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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第113話 生還の色

 林の中を翔はレギナを抱えながら走り抜けてゆく。すでに、監獄内のクーデターはその騒ぎが空に木霊するまでに広がっていた。至る所で、怒号が響き渡り黒い煙と炎が監獄内を満たしている。


「第一関門を突破したぞっ! 出口まで後少しだっ!」


 どこかでそんな声を聞いた翔は、騒ぎで混沌とした周囲を見渡しながらまずは監獄の内側の跳ね橋のある出口を探す。


「……カハ……っ!」


 突如として喀血する翔。視界が真っ赤に染まり、その場で膝をついてしまう。


 それもそのはず、ただでさえサリーの呪いが全身に回っているのにも関わらず力を行使した上に、何度も重傷を負いながらエルフと戦った。すでに翔の体は限界を超えてしまっている。


 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。生きているとはいえ、レギナは瀕死の重傷を負っている。早くにでも医者に見せなければ彼女はこのまま失血死してしまってもおかしくはない。


「く……そ……っ!」


「おいっ! 兄ちゃんっ! しっかりしろって熱っ! お前、すごい熱だぞっ!」


「……あなたは……」


 翔に声をかけた人物。顔を血で濡らした狼頭の獣人の男、名前こそ聞いてはいないが、エレナを預けるに足る人物と判断した囚人の男だ。そんな彼の背中には、しっかりとエレナが背負われている。


「俺は……平気です……それより。出口を……っ」


「あぁ、仲間が開城させた。お前も早く行くぞっ」


「はい……っ、今すぐっ、たっ、って」


 呂律が回らない、足に力が入らない、全身が焼けるように熱い。そのせいでまともに立つことすらできない。


 そんな翔の姿を見かねたのか、獣人の男は翔の腕を手に取り自分の肩に回す。


「肩をよこせっ! ここまで来たんだ、死んでたまるかよっ! お前もだ、兄ちゃんっ!」


「……っ」


「生きて、生きて、帰りを待ってるやつのことだけを考えろっ! 瞼の裏側で笑ってるやつのために生きて帰ってやれっ!」


 自分のために、帰りを待ってくれている人。


 一度だけ、翔はパレットソードでイニティウムの街の様子をのぞいたことがある。


 そこでは、街の復興を手助けするメルトの姿、多くの冒険者たちが寝る間も惜しんで働いている姿を見ることができた。その姿を見て、改めて自分は彼らのために生きて帰らなくてはいけないと思った。


 メルトは毎晩寝る前に、祈りを捧げていた。それが自分のためだと知った時、涙が出そうになった。


 そうだ、


 そうだ、


 そうだ、


 自分は、イニティウムに。生きて帰るんだ。


「自分は……イニティウムに……生きて……」


 ふと、周りを見た。


 燃え盛る炎に、聞こえるのは武装兵の怒号。まばらに足元に転がっているのは、一体誰かだかわからない死体。きっと、彼らにだって帰る場所があったはずなのだ。そう、自分と同じように。


 それを奪ったのは誰だ、


 それを奪ったのは僕だ。


 そんな人間が帰る場所を望むのは果たして悪なのでしょうか?


「……くそっ」


「っ……」


 跳ね橋まで近づいたところだった。武装兵が隊列を組んで何かを細長い筒状のものを構えて、囚人の群衆を牽制している。対立し合う両者、囚人たちが手にしているのは剣、弓。それに対し、武装兵が手にしているのは謎の武器。


 囚人たちはそれが何なのかを理解していない。


 しかし、翔だけは知っている。


「まずい……、全員、逃げろ……っ!」


 あれは、銃だ。


 翔が気づいた瞬間には遅かった。軽く何かが弾けるような音と同時に、目の前で囚人たちがバタバタと倒れてゆく。一瞬で死体の山を作り出した、兵器の名前は銃。この異世界にも存在することは、薄々と翔はプラエド号での戦闘で分かってはいたが、実際に彼らが手にしているのはこの世界では最新鋭の威力の高いライフル銃である。


