夕暮れ
サウスの診療所兼寝床から、ロミオの屋敷に帰るため一人歩いていた。
送ると言われたのを断った。
一人で帰れるし、一人になりたかったから。
半日程度では何もできないのは分かっていた。
ひと月……か。
その間は動くことができない。
そう考えると、ひどく長い期間に思える。
だけど、魔法の技術が必要なのも確かだ。
最初に力を付けるのに時間をかけるのは、仕方ないと思う。
あの影にすら手こずってしまったのだから。
あの影は眷属と呼ばれるモノらしい。
獣の貴族は獣を眷属にするらしい。
人型の黒い影が眷属。なら、この国の貴族。
ロミオの父親はどんな貴族なんだろうか?
街からは離れた場所。
しかし、ここからでも見える。城。
そこに貴族はいるらしい。
しばらく城を見ていると、前方から人が歩いてくる。
その人はフードを目深に被り顔は見えない。
……何かの仮装かな?
今日は催しがあると言ってたし。
フードの人物は自分とすれ違う。
その人物は背後に消えた瞬間、「見つけた」そう呟いた。
そのまま腕を掴まれ、路地へと連れ込まれる。
──な、なんだ?
建物の間と間。明らかな街の死角。
人通りは朝よりあったが、誰も気づいてはいないだろう。そのくらい僅かな時間の出来事だった。
「──昨夜のようにはいかない!」
フードの人物はいつのまにか刃物を手に持ち、もう自分に向かってきている。
「ちょっと待って。なんのことだか……」
相手は話をするつもりは無いらしい。
一切、止まる気配がない。
今から魔法を用意して間に合うか?
──やるしかない。
ポケットに手を持っていこうとしたのだが、体は違う動きをする。壁を蹴り、刃を躱す。
自分の意思で動いたのではなかった。
なんだ……これ? 勝手に身体が動いた……。
「また、そうやって。その男も死なすのか?」
フードの人物は女だ。それも若い。
なんで僕が狙われる?
理由なんてないだろう。それに……また?
「しつこい。まさか追ってくるとは、おもわなんだ。妾は昨夜の二の舞になるだけだと思うが?」
新たな人物の声がする。
後ろから。誰もいなかったはずの背後からだ。
「二度と同じ手は食わない、 ──シネ!」
狂刃が襲いくる。
さばく技術もなければ、躱す技術もないはずなのに。
身体は見切り刃物を躱す。
自分の意思とは関係なく。体だけが勝手に動く。
「ちっ、魔力切れだ。コイツは諦めよう。ではな……」
身体の自由が戻り、背後から気配が消えた。
「あれも分体。本体はどこに……」
フードの彼女の背後には夕日が見える。
彼女はフードを取り、その顔をあらわにする。
夕暮れと同じような髪の色。
「スカーレットよ……」
そう彼女は名乗った。
♢
スカーレットと名乗った彼女は教えてくれた。
あなたの仲間はすでに一人死んだ。と。
あの女はあなたたちを、操ることができるようだと。
どちらも俄かには信じがたい。
しかし、実際に体験すれば信じるしかない。
さっき意識とは関係なく体が動いた。
「この国は、さっさと出た方がいい」
「なんでそんなことを。みんな、いい人だと思うけど……」
「忠告はした。じゃあね」
彼女は去っていってしまう。
後に分かるが、彼女の言葉は正しかった。
でも、この時点では何も疑うことはできなかったんだ……。
♢
その後は何もなく部屋までたどり着いた。
出された食事をとり、入浴を済ませ、寝るだけとなった僕の元にロミオがやってきた。
夕方のことは話さなかった。
彼女の言葉は、何故だか無視してはいけない気がしたから。
「明日はいよいよ客が入る。夕方からだが、街は賑わう。そうなれば、私はしばらく君に構っていられなくなると思う」
「ですので、アスカ様の世話をする者が必要かと思いまして。希望などございますか?」
希望と聞かれても……。なんて答えるんだ?
