異世界にて 7
♢7♢
──寝過ごした!
自分にしては珍しいと思う。
余計なことを考えてて、寝付きが悪かったな……。
慌てて街中を駆ける。
サウスの診療所に行くと伝えた時間は、とっくに過ぎてる。
ガランとした街を見るのも慣れてきたな。
こっちより、大通りに出た方が近いか?
近道になると判断して大通りへと出た。
異変には直ぐに気がついた。
──なんだ? 人が多い。
馬車が並び、それに伴い人が沢山いるのだ。
こんな時間から?
それが普通なんだけど、この国では異常だろう。
見物人らしい人たちが通りの両方にいて、過ぎさる馬車を見ているようだった。
向こう側に行くにはどうやら遠回りをしないといけないようだ。
なんだって、こんな……。
ふと馬車の一つが目に入った。
その馬車から女の子が一人。
荷台から飛び降り、街の入口の方に走る。
女の子の服装は、お世辞にも綺麗とはいえない。
手には鉄であろう手枷。
──手錠。
どう考えても只事ではない。
逃げた女の子を複数の男が追う。
子供の足で逃げ切れるはずもなく、簡単に引き倒され暴行を受ける。
気づいた時には、もう走り出していた。
──なんで誰も止めない?
これだけ見ている人間がいるのに!
「──やめろ! そんな子供にどうしてこんなことを!」
女の子を庇い、男たちの前に立つ。
「なんだぁ、このガキは……。商品に何をしようと勝手だろうが! しゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」
「お前も同じ目にあってみるか?」
「いっそこいつも売っちまえばいいんじゃねぇか?」
男たちの標的は自分に移ったようだ。
殴る蹴るの暴行を受けるが、あの子が殴られるよりはいい……。
「おまえ……ら……」
いつまでもやられているつもりは無い。
口の中は血の味がするし、全身が痛い。
けど、魔法を使うくらいはできる。
「魔法……。なんだ魔法使いだったのか。残念だったな。昔は俺らもいくつも戦場を越えた。魔法なんざ見飽きてる!」
魔法は簡単に躱される。
見切られる。そしてカウンター。
「──ぐっ……あっ……」
地面に転がり無様に背中をつく。
立ち上がろうとした時、愕然とした。
馬車の列を見物していた人たちが笑っていた。
やれやれ。殺せ。もっとやれ。
そんな言葉だっただろう。
なんで……笑っていられる?
理解できなかった。
無様な僕のことはいい……。
でも……──誰か一人くらい女の子を助けろよ!
──何やってんだ! おまえら!
「大したことない魔法使いなんざ、いくらでも見てきた。今は魔法なんざ大した威力も出せやしないんだ! お前らが戦いを仕切るのは終わったんだよ? 今や武器に頼った方が強いに決まってる!」
男の懐から銃が取り出される。
狙うのは、僕ではなく女の子。
あいつが引き金を引くのに何秒かかる?
飛び出して身を呈せば防げるか?
「──どけ!」
飛び起き、女の子を庇うように覆い被さる。
響き渡る銃声。
全ての音が消えて無くなり、静寂に包まれる。
銃声は間違いなくした。この距離で外れる筈はない。
なら……なんで何の痛みもない?
それに静かだ。囃し立てる声も聞こえない。
「アスカ。大丈夫か?」
そう聞こえた。
「ロミオ……」
それに二人の従者。
獣のような耳を持つ男は、撃った男の腕を掴んでいた。掴まれる腕からギリギリと嫌な音が聞こえ、何かが潰れるような音に変わる。銃を持つ男からは悲鳴が上がる。
「どうせなら撃つ前に止めてください……。ロミオ様は……問題ないですね」
弾はロミオに届くことなく空中で止まっていた。
何かに阻まれるように停止していた。
男たちに向き直りロミオは問う。
「……さて、お前たち。これは何だ?」
辺りを凍らせるような冷たい言葉。
誰も何も言えなくなるような威圧感。
それが空間を支配していく。
一言も発することができない男たち。
「誰の許しを得て、街中でこんな真似をしている?」
初めて感じる貴族と呼ばれる者の怒気。
背筋が冷たくなるとはこういうものなんだろう。
それを、まあまあと諌める従者。
男が一人震えながら口を開く。
「……あのガキが逃げやがって……仕方なく……」
男はやっと言葉を発した。
「仕方なくか……。なら、仕方なく私の友人も同じようにしたのか?」
「──友人? あの魔法使いが? 冗談……を……」
変わらない威圧感に、本当なんだと察したのだろう。
男たちは頭を地に擦り付けた。
「どうか許してください。俺たちはなんも知らなかったんです……」
涙を流し、地に頭をこすりつけ許しをこう。
「あの娘はなんだ?」
「……奴隷です。今日の売りの……」
「あの娘を置いていけ。それで見逃してやろう」
「それは……あんまりだ。どれだけ苦労して……」
「聞こえなかったのか? それとも……その身に尋ねなければならないのか?」
男にゾッとするような、何かが這いよる。
錯覚に違いないが当事者にとっては同じ。
生きるか死ぬかは、己が一言にかかっているのだから。
「……はい」
男はそう口にするしかなかった。
♢
男たちが通りすぎたのち、貴族と従者との会話があった。
「──いかがいたしますか?」
「盗賊風情が。目障りだ」
「では、処分いたします」
「ただ、殺したのでは無意味だ。捕えて、次の演し物に使え」
「成る程。そのようにいたします」
珍しくはない会話。
彼は支配者だ。
己が意向にそぐわないものを嫌う。排除する。
いつものように。
♢
結局、診療所には来ることになった。
治療される側としてだが……。
「これでよしと。今日はもう帰りなさい」
治療し終えたサウスは言う。
「しかし、攻撃はできるのに、防御はできないとは……。せめて自己強化でもしていれば違ったんですがね。まあ、大事なくて良かった。アスカくんに何かあれば簡単に首が飛びそうですからな?」
サウスの言葉は、ただ耳を通り抜ける。
「今度は送りますよ? また何かあってからでは遅い。しばらくは、コレで魔法を勉強してください。ここへも、客入りがある間は来ない方が賢明だと思いますので。昼夜関係なく騒がしくなりますから……聞いてますか?」
本を渡され、それを無言のまま受け取る。
そうまま出て行く僕を慌ててサウスは追いかけてくる。
「──ちょっと、アスカくん?!」
……奴隷……あんな子が。
妹と同じくらいだろう。そんな子供が売られる?
それは買う人間がいるということだろう……。
それに、あの馬車にはあの子一人ではなかった。
どうやって……。
言っていたじゃないか。苦労したと。
何を意味する? 考えるのもおぞましい……。
その事実は当然、貴族であるロミオが知らないわけがない。
主導しているのか? ……あの彼が?
あの女の子を僕の前に連れてきて、彼は言った。
「予定とは違ったが、まあいいか。これを君の世話係にしよう。なに、好きに使うといい。壊しても代わりなどいくらでもいる」
何を言っているのか理解出来なかった。
「生かすも殺すも君の自由だ。犯すも嬲るも虐げるも、好きにするといい。ああ、他にも必要なら言ってくれよ?」
いつもと変わらぬ様子で彼は言う。
少女は怯え、ただ震えるだけだった。
あれ、は日常なのか?
この国の催しとはなんだ?
あの大量の馬車には何が乗っていた?
悪い想像はいくらでも膨らむ。
疑心は心に巣くった。
もう、同じようには見られない……。
この国は何かがおかしい。
そう考えながら部屋へと戻る。




