第102話 種子の色
「さぁ、そこにかけて」
「し、失礼します」
綺麗な部屋に、たくさん並んだ本。そしてあまりにも柔らかい椅子の座り心地に、思わず新しく作るギルドの受付用の椅子に一つ欲しいなんて思ってしまった。
「今日はわざわざ来てもらってすまないねぇ」
「い、いえ。私こそ、こんな汚い格好で……」
ふと目の前で座っている支部長のコロンを見ると、小柄な体に燕尾服をしっかりと決め込んでいる。それに比べ自分は、ギルドの受付の服を着たまま、しかも作業をそのまま抜け出した状態だったので土ぼこりがついていてひどい。
「いいんだよクラークさん、貴方の頑張りはよく知っているから」
「それで、ご用件は……?」
思わず伏せ目がちに答えてしまう。そう、自分は復興の作業中に呼び出されたのだ。一応、ギルド長のガルシアが行方不明になって、リーフェが亡き今は自分が手伝ってくれる冒険者の最高責任者となっている。
何か問題でも起こったのだろうか。
「まぁまぁ、そんな気を張らずに。紅茶、飲むかい?」
「え、はい。ありがとうございます……」
コロンがその場から立ち上がり、そばのティーセットで紅茶の準備をしている。猫舌だから、熱いのは苦手とは言い出せなかった。
そして、運びこまれた茶菓子のセットと一緒に紅茶を片手に持つ。
「フゥ……やっぱり、アエストゥスのお茶は一味違う。お口に合えばいいのだが」
「あ、はい。フゥ〜……フゥ〜……」
十分に冷ましてから、口に運ぶとじんわりと口の中に芳醇な香りと、独特の苦味が全体に広がる。出されたお茶菓子と相まってとてもバランスがいい。
「とても美味しいです」
「それは良かった」
そして支部長は二人の間を挟むように置かれているテーブルにティーカップを置き、神妙な面持ちになる。
「街の復興の方はどうだい?」
「順調に進んでいます。この調子でいけば2ヶ月以内には完全に元どうりになるかと……」
そこでなぜ、2ヶ月という単語が出たか、自分が一番よくわかっている。
その言葉を聞き、コロンは満足げに頷く。
「それは良かった。そこで……君に話があるんだ」
「はい、なんでしょう?」
するとコロンは、懐の燕尾服から一枚の封筒を取り出しこちらに手渡す。手に取り、表面に書かれているのはウルカニウスの中央都市、言うなら首都からの手紙だった。封は切ってあったため、そこから中身を取り出し、内容に目を通す。
「これって……」
「そう、今回の復興に関する援助を打ち切りたいという話だよ……」
そこにはこう書かれていた。イニティウムでの魔物襲撃で受けた損傷はあまりにも甚大であり、再興させること無駄と判断。よってこれからの援助は打ち切るとの内容だった。
でも、でも。
「貴族の人から……貴族の人から援助を受ければっ!」
しかし、出した提案はコロンの首を横に振らせるだけだ。お金がなければ再興は不可能。まだまだこれからって時に、なんで。
「そんな……街のみんなだって協力してくれて……外観だって戻ってきてるのにっ!」
「あぁ、わかっているとも……だが、住民はどうかね?」
「っ……」
「戻ってきた人は何人いるかね?」
その言葉に答えようとするが、言葉が詰まる。
もともと、イニティウムは人口が二百人ほどしかいない。そして今回の魔物の騒ぎで逃げた人たちで戻ってきたのは、半分の百人弱。明らかな風評被害だ。たとえどんなに街の外観が元に戻ろうと、街に明るさが戻ろうとも、そこで暮らす人がいなければ意味がないのだ。
「今回の魔物襲撃で戻りたくないという人は多い。また、いずれはこの街を離れると言いだす人も多いだろう」
「そんな……」
現実だ。
おそらく、この街に戻りたいという人はいないだろう。ましてや、これからこの街に住みたいと言い出す人もいないだろう。たとえすべてがもとどおりになっても、決して元に戻らないものはある。
「……君の先輩のリーフェさんとは古くからの友人でね」
「え?」
おもむろにコロンは立ち上がり、たくさん並べられている本の中から一枚のハガキほどの大きさの絵を取り出す。随分と古い紙だったが、そこに描かれているのは紛れもなくリーフェ先輩だった。
「支部長、これは……」
「これはね、彼女が初めてギルドの受付嬢として就任した時に絵師に描かせた記念の一枚だ。持っておくといい」
そこに描かれているのは、紛れもないリーフェ先輩だ。制服は多少変わってはいるものの、ギルド職員の姿であることには間違いない。その中で打つリーフェ先輩の表情は、私の知っている彼女の表情とは違い、少し緊張しているようにも感じた。だが、その姿形は全くもって自分の記憶の中の先輩だった。
ふと、絵の裏側を裏返してみると、そこにはこの紙の白い裏地にかなりかすれてはいるが何やら文字が書かれてある。
『リーフェ=アルステイン 4/12 歩けなかった道にも、きっと花は咲く』
これは....
