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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第114話 一難去っての色

 いろんな声が聞こえてくる。


 夢なのか、現実なのかはわからない。だが、きっとこれは夢ではないだろう。


 体が自分のものではないみたいだ。


 もう指先一本動かせそうにない。


 けど、微睡の中で微かに聞こえた。


「あなたの事は、絶対に助けて見せます」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 鼻腔に入る、甘く、優しい香り。どこかで嗅いだことのある香りで翔の意識は徐々に覚醒する。見えてきた天井も、どこかで見たことのある茅葺屋根でなんだかすでに遠い昔のことのように懐かしく感じた。


 ゆっくりと体を起き上がらせる。床をついた手に軽く痛みが走り、身につけていた甚平を軽くめくると皮膚の上に何やら縫合した糸の跡のようなものが残っている。状況を鑑みるに、ここはエルフの村であることに変わりはないだろう。そして、自分は誰かに治療をうけ現在に至るといった具合だろうか。と翔は考えていた。


「コンコン、失礼しますよー」


「……」


 女性の声が、部屋の入り口の薄い布ごしに聞こえてくる。その声を聞くのはこの村で何度目かになるだろうか。若い女性のような、その声を翔はどこかで聞いたことがあるような気がした。


 翔の返事を待たずに、入り口の布を押して中に入ってきたエルフの女性。彼女が手にしているのは手ぬぐいと洗面器だった。


 そして、そのエルフの顔を翔はどこかで見たことがあった。


「あなたは……レースさんの娘さん……ですよね」


「……あぁ、そうですよね。あの人、この村の人をみんな娘やら息子なんて呼びますからね。ですが、確かに。私は初めて会ったのにも関わらず、治療までしてあげたのにいきなり詰問されて怖くなって逃げたエルフの女で間違いないですよー」


 そうやって頬を膨らませながら少し怒っているかのように見せる彼女のことを、翔は申し訳なさげに思いながらも、どこか剽軽な性格をしている彼女のことを少しだけ打ち解けているかのように感じた。


 こんな性格の人間を、翔はどこか知っているような気がした。


 そんな彼女は持ってきた手ぬぐいを洗面器に張られたお湯に浸して軽く絞ると翔の服に手をかける。


「え、はいっ!?」


「体を拭くだけです。すでに二日は寝っぱなしだったんですから。体拭いたら気持ちいいですよ?」


「いや、その。そのくらい自分でやりますからっ!」


「今更何を恥ずかしがってるんですか。私は、あなたの治療を行うにあたってもう、スッポンポンのあなたの体を何度も見てるんです。今更恥ずかしいことなんて何もありませんよ」


「……」


 何にも言い返すことができず、顔を赤くして口をぱくぱくさせた翔も諦めがついたのか、おとなしく甚平の上着を脱ぎ、彼女になされるがままに体を拭かせる。


「本当。あなたの治療が一番大変だったんですから。裂傷を多数、しかも全部焼いて塞いでて、四肢を切断した跡もあって、それも焼いて塞いでて。その上、治癒魔術が全く効かないときたものですから、本当にあなた人間ですか?」


「治療……そういえば。連れの彼女は……?」


 翔の質問に体を拭いている彼女の手が止まる。その表情はどこか暗い。


「あの騎士団の、彼女はまだ……、目が覚めてません。切断された腕はなんとか治癒魔術と外科治療でなんとかなったのですが。大量に血液を失ってショック状態にあったのか、今輸血をしてなんとかギリギリ命を繋いでいる状態です」


「そう……ですか……」


「最悪な状況からはまだ抜け出せていない。とだけ伝えておきます」


 彼女はあくまでも医術師として翔に事実を伝えた。ただ、彼女が生きていると分かっただけでも大きな暁光ではあるものの、素直に喜んでいられないのも事実である。


「それよりも。あなたは他人のことよりも自分のことです。あなただって決して軽傷ってわけでは無いんです。少なくとも、あと一ヶ月は安静にしてください」


「一ヶ月……」


 一ヶ月は安静にとはいうものの。今回、サリーの力をあれだけ使って一体自分にはどれだけの寿命が残っているのだろうか。プラエド号での余命宣告が残り二ヶ月だったから、力を使ったことも考慮して多く見積もっても残り二週間だろうか。いや、きっともっと短い。


「あと。しばらくしたら、長老からお話があると思います。今回の件についてのお礼をしたいそうです」


「そう……ですか……。エレナさんは、ちなみに。どうなったんですか?」


「……」


 再び暗い表情をする彼女。その表情から読み取れる事はただ一つだった。


「昨日、亡くなりました。元々憔悴しきっていた上に高齢でしたから……でも。最後に旦那さんとお話ができて、きっといい最後だったと思います」


「……わかりました。ありがとうございます」


 最後に、最愛な人と過ごすことができた。それだけでも、今回命を張って、彼女を助けに行った甲斐があったのだろう。と、そう翔は思い込むことにした。


「そういえば……お名前。伺ってませんでした」


「私ですか?」


「えぇ。もしかしたら、しばらくお世話になるかも知れませんので」


「……そうですよね。では、改めまして」


 先ほどまでの暗い表情を吹き飛ばし、エルフの少女は翔に正座でまっすぐ向き直る。


「私、この村で医術師をしています。リーフェ=クラティオと言います」


「……え、リーフェ……さん……、て言うんですか?」


 青い瞳をしたエルフの少女はかつての思い出の人の名前を語る。


 リーフェ、と。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まずは、無事に帰ってきてよかった。ありがとう」


