お出かけ
♢12♢
五日目。まだ薄暗い内に目が覚めた。
昨日は嫌なものを見た。
そのせいで眠りは浅かったようだ。
このソファーにも、慣れきたと思ってたんだけどな……。
寝返りを打つと何かが身体に触れる。
実は、狭かったから二つのソファーをくっつけたんだ。合わせると一人で寝るには十分な広さになった。
それより、この温かいものは?
「──ミネラ?! どうして。ベッドはあっちだぞ?」
驚いて声が大きくなってしまう。
ミネラはすやすやと寝息を立てていたが、僕の声に目を覚ましたらしい。
「……おにいちゃん?」
何故だか、昨日からそう呼ばれるようになった。
それについては、普段から呼ばれていたから別に違和感はないのだが、これは流石にな……。
「ベッドはあっちだ。一人で寝られるだろう」
「だめ……だった? ごめんなさい……」
「いや、ダメじゃないけど。誰かに見られたら、いい訳のしようがない」
そういう趣味の人だと思われてしまう。それは困る。
ここには食事を運ぶ人しかこないが、それでもマズい。ただでさえ僕はこの子を部屋に連れ込んでいるのだから……。
「おはよう。お兄ちゃん?」
いつからいたのだろう……。
スカーレットが音もなく後ろに立っていた。
「違う。僕は何もしてないぞ?」
「そうだとは思うけど、その台詞を聞くと怪しいわね」
「だいたい君は何で直接部屋の中に現れるんだ!」
「正面から訪ねられるわけないでしょ? ……まったく、心配してあげてるのに」
そう言われてしまえば僕には返す言葉もない。
自分では分からないのだが、昨夜は心配をかけるほどだったのだろう。
「……けんか?」
「「──違うよ!」」
互いに思うことは同じなようだ。
この子にそんな姿を見せたくない。
僕は決めた……。この子をここから逃がそうと。
「ねぇ、まだ時間あるでしょう。出かけましょう? 三人で」
「出かけるって……どこに? もうどこも開いてない。今頃はみんな寝てるよ」
「それはお金持ちたちでしょ? 彼らの世話をしなきゃならない人たちは起きてるわよ。西側の端に商会の管理してる場所がある。露店もあるし、行きましょう!」
西側か……。
足を踏み入れたことはなかったな。居住スペースだと聞いただけだったしな。
サウスの所に行くまでは時間もあるし、そのくらいはいいだろう。
「分かった。行こう、三人で」
「良かったわね。お兄ちゃんが連れてってくれるってよ。もちろん、ミネラも一緒よ?」
「いっしょ……でも……」
ミネラは部屋を気にする。
彼女の仕事は僕の世話だ。部屋を開ける間は、掃除なりをしなければならない。
そう思っている。
スカーレットも言っていたが、寝るだけのこの部屋が汚れることなどないだろう。この子はそれでも忠実にこなす。
出来なければ、その後に待っているのは死だと分かっているから。
「いいんだ。三人一緒だ。ミネラも行こう?」
悲しい子だ……。
こんな子をどうして傷つけられる?
恐怖で縛り、その全てを奪う。
そんなやり方に反吐が出る。だけど、この感情を表に出してはいけない。
ミネラに感づかれてはいけない。
この子に見られたくない……。
自分に巣くった黒い感情を。
「ほら、行くわよ?」
「──うん!」
ミネラはスカーレットの手を取る。
その顔には笑顔が見れる。
裕福にとは言わない。けれど人並みに幸せになってほしい。それは、この子を助けた自分の責任だ。
その笑顔を絶やさないでいられる場所に、連れて行かなくては……。
だから見せたくない。この国を。この世界を。
ルプスの言葉は正しい。
彼は自分の身内だけ助かればいいと言った。
酷いと思うかもしれない……。
けど、僕はそうは思わない。
万人を救うのは無理でも、一握り。
自分の大切な人だけ、助けられれば十分だろう。
彼は自分の村を。僕はあの子を。
「おにいちゃん?」
「ほら、呼ばれてるわよ。お兄ちゃん?」
「スカーレット。なんで君まで、お兄ちゃんなんだ……」
「私の方が年下なんだから、いいじゃない」
彼女には助けられているな……。
自分一人じゃ思いつきもしなかった。
スカーレットがいなければ、今日もミネラは一人で与えられた仕事をこなしていただろう。
きっとそのためでもあったんだろう。ここに来たのは。
……なら、今だけは楽しもう。
素直にそう思った。




