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Co「◾️◾️P◾️」ette  作者: 西木 草成
第三章 緑の色
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第112話 あの声の色

 周囲は翔が放った炎で満ちていて、武装兵たちは混乱しながらも地下から出てきた囚人相手に奮戦している様子だった。しかし、彼らとて全く戦闘経験のない人間ばかりとは限らない。武装兵たちは、一部は殺され、一部は逃走し、そうやって投げ出された武器を手に、監獄内では着々とクーデターが大きく広がっていた。


 全ては、自分が引き起こしたことだ。


 ここで殺される命も、奪われる命も、全ては自分の責任だ。


「エレナさんをお願いしてもいいですか? 俺は仲間の元に向かいます」


「わかった。ここはまかせろ」


「お願いします」


 翔は、獣人の男にエレナを預ける。おそらく、レギナの元に向かえば、彼女のことを庇いながらの戦いはできない。


「さっさと逃げるかあの女を助けに行くかどっちかにしなさいっ! このままだと逃げれるものも逃げれなくなるわよっ!」


「……」


 茫然と周りで起きている惨状を見ていた翔に、ウィーネが呼びかける。彼女のいう通り、このクーデターの騒ぎがいつまでも続くとは限らない。おそらく、鎮火させるために現在、多くの武装兵をここのトップがよこすことだろう。


 そして、何より。通信が途絶えたままのレギナが一番の気がかりだった。


 翔は炎下統一を鞘に収め、腰からそれを外すと地面に目掛け勢いよく突き立てる。その瞬間、頭の中に流れ込んでくる世界の情報、その一つ一つを精査し目指すべき情報はレギナの居場所。


 リュイ。


 エルフの森。


 監獄。


 そして。


「っ!? レギナさん……っ!?」


 頭の中に流れ込んできたレギナの現在の状況。その凄惨たる情報に最初、脳が情報を受け止めきれなかった。


 頭の中に入ってきた情報は、レギナが左腕を無くしながらも武装兵相手に奮闘している姿、そしてその様子を静観している一人のエルフ。


 刀から読み取れた情報はこれだけであるが、たかが武装兵如きにレギナは腕を一つ取られるような人間ではないということは翔には十二分に理解している。


 となれば、あのエルフが。


 考えるのは後だ、先にレギナのところに向かわなくては。


 混乱する頭を無理やり叩き、翔は身体強化術を使い一気に監獄内を駆け出してゆく。背後での騒ぎが小さくなるにつれて、徐々に近づいてくるもう一つの騒ぎの元凶。


 それは、地下迷宮の出入り口から数百メートル離れた林の中だった。


 地面に倒れ伏している多くの武装兵。


 その真ん中で、レギナは立っていた。


 無くした左腕から大量の血を流しながら、レギナは一歩もその場から動かずに立っていた。


「レギナさんっ!」


 翔が叫ぶ。


 翔の声に、傷だらけのレギナは一瞬振り返る。


 その途端に、地面に倒れ込む彼女。


 その表情はひどく穏やかで、過去に見た悪夢を思い出させるような光景だった。


 そう、それはイニティウムで見たあの日の彼女のようで。


「レギナさんっ!」


 もう一度翔が叫ぶ。自分でも驚くほどのスピードで駆け寄り、地面に倒れ伏した彼女を抱き起こす、そんな彼女の頬に涙が伝う。それが彼女のものなのか、自分の流したものなのかはわからない。


 また、自分の手から命がこぼれ落ちた。


 また、自分の手から。


「おや。貴方は、彼女のお仲間の。確か、情報で聞いてはいましたが、ショウさんでしたか?」


「……アンタか。レギナさんを、こんな目に遭わせたのは」


 赤くギラギラと怒りで燃える目で話しかけてきたエルフを睨みつける翔。そんな彼の表情はひどく涼しげで、一つ大きな仕事をやり遂げたと言わんばかりの清々しさを翔は彼から感じ取っていた。


 それが余計に、翔を苛立たせていた。


「すべての無色は例外なく。排除されるべきです、世界の平和のために」


「……世界の平和……か……」


 クソ喰らえ。


 それで、目の前の大切な命が奪われるのなら。


 世界の平和など、そんなもの。望まなくていい。


『今道四季流 剣技抜刀 星渡り』


 抜刀した瞬間に吹き荒れる炎。しかし、技の精度がよくない。怒りのせいか‘、それとも自責のせいか。剣先が鈍っている。


 炎と剣戟を躱し、エルフの男はある程度翔から間合いを取る、その距離からでは流石に刀の間合いから外れている。


「物質に魔術を付与しているようですね。なかなかマイナーな魔術を使われる。ですが、威力は申し分ない。どうです? 赤色の剣士。ちょうど、貴方が手を下した赤の蒐集師の席が一つ空いています。よければ、私が推薦してあげましょう、無色を狩るものとして。その腕を買いたい」


