第99話 正念場の色
「おいっ、さっさと撃てよっ!」
「み、味方に当たっちまうっ」
「疾すぎて照準が……っ」
呼吸を一つ。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 清流浚い<掬>』
低空姿勢から放たれた翔の一撃は、ピストルを構えた男たちの膝を打ち砕いてゆく。船の上にいる招かれざる客の人数は三十数名、対してこちらの戦力は十七名ほど。負ける戦いなのは間違いない、さらに船員のほとんどが戦闘を経験したことのない非戦闘員。
まともに動くことのできるのは、翔とレベリオ、そしてリヴの三人。
一人頭、約十数名。さらに追加で貿易船に乗っている戦闘員。
「クソ……っ!」
負け戦にも程がある。しかし、ここで立ち向かわなくては、失われる命が増えるだけの話。
大切な命が、また失われるだけの話。
クソだ。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 渦潮』
正面の男からサーベルを叩き剥がす。続け様に放った両肩への攻撃で男は気絶して倒れる。
後ろで銃声。
すぐさま動き、その場を離れ、次の瞬間には、翔のいた場所に銃弾が当たり木の屑が舞い上がっていた。
「テメェっ!」
「っ!」
続け様に男が腰から取り出したピストルが翔の頭を狙う。
眼前に突きつけられた銃口、あれは避けられない。
『雷よっ!』
次の瞬間、翔を中心に取り囲んでいた男たちに黄色い放電が走り、次々と気絶して倒れてゆく。一瞬だけ、身構えた翔だったが仲間には一切攻撃は当たっていない。
魔術を放った者の正体、それは片手を天に掲げているレベリオの仕業だった。
「大将無事かっ?」
「そういう便利なの使えるんだったら、最初からお願いしますよっ!」
「悪りぃな、これ一回きりなんだわ。それよりも、まだまだ来るぞっ! ちゃんと気張れっ!」
「チィッ!」
一難去ってまた一難、貿易船から流れてくる人間は後を経たない。隣の船を睨みつけたその瞬間だった。
再び雷鳴のような音が重なって鳴り響く。ほぼ同時に大きく揺れて傾くプラエド号。まともに立つことができずにその場で片膝をついた翔だったが、その揺れの正体は一目瞭然だった。
「気が早いんだってっ! もう沈めにかかってきたかっ」
プラエド号の横につけた貿易船の放った大砲である。再び鳴り響く巨大な音、同時に揺れる船。しかし、今度はダメージを受けているのはプラエド号ではなく相手の貿易船である。
それは、プラエド号から放たれた大砲による攻撃のものだった。
「リヴっ! よくやったが少し遅いぞっ!」
「すいません船長っ! 甲板に上がってる人間がほとんどなもんでっ!」
「その調子で全砲門敵船にぶちかましてやれっ!」
両腕に敵を抱え海に放り投げているリヴがレベリオの指示に従い再び大砲の発射の合図を出す。再び大きく揺れる船、相手の貿易船に大砲の砲弾が当たり貿易船の側面が徐々に木片を撒き散らしながら削れてゆく。
戦況はまだこちらの負けには傾いていない。
まだ自分が動けば勝てなくとも相手は諦めるかもしれない。
パレットソードを握る腕に力を込めたその時だった。
「強者。と、お見受けする」
背筋から内臓にかけて、冷たい手でなぞられたかのような寒気が翔の体に走る。いつの間に背後に立たれていたのかわからない、しかしこのただならぬ気配は先ほどまでの有象無象とは格段に違う。
握りしめたままのパレットソードをバックステップの勢いのままに翔は背後に向け勢いよく振るう。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 孤月』
手応えはない。
空を斬ったパレットソードは振り抜いた位置でピッタリと止まっている。
背後にいた男の正体。背中に二振りの剣の鞘を差し、両手に二振りの剣を握っている金色の髪をオールバックにし、こちらを睨みつけている背丈二メートルほどの大男。
見た瞬間にわかった、あれは強者の面構えだと。
「っ……!」
彼の背後、その後ろには見たことのある人間や、獣人が甲板に倒れ伏している。そしてその地面には血溜まりができており、全てこの男が斬ってきたというのは容易に想像できた。
「トットさん……っ、みんな……っ」
「一つ聞こう、強きものよ。何故そのような珍妙な形の剣で戦っている?」
男の背後に向かって駆け出そうとしたところで質問をされる。男は、翔を通すつもりは毛頭にないというのは言うまでなくわかった。同時に、この男を出し抜くのは容易ではないということも。
「黙ってろ……っ、俺はアンタに構ってる暇はない……っ!」
「ふむ……、貴様。この船の船員ではないな」
「な……っ」
「海賊特有の気概の強さは一切感じない、それでもって仲間のために憤慨することのできる強い仲間意識、そしてそこから感じ取れる優しさ。鑑みるに、貴様は元冒険者か」
