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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第133話 風邪の色

 翌朝、誰かの空咳で翔は目を覚ます。すでに朝日は昇っていてカーテンの隙間から溢れる日差しが部屋の中を明るく照らしている。体を起こし、大きく伸びをしながら空咳をしている者を探し出す。


 そもそも、この部屋には自分以外の人間は一人しかいないのだが。


「レギナさん? 大丈夫ですか?」


「ごほっ……あぁ。大丈夫だ、水を飲んでむせて、ごほっ……」


 コップを持ちながらレギナはベットの端に腰をかけていたが、その顔色を見る限りただ水を飲んでむせたわけではないように翔は見えた。


「レギナさん、ちょっと失礼」


「失礼するな、よせ。やめろ」


「それでも」


 嫌がるそぶりをするが、そこにいつもの覇気は感じない。自分の額をレギナの額に無理やり当てる。そこから感じる温度で、疑惑が確信に変わった。


「レギナさん、風邪ですよ。これ」


「私は平気だ……、それに。ここに長居するのは危ない……」


「そうは言っても、風邪をひいている人間を連れ回す方が逆に危ないですよ。下に行って宿泊日数を伸ばせるかどうか話してきます」


「……」


 無言のレギナ。沈黙は肯定を意味すものとし、レギナから額を離し、ドアへと向かおうと思った、その時だった。


「……すみません。ごゆっくり……」


「ちょっ! ロザリーちゃんっ! 誤解っ! 誤解だからっ!」


 よりにもよって耳年増の十歳の少女に、今の光景を見られたのではたまったものではない。すぐさま否定しながら扉をソッと閉めるロザリーのことを追いかけ、事情を説明することとなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はい、これお薬ね。なんだ、せっかく二人がイチャイチャしてるところが観れると思ったのに」


「……僕たちはそういう関係じゃないんだ」


「でも、あんなに仲がいいのに? 私知ってるけど、男女の友情なんて脆くて儚いのよ」


「君、本当はいくつなんだい……?」


 一階のカフェテリアでロザリーから手渡された薬を片手に、本気で目の前の少女が十歳ではなくて本当は人生経験を積みまくった三十代の女性なのではないかと翔は疑い始めた頃だった。


 そんな彼女は今、鞄を背負い昨日のエプロン姿とは違ってどこかの制服のような者を着込んでいる。


「ロザリーちゃんはこれから学校?」


「そう。革命戦争のおかげで私たちみたいな平民でも無償で学校に通えるようになったから。私、ここに住んでる人たちみたいな魔術師みたいになるのが夢なんだ」


 キラキラした目で語るロザリーを前に、翔はどこか複雑な心境を覚える。今まで見てきた魔術師が碌でもないものだったというのもそうだが、街で売られていたエルフの死体を解体したような物を売りに出している姿を目にしているせいか、魔術師に対してちょっとした偏見を持ち始めているところだった。


「ロザリーちゃんは、どうして魔術師になりたいの?」


「ん? それはね、魔術師で一番偉い人になってお金をたくさん貯めて、琥珀亭を本当にこの街の五本指に入るくらいの大きな宿にするのが夢なんだっ!」


「……そうか。なら、たくさん勉強しないとだね」


 自分の夢を堂々と語ることのできる、この子ならばきっと大丈夫だろう。きっと、あのような外道には落ちないはずだ。そう感じた翔は、少しだけ微笑みながら出された紅茶を一口含む。


「うんっ! でも、私。まだ色がわからないからなのかもだけど。魔法が使えないんだ」


「そうなんだ……、もしかしたらだけど。ものすごく珍しい色なのかもしれないよ?」


「えぇ、そうだったらいいなぁ。基本的な色って赤と青と緑と黄色でしょ。それ以外珍しい色だと……空色とかっ!」


「へぇ、そんな色もあるんだ。僕は、あんまり魔術は得意じゃないから」


「カケルさんは何色なの?」


「僕? 僕は緑だよ」


「そうなんだ。緑だとエルフの人とかが多いイメージだけど、生活に使うことのできる魔法なんだからカケルさんも勉強してみたら?」


「そうだね。考えておくよ」


 と。そこまで話をしたところで、奥の厨房でアンナがロザリーに早く学校に向かうようにと促す。少しだけ残念と言った表情、気だるげに返事をしたのちロザリーは学校へと向かっていった。


 が、その前にだ。


 と、翔が腰に下げたパレットソードの柄を握り締め、赤の精霊石に接続する。その瞬間、翔の視界は赤く染まり目の前に見えている人物の色を見ることができるようになる。


 そして、不安は確信へと変わった。


「……まさかとは思ったけど」


 今まさに扉の前で笑顔を向けている少女。


 彼女の色は、


 無色だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「と、まぁ。ロザリーちゃん。彼女は無色です」


「……そうか。だからと言って、彼女をどうするかは。私たちの管轄外だ」


「確かにそうですが……」


 レギナにりんごのような果物をうさぎさんカットで切り分けながら翔は先ほど下で見たことの話をする。


 無色の人間であること。そして、すでに魔法が使えないことは知られてしまっているだろう。そうなれば王都聖典教会の人間が彼女のところへ来るのも時間の問題である。あの連中は手段を選ばないということを、翔とレギナはこれまでの経緯で十二分に理解していた。


