第121話 遺跡の色
『あたまが痛い……』
『しっかりと乗りこなすのには、まだ時間がかかりそうだな』
『やっぱ信頼できるのは自分の足ですよ……』
齧られ血が出た頭に追加で包帯を巻きながら翔は愚痴を零すしながら、二人はチョーカーを介して会話を重ねる。
ワイバーンの速度は人が歩くスピードとは段違いで早い。それこそ小型の飛行機に乗っているのと何ら変わりはない。すでにエルフの里は遠くに過ぎ去っていっている。しかし、そんな速度で移動をしていても風の影響が少ないのには訳がある。それは、ワイバーンの持つ特有の魔術である『風除け』というものがある。それはワイバーンの頭頂部にある器官に関係があるらしいのだが、詳しい学問的なことは翔にはわからない、しかしワイバーンを狩猟するときその器官が高値で取引されることは知っている。
さて、二人がワイバーンに乗って二時間ほどだろうか。翔は周囲を見渡しながら目下のジャングル捜索し遺跡の類の人工物を探す。
『あ……っ! あったっ』
『こっちでも確認した。ずいぶん古そうだ』
『三千年くらい前の代物よ、そりゃ古いに決まってるじゃない』
『え? ウィーネさんっ!?』
突如チョーカーの音声の中で突如としてウィーネの声が混線してくる。突然のことに翔は混乱していて、そしてウィーネの声を始めて聞いたレギナがどこかハッとした表情をしていた。
『その魔道具の周波数に合わせて声を乗せてるのよ。別に大したことないわ』
『なるほど……、それじゃ今後はレギナさんとも会話ができるってわけですね』
『勇者様、私もいる』
続いて聞こえてきたシルの声にさらに困惑した表情を浮かべるレギナ。それもそのはずである。突然二人だけだと思っていたのに横から二人の声が入ってきたら誰だって困惑する。
『とりあえず。貴殿の妄言ではないということはわかったな』
『妄言だと思っていたんですかっ!?』
『仕方がないだろう、私には姿形が見えないのだから。ましてや精霊なんて、私にとってはおとぎ話に出てくる存在に等しい』
実はひどい疑いをかけられていたことに少し悲しく思いながらも、木々生い茂る遺跡のそばにある原っぱに降り立つ。
「生き物の気配が……まるでないな」
「……ですね」
原っぱに降り立ち気づく。ジャングルの木々は遺跡を避けるようにその根を張らず、そして森の中で絶えず聞こえていた鳥や虫の声などが一歳合切消え去ったかのように静かだった。
『勇者様……、私。ここ嫌い』
『同感ね……私もここはあんまり好きじゃない』
チョーカー越しに聞こえてくる精霊たちの声もどこか弱々しい、そして隣のワイバーンもどこか落ち着かない様子だった。
「封印されているものがものだ。何か結界のようなものが張られていても不思議じゃない」
「……僕も、なんか。ここら辺はザワザワしますね。胸の奥ら辺が……」
「気にしたところでしょうがない。それで貴殿の寿命が伸びるわけじゃない」
遺跡へと進もうとするレギナ。その後ろを慌ててついてゆく翔。
遺跡は石で作られた建造物で、間違いなく数千年は立っているであろう貫禄を感じる。その造りはインカ帝国の築き上げたピラミッドのようにも見えて、しかし入り口はギリシャの遺跡を彷彿させるような、見ただけでいろんな文化がごちゃ混ぜになっている印象である。
「レギナさん、これ」
「あぁ、そうだったな」
懐から取り出したのは、レースからもらった透明ローブである。レギナも翔に促され懐からローブを取り出しそれを着込むと一瞬でレギナの姿が消える。同じように翔もローブを羽織り魔力を流す。すると、薄いローブ越しではあるが姿を消したレギナの姿を視認することができた。
全くもって便利な品物をいただいてしまったと翔は思った。
「やはりいるな」
「……ですね」
暗い遺跡の中、コリコリと何か固いものを齧るような音が聞こえてくる。昔、イニティウムのリーフェの講習で思い出したのが、よく洞窟や人の近づかないような暗闇の場所を好んで住み着く魔物がいるということ。
それはグールである。
これらの魔物は危険度で言えばゴブリンよりも遥かに高く、見た目は人間となんら変わりはないが、目が赤く光に当たると反射するのが特徴で、この魔物に噛まれたら最後、グール病という病に侵されグールと同じように人間の死肉しか口にできなくなってしまう恐ろしい魔物なのである。