じっとのぞき込んでいると、そばにコロンが近寄ってきて、同じように絵の裏側を覗き込み始めた。
「それは、彼女が昔よく言っていた言葉なんだ。聞いたことはあるかね?」
「いえ、全く……」
だが、私はこの言葉を知っている。それは、なぜか。先輩の家のある場所、そこに先輩は今眠っている。そこに建てられた小さな墓石に刻まれた言葉がまさにこれだったのだ。
「墓石に刻む言葉を選ぶときは、絶対にこれだと思った。絶対に私が彼女を看取ることはないだろうと思っていたがね」
「支部長、私……」
歩けなかった道にも、きっと花は咲く。
先輩が見ることのできなかった未来を私は見ている。
先輩に見せたい未来があった。
諦めるなんてできるわけがない。
「諦めたくありません。私は、先輩が愛したこの街を。ショウさんが帰ってくるこの街を諦めたくありませんっ!」
思わず立ち上がりコロンを見ながら、しっぽ背中までくっつくくらいに立たせて宣言をする。その気になれば自分が一人でやってやる、誰もが見捨てたって私が一人で。
「……そうか、ありがとう。その言葉が聞きたかった」
「……え?」
コロンが優しそうに微笑むと、支部長のいつも座る机の上に置いてあるベルを取り出しそれを軽く振ると、軽く、心地いい音が部屋に響く。
「御呼びでしょうか?」
「あぁ、首都に出発する準備をしてくれ給え」
呼び鈴を鳴らしてすぐ、扉から現れたのは召使の男性。どうやら扉の前で待機をしていたらしい。
でも。
「支部長……」
「私だって、諦めるつもりは毛頭ない。だが、君から一言聞いておこうかと思ってね。現実は厳しいぞ、それでもやるんだな?」
先ほどまでの表情とは一転、厳しい表情で見られるが、私の気持ちはぶれることはない。
その顔を前に向け、自分の未来を、歩くことのできなかった人のために自分は頑張るのだと。
「はい、やります」
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支部長の家を後にし、街を歩きながらだんだんと元の街並みに戻って行くのを横目に、残された時間は少ないということを悟る。そして、しばらく歩き続けて、軽い林を抜けるとそこには緑豊かな平原の中に佇む、一つの小さな家。
そう、先輩の家だ。
ちょっと丘を登り、家のそばまで進み木でできた低い塀をくぐる。そこにある小さな庭の中にリーフェの墓はあるのだ。
『リーフェ=アルステイン 享年216 歩けなかった道にも、きっと花は咲く』
葬儀の際、私と生き残った冒険者と支部長、そして彼女を知る街の人が葬儀に参加した。その数はおよそ四十名ほど。これは、長い年月を生きる彼女が築いてきた絆だ。
「先輩、絶対に……みんなでまたここに戻るんです」
ショウさんがいる。ガルシアさんがいる。ここで料理を作るって、約束したじゃないですか。
でも……
でも……
「どう……して……どうして……っ、こんなに……悲しいんですかね……っ?」
手に持った、お供え用の花が手の中で潰れ、両膝が地面に吸い込まれるようにして落ちる。頬を伝う涙は、彼女の眠る土の中へと吸い込まれていく。
「先輩……やっぱり……寂しいです……先輩がいないと……寂しいです……っ」
ショウは犯罪者で、ガルシアは行方不明。自分だけがここに取り残されてしまった。
寂しい……泣いてしまいたい、逃げ出したい。
でも、それでも
見上げた墓石には、やはりこう刻まれていた。
『歩けなかった道にも、きっと花は咲く』
涙を拭き、
服装を正し、
しっかりとした態度で、
礼節を持ち、
威厳を持って。
ギルド受付嬢として。
「……先輩、今度は4人で会いましょうね……っ!」
ふと、遠くで風が吹いたような気がした。
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