第128話 暴かれた色
シルに導かれるままに、洞窟の奥へと駆け出してゆく翔とリーフェ。そこには血の滲んだ包帯を体に巻いたレースが地面に寝ており、そしてそのそばでは正座でレースのことを見守っているレギナの姿があった。
「二人とも来たか」
「レースさん、目を覚ましたってシルちゃんから……」
「そうか。確か緑の精霊だったな。彼女の言う通り目を覚ましたが、今また昏睡状態に陥った状態だ。傷は完治していたとしても彼も相当歳を重ねたエルフだ、体を回復させるための体力が残ってないのだろう」
そう言ってレギナは後ろに立つリーフェのことを同意を得るかのようにみて、彼女の話に対して不本意ながらも相槌を打っていた。
と、レギナが話をしていたときだった。レースが深く息を吸ったかと思うと、ゆっくりと閉じていた目を開ける。
「レースさんっ!」
その姿を見たリーフェが翔の後ろから飛び出して彼の元へと駆け寄り手を握りしめる。そんな彼女の目は少し潤んでいて、彼のことを相当心配していたことが痛いほどに伝わった。
「リー……フェか……。どう、ですか? 他の……みんなは?」
「大丈夫。みんな生きてるっ、ショウさんのおかげでみんな生きてるよっ!」
「そう……ですか……。ショウ……さん、また。あなたに……助けられた……」
リーフェの言葉を一つ一つ飲み込むようにレースは天井を見上げたまま何度も頷く。きっと、リーフェの言葉が嘘だと言うことを理解しながら、何度も深く。
「そして、九番隊隊長殿……。あなたもまた……お世話になりました。最初にした無礼をどうか……、どうか……。お許しいただきた……い」
「過ぎたことを一々気に病んではいない。それに、貴殿のことを気遣っていたのは私の猜疑心からではない。単純に、このまま死なれては寝心地が悪かっただけのことだ」
「は……はは……。本当に、あなたは……強い人だ」
そう言いながら、起きあがろうとするレース。それを止めようとするリーフェだったが、そんな彼女の動きをレースは震える腕を持ち上げて静止させる。
「ショウさん……、どうか……近くまで……」
「……はい」
レースに招かれるまま、彼のそばへと寄る翔。その弱々しい姿は昔翔が事故にあった一登の元へと訪れた時のことを思い出させるようだった。
「……眠っている間。昔のことを思い出したのです……、私がまだ、幼い頃……そう。今貴方が腰につけている……剣の作者のことです……」
「記憶が戻ったんですか……っ!」
「はい……、はっきりと。あの頃……私は、まだ年端の行かない少年でした。場所はここリュイで……、確か……そう。彼は『白龍』を探していると言って……村に半年ほど滞在したのです……」
「白龍……」
以前、イニティウムで謎の鑑定士のステラ=ウィオーラに言われたパレットソードの腰のベルトの材質に使われていると言われていたものだ。彼の話が本当であれば、パレットソードの作者が探していた素材と一致する。
信憑性は相当高い。
「彼は……エルフと人間の間に生まれた、ハーフエルフでした。そして……全ての色が混ざり合うことなく単体の色として魔術を扱うことのできる……歴史上で唯一の『フルカラー』と呼ばれる、大魔術師でした」
「フルカラー……」
「彼は、リュイで一頭の白龍を……たった一人で討伐寸前まで追い込みました。そして、何もかもが終わった時、何も言わずに村を去っていった……」
「……教えてください、レースさん。そのパレットソードの作者の名前を」
「名前……そう。名前は」
ペンドラゴン、グラディウス=ペンドラゴン。
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「ペンドラゴンという名前なら、私は聞き覚えがある。というよりも、騎士団なら誰もが聞いたことがある名前だ」
「それは、なぜ?」
洞窟の外へ向かう途中、レギナと翔が先ほどのレースの会話について話をしていた。あのあと、レースは再び昏睡状態に陥り、現在リーフェが看病にあたっている最中だ。
「王都騎士団発足の先駆けとして先陣に立ち、そして騎士団発足から今に至るまで王都騎士団一番隊隊長を務める男の名前がサミュエル=ペンドラゴンだ。彼もまたハーフエルフで、かなりの年月を生きている人間だ」
「レギナさんは会った事があるんですか?」
「会ったことがあるも何も。私の剣の師匠だ、そして七歳の時から彼に育てられた、いわば父親のようなものだ」
「父親……ですか」
「あぁ、そうだ。血は繋がってないがな」
そう語るレギナの表情は少しだけ険しい。それもそのはずだ、聖典を信仰する身にとってみれば、今回の事実は父親同然の人間が隠してきていた事実を他人から開示されたようなものだ。複雑な心境になるのも無理はない。
「確か、王都には『王冠』があるって言ってましたよね。その作者はわかりますか?」