ちなみに治療法はない。
「……」
「……」
暗闇の中、この遺跡に侵入して金品的なものを求めて入り込んだ人間が無惨にもグールの餌食になり骨までしゃぶられているというのはなんとも痛ましい姿である。
「さて……トラップがあるって話ですけど……」
そんなことを溢しながらレギナより前へと進む翔、
一瞬、遺跡の奥から風が流れる。
「ショウっ!」
咄嗟にレギナが翔の襟を掴み後ろに引っ張る。次の瞬間、翔の首もとを狙うかのように刃が回転しながら通過する。レギナがあと一歩止めるのが遅かったら翔の首から上はなき別れになっていたに違いない。
「ハァっ! ありがとうございます……っ!」
「……足元を見ろ。何か書いてある」
「え……、本当だ」
しかし、遺跡の中が暗すぎて書いてある文字を判別することができない。翔は腰に差してあるパレットソードを引き抜く
『ルーメン』
翔が呪文を唱えた瞬間、白く発光し出すパレットソード。その光に照らされて、浮き出てきた文字にはこのように書かれていた。
『この先を通るもの、悔い改めよ』
「……つまり、どういうことですか?」
「私にはその文字は読めない。貴殿は読めるのか?」
「あ、あぁ。そうでしたね。ここには『この先を通るもの、悔い改めよ』ってあります」
「悔い改める、か……」
翔の前にレギナが立つ。レギナは『悔い改める』という単語を口にしながら一歩、一歩と前へ進んでゆく。
先ほどと同様、一瞬風が吹く。
次の瞬間、膝を折りしゃがみ込んだレギナ。その頭上を先ほど翔の首を跳ね飛ばしそうになった刃が通過し、レギナは無事渡ることができた。
悔い改める、それはその言葉を体現する体勢が重要なのだと翔は理解した。
「ショウ、貴殿もさっきと同じ方法で」
「わかりました」
深く息を吸い込み、しゃがみ込んだ体勢のまま先ほどの場所を通過する。頭上を大きな刃が回転しながら通るのは肝が冷えたが、なんとか無事に通ることができた。
さて、ここから先の道のりについて。
遺跡の中には、先ほど以外のトラップが複数存在した。そのほとんどが物理的なものであり、地面から槍が飛び出したり、壁から毒矢のようなものが吹き出したり、一歩踏み間違えれば毒虫の這いずりまわる穴の中に落とされそうになったりなど、一瞬たりとも気を抜くことができない。
しかし、それらの致死性のトラップを回避できたのには理由がある。それは、先人の遺体である。とは言っても、ほとんどはグールなどの死体だったが、それらがどのようなトラップで殺されたかを観察し、推測することでなんとかトラップをほぼ回避することができた。
そんなこんなで、遺跡の中を探索してから大体三時間ほどたった頃だった。
ついに辿り着いたのは、行き止まりだった。
「……え?」
「途中で分かれ道はなかった。ここが終点だ」
「そんな……じゃあ、精霊石は……っ!?」
「ここではなかったのではないか? 貴殿の間違いだったりとか」
「いや……、間違いなくここであってるはずです」
「なら、これはどう説明する?」
レギナが親指で刺す先にあるのは石の壁。その石の壁には何も刻まれていない、先ほどまで散々トラップの前で文言を連ねていたのがプツリと途絶えてしまった。
「……この遺跡は……青の精霊石を封印するためのもの。なら、それを拒むものがあっても、誰もが入れるようになってはいけない……。そう……必要なのは……」
翔が思考を巡らせながら壁を触り、ゆっくりと地面へと目を向ける。埃で汚れた地面に軽く息を吹きかける。
そこに現れたのは、一つのあな。その穴の形状に翔は見覚えがあった。
「必要なのは、鍵だ」
光り輝くパレットソードを床に開いた穴へとゆっくり収めてゆく。その瞬間、振動で震える遺跡、その振動に身を任せ顔を上げ、目の前の壁を見据える。
ひび割れる石の壁、そこから青い光が漏れ出る。
その壁の向こう側の全貌が明らかになる。
壁の向こう側は広い空間になっていた。その壁には一面に何かが書かれており、その部屋の中心には水の柱が重力に逆らって立っており、その中心には小指の爪ほどの大きさのサファイアのようなものが収まっている。
「……見つけた」
苦節何ヶ月か、ようやく見つけた青の精霊石である。




