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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第119話 諦めない色

 特に、夏は大嫌いだった。


 あざだらけの体を、プールで晒してはいつも奇異の目で見られるのがとても辛かった。


 たまに、児童相談所の人間が家を訪ねることがあった。その度に、一登は虐待の疑いをかけられて一晩帰ってこない時、不安で不安でしょうがなかった。自分の父親が逮捕されるのではないかと、不安になって一登が帰ってくるまで夜もまともに寝られなかった。


 これは、自分が望んだ結果だ。


 痛みを覚えずに、強くなることはできない。それが、一登の口癖だった。


 でも、痛いのは人一倍嫌だった。そんなことは当たり前だ。


 こんなことなら、強くなることなど望むんじゃなかった


 何度、自問自答したかわからない。


 そして、今。


 自分は、また痛みに負けそうになっている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 雨降りしきる森の中で、雨音に混じって鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。そのあまりにも場違いな音に、村のエルフたちは気づいており雨にもかかわらず多くのギャラリーが傘を刺しながら足元で行われている決闘の様子を眺めていた。


 注目の的になっているもの、それはレギナと翔である。


「い……っ!」


「スゥ……っ!」


 肩を深く斬られ、その痛みで判断が鈍る。レギナはそんな隙を見逃すことなく、回し蹴りを翔の鳩尾に叩きつける。大きく体が吹き飛び、地面を転がりながら背後の木に背中を強く殴打する。


「すでに、三回。貴殿は死んでいる」


「っ……」


「前よりも鈍くなっているな、なぜか教えよう。それは、貴殿が自身の命に対して感情が鈍くなっているからだ」


 感情が鈍る。


 再び自問自答。


 自分自身の命に価値はあるか、それに対しての答えは、彼女の言う通り。自分は自分自身の命よりも、他人の命を優先する傾向が強い。だが、それは決して間違いではないはずだ。


 そもそも自分の命、他人の命。それを同列に考える方がそもそも筋違いだ。


 他人の命よりも、自分の命を。それは疑いようの余地のない、人間の摂理であり。だが、どうだろうか。


 こんな、どうしようもない。自分の命よりも、他人の命の方が輝いて見える。


「他人を救い、己を犠牲にする。美しい戯言だ。だが、そんな戯言を吐いていいほど、貴殿もまた強くはない」


「……っ、それでもっ!」


 レギナの言葉を否定するように、力強く立ち上がる翔。


『今道四季流 剣技一刀<秋> 時雨』


 突進と同時に繰り出す乱撃。だが、そんな翔の攻撃を全てレギナは片腕だけで全ていなして行く。彼女と自分の力量差、そのあまりにも分厚い壁を乗り越えなくてはならない気がした。


 彼女を乗り越えた先に、果たして自分は何を見るのだろうか。


 強さなのか、


 それとも過去の呪縛が解けるとでも言うのだろうか。


 いや、きっと。何も変わらないだろう。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 翡翠』


 突き出した剣先がレギナ脇腹を掠める。しかし、寸手で躱されレギナに腕を掴まれてしまう。同時に繰り出される膝蹴りが翔の腕へと迫り来る。


 このままでは利き腕を折られる。


 咄嗟に体を回転させ、無理やりレギナの拘束を解く。


『今道四季流 剣技一刀<夏> 鳴門』


 雨で濡れた体のおかげか、拘束を解くことはできた。しかし、着地までの間の虚空をレギナは見逃さない。翔の顎に迫るレギナのアッパー、だが完全に顎に入る寸前で翔は開いた右腕でレギナの拳を抑えることに成功する。


 空中に投げ出される体。


 グルグルとまわる視界の中で翔は考えていた。


 他人の命が大切に思う、その心。これ自体に、間違いはきっとないはず。だが、レギナが言っているのは果たして、それを背負いこむ強さを自分に持てと言っているのだろうか。


 いや、きっとそれは違う。


 彼女の言いたいことは。


「俺は……っ、強くない……けど……っ!」


 レギナの剣先が翔の眼前に迫る。


 眼を見開く。


 視界に映る雨粒が全て、スローモーションのようにゆっくりと流れてゆくように翔は見えた。


『今道四季流 奥義一刀<秋> 秋風揺蕩う鈴虫の希う囁き』


 剣の柄、そして翔の手の平が合わさりレギナの剣を白刃取りする。斬れた手の平から雨と共に赤い血が流れ肘を伝って地面に落ちてゆく。


「強くない、けどっ! 俺は……僕はっ、目の前の命を諦めたりはしないっ! 今までもっ! これからもっ! そして、自分の命だって掬い上げて見せるっ!迷って、迷って、迷ってっ! それでも、僕はっ。迷うことを諦めないっ!」