「それは……その……はい。でも、エレナさんは……」


「そのことは気に病む必要はないですよ。おそらく、それが。激動に生きた、彼女の寿命だったのでしょう」


 翔の部屋に入ってきたのは、レース。妻を亡くしたばかりだと言うのに、彼はいたって冷静で、落ち着いた雰囲気をしていた。おそらく、それが長い間連れ添った仲が成せる技なのだろうと翔は勝手に思っていた。


 レースのそばには、最初に会ったときのように護衛はついていなかった。おそらくエレナを奪還したことにより信頼を得ることができたのだろう。


「さて。私は君に何を話せばいいのかな。なんでも聞いてほしい、私が答えられる範囲であれば、なんでも答えよう」


「……では。二つほど……まず。エレナさんは、予言という言葉を口にしました。その予言とは一体なんですか……?」


「予言……。エレナは、壁に図形や数字のようなものを書いていた言っていたね」


「はい、そうです」


「予言の正体はそれです。だが、それが何を指し示すのか、全くもってわからないというのが答えです」


 薄々翔は勘付いてはいたが、あの時監獄でエレナが描いたと思しき図形や数式のようなものが予言だというのだ。確かに、存在するが誰も理解することができないというのは的を得た答えだろう。


「あれらを示したのは、無色の王国。すなわち、聖典に登場する無色の民が書き記したものだとエレナからは聞いています。それの意味まで聞く事は叶わなかったのですが、彼女は昔から一度見たものをよく記憶するのが得意だった。きっと、死の間際になって何かを書き起こさないと気が済まなかったのでしょう。おそらく手記には予言についてはほとんど触れていなかったはずです」


「そう……ですか……。なら、二つ目の、予言の鍵が。この剣にあるというのも……」


「……おそらく何かに関わってくるというのはわかりますが。一体どのように関わってくるのかまでは……」


 レースの答えははっきりしない。それもそのはずだ、二千年近く前の出来事を掘り起こしているのである。当然、わからないことの方が多いのが事実だろう。


「しかし、その剣は。見たところによると、不完全のようだ」


「……というと?」


「その鞘の穴。その鞘には、かつて七つの精霊石がはまっていました。今は一つのようですが、上から赤、青、緑、黄、白、茶、紫とそれぞれの色がはまっていたのです」


「……その青い精霊石を、俺たちは探しにリュイまで来たんです。何か、情報は……?」


 隣で、小さくなって座っているウィーネが軽く体をびくつかせる。


「青の精霊石は、我々エルフが大昔に封印したと聞いています。無色の民を全て消し去った勇者の剣から外れ飛び散った精霊石は、各地でその力を抑えることができず中でも青の精霊石は街一つを濁流で押し流したと聞きます。そこで、当時の精霊術師だったエルフたちが各地で精霊石を封印したのです。ですが、封印が叶ったのは二つの精霊石のみ、他の精霊石は行方不明になっています」


「……そんなことが」


「えぇ、ただ一つ。緑の精霊石を除いては」


 そう言ってレースが翔から目を離し翔の左側を見る。思わず振り返り後ろを見ると、そこに立っていたのは翔達をこのエルフの村まで瞬間移動させた精霊の少女がそこにいた。あまりにも音もなく立っていたため、翔はその場で思わず後退りをしてしまう。


「あなたにも、精霊が見えているようですね。彼女の名前はシル、私と仮契約を結んでいる精霊です。元は、勇者と契約を結んでいましたが私と仮契約をすることで自我を保って特段暴れることなく、私たちと長い時を生きてくれました」


「……そうだったんですね……」


「シル。あなたは、彼と契約を結びたいそうですね」


「え?」


 レースからシルと呼ばれた、エルフと同じく翡翠色の髪をしている少女は小さくコクリと頷く。


「私、サリーお兄ちゃんやウィーネお姉ちゃんと一緒に旅がしたい」


「……それはいいけど……俺、契約ってしたことがなくて」


「大丈夫、簡単だから」


 そう言って、彼女が差し出してきたのは小指だった。まるで約束事をする子供のように、シルは翔に向けて小指を差し出している。


「もしかして? やり方、知らない?」


「いや……、その。知ってはいるんだけど……え? これでいいの?」


「精霊が契約を持ちかけるときの方法は自由。決まりなんてないよ」


「そう……なんだ。じゃ、失礼して……」


 翔はシルの小指に小指を重ねる。その瞬間に、翔の体に流れ込んできたのは自分とは全く異質の力、翔の体とシルの体全身が緑色のオーラで覆われる。


「私の名前は。シルフ=ミュシャ、お兄ちゃん。名前を言って」


「俺の名前は……今一色 翔」


「約束して。私たちから離れないで、私たちを見捨てないで、私たちを大切にして」


「……あぁ。約束するよ」


「ゆーびきりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった」


 その瞬間。シルの指にしていた指輪から緑色の宝石が外れ、それが翔の持つパレットソードの鞘に開いた穴の上から三番目にピタリと嵌まる。


「それじゃあ。何かあったら呼んでね。勇者様」


 緑の精霊、契約完了。

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