第129話 鎮魂の色
「どうだ、少しは扱い方は慣れたか?」
「……レギナさん、以前から思ってたんですけど。教え方下手って言われません?」
「私は私のやり方しか知らん」
痛いところを指摘されたのか、少しだけ剥れたような表情をしたレギナの表情が朝焼けに照らされて映し出される。その顔はゴブリンの返り血で汚れており、それを手で拭う姿を翔はどこか目で追ってしまう。
「私の顔に何かついてるか?」
「血がたくさん」
「……そういう貴殿も酷い格好だぞ。はぁ……アエストゥスの温泉街が恋しい」
「お互い様ですよ。さて、死体がまた増えちゃいましたね」
「そうだな。これだけの量となると少し片付けるのには人手がいるな」
ゴブリン、その他オークらを含めておおよそ三十数体を葬ったその地面には、夥しい量の死体が転がっている。これらを含め洞窟の中にあるエルフの死体も処理しなくてはならない。
だが、こういう時こそ役に立つ奴がいる。
「おい、サリー。久々の仕事だ、起きろよ」
『……ったく、久々に呼び出されたかと思ったら雑用かよ」
「うるさい。レギナさんの前に無理やり引っ張り出さないだけでもありがたいと思え」
『……はぁ、しょうがねぇ。力貸してやるから、さっさと剣を抜きな』
気だるそうに不貞腐れた声でサリーが答えると、弱々しくパレットソードの鞘にはめられた赤の精霊石が光り始める。すでに、契約の代償であるサリーの呪いはウィーネの力で抑えられているため自由に扱うことができる。全くもって便利になった物だと、内心パレットソードに愛着を持ち始めている翔だった
『炎下統一』
パレットソードを抜いた瞬間、翔の周辺を炎が立ち上り剣が刀へと姿を変える。真っ赤に染まった刀身を地面に突き出した瞬間、翔を中心に真っ赤なオーラが波紋のように広がってゆく。
その波紋に触れた死体が次々と炎に包まれてゆく。
「これで大丈夫でしょう。そう簡単に消えないはずですから、炎が骨まで焼き尽くしてくれますよ」
「そうだな……」
ゴブリンも、エルフも、人も、皆等しく骸となって燃えて、チリとなって消えてゆく。命だったものは皆、等しく燃えて消え去ってゆく。こういうのをなんというのだろうと、翔は頭の中で考えていたが頭に浮かぶふさわしい言葉が見つからなかった。
だが言えるのは、
「……虚しいですね、レギナさん」
「あぁ、本当にな……」
朝日に照らされて、赤色に染まったチリが空へと向かって消えてゆく。
そうだ、これをなんていうのかわかった。
この世は、平等に不平等だ。
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ローウェンによるエルフの村襲撃から早一週間、怪我人の治療がほとんど終わり、エルフの村の復興が徐々に始まろうとしていた。エルフの村で最初に行ったことは、死体に群がっていた魔物たちの処理だった。エルフの村に戻った人間のほとんどが怪我人だったため、また夥しい量の魔物と戦うことになったが、サリーとウィーネの精霊の力のおかげもあってか、処理自体にそう時間を要すことはなかった。
だが、死んだ者たちがそれで帰ってくるわけもない。
腐敗の進んだ死体の身元を確認する作業にさらに一週間以上、エルフの村で被害を受け、死亡した人数は三百人を超えるものだった、その中で生き残ったのは百数人。たとえ村が生き残ったとしても、そもそも生殖能力の低いエルフは他の村と合併しなければならないだろうとレースは語った。
「ショウさん、レギナさん。あなた方の尽力には感謝を……」
「そんな……、頭を上げてくださいレースさん。自分たちは……、自分は、自分の決着をつけただけです。それにみんなを巻き込んでしまった。そのせいで多くの人を……」
「それでも。あなたは、傷つきながら戦ってくれた。このエルフたちのために。違いますか?」
「それは……」
現在、エルフのツリーハウスの仮設住宅の中で翔とレギナ、そしてレースが互いに正座で向かい合って座っている。レースの落ち着いた声と、その姿に思わず納得をしてしまいそうになるが、そもそもの原因は自分自身にあると翔は十二分に理解していた。
それは、覆りようのない事実であり、あの時ローウェンにトドメをさしておけばこんな事態を招くことはなかった。自分の優柔不断さが招いた結果だというのは何度もレースには伝えていた。
それでも。レースは変わらない、柔らかな表情でこう答えるのだ。
『あなたは、本当に。どうしようもないほど、まっすぐで。そして、どこまでも深く深く、優しさに溢れている方なんですね』
その言葉を聞くたびに、何度も、何度も胸の奥が苦しくなり、何度も、何度も涙がこぼれそうになった。
「今日。豊穣の神のもとに向かわれたものたちの鎮魂祭を開きます。よければ、ぜひ参加していただきたい」
「……」
「確か、ショウさん。あなたは、料理をするのが得意だと聞いたことがあります。そちらの隊長さんから。よければ、皆さんに一つ振る舞ってくれませんか?」
「レギナさん……」
翔は横目で少しだけ睨むようにレギナを見るが、レギナの表情は変わらずレースの目をまっすぐ見つめている。だが、きっとこれは意図があってのことなのだろうと思い込むことにした。
鎮魂祭、集まったエルフとその他の獣人、人間を合わせて大体二百人ほどの人間に振る舞うお祭りのような料理。豊穣の神、言い換えれば食事や生活といった人間に欠かすことのできない物を守る神の祭典であるのならばそれにふさわしい料理を考えなくてはならない。
思案すること、十分ほど。
一つの料理が頭の中に浮かんだ。
「……たくさんのフライパン、米、そして魚介類とスパイス。あと野菜、用意できますか?」
