悪役令嬢役
榎美沙希は仕事の合間にうたた寝をしていた。
目を覚ますと目の前に女がいたが、寝惚け眼と逆光のせいでシルエット以外はハッキリ見えなかった。
「貴女は生まれ変わらなくてはなりません。この本が助けになるでしょう。」
それだけ言うとその女は去っていった。美沙希は渡された本を開く。
内容は王道の恋愛ものだった。異世界学園風で、王子様と男爵令嬢の出会いから恋に落ち王子の婚約者の侯爵令嬢が執拗に男爵令嬢をいじめ抜き、王子の側近候補たちが密かに男爵令嬢を守り続ける。
卒業の舞踏会で侯爵令嬢が婚約破棄と共に断罪され王子と男爵令嬢が結ばれてめでたしとなる内容だ。
「生まれ変わる…か。」
美沙希は呟くとその日から必死になってその本を読み込んだ。
それから数週間後、多くの中から選ばれた彼女はその世界の一員となった。
美沙希はカトリーヌと言うヒロインを虐める公爵令嬢の中に入っていた。
美沙希自身の学生時代はイジメられはしないもののクラスの輪には溶け込めないボッチだった。
「あら、ミレージュさんそれが挨拶のつもりでしたの。」
『もっと虫けらをいたぶる様にね』美沙希に直接声が届いた。
「ふん、優雅さも気品も無いわね!目障りですのでワタクシの視界に入らないで頂戴。おほほほ。」
扇子を広げる時にわざとミレージュにぶつける事も忘れない。
『私が立派な令嬢にしてみせるわ』しかし美沙希はカトリーヌの中に常に居られる訳では無かった。
時にはミレージュを慰める野良猫の中に入る事もあった。
「にゃ〜ご。」
「クロちゃん心配しないでね。まだ頑張れるわ。」
ミレージュが猫を撫でる。
美沙希としては複雑だ。
『猫最高だったよ』彼女に声が届く。
そして遂に断罪の日が訪れる。
「なぜなの、なぜワタクシが…『ワタクシだけのせいだと仰るのですか!』」
この日始めて美沙希の言葉がこの世界に響き渡った。
『はいオッケーです。これで全パート収録完了しました。』
「いやぁ、キキちゃん最後のアドリブ痺れたよ。」
監督が褒めてくれた。彼は苗字と名前の下を取って彼女をキキちゃんと呼ぶ。
「ああ、生まれ変われたな。これからが楽しみだ。」
音響監督にも褒められた。
このカトリーヌ役で美沙希は各方面から評価を受ける事となり、今やキキちゃんと言えば某箒に跨る女の子よりも榎美沙希の名の方が広くお茶の間に浸透している程だった。