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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
133/201

第134話 琥珀亭の色

「お客さん、お名前は?」


「あ、あぁ。僕はカケル。彼女はレナさんっていうんだ」


「ふぅん。レナさんってよく聞くけど、カケル? さんはあんまりここでは聞かない名前だね」


「そうだね。よく言われるよ」


 少しだけ心は痛んだが、念の為に偽名を名乗っておく翔。ロザリーの後をついてゆく翔とレギナだったが、いまだに彼女がなぜ自分たちの姿を視認することができたかは謎である。だがしかし、困っていたのも事実であり不幸中の幸いとはまさにこのことを言うのだろうと勝手ながら翔は思っていた。


 街の建物の間を通り抜けると、一軒の店だけ暖かな灯りがついている。


「ここが私達家族のお宿『琥珀亭』だよっ! 冒険者さんはもちろん、魔術師さんも愛用するこの街で五本指には絶対入るお宿なんだっ!」


 えっへんとでもいいたげに胸を張りながら語るロザリーだったが、外見から見ても泊まられる人数は十数人が限界の宿、どう考えてもこの大都市で五本指に入るような宿には思えなかったが、こういった田舎臭い宿もまた悪くないなと翔は苦笑しながらロザリーの話を聞いていた。


 琥珀亭のドアを開けると、ベルの音がチリンと軽い音を立て客の入室を知らせる。入った瞬間思ったのは一階はレトロなカフェのような雰囲気があり、カウンター席の真向かいにある調理場では恰幅のいい女性が翔とレギナの来訪を歓迎してくれた。


「いらっしゃいっ、ロザリー。この人たちはお客さんかしら?」


「そうっ! レナさんとカケルさん。今日一泊したいんだって、朝食サービス付きで」


「了解よ、お客さん。ちょうど今この宿誰もお客さん泊まってなくてね。運がよかったねぇ、大部屋空いてるから、そこ使っちゃってよ」


 そう言いながらウィンクする女性とロザリー。髪の色とか顔立ちの特徴をみて、この二人は親子なんだろうと翔は勝手に想像したが、その考えは間違いではなさそうだ。


「……すみません。急に泊まるとか言い出したのに……」


「いいのよ、いいのよ。こっちもお客さん相手してなくて暇だったからさ。それよりも、お腹減ってない? 夕食まだだったら、軽い食事くらいなら作ってあげるよ」


「そんな、そこまでお世話になるわけには……」


 と、言い出す前にカフェの奥へと消えてゆく彼女の後ろ姿を引き止める翔の右手だけが虚しく虚空を彷徨っていた。ふと、そばを離れていたロザリーの姿を探すと、彼女はすでにカフェの真ん中の丸テーブルの上に二人分の食器を並べて準備をしていた。


 この宿は、酷く図々しいところはあるが決して嫌な感じではない。むしろ温かさを感じる。翔はこの温かさをどこか覚えている、忘れかけていた日常を思い出すような感覚になっていた。


「さぁさ、座ってお客さん。食事が来るまで時間があるから、その間にお客さんの冒険話を聞かせて欲しいなぁ」


 向かい合うようにテーブルに着く翔とレギナ。その間に挟まるようにしてニコニコと座るロザリー。と、ちょうどよく奥からやっていたロザリーの母親がビスケットと紅茶をそれぞれ持ってきてくれた。


 一口、ちょうど良い温かな紅茶を飲むと少しだけ凝り固まった緊張が解けるようだった。


「そうだなぁ……、海で海賊にあった話とか興味ある?」


「あるあるっ! 聞かせて聞かせてっ!」


「そう。あれはね、僕たちが国境越えで貿易船に忍び込んだ時の話なんだけど……」


 と、以前アエストゥスで忍び込んだ貿易船が実は海賊船で、そんな彼の船で実際に働いたり、他の貿易船と戦った話などをした。その時のロザリーの表情は十歳の年相応の顔をしており、話しているこちらとしても自分たちの冒険譚を喜んで聞いてくれているのは悪い気分じゃなかった。


 そんな長い話のような、短い話のような。不思議な時間の流れがティーカップに入った紅茶と皿の上に並べられていたビスケットの消費で目視できる頃合いになった時、ロザリーの母親がテーブルの上にたっぷりと盛られたミートボールスパゲッティを持ってきた。


「さぁさ。お二人さん、若いからこれくらい余裕でしょ? おかわりもあるから、たくさんお食べ」


「わぁ、うまそう。すみません、美味しくいただきます」


「冒険者にしちゃずいぶん礼儀正しいのね、あんた。そう言う男は嫌いじゃないよ。もし、手が空いてたらこの子の話に付き合ってちょうだいな。あ、ちなみに私はアンナっていうの。よろしくね」


「よろしくお願いします、アンナさん」


 鼻歌を歌いながらアンナは厨房の奥の方へと戻ってゆく。その姿は本当に楽しそうで、みているこちらまでもが楽しくなってゆく。ゆきずりではあったが、ここに泊まること決めて本当に良かったと翔は内心思っていた。


「最近、革命戦争があって。めっきりお客さんが来なくなってから、カケルさん達みたいなお客さんが来るの久々で、お母さん張り切ってるの。鬱陶しかったらいってね、ほどほどにしなっていうから」


「全然大丈夫だよ、気にかけてくれてありがとう。それにしても、ロザリーちゃんはしっかりしてるんだね。お母さんと二人でここのお店切り盛りしてるようだけど。お父さんはどうしたの?」