たった一言のやり取りだけで翔の素性が見破られた。やはりただものではないと感じた翔は、一気に勝負を決めようと駆け出す。
明らかに自分よりも強い人間と対峙した時はどうするか。
選択肢は二つある。
まずは逃走。
これは勝率の低い戦いには望まないという姿勢にある。基本的に、勝てない相手からは逃げるというのが鉄則だ、死んでしまえば元も子もない上に、一対一で勝てない相手であれば仲間を呼ぶことで戦況が変わる場面だってある。故に、逃走というのは決して恥ずべきものではなく、己の力量を鑑みた上での戦略的行動でもある。
そして、二つ目。逃走することができない状況、または逃走すら許されないもののとの対峙。
これに関していうのであれば、必然と戦闘に持ち込まれる。そうなった場合一番に留意するべき点は、相手が本気を出す前に決着をつける、いわば先手必勝の心構えを持つことがある。
だが、得てして例外というのは存在する。
それは、すでに相手も本気を出していることだ。
『今道四季流 剣技一刀<秋> 落陽』
翔の放つ渾身の一撃を男は受け止める。その瞬間、砕け散る男の剣、それもそのはず、本来この技はただの面打ちではなく武器破壊を目的とした一撃である。まともに受ければ剣は良くて一部破損、悪ければ砕け散るのが必定である。
しかし、男は一切動揺をしていない。
剣が砕けた瞬間、壊れた持ち手を投げ捨て両手を合わせる。
『喰らえ、炎よ』
次の瞬間、ガラ空きになった翔の腹部に当てた男の腕から炎の渦が巻き起こり翔の体を勢いよく吹き飛ばす。あまりの衝撃に口から胃の内容物が漏れ出て、腹の一部が焼けただれる。
魔術の攻撃を受けたことは一目瞭然だった。しかし、その威力は温泉街で受けたものは全く別物の衝撃である。
「腹を貫通する勢いで放ったつもりだったんだがな、丈夫な体をしている。これで終わらないことを嬉しく思うぞ。強き者よ」
「ゲッホ……っ、くそ……っ!」
立ち上がる翔、しかし先ほどの攻撃が効いているのか足の震えが止まらない。元より一筋縄では行かない相手だと思っていたが、これでこちらが打てるハッタリは無くなった。
ここから先は真っ向勝負のみである。
「先生っ!」
突如、少年の声が睨み合う二人の間に入る。男から視線を外し、翔は声のする方を見上げると、そこには十二、三歳くらいの少年が手を振ってこちらに向けて何かを投げようとしている。
小さい少年が貿易船に乗っていたことに驚き呆気に取られる翔。そして、少年の投げたものを受け取る先生と呼ばれた男。男が受け取ったものは、一振りの剣だった。
「先ほどの武器破壊、見事だった」
「……そりゃどうも」
「そちらが本気を出すと言うのであれば、こちらも本気を出さなくては私の礼儀に反するというもの」
男はゆっくりと受け取った剣を引き抜く、同時に見開かれる翔の目。太陽の光に反射しながらその刀身をあらわにしたそれは、真っ白な金属の肌を持つ、まさにパレットソードを鏡写しにしたかのような剣だった。
「我が流派、魔剣流に代々伝わる一振りだ。私の知る中では、最も聖典の『剣』に近いとされている」
「……」
「名乗りが遅れた。我が名はレギオン、魔剣流二百三十七代目当主だ」
相手の名乗りに、一瞬だけ。自分が今、戦いの場に身を置いていることを忘れてしまいそうになる。
殺し合いの場だというのに、礼節を重んじた彼の礼儀に敬意を払う。
しかし、心は仲間の無事を確認したいが故に逸る。
だが、そのためには彼を打ち倒す必要がある。
きっとここが正念場だ。
「……約束しろ。もし、俺がアンタを倒したら。ここから身を引け、仲間の命を保証しろ」
「……いいだろう。約束をする」
「……スゥ」
レギオンの返答に、翔は深呼吸をしながらパレットソードと鞘を繋いでいた紐を解く。
「……行けるか?」
『……全力は無理だ』
パレットソードの中にいるサリーに声をかける。サリーの声は酷く弱々しい、とてもではないが戦える状態であるというのは十二分にわかる。しかし、満身創痍なのはお互い様だ。
何度でも言おう。
ここが正念場だ。
「大将っ! 行けるんだな……っ」
レベリオの声が翔の耳に入る。
そうだ、自分には守りたいものがある。だから、ここでレギオンに立ち向かわなくてはならない。
命を消費しろ、削りに削って守れる命があるのなら。
「俺は……、アンタを倒してっ! この船を守るっ! 行くぞ『炎下統一っ!』」
翔を中心に炎の渦が巻き起こる。空気が干上がり、熱だけが空間を支配する。渦の中心、一振りの細い刀が炎を切り裂き翔の姿を表す。真っ赤に燃えるような炎のようにゆらめく髪。鋭く光るのは紅く染められた両目。
「今道四季流、今一色 翔。推して参るっ!」
翔の名乗りを聞いたレギオンの口端が釣り上がる。
戦いの火蓋は斬って下された。
一人でも多くの読者が増えますように、一つでも多くの感想をもらえますように。




