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運命と禁忌の旅路  作者: わさび
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file.3〜人喰みの森・前編〜




揺らめく炎。ぱちぱちと音を立てながら枝を燃やすそれを見つめているだけで、どこか安心した気分になる。


すぐ左、ふたつに結われていたゴム紐を解いてふわりと柔らかな曲線を描いた濃紺の髪の少女が眠る。大きな尾の狐の様な、どちらかと言うと幻想の生き物であるカーバンクルを連想させる生き物をその華奢な腕に抱いて。


「まさかマグニレグノの娘だったなんてね」


大陸で最も古くから栄え、今でも衰えぬ財力と武力で大陸を収める大国。それがマグニレグノ。


「……ん、そうだな」


アダムは焚き火を眺めたまま、ぼーっとして空返事を返してきた。アダムが考えている事は分からない。アダムが何を思っているのか分からない。だけど、原因は分かる。目の前で、「禁足地の消滅」を見た事。どうしてアダムが禁足地を巡るのか、僕には分からない。でも、あれが今のアダムの悩みの種であろう事は想像に難くない。


話しかけて少しでも気を紛らわせようとしたけれど、失敗。さて、どうしようか。僕としては悩むのはとても嬉しい。悩んで悩んで、悩み抜いた先の答えを見続けたい。


「……ねえ。マグニレグノ出身って事、禁足地を消した事、どっちを考えてるの」


見ると、ヴァスがその大きな目を眠そうに半眼に開いてアダムに問い掛けていた。


「何処から来たかは別に気になってない。けど、」


「どうして消すのか、ってとこ?」


アダムは黙った。ヴァスはそれを肯定と取り、話始めた。昼に助けた時程口調に棘が無いのは眠いからだろうか、それともアダムを気遣ってか。


「マグニレグノには禁足地の観測に長けた組織があるわ。というのも、マグニレグノの地下が禁足地になっているからなのだけど。で、私はそこに所属していて、危険な禁足地を潰している。ここまでは話したわよね」


「ああ。マグニレグノの地下が禁足地になっているのは初耳だけどな」


「……。ま、まぁそれで、ね」


明らかに口を滑らせた感を漂わせたヴァスに、アダムは気付かない。ヴァスはそれをいいことに話を続けた。


「マグニレグノが定める禁足地の危険度は、喰われた人間の数が指針よ。より危険な禁足地は人を誘い込む。そうして食べてしまう。だから、そういう禁足地は潰さなきゃいけないのよ。どんな経緯でそれが生まれたとしても、過去の亡霊が今を生きる人間に害を与えちゃいけない。ってことだよ……ふぁ、ねむ」


アダムは、ヴァスの言葉を理解はしているが、納得は出来ないみたいだ。理由は、僕の口から語ってはいけない。


ヴァスは言うことを言い切った、といった感じで再び寝始めた。アダムは炎を見つめたまま、じっと考え込む。


空を見上げると、明かりが少ないからか、よく星が見える。澄んだ高い空に散りばめられた星々の煌めき。ゆっくりと流れる雲。静かに照らす月。頬を優しく撫でる程度の夜風が時たま吹き抜ける。全てに平等な空の下で、平等じゃない人間たちが苦悩する。どちらに進めばいいのかと立ち止まり、悩み、苦しみ、答えを出す。



「私は何処に禁足地があるのか把握してないから。あんたたちに着いてくから、よろしくね。名前を聞けばどんな禁足地なのかは多分分かると思うわ」


そうヴァスはさも当たり前のように告げた。


「そう、か。うん、分かった」


アダムが一瞬言葉に詰まったけれど、ついてくること自体に問題は無い。その先で再び「禁足地の消滅」を見るかもしれない、という危惧を除けば。それでも「YES」と答えたのは、どうしてだろうか。


「なら決まりね。で、次は何処に行くの? あなたたち、禁足地をまわっているんでしょう?」


驚いた。何も言っていないのに、そこまで考えを回したのだろうか。といっても、ヴァスが僕たちについて持ってる情報は限りなく少ない。だからほとんど「予想」とか「想像」のレベルでの発言の可能性が高い。そういえば、昨日の夜も言っちゃいけなそうな事を口走っていたような。実はぽんこつだったり?


「ああ。そうだな……次は、」



曰く、そこには人の心を食べる場所らしい。入った者は帰ってくるけれど、心が抜けた屍。身体に染み付いた習慣を繰り返すだけの人形に成り果てる。帰ってこない者は、どうなってしまったのだろうか。


そこの近くに来た時、ヴァスが声を上げた。


「あんた、またA級の禁足地に行くとか聞いてなかったわよ」


ということはつまり、この禁足地もヴァスにとっては抹消の対象ということだ。そういえば、ヴァスの持っている槌はどうして禁足地を消す事が出来たのだろうか。聞いてみてもいいのかな。


「あの、ヴァス……ちゃん?」


「……気持ち悪い。呼び捨てでいいわ。で、何?」


「その槌は、一体何で出来ているの?」


そう聞くと、ヴァスは背中のバックに突き刺した槌を引き抜いた。


「ああ、これね。これは世界中に七つ存在する呪いのひとつが込められたものよ。素材は、なんだったっけ……キゾミオルだっけか」


キゾミオル、は確か……血に染まったような赤色、異常に軽く堅いことが特徴の金属。産出量は限りなく少なく、維持が恐ろしく難しいと言われる。けれど、龍の牙にも匹敵する硬質性と柔軟性を合わせた優秀な金属。そんなもので出来た槌をどうして。


「……ほら、着いたよ」


アダムの言葉に、そこに目を向けた。衛兵が五人、剣や槍を携えてその先へ踏み込む者を遠ざけている。全員の肩にデーモンのようなものが静かに座っている。

「そこ、行きたいんだけど」


「不可能です」


「何故?」


「何故って……そりゃ、禁足地だからに決まってるだろ」


ヴァスは懐からペンダントを取り出し、ずいっとひとりの衛兵の前にかざした。大剣に絡みつく蛇と翼の紋様が刻まれたものだ。それを見た衛兵は目を見開き、ゆっくりと後ずさった。


「……それでいいのよ。それで」


何の変哲もない石柱が二本立てられただけのその間を通る。優しい風が吹き抜け、木々が揺れた。人々を誘い込み、心を喰らう森へと、足を踏み入れた。



「……『暴食』が敷地に入りました」


剣を持った衛兵が耳元に装着された小さな水晶球に話しかける。すると程なくして、周囲に霧が立ち込めた。


「はい、報告ありがとー。誰も入れるなよ。入れたらそいつも含めお前らも殺すからな」


衛兵は霧の中から現れた端正な顔の男性の殺気に息を飲んだ。銀の髪、翡翠の瞳。マグニレグノ国王直属の近衛兵団団長、ネブラ。


「今行くからな、用無しのヴァス」


ネブラは衛兵の横を過ぎると、獰猛な笑みを浮かべた。その端正で、絵画の様な優しい顔からは想像もつかない程の殺気を帯びて。その傍らに、黒い髪の女性が付き従っていた。こちらは極めて物静かな、それこそ人形の様な微笑を浮かべて。

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