「食事は用意させますので、護衛も兼ねた者がいいでしょうか?」
「お、お任せします」
この答えしかないだろう。
「かしこまりました。では、獣人がいいでしょう。彼のような」
隣に立つ男のことを言っているんだろう。
確かに強そうだ。目が合った……。
「獣人っていうのは、なんなんですか?」
その僕の一言に三人ともが驚いた顔をした。
「アスカ。君の世界にはいないのか?」
いないだろう。人は人だ。
「いない。いると思ってることに、正直驚いてるよ」
「なら、どんな種族がいる? ……いや、君はここに来る前は何をしていた? 訪ねてみたいことは山のようにある」
「確かに。ここではない世界ですからね。差し支えなければ、お話いただけませんか? あなたの世界のことを」
二人は興味があるようだった。
だから僕は話すことにした。僕の世界の話を。
時間の許す限り。
♢
持参した物を交えながら話をした。
最後に存在さえ忘れていた、携帯を取り出した。
まだ、電池はあるようで着信ありと表記されている。
──えっ? 着信だって?
時間を確認すると今日の昼くらいだ。
だけど、こちらからでは向こうの正確な時間は分からないな。
時差があるようだし……。
いや、そもそも時差なんだろうか?
ここが異世界といっても、同じ場所から同じ場所に移動しただけ。
最初は、東京からこちら側の東京に。
ムツの国に着くまでは……あれっ、そういえば覚えてない気がする。
気づいたら平原だったよな?
何か球体の中にいたのは覚えている。
でも、そこから先は何故だか……分からない。
時計を見て時間を確認しただけで、昨日のあれがこちらでは何時だったのか……。
異世界。ここはエクセラは鏡のようなものだと言っていた。
着信の相手はエクセラ。
なんで異世界に居るはずの人間に連絡する。
間違えたのか? ……それとも、どうしても連絡を取りたかった。
「──ちょっとごめん!」
楽しそうだったロミオたちにそう告げ、電話をかけてみる。
──ダメか。電波も入らない。
「どうした。それは何に使うものなんだ?」
ロミオは興味があるようで覗き込んでくる。
見られて困るものでもないし、制すこともしなかった。
「携帯電話といって……文字通りなんだけど。電話から説明しないとダメか。電話っていうのは……」
「通信機ですね。この国にも一つありますよ。もっとも、それ程小型ではありませんがね」
「ああ……あれか」
通信機があるのか?
魔法の世界であるこの場所に。
「それはどこから? そもそもそんな技術があるのか?」
失礼だっただろうか?
でも、街を見ても機械など存在していなかった。
魔法がそれに代わるものだと聞いていたし……。
「スメラギだ。あの魔女の持つ商会という組織は、この世界にない技術を有している。それもあり、迂闊な動きはこれまで出来なかった」
「それに、どうあれ彼女はこちら側です。いざこざはあれど、それ以上に発展はしません。貴族の治める国では、その貴族こそが法。他所から口出しなどできるはずもない」
スメラギ……。
やはりそこなのか? 目指すべき場所は……。
魔法だけでなく、二つの世界の技術を持っている貴族か。
「…………」
こちらにいる間、妹のことは水瀬が全面的に対応してくれる約束になっている。
もしかしたら……いや、信じないでどうする……。
僕は自分がやるべきことをする。
余計なことは考えるな……。
「……アスカ?」
「そろそろおいとましましょう。また機会はありますから」
「そうだな……」
「では、アスカ様これで失礼します」
二人が立ち上がり、やっと自分が一人考えこんでいたと気づく。
「ごめん……。おやすみ」
ぐるぐると頭の中を嫌な想像が回る。
一人になった部屋はやけに広く、寂しく感じた。
その日、眠りについたのは朝方だった。
二日目が終わり、何かが狂い出す三日目が始まる。