「……ふむ。言われたものはできる限り用意させましょう。ちなみに、何を作ろうと思うんですか?」
「はい、自分が作る料理の名前は」
パエリアです。
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「はいっ! 押さないでくださいねっ! 順番にお願いしますっ! レギナさんっ! 奥から二番目のフライパンこげてるっ!」
「あ、あぁ。すまない」
「スープ余ってるのを少しだけ足しておいてください。終わったらこっちの手伝いお願いしますねっ!」
「わかった。すぐに行くっ」
現在、翔とレギナ。そして、料理に腕の覚えのある冒険者数人で、祭りに参加している二百人前のパエリアを回している最中だった。
さて、パエリアとは一体何か。それはいわばスペイン風の魚介炊き込みご飯と言ったらいいのだろうか。パエリアとはそもそもスペインのバレンシア地方の言葉で『フライパン』を意味する言葉だったらしい。故に、本場スペインでは巨大なフライパンでパエリアを振る舞うパエリア祭というものがあるとか、ないとか。
だが、豊穣の神を祀るエルフにとって具沢山のパエリアはまさに豊穣を象徴するようなものであり、そして何より大量に作ることを想定された料理であるため勝手がいい。我ながら見事なチョイスではないかと思っていた。現に、今翔達の前に並んでいるエルフ達の表情はどこか幸せそうだった。
一つ問題点があるとすれば、人手が圧倒的に足りないのと。予想外に、レギナの料理スキルが低かったことだろうか。
「ショウっ! こっちは配り終えたぞっ! 追加を頼むっ!」
「了解っ! 今新しいの作りますっ!」
分担としては、レギナがパエリアの火の番。三人の冒険者達にはひたすら食材の下処理をしてもらい、翔はその全てを担当しながらフライパンの中身をひたすらに小分けにしてエルフ達に分配していた。
「ショウさんっ!」
「リーフェさんっ! どうも、ごちゃごちゃしててすいませんっ! 今リーフェさんの分もよそいますから」
食事をするエルフたちをかき分けてやってきたのはリーフェだった。しかし、その様相は普段彼女がきているエルフの装束ではなく、まるで精霊のような肌の露出が激しい、まるで踊り子のような姿だった。
「私ねっ、今日鎮魂祭で舞を披露するのっ! もしそっちの仕事が終わりそう……には見えないけど。もし、もし余裕があったら見にきてっ!」
「わかりましたっ! 絶対に観に行きますっ!」
「約束よっ! あ。あと、私の分もそれちょうだいっ! 二人前っ!」
「了解っ! 少し待っててくださいねっ! レギナさんっ! パエリア二人前っ!」
すぐさまレギナが差し出してきたパエリアが盛りに盛られた皿をリーフェに手渡す。それを満足げに受け取った彼女は再び、エルフ達の群衆の中へと消えていった。
「行ってくるといい。ここは私に任せろ」
「……本当に大丈夫ですか?」
「好意を向けてる者の想いを無碍にするな。私は大丈夫だ、後ろに三人もついている。それに段々と勝手がわかってきた頃だ」
そう語るレギナだが、確かに手元を見れば多少はこの動きに慣れてきているような気がした。それに、後ろの冒険者三人もこちらを見ずにグーサインを出しながら安心して行ってこいと言わんばかりに背中で語っている。
ここまでお膳立てされて行かないわけにはいかないだろう。
腰に巻いていたエプロンを取り外し『すぐに戻ります』とだけ伝えてその場をあとにした。
ツリーハウスの間を歩いていくと、一際賑やかな音が鳴り響いている場所へと導かれるようにゆっくりと歩いてゆく。すでに、陽は落ちかけてオレンジ色の空に映えるように篝火が赤くステージを彩っている。
その中心で、彼女は舞っていた。
太鼓に笛、弦楽器といった具合に民族音楽のような変調でリズミカルな曲に合わせて彼女は女神のように舞っていた。周囲のエルフ達と同様、その姿に釘付けになってしまい呆然とその場に立ち尽くす。
舞は陽が沈んで行きかけていくごとに激しさを増していってゆき、徐々にフィナーレに近づいていることがわかる。それはまるで残りわずかな命を燃やし尽くして息絶え絶えになりながら舞っている彼女の姿を全員が固唾を飲んで見ている。
豊穣、太陽が昇り沈む。一日を生と死で表現したのがこの舞だということを後にリーフェから教わった。
陽が沈む、今日と言う一日が終わる。
太陽がこの世界から姿を消した瞬間。彼女もまた命を燃やし尽くしたかのようにその場に倒れ込む。その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こり翔もまた彼らと同様に惜しみない、拍手で彼女の名演を讃えた。
汗どっぷりとかき、皆からの声援に応えるリーフェ。彼女は徐にステージから降りるとまっすぐ翔の元へと向かう。
「ショウさんっ、見てくれたんですねっ! どうでしたっ!? 私綺麗でしたっ!?」
「えぇ。本当、見惚れるほどに綺麗でした。本当に」
赤く上気した頬でリーフェが迫るものだから、彼女の熱に翔は少しだけ気恥ずかしくなって思わず視線を外してしまう翔。
「あと、あの料理。パエリアっ! とてもおいしかったっ! ありがとうっ!」
「え? あれだけの量もう食べちゃったんですかっ!?」
「私こう見えても大食いなんだよっ! あと二皿いけるわねっ!」
そういってピースサインをしながらニッカリと笑う彼女を見て思い出した。
少しだけ、ほんの少しだけ忘れかけていた。大事な人のことを。
「ショウさん?」
「すみません……っ、ちょっと……っ。本当にすみません……っ」
涙が溢れて止まらなかった。
どこかで見てくれているんでしょうか?
今日は鎮魂祭。
また、あなたに会うことができたら。僕は。




