだろう」


「はい……っ、絶対に帰ってきます。約束しましたからっ」


 そう、絶対に帰ってくる。


 絶対に……っ


 いや……


「ならば、ここに私の部隊をひとつ置いておけば。彼を捕らえることが可能ということになるな」


「っ!」 


 そうなるはずだ。


 騎士団のであるお兄様の部隊がここにいれば、帰ってきたショウさんを捕まえることができる。


 そうなれば、ショウさんはまた……


「手紙を……手紙を書かせてください……っ」


「……いいだろう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ことのあらましを、彼女は翔に語ってくれた。どうやら、そのエギルという男がメルトのことを連れて行ったということだった。詳細についてはわからないが、彼女を連れて行ったのは騎士団の一人で貴族のような出立ちをしていたという。


「……わかりました。色々と教えてくれてありがとうございます」


「いえ、私は何もできなかったですから……それと。少しお待ちください、ギルド証をお預かりしても?」


 翔からギルド証を受け取ると彼女は再びギルドの受付に戻り数分作業をしたかと思うと、再び翔の元へと戻ってきた。


「こちらをどうぞ」


「これは……、え? Sランク?」


 戻ってきたギルド証にはここ一年半一回も更新してなくCランク冒険者であったのだが、いきなりランクが大幅に上乗せされている。


 ましてやSランク冒険者ともなれば、国からの討伐依頼を引き受けることも可能な優秀な冒険者のことを指す。

 

「今回。イニティウムの街を最前線で防衛したことよる功績で、ランクを上げさせていただきました。もちろん、各所ギルドでこちらを見せていただければSランクの依頼を受けることも可能ですし、ランクによる定期手当ということでおそらく一年半分のお金をギルドから受け取ることも可能です」


「でも……なんで? 自分は犯罪者みたいなものですよ?」


「ギルドは王都から独立した組織です。王都の決定であろうとも、ギルドの決定でショウさんを守ると決定したからにはギルドは徹底的にショウさんのバックアップをさせていただきます」


 そう言って深々と頭を下げる彼女の言葉を聞いて、これほどにも強力な後ろ盾があったことに驚くのと同時に、きっとそのように動いてくれたメルトに対し感謝の念で胸がいっぱいになった。


「ありがとうございました。イニティウムを、これからもよろしくお願いします」


「はい。イマイシキ様、これからも末長くギルドをよろしくお願いします」


「えぇ。ちなみに、お名前を伺っても?」


「私ですか? 私はメリーと申します」


「メリーさん……。ありがとう」


 そう言ってギルドの扉を抜ける翔。外では、レギナが腕を組み翔が出るのを待っていた。当然ローブの魔力を通した状態のままである。


「終わりました。行きましょう」


「あぁ。それで、愛しの彼女はいたのか?」


「愛しのって……、彼女はいませんでした。ただ、騎士団の人間が絡んでいるようです。レギナさん、『エギル』って名前をご存知ないですか?」


 リーフェの家に向かう途中で、エギルという人物の名前について翔はレギナに尋ねる。少しだけ考え込んだ彼女だったが、すぐにエギルという名前にピンときたらしい。


「エギル=グラウス。王都騎士団一番隊の獣人で王宮剣術指南役を務める王都の中でも特に有名な名門貴族だ」


「そんな人が何で、メルトさんに……」


「話を聞いた限りでは血縁関係らしいそうだが、確かあの男。何かの話の折に妹がいるなんて話をしていたことがあったな」


「ちなみに。猫の獣人でしたか?」


「いや。彼は狼の獣人だ」


「となると血縁関係は……?」


「貴族は色々とややこしい。中には血族に恵まれず、養子とることもあり得る」


 街を抜け、リーフェの家へと帰る途中。雲行きが徐々に怪しくなってゆき、雨の匂いが強くなってきた。と、同時にリーフェの家の周囲が何やら騒がしいことになっていることに気づく。


「ショウ」


「はいっ」


 次回、第三章終幕。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