 ロザリーに翔が話を振ったが、一瞬だけ明るかったロザリーの表情が暗くなったように見えた。だが、再び笑顔に戻ると彼女は少し伏せ目がちに答える。


「お父さんはね、革命軍に入って……死んじゃったんだ。四年前」


「そう……、だったんだ。ごめんね、辛い話をさせちゃって」


 食事をしていたレギナの手が止まる。少なからずリュイの革命戦争の中心に立っていた人物でもある彼女にとっては聞き逃せない話だったのだろう。


「ロザリー……嬢。一つだけ言えるのはだ」


「レナさん?」


「家族の自由のために戦った。そのことは、決して後ろめたい事実でもなんでもない。貴女は、父上を誇っていい」


「……うんっ、ありがとうっ! レナさんっ!」


 どういう心境で彼女がその言葉を口にしたかはわからない。だが、その言葉がロザリーの心を少しでも動かすことができたのならば、彼女の気持ちを曇らすことのない唯一の光になるのであれば、それは同じ場で戦ったことのあるレギナにしかできないことだ。


 もちろん、それがレギナにとって呪縛になっていたとしても。


 そして、アンナも夫を失ってあれほど明るく振る舞っている姿を見て、強い人だなと翔は感じていた。


「さて、私は少し早いが床に着かせてもらおう。部屋を案内してくれないか? ロザリー嬢」


「レナさんって冒険者ってよりも騎士様みたいよね。女性なのに、かっこよくて羨ましいなぁ。あ、そうそう。これ、必要だったら使ってね」


「……あぁ。貰っておこう」


 レギナに耳打ちをし、こっそりとレギナに何かを渡すロザリー。一体何を渡したのかはわからないが、きっと自分には関係ないものだろうと翔は特段気にせず、自分の皿にスパゲッティーを盛る。


「カケルさんと同じ部屋でいいよね? 最上階の大部屋のスイートをご用意しておりますので」


 レギナの影響か、スカートの端を少し持ち上げて上品に振る舞っているロザリーの姿を横目に、目の前に盛られたミートボールスパゲッティに齧り付く翔。すでに慣れたことではあるが、いや慣れていること自体が異常なのだが女性とふたきりの空間にいても翔はあまり緊張しなくなっていた。


 翔の後ろの席の上へと続く階段をロザリーとレギナの姿を見て、二人が仲良くなったことを内心嬉しく思っていた。


「……あれ? レギナさん。食事残してる」


 ふと、反対側に座っていたレギナの前に盛られた皿の上を見ると彼女が自分で盛った食事を残していることに気づく。今日は昼を軽めに済ませていたので、普段の彼女の食欲ならば、今盛られているスパゲッティーくらいならばペロリと平らげてしまうだろう。


 少し不思議に思いながら、彼女の手をつけたスパゲッティーを自分の皿に移し口の中へと運ぶ。パワフルなニンニクの味と少し唐辛子で味付けの加えられたトマトソースが食欲をそそる。ミートボールも一度油に通しているのか表面がカリカリでこれまた食感を楽しむのに惜しみない工夫がされている。


 まさに豪快。アンナの性格がよく出ている料理だと思った。


「ご馳走様でした」


 両手を合わせ、出された食事を全て平らげ感謝を述べる翔。と、その時ちょうどロザリーが階段から降りてくる。


「あ、カケルさん。レナさんなら先に寝ちゃったよ」


「わかった。ありがとう、あと食事ありがとうってアンナさんに伝えといて」


「了解、あ。そうそう、例のものなら、レナさんに渡してあるから、心配しないでね」


「?」


 なんのことか理解ができず、首を傾げる翔を横目にロザリーはウィンクをしながら小声で『頑張って』とグーサインを出す。ますます訳がわからないまま、翔は琥珀亭の階段を登ってゆく。


 彼女曰く、最上階のスイートらしいのだが。確かに最上階には部屋が一つしかなく、大部屋であることは建物の構造上理解することはできた。


 『301』と書かれた扉をノックし、扉を開けると大きなベットの上で大の字になりながらレギナが横になっていた。ここまで彼女がなんの警戒心もなしにいるのも珍しい光景だと思った。


「……ショウか」


「えぇ。そういえば、食事残してましたけど。大丈夫ですか?」


「あぁ……、なんだか食欲がわかなくてな。済まない」


「自分が食べたんで大丈夫ですよ。それよりも、ロザリーちゃんから何を貰ったんですか?」


「……」


 しばらく無言のレギナ。そんな彼女が物臭げに懐から一枚の小さな封筒のようなものを取り出すとそれを翔に向けて放り投げる。封筒の中には何か小さいゴム状のものが入っているというのは触った感触でわかったが、それが一体なんなのかは翔にはわからなかった。


「……えっと。これは?」


「避妊具だ。私は使う機会はない、貴殿が持っていた方がいいだろう」


「いや、いやいやっ! あの子、あの歳で耳年増すぎだろ……っ」


 その場でしゃがみ込み、頭を抱える翔。ロザリーの余計な気の回し方で変にレギナのことを意識し始めてしまう翔。


 違う、自分には心に決めた人が。


「……先に寝る、ベットは一つだがこの広さなら貴殿も寝れるだろう」


「いや、レギナさん。俺は普通に床で寝ます。流石に……」


「……ベットで寝ろ。これ以上は言わない」


「……わかりました」


 有無を言わさない空気に、翔は荷物を下ろし、装備を外してからレギナの横で床に着く。やはり落ち着かないが、それでも目を閉じれば気恥ずかしさよりも疲れの方が勝り一気に睡魔に意識が飲み込まれてゆく。


 深く、深く、ゆっくりと。


 闇へ、落ちてゆく。

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