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運命と禁忌の旅路  作者: わさび
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file.1〜龍の遠啼き〜




禁足地。踏み入ることを禁じられた地区、区画のこと。アダムが向かうのは多分、禁足地だ。何を求めてそこに行くのかも、何の為にそこに行くのかも、全て分かっている。


今朝まで泊まっていた街のすぐ近くに一箇所、禁足地がある。


曰く、その地には龍が住んでいる。かつて宗教によって発展した大国が、ある龍の怒りを買い、一夜で滅んだ。残った都市の残骸にはその龍が住み着き、龍への畏怖から、その地は禁足地となった。



その都市を見た時、「異様」という言葉以外が浮かばなかった。都市の入口には巨大な穴が空いている。まるで、巨大な何かが通った跡の様に。大半が煉瓦造りの建物で、所々焼けた跡も見える。都市の中央には高く太い、とてつもなく巨大な塔があり、雲に隠れて塔の先は見えない。都市の周囲は湖に沈んでおり、都市へはたったひとつの橋からしか入れない様だ。


「アダム、ここ?」


「うん、そうだよ」


都市へ続く橋へと歩みを進める。いつの間にか周囲から生を感じなくなり、澄んだ湖の中を覗いても、生き物は見えない。けれど、緑は豊富な、矛盾のある閉じた世界がここにある。


アダムの横を歩きながら、ふと思ってしまう。人が犯した過ちの末の景色だとしても、これはあまりにも幻想的で、美しい、と。


「ーーーーー」


何処からか、「声」が響き渡る。言葉を成しているようにも、ただの獣の咆哮のようにも、見事な鐘の音のようにも聴こえるそれが、ただ響く。遠く、遠くへ。何処までも。


「……人だ」


正面。開けた場所に噴水がある。蔦や草が生え大きな木の木陰になっていた。その噴水の緣に、ひとりの青年が腰掛けていた。薄茶で所々ほつれ、破けたローブを羽織り、切る暇が無かったのか無造作に伸ばされた髪。


青年は足音に気付いたのか顔を上げると、にこやかに微笑んだ。酷く儚げなその瞳、酷く朧なその輪郭。青年は、たったひとりだった。


「……あれは、哭いていたんです」


青年はそう言うと立ち上がり、都市の更に奥へと歩き出した。アダムはその背を見送り、再び歩き始める。


半ばから崩れ落ちた建物。荒れた石畳の隙間からは逞しく草が生い茂る。人々の営みの残骸を、自然が覆い尽くしてゆく。


人がいた痕跡は一切無く、元からこの都市に人はいなかったのかもしれないと錯覚してしまう。龍がこの都市を滅ぼしてから途方もない年月が経ち、骨肉は朽ち果て、自然の養分となった。そう考えるのが妥当だろう。


都市の地下。整備された水路。陽が届かないこの場所に草木は生えておらず、人工物を感じさせる。水路の床や壁、天井には、擦れたような跡があり、何かが通った跡のように思えた。水路をしばらく進むと、大きく開けた場所に出た。太く丈夫そうな金網の下では綺麗な澄んだ水が流れる。水路はここで行き止まりのようで、水路の中心に、青年がいた。


「どうしてここに?」


その背が問い掛ける。天井は無く、大きく開けた空を見上げている。陽光が当たり、僅かにその身体が透け、朧な光を放っているかのように見える。


「……見ておきたくて」


「何を?」


アダムが数瞬考えた末に出したその答えに、更に問い掛けを重ねる。


「何が起きるのかを」


青年はゆっくりと振り返り、アダムを真っ直ぐに見据える。永劫続くと思われる苦行を終えた後のような、とても推し量れない疲労を讃えた瞳。けれど輝きは薄れず、深奥に秘められている。


「そう。なら……忘れないでくれるかい。僕達の存在を」


「……あぁ、誓おう。絶対に、忘れない」


アダムもまた、その瞳の奥に光を宿し、青年に応えた。すると、透けていた青年の身体は更にその透明度を増し、水に溶けるように消えた。


「ーーーーー」


また、何処からか「声」が響いた。


「……」


声なんて、出せる筈がない。本物の龍を前に、身体は完全に萎縮していた。そう、気が付くと、青年がいたはずの水路には、渦を巻いて鎮座する龍がいた。天を仰ぎ、泣く。鳴く。啼く。哭く。


「ーーーーー」


「……ああ」


「ーーーーー」


「約束する」


龍はアダムに僅かに顔を寄せると、その紫紺の瞳を少しだけ見開いた。大粒の、珠のような雫が龍の頬を伝う。


「ーーーーー」


高い鈴の音のような「声」が一度。とても暖かく、けれど儚く。何処までも、遠雷のように響き渡っていく。龍の遠啼きが、響き渡る。


一夜にして滅んだ国に住まう龍。都市にいた青年の正体は恐らく亡霊。「忘れて欲しくない」という思いで、ただひたすら誰かが訪れるのを待ち続けた。だから彼はたったひとり。だってさ、「死んだ人間は運命に縛られない」だろうから。僕達はそういうものさ。アダムには、内緒だけれどね。


選ぶのは人それぞれの意志によるもの。僕達は選択肢を与えるだけ。幾つも、幾つも。だから、この旅はきっと君のものだよ。僕はそれを見届けるだけ。君のそばで、君が死に、息絶えるその瞬間まで、ね。

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