 そうだ、今まで散々迷ってきたんだ。


 今さら、何を迷うと言うのだ。


 命を取りこぼしても、


 そうでなくても。僕は散々迷ってきたじゃないか。


 その選択が正しいかも、正しくないかも、散々迷ってきて。


 そして、この手で、この剣で、人を救うことを諦めなかった。


 これが正しくないはずがない。


 これが、僕の歩む旅路だ。


「……レギナさん、きっとあなたから見て俺は正しくないのでしょう。でも、これが僕の生き方です。力を手にした、僕の生き方なんです。人に手をかけた、自分ができる、唯一の。唯一の、生き方です」


「……貴殿の抱える痛み。それは、貴殿を一生苦しめるものだ。それでも、貴殿は辛い道を選択するというのだな」


「……はい」


「……フゥ。今日は、死ぬ覚悟をしてきたんだがな」


 肩の力を抜き、レギナはゆっくりと剣を下ろす。その目は先ほどの冷たいものではない、どこか期待の視線を向ける、自分の元から旅立ってゆく弟子を見送るかのような、そんな優しい眼を彼女はしていた。


「やはり、貴殿は眩しいな。かつては、私もその生き方に憧れた、迷うことを諦めない……、優柔不断ではあるが、真理ではある」


「……レギナさん」


「さぁ。お互い、これで最後にしよう。私にとって、一世一代の喧嘩だ。しっかりと決着をつけたい」


「……わかりました。僕も正々堂々真正面から受けて立ちます」


 互いに相手に向けていた刃を峯に。


 先に一撃を加えた方の勝利、勝負は一瞬、互いに構える両者。


 雨はいつの間にか上がっていた。雲の割れ目から陽光が差し込み、優しく足元を明るく照らし出す。


 葉に伝う、水滴が。今、落ちた。


「スゥ……っ!」


 互いに息を吸う両者、


 身体強化術を全力に使用し、一気に間合いを詰める。


 これはすでに、正しいか、正しくないかの戦いではない。互いの意地と意地がぶつかり合う、なんてことのない。ただの喧嘩のようなものだった。


 だから初めからレギナは、こう口にしていた。


 『稽古』だと。


 一閃。


 繰り返すように、勝負は一瞬。


「四十三戦……四十二敗……一勝……っ!」


 翔の宣言と共に、レギナはその場でゆっくりと膝を折る。この日初めて、レギナから一勝をもぎ取った記念すべき日となった。


 過去は変えられない、


 過去に囚われている、その状況も変わらないかもしれない。


 だが、この日、翔は初めて一歩前進した。


 それは、迷うことを諦めないと言うこと。


 救う命に、そして自分自身に向き合うと言うこと。


 選んだ道は、おそらく苛烈を極めるものだろう。だが、それでも。自分の選んだ選択は間違いなどではない。


「レギナさん……、これからも。よろしくお願いします」


「……そうだな。これからも、よろしく頼む」


 膝を折った彼女の腕をとり、引き上げる。そんなレギナの表情はひどく晴れやかに見えた。


 ふと、遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。そして同時に、レギナの名前を呼ぶ声も。それはどんどん近づいてくるようで、だいぶ怒りを含んだ声になって聞こえてきた。


「ショウさんっ! レギナさんっ! 一体、アンタたちは怪我人の分際で何をやってるんですかっ!」


 足元のぬかるみに足を取られながらやってきたのは見紛うことなき、リーフェだった。どうやら先ほどまでの喧嘩の一部始終を見ていたらしく、その様子はひどく怒っているようだ。


 それも当然の話だ。


「リーフェさん……、すみません。ちゃんと治療は受けるんで」


「また私の名前を……、ってえ? 今、リーフェって言いました? 私のこと」


 一瞬戸惑った表情をするリーフェ。そんな彼女に向かって翔は優しく微笑んでいる。リーフェの表情はどんどん崩れてゆく、やがて目にいっぱい涙を浮かべて翔に向かって正面から抱きつくと何度も胸を叩き始めた。


「私のこと……ぉっ、リーフェ……って呼んでくれた……ぁっ! バカァ……っ!」


「痛い、痛いです……リーフェさん……っ」


 失血、切り傷複数の怪我を負っている翔に対し御構い無しと言わんばかりに拳を叩きつけるリーフェ。すでに限界だった翔、そのままリーフェに押し倒されるように倒れ込み気絶してしまった。


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