異世界にて 4
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7月20日。
この日、結果として僕は異世界に降り立った。
呆れられようと知ったことか……。
やるべき事をこなせば文句も言われないだろう。
この場所は、ムツの国。具体的にいうと宮城県。
こちらの世界では、岩手県、青森県も足してムツの国らしい。
三つの県を支配する貴族とは何者なのか……。
そう思っていたんだが、その答えは直ぐに現れる。
♢
着いた先は平原だった。
風の音と、微かに香るこれは潮の匂いだろう。
そして周囲は真っ暗。街灯も無し。
暗いな……。
東京なら今の時期は、まだ日は落ちきっていない時間のはずなんだけど……。
異世界ではそこら辺も違うのだろうか?
転移に時間はかかっていない。
ものの数分。何故なら時計の針は大して進んでいないからだ。
暗くて、これでは身動きがとれない……。ということもなく、距離があるが見える場所に街の灯りがある。
今は携帯の時計で18時40分。
これくらいなら歩いて移動できる距離だな。
19時くらいには街まで到達できるだろう。
一人、暗がりを歩いていく。
時間が経つにつれ目も慣れてきた。
異世界といっても、今のところ異世界らしさは皆無だ。足元には草が生え、ところどころに木々も確認できる。
──それでもやっぱり、都会とは違うか。
道は舗装されておらず、足をとられそうになる。
自慢にならないが運動は得意な方ではない。
人並みだとは思うが、以上では絶対にない。
街の灯りを目指し歩いていると、ガサガサと物音に気付いた。
……何かいるのか?
音はしたが姿は見えない。
ライトは持参したが、使うべきか迷う。
動物なら逃げ出すかもしれないが、違った場合ただ自分の位置を知らせるだけ。
どうしようか。
悩んでいるとガサとまた聞こえた。
今度は違う方向からだ。
ガサガサは次第に多く、そして近くなっている。
一匹じゃない。複数いる。
だけど、この暗闇では相手も自分を視認できないんじゃないのか?
なら、少しでも街に近づいた方がいいか?
それとも物音を立てずにやり過ごすか?
ガチャガチャと音を立て、ソレは自分に近づいている気がする。
──もしかして、向こうからは見えてるのか?
迷わず音は近づいている気がする。
灯りは必要だ。意を決してライトをつけた。
ライトの光は暗闇からソレを浮かび上がらせた。
全身が黒い塊。頭があり二本の腕。足も二本。
手には同じく黒い塊の槍。
人の形をしたそれが複数いる。
おそらくはライトの光の及ばない範囲にも。
早速これを使うことになるとは思わなかった。
実戦は初めてだけど……。
ライトを持っていない方の手で、ポケットから紙の束を取り出す。
その紙には紋様が書かれている。
意味は理解できないが問題ない。
紙に触れ、魔力を通しさえすればいいのだから。
♢
「アスカ。キミはハンデを負っているわ。積み上げてきたものがない。アナタ以外の四人は、落ちこぼれでも学んでる。それをそれとは知らずにね。魔法いう技術がこの世界で広まらない理由は分かる?」
とある日。少しでもハンデを無くすため、通っていた、とある場所でエクセラは言った。
「最初に答えを教えるのよ。問題を見せずにね。答えだけでは何のことか分からない……。そして選ばれた者だけが、問題を知って全容を知る。そこまでいってやっと魔法という技術を使えるようになる。その過程で、才の無い者は省けるしね」
僕には答えも問題も知る時間が少なすぎた……。
代わりに、それを埋める術を貰った。
それがこの紙。魔方陣の書かれた物だ。
使うのは簡単だ。束から一枚を引きちぎる。
回数は限られているが、自分が魔法とやらを扱えるようなるまでの繋ぎだ。
出し惜しみはしない。
簡単な魔法。初歩の魔法。
今回引いたのは、火の魔法か……。
暗いしちょうどいい。
地面から1メートルくらいの高さに、自分を囲むサークルが出現する。
火で構成されているサークルは辺りを明るくする。
現時点で十体。
時間が経つほど増えるとしたら面倒だ。
サークルはそのまま広がり、黒いヤツらを吹き飛ばす。バラバラになる個体もいた。切断されるものもいた。
これで少なくとも、無事なヤツはいないだろう。
今のうちに移動しよう。
先ほど言った通り、運動は得意な方ではないのだ。
したがって、そこを補う魔法も持っている。
これだけは必須だと思ったから、会得した。
自己強化。
この世界の人は無意識で出来るらしい。と、いっても強化度合いは個人差がある。
魔力量の多さ、運用効率、などが関わってくる。
自分の場合は魔法量に依存したもの。
効率など皆無だ。だけど、掃いて捨てるほどあるのだから構わない。
一気に走り出す。街を目指して。
──まずは、貴族とやらに合わなくては。
♢
ダメだ……。
あっさり抜けられると思ったのに。
また、黒いヤツに囲まれてしまった。
コイツら街に近づくほど強くなってる。
それに、街に行くのを阻むように立ち塞がる。
倒しても倒してもキリがない。
無策に魔法を使い続けるのは得策ではない。
数が減らない以上、闇雲に魔法を消費していくだけだ。
僕の魔法は無限じゃない……。
──素手で倒せるか?
仮に倒せたとして、あの槍は防げるか?
考えがまとまらず、足を止めたのは失敗だった。
ヒュンと風を切るような音。
直後に何かが頭に直撃する。
「……つっ……」
殴られた衝撃とはこんな感じなのだろうか。視界が歪む。
僕は片膝をついてしまう。
すぐに立とうとした際に、足元に落ちている物を見て、自分に直撃した物の正体に気づく。
矢だ。黒いヤツと同じ色をした。
風切り音は数を増している。このままではジリ貧だ。
──だったら!
魔法を盾に前に進む。
退いては時間と魔法を無駄にしただけになってしまう。それは避けたかった。
その判断は間違っていなかったと思う。
ゼロ距離なら威力は最大だ。
だけど、その考えが迂闊だったのだ。
槍と弓だけだと思っていたのもか……。
♢
魔法は黒いヤツの盾を持つ方の腕だけを消し去った。もう片手には剣が握られている。
当然、剣は振るわれる。
避ける技術などない自分は、まともにその攻撃を受ける。
「……ちっ」
──盾を持ってるヤツもいるのか?
実にバリエーション豊かだ。
今度は自分が地面に倒れる番だった。
そして、こちらは一人だけど向こうは仲間がいる。
早速、窮地に陥るとは……。
幸いダメージはあるが致命的ではない。
──まだやれる。
新たな魔法を使うべく一枚引きちぎる。
その時だった、「ヤメロ」そう声が聞こえたのは。
声に反応したのか、黒いヤツが膝をつき、こうべを垂れる。
まるで声の主に敬意を払うように全員がひざまづく。
「すまなかった。急いで駆けつけたつもりだったんだがね。聞いていた時期より、ずっと早くて驚いたよ」
声の主は馬から降り。僕に手を差し出す。
「何事かと思ったよ。眷属は戦っているようだし、何より相手が強い……本当に驚いた」
容姿の整った男性。第一印象はそれだった。
ブロンドの髪。気品のある出で立ち。
そして、闇の中でさえ輝いて見える深紅の瞳。
「初めまして。この国の貴族、ロミオだ。君は……名前までは聞いてないな……」
貴族と名乗った、自分と歳の変わらないだろう男の手を掴み、
「黒崎 飛鳥」
そう名乗った。
これが出会い……。
そして異世界の一日目にあったことだ。




