第126話 命を選別する色
「大丈夫か? ショウ」
「はぁ……はぁ……なんとか……」
真っ赤に染まった髪を振り乱しながら翔はレギナの問いに答える。ローウェンから受けた傷はすでに完治しており、先ほどの戦いで受けた傷がまるで嘘のように綺麗になくなっていた。それもそのはず、ウィーネの持つ精霊石の持つ力は『防御』『制御』のほかに『治癒』がある。
体全身が消し飛ぶような攻撃を受けない限り、そしてどんな傷を負っても相手を撃滅させようとする意思さえあれば死ぬことはない。
そう、ウィーネの力を行使するのに一番重要なのは意志の強さである。
「早く戻りましょう。レースさんのことが心配です」
「そうだな」
翔は刀をローウェンから引き抜き血振りをした後、物言わぬ死体となったそれを一瞥したのちにレギナと共に洞窟の中へと急ぐ。
洞窟の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
負傷した人間が、エルフ、獣人問わず地面に寝かされており、その対応のほとんどをリーフェ一人が行っている。そして寝かされている者の中にはすでに事切れている者もいた。
叫びながら助けを呼ぶ母親の声、
痛いと悲鳴をあげる大人、
死んだ家族に泣きながら祈りを捧げる子供の姿、
ここには神も仏もいない。まさにそんな言葉が口から溢れそうな光景だった。そしてのその原因の一端を作っている自分自身を心底恨んだ。
「……動ける時に動くぞ、見てるだけなら誰にでもできる」
「……はい」
レギナの言葉に動こうとするが、最初の一歩が踏み出せない。翔の心は完全に怖気付いていた。刀を鞘に収めると、炎を纏いながら元のパレットソードに姿を戻す。
『言っとくけど、無駄よ。その剣の力も万能じゃないの。力を行使する人間には治癒は有効だけど、それ以外には使えない。まぁ、せいぜい自分の無力さに打ちひしがれてなさい』
「……」
先に考えを読まれウィーネに釘を刺された翔は開こうとした口を閉ざす。そして腰からパレットソードを腰から外し、装備を投げ捨てるとすぐさま怪我人の元へと向かい治療を始める。
「リーフェさんっ! この人はっ!?」
「縫合はできるっ!?」
「はいっ!」
「なら傷口をこれで消毒してから縫合お願いっ! 後これ渡すから怪我人の腕に巻いていってっ!」
「これは、」
投げ渡されたのは透明な液体の入った小瓶と赤、黄、緑、黒の四色のバンド。そのバンドの色が持つ意味は以前、イニティウムのギルドで講習を受けた時に知っている。
赤色が今すぐに治療をしなければ、命の危険に関わる患者。
黄色が重傷ではあるが、すぐに命の危険に関わる状態ではない患者。
緑色が軽傷で、すぐに治療をしなくても大丈夫な患者。
そして、黒色はすでに死亡、もしくは治療を受けても回復の見込みがない患者。
すなわち、命を選別する色である。
「っ、しみますよっ!」
「ぐぁ……っ!」
肩に裂傷を負い、すでに骨まで見えている状態のエルフの男性にリーフェから渡された小瓶の中身をかけ、そばに置かれていた針と縫合糸で傷口を縫い合わせてゆく。怪我の治療については講習を受けているため切り傷程度なら治療できるが、これ以上の重症になると手に負えない。
だが、ふと横目を見れば同じようにレギナもリーフェから指示を受けて動いている。リーフェを中心となってここを動いているが、それでも動けて治癒のできる人数が数人で患者の数が数十人、下手をしたら百数人以上いる中で対応できる人数が非常に少ない。
「ショウさんっ! そっち終わったらさっきのバンドを患者さんに巻いていってっ!」
「わかりましたっ!」
リーフェに檄を飛ばされすぐさま動く翔、だがあまりの患者の多さに軽く眩暈を起こしている。どこを見渡しても悲鳴や怒号が響き渡っている、思わず耳を塞いで叫んでしまいたいような状況だが、それでも逃げるわけにはいかない。
そう、これは自分が起こした結果なのだから。
『はぁ。呆れた』
「え?」
突如翔の脳内に響いた声、その次の瞬間。目の前のエルフの男の傷がみるみるうちに治癒されてゆく。突然のことに頭の理解が追いついていないが、この現象を起こした者の正体は明らかである。
「ウィーネさんっ!?」
『あんたねぇ、自分にできないことがあったら他人を頼ることを覚えなさい』
「でも、さっきできないって」
ミニマムサイズになって両手を傷口に両腕を翳しているウィーネに問いかけるが集中しているのか、翔とは目を合わせずに傷の治癒をしている。
「契約する前までは自前の魔力でどうにかするしかできなかったけど、私の精霊石がそばにあることとアンタとの契約があってリミッターが解けたのよ。だからこの程度の治癒くらいどうってこともないわ」
もちろん限界はあるけど。
と彼女は付け加えたが、青の治癒師のいない、この洞窟の中では彼女の力は百人力、いや千人力である。
「俺っ! バンド巻いてきますっ! 赤色のバンドを巻いてある人を優先して治癒してくださいっ!」