 鉄でできたただの鎧や、剣で太刀打ちできるような代物ではない。


「貴様らは全員、ここで処刑にするっ! 大人しく地下に収まっていればよかったもののっ! 総員次弾構えっ!」


「……生きて……」


 監獄長が指示を飛ばす。


 銃が構えられる。


 その標準は自分たち。


「俺たちは……生きて……」


 武装兵の指が引き金にかかる。


 突き刺すような視線が、囚人たちと、翔の頭蓋を捉える。


「生きて……帰るんだ……っ!」


 炎が蘇る。


 空の右手に、炎を宿した刀が握られる。


 銃声。飛んでくる銃弾が空気を切り裂き、翔達に向かって飛来する。


『炎下統一 灼紅 炎獄の漆法具の壱<閻魔の笏>』


『今道四季流 剣技一刀<夏> 孤月』


 薙ぎ払われた刀に纏う炎が目の前に飛来してきた囚人達と翔に飛来してきた銃弾を蒸発させる。しかし、炎の勢いは弱い、そのせいか銃弾を防ぐことはできたものの、その向こう側の武装兵までは届いていない。


「ゲッホ……ゲェ……っ」


 炎を使った瞬間、大量の血を吐き出す翔。すでに熱によって内臓はボロボロ、体から発している熱量はもはや人間の域を超えてしまっている。武装兵達は目の前で起こった炎の魔術で一瞬混乱をしていたようだが、それも束の間。すぐさま次弾を装填し、標準を定め始めている。


 次の銃撃を防ぐ手段はない。


 ここまでだ。


 自分たちの旅は。


「生きて……帰りたかった……なぁ」


 空を仰ぐ翔。どこまでも澄み渡っているライトブルーの空はこの世界にやってきた時からいつまで経っても綺麗で、きっと。今、同じ空を彼女は眺めているのだろうか、なんてことを考えてしまった。


 あぁ、それはいいな。


 銃声と共にそんなことを思ってしまった。


 硬く目を閉じる翔。次にやってくる死の瞬間を、今か今かと待つ。


 しかし、


 いつまで経ってもその瞬間は訪れない。数秒、十数秒経っても、その瞬間が訪れることはない。


「……え?」


 思わず目を見開く翔。


 目の前に広がっているのは霧の世界だった。


 そばにいた獣人の男も、そして同じく監獄から逃げ出した囚人達も驚いた様子で辺りを見渡している。


『怒りは霧に、


 殺意は霧に、


 望郷は霧に、


 全ては、霧に』


 歌のような声が翔の耳に聞こえる。それは子供のような幼い声で、どこまでも淡々と紡ぎ出される言葉は森の中で木霊しているかのように響き渡っている。だが、その声が聞こえているのは翔だけである。


 ふと、背後に気配がした。


 思わず振り返り刀を構える翔。そこに立っていたのは、身長百三十センチほどの幼い少女だった。しかし、そこから漂ってくる気配は明らかに人間のものではない。どちらかといえば、ウィーネやサリーのような得体の知れない幽霊のような気配にどちらかと似ている。


「私、シル。おかえり、私の勇者様」


「……一体何を言って……」


「私、レースの坊やに頼まれたの。勇者様のお迎えに行ってあげてって」


「レースさんが……、あ」


 謎の少女、シルに言われて思い出した。レースは確かに、迎えを寄越すと。まさか、その迎えというのがこんな幼い少女だというのかと、目を疑ってしまう。


「勇者様、ボロボロ」


「……えっと、その……。すまない、俺の友達がすごくひどい傷を負っているんだ。今すぐ、エルフの村に帰りたいんだけど……」


「何言ってるの勇者様、もうここはエルフの村だよ」


 霧が晴れ始める。その瞬間に、どこか楽しげな声が聞こえ始める。彼女の言葉に翔は頭の理解が追いついていない


 頭上を見上げる。


 そこには無数のツリーハウスとそれを繋ぐ橋が目に映った。


 そう、ここは間違いなく。監獄ではなく、エルフの村だ。


「おかえり、勇者様」


 彼女の言葉が耳に届いた瞬間、体から力がぬけ地面に倒れ伏す。


 生きて、帰ることができた。


 とりあえずは。



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