「……もういい。黙れ、アンタ」


 レギナを地面にゆっくりと置き、炎下統一振り払う。吹き出した炎が渦をまき、振り払った方向で爆音を奏でながら炎の柱を立てている。


「アンタを殺す。レギナさんの仇だ」


「……はぁ。いいでしょう、せっかくの申し出だったんですがねぇ。こうなっては。仕方がない……っ!」


 次の瞬間、翔の周囲で空間が捻じ曲がる。それらが無数に翔に向けて弾ける。その時に生じた断裂が翔の体に無数に襲いかかった。


 翔は避けない。


 エルフは勝ち誇った表情をしている。


 しかし、エルフはわかっていない。一体、誰を相手にしているのかを。


「……は?」


 翔の体からは一滴も血が溢れていない、むしろ無傷である。


 いや、正確には無傷ではない。


 確かに、翔は傷を負っている。空間の断裂によって生じたカマイタチの刃は確かに翔の体を斬りつけ、レギナと同様四肢を切断する威力を持ってして翔に対し攻撃を行なっている。


 しかし、それが叶わないのは翔の異常な治癒能力などではない。それは、斬った瞬間から体が傷口を焼いて無理やり繋ぎ止めているのである。


「……」


 当然、翔の体には激痛が走る。だが、それを凌駕するほどの怒りを翔は抱いている。その怒りに呼応するかのように、右手に握る炎下統一がより一層赤く燃え上がる。


 それは、あの時。イニティウムで最初にこの刀を握った時と同様の怪しい赫さを放ちながら、翔はエルフに向かって一歩一歩前進する。


「止まれ……っ! 止まれぇっっ!」


 腕、


 足、


 胸、


 首、


 余すことなく、エルフはその魔術を持ってして翔を傷つけ退けようとする。しかし、その歩みが止まることはない。その目的はたったひとつ。


 この男を、レギナを殺した、この男を殺す。


 すでに翔の頭の中に理性は残っていなかった。ただ、本能の赴くままに、目の前の敵を屠る。


 一歩一歩後退りし、エルフの男がたどり着いたの井戸の淵。


 エルフの男は混乱していた。今まで相対してきた敵は、すべて自分の完成させたこの究極の不可視の魔術によって葬ってきた。たった一度の例外もなく、そしてレギナ=スペルビアもその例外なく見破られはしたものの打ち倒すことに成功した。


 圧倒的強者だったはずだ。


 なのに。


 なぜ、自分は今。逃げている?


「死ね」


「ひぃっ!?」


 翔の振り下ろした炎下統一は、なんの抵抗もなくエルフの自己防衛で掲げた両腕を一刀両断した。どさりと体となき別れになった両腕が地面に落ちる。その断面図は黒く焼き焦げており、エルフの男の頭の中では焼けた痛みと切り落とされた腕の痛みが同時に混在していた。


「あぁああああああああああああああっっっっっ!」


「レギナさんは、もっと痛かったはずだ。次は両足を落とす」


 エルフの悲鳴をよそに、翔は至って冷静に、頭の中でどうやって苦しませてこの男を殺そうかを考えていた。


 ここまできてしまった。


 他人の命にここまで冷酷になれるようになった。


 未だに、あの声は聞こえてこない。


 あの邪魔な、あの優しい声が。


「……ショウ……っ!」


 刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。


 自分を呼び止める声に気付き、エルフの男の両足に振り下ろす寸前で刀が止まる。思わず振り返り声のした方向を見る翔、その目に映ったのは必死な形相で地面を這いながら翔を見ていたレギナの姿だった。


「……そんな、そんな男のために。自分を傷つけるな……、貴殿は……もっと……」


「レギナさんっ!」


 再び地面に倒れ込んだレギナの元へ、刀を放り捨て駆け寄る翔。何度か彼女の名前を叫び呼ぶが反応はない。しかし、首すじに手をやるとその指先からわずかに脈拍を感じ取ることができる。


 彼女は死んでいない。


 その事実だけが、唯一の救いだ。まだ、この命を救うことができる。

 

「まだ。間に合う……っ」


 レギナのそばを離れ、彼女の握っていた剣を回収。そして、井戸の淵にしがみついたままだった彼女の左腕を手に取り、翔はその場を離れようとする。


 すでに、エルフの男など翔は眼中になかった。


 それが不味かった。


「待て……っ、無色の分際で……。この俺を捨て置くなんて……許さないぞ……っ! まだ勝負はついてな……っ」


 エルフの男は吠えるが、すぐその場に座り込んでしまう。両腕を失った傷が痛むのか、その端正な顔はひどく歪みきっており、獣のような瞳で翔のことを睨みつけている。


「……とっくに。勝負はついている」


 そう翔は吐き捨てると、レギナを抱き抱え林を後にする。


 この選択が、後に大惨事を引き起こすとは知らずに。


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