「そんな大声で言わなくてもわかったわよ。いいからさっさと動きなさい」
ウィーネの言葉に頷くとすぐさま翔は患者の元へと駆け出してゆく。
命の選別をする。
自分の意思で。
そう、自分は命を前にして逃げ出さないと決めたのだ。
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すでに数時間が経っただろうか、洞窟の中で絶えず響いていた怒号と悲鳴はほとんど形をひそめ、一時の静寂が訪れていた。
「ふぅ……」
「リーフェさん。お疲れ様です」
「あぁ……、ショウさん。ありがとう」
翔が彼女の元に届けたのは洞窟の奥に湧いてた地下水を果物で味付けした果実水である。それを受け取ったリーフェは一気にそれを飲み干すと大きくため息を吐き、洞窟の壁にもたれながら周囲を見渡す。
「それにしても意外だったわ。ショウさんが青の治癒の力を使えるなんて。でも、ショウさん。私、他の人から聞いたんだけど。赤の魔術も使ってたんでしょ?」
「まぁ。そこは、色々あって。ってことにしてください」
「ショウさんもあれなのかな? 精霊の姿が見えるとか、レースさんと一緒で」
少しだけ掠れた笑いを浮かべ、彼女の隣に立つと同じく片手に持った果実水を一気に喉の奥に流し込む。乾いたのどを少しだけ酸味がかった心地よい喉越しの液体が潤してゆく。
「……自分は無力です。ここにきて改めて思いました。ほんとに、リーフェさんはすごい。治癒師のいないエルフの村で、魔法の力に頼らないでこんなに大勢の怪我人を相手にしても一歩も引かないで命と向き合ってる」
「……」
救えた人間の数は高が知れている。ウィーネの力を使ったとしても、間に合わず死んでいった人間をこの目で何人も見てきた。きっと、彼女はもっと多くの人間を見送ってきたのだろう。そう考えると胸が張り裂けそうなくらいに苦しくなった。
「ショウさん」
「……はい、なんでしょう……っ!?」
感傷的になっていた心にふと温かな感触が触れる。それは心を通じて、そして唇を通じて。あまりに突然のことに、翔の頭の中に燻っていた自己嫌悪がどこかへと吹き飛んでいった。
少しだけ後退りをしてリーフェから離れると彼女も彼女で、頬と長い耳の先端が洞窟の中の薄暗い魔術光の中でもわかるほどに赤く染まっていた。
「な、なん。え? リーフェさん?」
「……お礼のつもりだったんだけど……いやだった?」
「いや。いやいやそういうわけではっ!? いや、そうじゃなくてっ! え?」
「……私。兄さんに殺されかけた時。あぁ、私。このまま誰も助けることできなくて死んじゃうんだなぁって思った。でも、まるで聖典に出てくる勇者様みたいに、ショウさんが助けてくれた。ショウさんは私に、また人を助けるチャンスをくれたんだよ?」
「僕は……勇者なんかじゃありません。ましてやヒーローでもありません」
そう。彼女の向けている感情はきっと正しいものなのかもしれない。だが、それを否定しなくてはならない自分がいる。
そう。僕は、誰かがいなければ何もできない。弱っちい一人の男だ。
この役割をしなくてはならない人間だっただけのことだ。
でも、進み続けなくてはならない。
こうして、命と向き合う以上。自分にできることは、ただ一つだ。
「僕は、この剣を持つ以上。目の前で失われかけている命を、決して諦めません」
「その中に……、ちゃんと自分自身は入っているの?」
リーフェの問いに、昔の自分であれば答えることはできなかったであろう。だが、今ならばはっきり答えることができる。
「無論。自分の命も」
真っ直ぐとした瞳で翔は、リーフェに対して答える。彼女のその青い瞳にどこか吸い込まれそうになって、二人の距離がだんだんと近くなってゆく。
そして、
『勇者様の色男』
「え、あ。はいっ!?」
脳内で響いた幼女の蔑むような声に思わず翔はリーフェから距離を取る。完全にその空気に入り込んでいたリーフェはどこか不服そうだったが、翔も流れでとんでもないことをしでかしかけた事実に一瞬で冷静になる。
そう、自分には心に決めた待ってくれている人がいる。旅の道中でこんなことをしている場合ではない。ラノベの主人公じゃあるまいし。
「えっと、シルちゃんだよね? どうしたの?」
『レースの坊やが目を覚ましたよ。勇者様にお話ししたいことがあるって』
「レースさんがっ!?」
『うん』
レースはローウェンに負わされた傷があまりにも深く心臓にまで達しており、ウィーネの治癒でなんとか命をギリギリつないでいた状態で、傷は完全に治癒したものの今の今まで昏睡状態だった。
「レースさんが目を覚ましたそうですっ。リーフェさん、行きましょうっ!」
「……ショウさんの意気地なし」
「う……、と、とにかく。急ぎましょうっ」
その場から逃げるように駆け出した翔と、その後ろをついてゆくリーフェ。
しかし、この時の翔はまだ気づいていなかった。
この裏で大きな影が暗躍していることに、そしてその渦の中心人物になっているということに。




