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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第118話 片割れの色

 明け方まで雨は降り続いていた。昨晩はほとんどと言っていいほど眠ることのできなかった翔。雨樋から眺める水をぼんやりと眺めながら、翔は昨日のリーフェとの会話を考えていた。


 見ているようで、見ていない。


 向き合っているようで、向き合っていない。


 自分は、一体何と戦っているのだろう。


 いや、それだけはずっと変わらない。それはきっと、自分自身だ。


 弱いのも、この手から命をこぼすのも、過去に縛られて前に進めないで、そんな重く重くしなるような体を引きずってこんなところまで来たのも。


 全ては、逃げてきた自分自身が招いた結果だ。


「あと……二日……」


 あと二日で、僕は死ぬ。


 サリーの呪いが全身に回って死ぬ。


 死ぬことができたら、全てから解放されるのだろうか。


 死ぬことができたら、この辛く苦しい気持ちが空気に解けて消えてしまうのだろうか。


 ならいっそ、二日と待たずに。


「ショウ、いるな」


「……レギナさん」


 パレットソードに手を伸ばそうとした翔の手を止めたのはレギナだった。雨の中を傘を刺しながらやってきたのだろうか、左手には草を編んで作ったような傘が握られている。


「体は、大丈夫ですか? 左腕は」


「……あぁ、調子は悪くない。それよりも、貴殿は今暇だな」


「え……、それはまぁ。はい」


 とてもではないが自殺をしようとなんて言えるはずもない。だがレギナの鋭い眼はそれを誤魔化し切ることはできなかった。クマのできた目に、明らかに暗い翔の表情。そして伸ばした手の先にあるもの。何をしようとしていたなどは、レギナにとっては一目瞭然だった。


「……剣を握りたいなら。私に少し付き合え、久々に稽古をつける」


「え……、こんな雨の中ですか?」


「何か問題でも?」


「……いえ、支度をします。少し待っててください」


「あぁ。だが、今日貴殿は何も持ってこなくていい」


「え? それは……なんで」


 立ちあがろうとした翔の動作が一瞬止まる。取り出そうとしていたのは、レギナが作ってくれた木刀である。


 しかし、今回はそれを使う必要はない。


「使うのは、私の剣だ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 雨のなか、翔とレギナが立っているのはエルフの村のあるツリーハウスのある、村の下にある森の中でも一際広くほとんど何もない場所である。足場は雨のせいで最悪だが、それでもこの日にレギナは稽古をやるというのだからしょうがないと翔は思っていた。


「私の剣の片割れを、貴殿に渡す。今日はそれを使え」


「……わかりました。でも、なんで」


「……何。理由は単純だ」


 レギナは腰に刺していたスペルビアを抜き去り、双剣に分解するとその片方を翔に向かって放り投げる。それを空中で掴み受け取る翔、ズシリと右腕に感じる重さを翔はどこか懐かしいと思った。


 互いに、傘を放り投げる。


 視界は最悪、


 環境も最悪、


 ずぶ濡れのレギナと翔がお互いに剣を構える。


「私は、私が死ぬのは。自分の剣がいい、ただそれだけだ」


「え?」


「行くぞ」


 先に動いたのはレギナ、足場の悪さを感じさせないほどのスピードで翔との間合いを一気に詰め横一閃に剣を振るう、それに対し、先ほどのレギナの言葉をうまく咀嚼仕切れていない翔は真正面から彼女の剣を受け止めてしまう。

 

 両腕に感じる確かな重み。明らかに、身体強化術を使用しているレギナ。


 だが、普段の稽古で。彼女は身体強化術を使うことはない。


 レギナの剣戟の衝撃で翔は吹き飛ばされ、雨で濡れた持ち手が滑り剣が弾け飛ぶ。その最中でも翔はレギナの言うことが理解できていない。地面を転がりながら体勢を立て直す翔。そんな最中でも、レギナは一切手を抜かずに剣を持ってして追い詰めてゆく。