「さて、と。レギナさん。薬を飲んで休みましょう」


「……やだ」


「……はい?」


 普段のレギナからは想像できないほど弱々しい声を翔は聞いた気がした。衝撃のあまり、聞き返してしまったが彼女は布団を深く被り完全に防御体制に入っている。


 これは、


「レギナさん……もしかして。薬、嫌い?」


「誰が好き好んであんな苦いものを飲むか。寝ておけば治る。捨ておけ」


「いや。飲まないと早く治りませんよ?」


「……嫌なものは嫌だ。飲めというなら徹底抗戦するぞ」


「いや、今のレギナさんだったら余裕で勝てそうなんですけど……」


 人は弱るとこんなにも変わってしまうのか、と半ば感心しながら彼女のことを見ていたが、そんな彼女を動かすことのできる唯一の方法を翔は知っている。


「あぁ、レギナさんに特別に、本当特別に料理を作ってあげようかなって思ってたんですけどねぇ……、いやぁ。残念だなぁ」


「……」


「風邪をひいたら、絶対に食べたくなるような料理なんだけど。いや、本当に残念です」


 無言のレギナ。この文言であれば効くだろうなと思っていたが、目論見が外れたかと思い、残念に思いながらその場を立ち去ろうとする翔。


 だったが、


「……わかった。飲めばいいんだろう。飲めば」


 翔がドアに手をかけようとした瞬間に、レギナが布団からゴソゴソと這い出てベットの横に置かれたテーブルの上に置いてある粉薬の入った小袋とコップに入った水を手に取る。レギナはまるでこれから戦場にでも向かうかのような形相で小袋の中を睨みつけると、勢いよく口の中に薬を運び一気に水を飲み干す。


「……苦い、まずい。最悪だ」


「良薬は口に苦しっていうんですよ。僕のいた国では」


「……貴殿のいた世界でも。薬はこんなに苦いのか?」


「……いや。自分のいた世界はそんなに薬が苦かったって記憶はないですね」


「……貴殿のいた世界は羨ましいな……」


「元気になったら、いくらでも話をしてあげますよ。自分のいた世界の話を」


「……そうか。だが、その前にだ」


 レギナはゆっくりと体を起こし、先ほどうさぎさんカットを施したリンゴを一個摘み口に入れ咀嚼し、飲み込むとまるで親の仇でも見るかのような目で翔のことを見ている。


「その、件の料理とやら。振る舞ってもらおうじゃないか?」


「……大丈夫です。任せてくださいっ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 とはいうもののだ、作るものは至ってシンプル。風邪をひいた時に胃をあんまり刺激せず、かつ消化効率のいい栄養のつく食べ物。


 それは『おじや』である。


 使う材料も至ってシンプル。


 ネギ、米のような穀物、鶏皮、卵、生姜のような味のする野菜、出汁を取るための鳥の骨、煮干し、塩を少々。


 以上である。


 そして現在、アンナさんの許可を得てキッチンで作業をしているわけだが、さすがは宿で大人数を相手するキッチン。広くて扱いやすい。まず初めに米のような穀物をあらかじめ炊いておき、その間に下準備で、ネギをみじん切り、生姜をすりおろして、鶏肉の皮は細かく切っておく。鍋に火を入れ、中に水を入れ沸騰させないよう火加減を調整しながら鳥の骨と煮干しを入れ出汁を取ってゆく。


 米が炊けたら、鍋の中の鳥の骨と煮干しを取り、しっかりと出汁が取れてるかを味見。もしそれでよければ炊いた米を茶碗一杯分入れ、下準備しておいた具材も一緒に投入し、弱火で沸々というくらいまで煮たたせたまにかき混ぜながら弱火で二、三十分煮込んで煮汁が半分ほどになったところで火を強火にし、かき卵を一気に流し込む。いい具合に卵が固まってきたら火を止めて。


 今一色家直伝、鶏皮おじやの完成である。


「すごく美味しいわねこれっ。今度レシピを教えてよっ!」


「えぇ、メモに残しておきます。キッチンお借しいただいてありがとうございます」


「いいのよいいのよ。にしても男で料理上手だなんて、カケルさん、絶対モテるでしょ」


「あはは……それは秘密ということで」


 そばで調理の様子を見ていたアンナには好評だったおじや。


 そして当然ながら、レギナもまた。


「……」


「美味しいですか?」


「……うまい」


「それはよかった。また作ってあげますから。ちゃんと薬は飲むんですよ、いいですね」


「……はい」


 素直に返事をするレギナを見て満足げに頷く翔。この様子であれば、明後日にでも出発することができるだろうと思った。


 その日の夕方である。


「カケルさん、ロザリーを見てない?」


「……いえ。そういえば朝見てから一度も見てないような……」


「そうよねぇ……とっくに帰ってきてる時間だと思うんだけど……」


「……」


 アンナの心配そうな表情を見る限りでは、ロザリーは普段道草を食うようなことをせずまっすぐ家に帰る子なのだろうと推測することができる。同時に、今朝見た彼女の色を鑑みて、悪い予感がふと頭をよぎる。


 まさか、


「……僕、ロザリーちゃん探しに行ってきますっ!」


「え、カケルさん!?」


 ローブを羽織り、一目散に琥珀亭をでる翔。


 彼の姿を追いかけたアンナの目にはすでに翔の姿は映っていなかった。


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