「『王冠』の作者は王都で王族の剣術指南を代々行ってきたグラウス家の初代が王都に献上したと聞いている。詳しい話は聖典の学者ではないからわからない」
「となると、歴史そのものが間違っているということになりませんか? 王冠も実は偽物だったり……」
勝手な憶測ではある。しかし、レースの話が本当であれば聖典に載る三つの聖遺物である『王冠』『書』『剣』は同一の作者であるはずだ。そう考えた時、彼のいうグラディウス=ペンドラゴンが作者であるのならば、王都に置かれている『王冠』は偽物だということになる。
「……」
「レギナさん?」
突如、立ち止まったレギナが徐に腰に差していた剣を取り外し、翔に手渡す。レギナがなんの意図があって手渡したのかさっぱりわからないが、何も言わずそれを受け取る翔。
「確か、以前。この剣に書かれている文字を読んだことがあったな。もう一度読んでみてくれないか?」
そう言って渡されたレギナの剣を翔は受け取り、再び剣に書かれている文字を読み始める。そこに書かれているものは以前読んだものとさして変わりはしない。だが、レースの言葉を聞いてから、その意味合いが変わってくるような気がした。
「……これは剣であって、剣で非ず。これを持つもの、巫女の住まう星の内海より落とされた三つの星のカケラより生み出された『王冠』『剣』『書』のうち『王冠』を我が友、氷の覇者にこれを託す。これを受け継ぎしものこそ、この世界に自身の誇りを示すもの『スペルビア』の王なり……」
「氷の覇者……か……」
顎に手を当て考え込むレギナ、その真意を悟ることはできない。実際、翔はレギナの過去についてほとんど知らないに等しい。だが、剣に書かれていることを推測するに、レギナきっと王族関連の人間だろうという考えに至るには想像に難くなかった。
「氷の覇者……。私の、スペルビア家の六代目について記された書物を読んだときに度々出ていた言葉だ。やはり、私の剣が……」
「……」
もし仮に、レギナの持つ剣が聖遺物の『王冠』だったとして。そうなれば、王都の根幹に関わる問題になってくる。聖典には、世界を収めしものが『王冠』を持つと記されている。王都にある『王冠』が偽物であれば、王都にいる王は偽物であると考えてもなんら不思議な話ではない。
そして、翔の想像していた王冠は普通に王様が頭に乗せるような冠だと考えていたが、『王冠』と呼ばれる物の形状がその名称に類する物ではないということが理解できた。であれば『書』も同様に実際の本ではなく、何か別の形状をしていると考えられる。
「はぁ……、頭が痛くなってきた。とりあえず、洞窟の入り口にある死体を片付けよう。病気の蔓延の原因になったら厄介だ」
「そう……ですね」
とにかく今は目の前のことに集中しよう。二人はそう思いながら洞窟付近まで足を進めていたが、その歩みが同時に止まる。
目の前にある風景は凄惨な光景であった。ここで戦った勇士の死体が月明かりに照らされて顕になっているほか、すでに腐った血の匂いが洞窟の入り口を埋め尽くし思わず吐き気が込み上げてきそうだったが、
その中で、肝心な物だけが姿を消していた。
「あの男の死体がない」
「まさか、そんなはずは……」
翔は急いで周辺を探すが、それでもあの男、ローウェンの死体だけが綺麗さっぱり消えているのである。
殺した。
確かに、あの男はこの手で殺し、決着をつけた。
はずだ、いや、絶対にそうだ。
「これって……」
「私もあの男の息の根が止まっているのを確かに確認した。死体は勝手に歩いて動くことはない」
「なら」
「どこかの誰かが、何に使うかはわからないが。死体を持ち去ったって考えるのが普通だな」
レギナの冷静な分析によって、翔も少しだけ冷静さを取り戻すことができたがそれでも一体誰がなんのために魔術師の死体を持ち去る必要性があるのかどうかが理解できない。
「……確か、王都聖典教会……でしたっけ。そいつらが死体を持ち去ったって可能性は?」
「十分有り得るな、だが目的がわからない。……きっと碌でもないことには違いないだろう」
それよりもだ。
とレギナが続ける。彼女は咄嗟に剣を抜いたかと思うと、二つに分解させ、その片方を翔の背後に向けて投げつける。同時に肉のような何かを貫いたような音と同時に聞こえてきた獣のような悲鳴。
後ろを振り返ると、複数のゴブリンたちが群れを成して洞窟付近に集まっているのが見えた。
「血の匂いに群がってきたのだろう。もう一仕事あるが、行けるか?」
「……了解。レギナさん、そういえば槍の扱い方を教えてくれるって言ってましたよね?」
翔のそばに立ち、レギナはゴブリンの頭蓋に突き刺さった剣を引き抜き血振りをし臨戦体制に入る、翔もまたパレットソードを青の精霊石に接続し、剣の形状を槍に変化させる同じくゴブリンたちに向けて構える。
「戦いながら教える。しっかりとついてこい」
「はいっ!」
二つの月明かりが、夜の闇を暴く。
過去も、そして未来も。