 何かがおかしい、


 その違和感の正体を翔は雨の降り頻る中で必死になって探してゆく。


「レギナさんっ! ま……っ」


「待たない」


 待ったをかけようとした翔の脳天を狙うレギナの振り下ろした剣。寸前でそれを躱すものの剣先が頭を擦り切れた皮膚から血が流れ、雨で濡れた視界が赤く染まってゆく。


 ここで、ようやく気がついた。


 レギナは、自分を殺す気なのだということに。


「っ……!」


 すぐさま地面で泥だらけになっている剣を拾いに行こうと走り出す翔。だが、それをさせるほどレギナは甘くない。


 柄を握ろうとしたした瞬間、それを防ぐように手と剣間に突き刺さるレギナの剣。思わず手を引いてしまう翔、だが次にやってきたのはレギナの拳が顔面に当たる感触だった。


 揺さぶられる脳、だがそんなことをお構いなしと言わんばかりに身体強化術の乗った拳が翔の体をなん度も殴打する。


「か……は……っ!」


「剣を捨てたからといって、丸腰で戦うことができないと思わないことだ……と。前に、貴殿に教えたことがあったな」


 ふらつきながらも、なんとか立とうと粘る翔。


 このままでは殺される。


 彼女は本気だ。


「レギナさん……どうして……どうして今なんですか……っ! いつでも、俺のことを殺すチャンスはあったはずですっ!」


「あぁ、いつでもあった。だが、それでも私が今日まで貴殿を生かしておいたのは、貴殿の行末に何を見出すか。迷い、迷い、それでも正しくあろうとする貴殿が、一体この先何を見出すか興味があった」


 そう語るレギナの視線は冷たい。雨のせいなのか、それとも自分自身の置かれている状況がそう認識させているのか。だが、彼女の瞳の奥はどこまでも冷え切っていた。


「だが、貴殿は迷うことを諦めた。正しくあろうとすることを諦めた。はっきり言おう、決別の時が来たと。だが、貴殿にそうさせた原因の一端は私にもある。故に、この戦いで私が死ぬことになっても。それは自然のことだ」


「レギナさん……」


「剣を拾え、イマイシキ ショウ。王都騎士団九番隊隊長レギナ=スペルビアが貴殿を処断する」


「……」


 翔に向けて拾った剣先を突きつけるレギナ。


 本当に、これしか道はないのか。


 雨に混じって冷や汗が翔の頬を流れてゆく。


「どっちかが死ぬまで、この戦いは終わらないぞ。剣を拾うまでは待ってやる」


「……」


 どちらかが死ぬまで。


 自分か、彼女か。


 彼女か、自分か。


 翔の選んだ選択肢、それは剣を拾わないこと。拾わずに、剣を構えるレギナの前で棒立ちのまま彼女の眼を見ている。


「……ふざけてるのか?」


「……俺は……この手から多くの命をこぼしてきました、リーフェさんから始まって、ガルシアさん……パルウスさん……そして……温泉街での放火……。もう、嫌なんです。自分の目の前で、命が消えるのは……」


 いっそのこと、ここで殺してください。


 懇願にも似た掠れる声で、翔はレギナに言う。これ以上、命に振り回されるのはごめんだ。自分で命を選ぶのも、選ばれるのも。


 もう、疲れてしまった。


 部屋でやろうとしていたことの延長線だと翔は思った。それが、自分の手で終わらせるものなのか、それとも他人の手で終わらせるものなのか。雨の音だけが、二人の間に流れている。先に、息を吸い込んだのはレギナだった。


「なら。私の命は、貴殿の惰性で救われたものなのか?」


「……」


「貴殿の言うことを全て理解できるわけではない。だが、貴殿は取りこぼした命ばかりを見つめて、その手に残った命から眼を背けてはいないか?」


「……」


「リーフェにも言ったことを、同じことをショウ。貴殿にも言おう。私は、貴殿が救った命が正しかったと証明するために、剣を振るおう」


「っ……」


「もう一度、貴殿に尋ねたい。私の命は、貴殿の惰性で救われたものか?」


 翔の中で、何かが動き始める。


 自分が取りこぼしてきた命、だが、同時に両手の中に残った命。そして、その中にいる彼女。果たして自分は、何かのために彼女の命を救ったのだろうか。いや、救ったなんておこがましい。だが、限りなく自分の手で掬い上げてきた命には間違いない。

 

 その行為は間違っていたのか?


 否、間違いなどでは断じてない。


 彼女のことを助けたのは、


 そう、助けたのは。


 レギナが剣を振り下ろす。さっきと同じ軌道で、真っ直ぐと翔の脳天に目掛け当たれば確実に即死なその攻撃を。

 

 翔は、剣を拾い上げ防いだ。


 ぶつかり合う剣と剣、その衝撃波で雨粒が弾け飛ぶ。ギリギリと音を立てながら力が拮抗する翔とレギナの鍔迫り合い。


「さっきよりも、いい眼になったな」


「……レギナさんを、俺は止めますっ!」


「止めて見せろっ!」


 鍔迫り合いを解き、剣を打ち付け合い互いに間合いをとる。


 仕切り直し。


 基、


 仕切り正し。


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