双極性障害を抱える私のリアルな話
ダルい。なんにも、やる気が出ない。
今日も、かろうじて10時半頃に、なんとか起き出し、自宅から、徒歩15分のデイケアにたどり着き、お弁当を食べて、ソファーで死んでいた。
プログラムの室内バレーボールに一瞬参加し、またソファーへ。
寝逃げにも、限界があり、タバコも吸いたくなったので、終了時間の3時半少し前に喫茶店に移動した。
ここで、1時間後に現れる予定の、みっけねこを待ってる。
もう2日も、シャワーを浴びていない。身体を拭くシートで、汗をふくだけ。洗顔はするが、化粧水も乳液もサボっている…
これが、全ての双極性障害者の鬱状態なのかは、わからない。
私は、酷い鬱の時は、ベッドから起き上がるのも精一杯で、食事とトイレ以外、眠れもしないのに、ベッドにしがみつく有り様だった。
とりあえず、デイケアに行く。ソファーで死んでいるだけでも、お弁当を食べて、最低限の人と、かかわる。
明日、明後日は、B型作業所で、革細工の仕事だ。といっても、雇用契約をむすんでいない働き方だから、時給220円。
こんなに、ダルくて働けるのか、不安もあるが、帰宅してシャワーを浴びれば、意外とあっさり、このダルさから開放されたりもする。
今月は、わりあい忙しく過ぎた。薬を2.5ミリ減薬した次の週、親子日帰り旅行、三者面談、宅飲み会、みけと三人でのさくらんぼ狩りの日帰り旅行と、立て続けに予定が入ってしまい、いつもより睡眠時間が短くなり、頭が常に興奮しているような、脳が休まらない感じが続き、薬をもとに戻したら、びっくりするほど、眠るようになった。
私は、イベントは好きで、多少の無理もきくが、予定をこなしたあと、バランスを崩しがちだ。
鬱は、まだ平和。
出産後に初めて精神科に5ヶ月入院、その後、結婚式を挙げ、元夫と娘の養子縁組がすんだら、躁うつ病を発症して入院。復職リハビリを経て、復職が決まったら、躁転して入院。などなど、大きなイベントをこなした後で入院を何度も繰り返した。
私の場合の躁転は、お風呂のドアを叩き割ったり、父を思い切り蹴飛ばしたり、母に殴りかかったり、ふすまを包丁で切り裂いたり、ほんとにヤバくて、躁転の兆しの時点で入院してしまわないと本当にこまる。
直近の入院は、約1年前で、その時は不眠気味になっていた私の様子がおかしいと高校生になった娘が危険を察知し、すぐに入院したから、誰にも被害は及ばなかった。
こうして、書いていたら、今ぐらいの鬱、むしろ平和ではないかと思えるようになってきた。
なんのために生きているのか?
こんな日常でも、生きていたいと思えるのは、帰宅した娘から、高校生活のあれこれを聞いたり、彼女のために洗濯したり、私を必要としてくれる娘がいるから。そして仕事終わりに必ず電話をくれ、私の愚痴やらなにやらを小一時間聞いてくれるみっけねこがいるから。
障害者でも、普通に生きたい。
障害者も普通に生きていける社会であってほしい。
デイケアや、作業所などが、ちゃんと居場所としてあってほしい。
なんとなくの日常を守りたい。




